最終第13話 村人Aのいない世界

僕はカイン。皆からは勇者と呼ばれている。これは僕が魔王を倒す旅をした時の記録だ。


先ずは南方の村を巡った。勇者としての知名度があったからか仲間になりたいと言ってくる者が何人かいた。勇者一行に入るというのは名声だけではなく危険も伴うと僕は考えた。だから仲間になる人は少し絞った。

先ずは武闘家のバースと魔法使いのリモザである。

この二人は共に名声が高い。有能なのは間違いないのでとりあえず仲間にしておくべきだと考えた。

次に賢者のイシス。彼女は名声こそないが、知る人ぞ知る実力者である。

そして旅芸人のピジョット。彼は実力は未知数なのだがどことなく強者感が漂っていたので誘った。

この四人と僕で戦闘は何とかすることにして、商人のテーゲンに金銭面は任せた。その他の庶務は盗賊のノールスにやってもらうことにした。


まず最初に南のとある村の跡地にやってきた。

「どうやら四天王にやられたみたいですね」

イシスが悲しげに言った。

「やはり許せませんね」

ノールスが静かに言った。

「ちゃちゃっとやっつけましょう」

リモザが自信ありげに言った。

「勇者様、どうしましたか?」

テーゲンが不審げに聞いた。

「…いや、なんでもない」

「勇者様、貴方は何があっても勇者様ですからね」

「ああ、ありがとうイシス。そうだな」


次に港町ポートタウンにやってきた。

「どうやら、ここはでかい魚の被害に悩まされているようだな」

バースがよく通る声で言った。

「じゃあ、私たちの肩慣らしと行こうかしら」

リモザが息巻いていった。

「大丈夫ですかね…」

「なんだ、ノールス心配しているのか、我らの勇者様だぞ」

テーゲンがよどまずに言った。

結局その魔物の住処は町長だけが知っており、その町長は現在町の外にいたのでかなり時間を食ってしまった。

「あの町長、なんでわざわざ誰にも見られずに町の外に行っちゃうかな」

リモザが憤慨して言った。

「まあまあ怒鳴りなさんな」

バースがなだめるように言った。

「何言ってんのよ、この間にも魔王軍は奥深くまで侵攻していってるんだから」

「そうですかね、リモザさん。数日ぐらいなら大丈夫ですよ」

ノールスが根拠のない希望的観測を述べた。

「まあ、この町に出入りする旅人でもいたらよかったんですけどね」

イシスがぽつりと言った。

「いないものを言っても仕方がないだろう、そんなことより前に進もう」

「そうですよ、勇者様は前だけを向いて後ろ姿で周りを導くんです」

テーゲンが追従するように言った。


次に森の中にある小さな村にやってきた。

「ここは武士の村の筈だったのだが…」

バースがいぶかしむように言った。

「滅ぼされたみたいですね」

ノールスが静かに言った。

「だから言ったじゃない。数日もほおっておけなかったのよ」

リモザのその声は口調と裏腹に静かだった。

「まあ、救える命があればそうでない命もある。この経験を今後に生かしてこの後の救える命を救おう」

テーゲンが励ますように言った。

「ええ、そうです。私たちは勇者一行なんです。ここはあえて止まらずに進むべきです」

イシスが決意に満ちた表情で言った。



ある朝、起きるとノールスがいなかった。不審に思ってピジョットに聞くと旅が怖くて逃げだしたのでしょう、と返ってきた。そんなものかと思ったが深くは追及しないことにした。






「勇者一行ともこれでおさらばだな」

俺ことノールスは懐から短剣を取り出した。勇者に取り入ってから一か月近くは経っただろうか。すっかり気を許した勇者一行に薬を盛るのは簡単だった。これで俺も出世ができる。はやる気持ちを抑えながら慎重に近寄る。勇者の穏やかな寝顔を見るとなぜか腹が立ってきた。勇者が何者か分からないが所詮は立場に甘えているだけの餓鬼だ。正面から戦わなければ大したことはない。これで俺の人生を切り開く。そう思って短剣を振り下ろそうとした時、悪寒を感じた。後ろを振り返った瞬間、首が弾き飛ばされた。最後に見たのは容赦なく剣をふるった旅芸人のピジョットだった。正直旅芸人の事は見下していた。ただの人がいいだけの中身のない男だった。しかしそんな男が今、何の感情も浮かばない目を向けて俺に手をかけたのだ。これ以上を考える余裕はなかった。



