第4話 秘密の影

 その夜、ユラの屋敷に泊まることになった。

 夕食の席では三人で賑やかに笑い合ったが、ローザの胸の奥にはどうしても拭えない違和感が残っていた。

 ――袖口から覗いた細い痕。

 ――ふとした瞬間に沈む瞳の色。

 ――「もう大人だ」と言い切る強がりのような声。


(ユラ……あなた、何を抱えているの?)



 夜更け、ローザは眠れなかった。

 庭に面した窓を開けると、夜風が淡い薔薇の香りを運んでくる。

 だがその香りに混じって、薬草とも薬品ともつかぬ、少し刺すような匂いが漂っていた。


 物音に気づき、ローザはそっと廊下に出た。

 月明かりの射す先に、ユラの影が揺れている。


 彼はひとり、書斎に身を潜めていた。

 机に並ぶのは瓶や小さな包み。手際よく粉を計り、液体に溶かしている。


「……っ」

 ローザの胸がざわめいた。

 その姿は、城で見慣れた公務のユラとはまるで違う。

 どこか切羽詰まった人間の顔――苦しみを誤魔化すような、暗い必死さ。


 ふいにユラがこちらを振り向いた。

 黒い瞳が、闇に光る。


「ローザ……?」


 見つかってしまった。

 逃げ場のない視線の中で、ローザは小さな声を絞り出す。


「ユラ、それ……何をしてるの?」


 一瞬の沈黙。

 ユラはかすかに笑った。

「薬だよ。ただの……体を楽にするためのな」


「嘘」

 ローザは思わず首を振った。

「そんな顔で言わないで。私は……あなたが苦しんでるの、分かる」


 言葉が空気を震わせる。

 ユラは眉を寄せ、瓶を握る手をわずかに震わせた。


「……ローザ、おまえには関係ない」


「関係ある!」

 幼い体を震わせ、叫ぶように返す。

「あなたは、私たちの“きょうだい”でしょ? どうして隠すの。どうして城に戻らないの」


 ユラはしばらく口を閉ざしていたが、やがて深く息を吐いた。

「……いつか話す。だが今はまだ言えねえ」


 黒い瞳に浮かんだ一瞬の影。

 その奥に、決して軽くはない秘密があるとローザは確信した。



 部屋へ戻ったローザの手を、ナジカが取った。

 彼もまた眠らず、妹の様子を気にしていたのだ。


「見ちまったのか」

「……ナジカも、知ってるの?」

「なんとなくな。ユラが普通じゃねえってことくらい」


 ナジカは言葉を選びながら続けた。

「ローザ、忘れろ。俺らはまだ子ども扱いだ。首突っ込んだって、どうにもならねえ」


 そう言いながらも、ナジカの黒い瞳には揺らぎがあった。

 彼自身もまた、ユラの背負うものを恐れているのだ。


 ローザは小さくうなずいた。

 だが心の奥で決意する。


(私は忘れない。必ず知るわ。ユラが抱えている“影”の正体を……)

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