第4話 秘密の影
その夜、ユラの屋敷に泊まることになった。
夕食の席では三人で賑やかに笑い合ったが、ローザの胸の奥にはどうしても拭えない違和感が残っていた。
――袖口から覗いた細い痕。
――ふとした瞬間に沈む瞳の色。
――「もう大人だ」と言い切る強がりのような声。
(ユラ……あなた、何を抱えているの?)
◇
夜更け、ローザは眠れなかった。
庭に面した窓を開けると、夜風が淡い薔薇の香りを運んでくる。
だがその香りに混じって、薬草とも薬品ともつかぬ、少し刺すような匂いが漂っていた。
物音に気づき、ローザはそっと廊下に出た。
月明かりの射す先に、ユラの影が揺れている。
彼はひとり、書斎に身を潜めていた。
机に並ぶのは瓶や小さな包み。手際よく粉を計り、液体に溶かしている。
「……っ」
ローザの胸がざわめいた。
その姿は、城で見慣れた公務のユラとはまるで違う。
どこか切羽詰まった人間の顔――苦しみを誤魔化すような、暗い必死さ。
ふいにユラがこちらを振り向いた。
黒い瞳が、闇に光る。
「ローザ……?」
見つかってしまった。
逃げ場のない視線の中で、ローザは小さな声を絞り出す。
「ユラ、それ……何をしてるの?」
一瞬の沈黙。
ユラはかすかに笑った。
「薬だよ。ただの……体を楽にするためのな」
「嘘」
ローザは思わず首を振った。
「そんな顔で言わないで。私は……あなたが苦しんでるの、分かる」
言葉が空気を震わせる。
ユラは眉を寄せ、瓶を握る手をわずかに震わせた。
「……ローザ、おまえには関係ない」
「関係ある!」
幼い体を震わせ、叫ぶように返す。
「あなたは、私たちの“きょうだい”でしょ? どうして隠すの。どうして城に戻らないの」
ユラはしばらく口を閉ざしていたが、やがて深く息を吐いた。
「……いつか話す。だが今はまだ言えねえ」
黒い瞳に浮かんだ一瞬の影。
その奥に、決して軽くはない秘密があるとローザは確信した。
◇
部屋へ戻ったローザの手を、ナジカが取った。
彼もまた眠らず、妹の様子を気にしていたのだ。
「見ちまったのか」
「……ナジカも、知ってるの?」
「なんとなくな。ユラが普通じゃねえってことくらい」
ナジカは言葉を選びながら続けた。
「ローザ、忘れろ。俺らはまだ子ども扱いだ。首突っ込んだって、どうにもならねえ」
そう言いながらも、ナジカの黒い瞳には揺らぎがあった。
彼自身もまた、ユラの背負うものを恐れているのだ。
ローザは小さくうなずいた。
だが心の奥で決意する。
(私は忘れない。必ず知るわ。ユラが抱えている“影”の正体を……)
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