「あら、起こしてしまいましたか」

ピジョットさんが申し訳なさそうに言いました。

「いえ、大丈夫です」

「これは勇者に手をかけようとしたので殺しました」

「ええ、私も怪しいとは思っていましたが、まさか本当にこのような凶行にでるとは」

「分かっていたのですか、さすがイシスさん、賢者と呼ばれるだけはありますね」

そういうピジョットさんは普段見せる比較的温和な一面は鳴りを潜め、底の知れなさを感じさせます。

「多分、これからも勇者のもとには裏切り者が近寄ってくるでしょう。その時はあなたに見極めてほしい」

ピジョットさんは穏やかに言っただけの筈ですが、言外に賢者な戦闘面での活躍はもちろんのだから賢くあるべきだといさめられた気がしてなりません。

「ピジョットさんも手伝ってくださいよ」

うまく微笑めていたでしょうか。自分が詰められているわけではないのに内心は動揺しっぱなしでした。

「ええ、手伝える範囲で」




次にやってきたのはローアという小さな村だった。この村に来る頃には仲間の数はかなり増えていた。

まずは僧侶のダフ。彼はおとなしい男だが実力は確かでフィジカルもある。そして既に居る武闘家のバースと馬が合うのも大きいだろう。

次に遊び人のアウリア。彼女は何がしたいのかよくわからないが、旅芸人のピジョットが一応入れておけといったのでしぶしぶ入れた。旅芸人と遊び人という職業の親和性は高そうだがだから入れたがったのだろうか。

次に旅人のオージー。彼は戦闘面では劣るが、風聞について詳しいらしいので仲間にした。

次に重戦士のリック。彼は戦闘面での活躍はもちろん、顔がいいので僕にはないであろう【華】を期待して誘った。

次に医者のブライト。彼は回復役の予備として入れた。こういってはなんだが正直あまり期待してない。ただ気弱で無害そうなのは全員のあいだで一致した。

最後にラウラ。彼女はレットロンという国のお姫様で、勇者一行のほうが安全だと期待されて執事から護衛任務を譲り受けたのだ。

「ここはずいぶんおとなしそうな村ですね」

リックが正直に感想を言った。

「ああ、俺はいいと思うぞ、この村」

ダフがしみじみ言った。

「やっぱり人が少ないと落ち着くよね」

ブライトも同調した。

「私はもう少しうるさくてもいいと思ったけどね」

リモザが反論するように言った。

「リモザは派手めなものが好きだもんね」

早速打ち解けたらしいリックが言った。

「この村の良さが分からないなんてまだまだね」

「すごい、派手な衣装のアウリアさんが言うと全く説得力がない」

ラウラ姫が感心したように言った。


その後、この村を観光していた時に事件は起きる。なんと四天王の襲撃を受けたのだ。俺たちはまだ旅に出たばかりで皆実力は四天王と戦えるほどでもなかったので勇者一行も多大な被害を出した。

