お疲れ社畜は、夢の世界で勇者になる!?

小阪ノリタカ

夢の世界も○○だった!?

 会社のパソコンの画面に映る未読メールの数は、三桁を軽く超えていた。

 中津川なかつかわ悠真ゆうまは、デスクに突っ伏す寸前でなんとか体を支えて、大きなため息をつく。


「上司は『数字や結果を出せよ! 』って言ってくるし、部下は『今どき、働き方改革の時代ですよ?先輩?』って言って、そそくさと帰っちゃうし……。一体、俺はどっちに合わせりゃいいんだよ……!」


 気付けば、帰宅は高い割合で日付を跨ぐ。途中で買ったコンビニ弁当をざっと胃の中に流し込み、布団に倒れ込みながら冗談のつもりで一言呟いた。

「あぁ……何かしらの間違いで夢の世界にでも行けたら、いろいろと忘れることができていいのになあ……」


 ――次に中津川悠真が目を開けたとき、目の前は大きな草原だった。


「えっ? ここ……どこだ?……まさか、俺は『過労によるストレス』で死んだ……のか!?」

 上空には魚が泳ぎ、遠くの地平線には自分の背丈よりも大きなキノコが林立している。明らかにこれは現実の世界ではない。


 そこへ、翼の生えたネコがひょっこり現れた。

「おおっ!ついにお越しになりましたか!勇者様!お待ちしておりました!」

「ゆ、勇者……?いや俺は、ただの会社員・中津川悠真で……」


 そう言いかけたところで、ネコは高らかに宣言した。

「あなたの名は、『ユーマ=サリオン=シャチーク』!」


「長っ!しかも最後のって、絶対バカにしてるよね!?」

「いえいえ、とんでもございません!勇者様をバカになんてしていませんから!!この名前は由緒正しき称号でございます。『永遠に勤しむ者』という意味でして!」

「やっぱり、そのまんまの『社畜』じゃねえかよ!」


 ツッコミを入れる間もなく、村の方から悲鳴が響いた。黒い甲冑かっちゅうを身に纏った、明らかに強そうな見た目の兵士たちが次々に押し寄せてくる。


「まずいです!勇者さま!アレは魔王軍の手下の兵士たちですよ!」

とネコが言う。

「……ちょっ、ちょっと待ってくれ!?俺は戦えないって!そもそも、戦い方とか一切知らな――ん?いや?ちょっと待てよ?ならワンチャン──」


 追い詰められた悠真――いや、ユーマ=サリオン=シャチークは、思わず魔王軍の手下に対して、口走った。

「初対面でこんなことを言うのは大変失礼なのはよく分かっている。だが、お前ら……?その……魔王様?って人から、ちゃんと残業代みたいな報酬をもらってんのか?もしかして……サービス残業をさせられているんじゃないよな……?」


 その瞬間、兵士たちはピタリと動きを止めた。

「い、いや……だって、魔王様が『働けることこそが何よりの幸福しあわせなんだぞ!』って仰っていて……」

「おいおい……それ、ブラック企業じゃねえかよ!もう、労基署(労働基準監督署)を呼べよ!(労基署がこの世界に存在するのかは知らん)」


 兵士たちは顔を見合わせ、やがて一斉に武器を放り出した。

「俺たちは、魔王様に対してストライキを敢行だ!もう怖いものなんて無え!」


 そのストライキを敢行した結果?村は救われ、ネコは感激の涙を流す。

「さすがは勇者・ユーマ=サリオン=シャチーク様!まさかの方で解決させて、魔王軍まで解散させてしまうとは……」

「やめろ、その名前で呼ぶな!これ以上、心を抉らないでくれ!」


 ――気づけば、朝の目覚ましが鳴っていた。

 いつもの見慣れたアパートの天井。いつもの布団。中津川悠真は現実に帰ってきた。相変わらず、体のだるさは変わらないけど……


 まあでも、不思議といつもよりも少しだけ心が軽い。

「まあ……あのブラック魔王軍よりは今の会社はマシな方か……」


 そう呟き、中津川悠真はネクタイを締めた。

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お疲れ社畜は、夢の世界で勇者になる!? 小阪ノリタカ @noritaka1103

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