「そうか、リモザもリックもテーゲンも死んだのか」

僕はぽつりと言った。こういう時に慰めてくれるテーゲンはもういない。

「大丈夫です、まだ勇者様の旅は終わっていません」

「カインが気に病むことはないさ。皆の実力不足だ」

イシスとバースが慰めてくれるが、俺には気休めにしか聞こえなかった。

「ああ、私はまた何も救えなかった。私はどうせ落ちこぼれだ…。」

ブライトも気に病んでいたようだ。

「だけど、テーゲンはしぶとく逃げ切れそうだと思ったのにね」

アウリアがふと思いついたように言った。

「逃げ道にも魔物がいたからじゃないか?」

ダフが少し考えてから言った。

「たしかに俺も死ぬかと思いましたもん」

オージーが肯定するように言った。

「せめて自分の逃げ道だけでも確保してくれる村人がいれば逃げ切れたのでしょうね」

ラウラ姫が守られた負い目からか申し訳なさそうに言った。

「さ、切り替えていきましょう。次こそは絶対に負けないんですからね」

ピジョットが殊更明るい調子で言った。


その後小さな谷底の村に来た。

「勇者様、この少年を旅に加えてはいただけませんか」

「ピジョットがそういうことを言うのか。珍しいな」

「ええ、取り敢えず挨拶なさい」

「えっと、ポーンって言います。剣で戦えます。ぜひお願いします!!」

「元気があるのは分かりましたけど、大丈夫なんですか?」

ブライトが訊いた。

「ええ、私がみっちり教えますので、皆様には迷惑はかけません」

「ここまで言うなら、いいんじゃないか?」

「ええ、断る理由もなさそうね」

「むしろ期待できますよこれは」

バース、アウリア、イシスも賛成のようだ。

「そうだな。ポーン、よろしくな」

「はい!!!」


次に僕たちが来たのは王都のトートタウンだった。

この都市にラウラ姫を護送することで肩の荷が下りた気分になった。

「よくぞラウラを守ってくれた。そうだな…勇者は金品で満足しないじゃろうな…。そうじゃ、近衛兵を二人貸し出してやろうと思うのだが、どうかね」

そういったのは王様である。

「ありがたき幸せですが、辞退させていただきます」

「ほう、なぜじゃ?」

「これ以上背負うものを増やしたくないのです。自分勝手な考えで申し訳ありません」

「…なら無理強いはせぬ。いいか、自分の命は大事じゃ。それは勇者であっても変わらぬ。決して忘れるで

ないぞ」


「よかったんですか?戦力の増強になりそうでしたけど」

オージーが確認するように言った。

「ああ、すまない。俺は意地を張っているのかもしれないな」

「いえいえ、勇者様はずっと格好いいです。大丈夫です」

イシスが言い聞かせるように言った。




次に来たのはのどかな村だ。これで何個目だろうか。

「この村も冒険者がいるようですね」

イシスが機械的な口調で言った。

「しっかし、ここらへんに仲間になりたがってる奴がいたって聞いたけど、こっちにこねーな」

バースが拍子抜けしたように言った。

「おじけづいちゃったんじゃないんですか?」

ポーンが軽口をたたく。

「たったこれだけの情報で人をはかろうとしてはなりませんぞ」

ピジョットがいさめる。

「そうですよ、何か事情でもあったんじゃないですかー?」

オージーが軽い調子で言った。

「…例えば死んだとか」

ダフが呟いた。

「ちょっと、おどかさないでくださいよ」

オージーが身震いしていった。

「もしそうだとしたらその人もまだまだってことですかね」

「そんなこと言ったら人は必ず死ぬんだぞ」

ポーンの軽口にピジョットが素早く反応して厳しく詰めた。

「まあ、そうかもしれないですけど」

ポーンは言葉とは裏腹に微塵も納得していなさそうだった。

「そもそも死んでいい命が果たして本当にあるのかも疑問ですよね」

オージーがぽつりと言った。

「恨んだりしている相手ならそう思うことがあるかもしれませんね」

イシスがすぐに返した。

「どんな人でも一人欠けたら成立しないとまではいかなくてももしかしたらそのせいでちょっとした不幸があったりなんかも」

オージーが静かに、でもはっきりと言った。

「そういうの、好きかな。希望が持てて」

ブライトが明るい調子で言った。

「まあ、もしもの話なんて考えてたらきりがないんじゃない」

「まあ、それもそうですよね」

アウリアの発言に肯定したオージー。

僕はこの間、何故か声を出すことができなかった。


次は国の第二都市といわれる場所に来た。ここはまだ、魔王の襲撃を受けていないようだ。

都市というだけあって華美ではあるが主張はしつこくなく統制が取れているように感じた。

「こういう雰囲気、好きだな」

僕は思わずつぶやいた。

「うーん、僕はもっとにぎやかなほうが好きですけどね。ここはふんいきが重いというか、ここにすんでるの人間じゃなくて置物じゃないんですか」

少し強い語気でポーンが言った。

「…ああ…俺も、にぎやかなほうが好きだな…」

バースが若干引いた様子でうなずいた。


僕たちはここで少しの休暇を楽しんで、この近くにいる四天王を討伐することにした。

しかし四天王は思いのほか強く、こちらは苦戦を強いられていた。

「なんなんですかこれ、見たことない強さですよ」

ポーンが思わず口に出した。

「これが四天王の一人、クーロゥの実力ですね…」

イシスがたたえるように言った。

「感心してどうするんですか!」

オージーが敢えて明るい調子で言った。

「そうですね、クーロゥはよく言えば攻守魔法全て秀でてます。悪く言えば器用貧乏な側面があります」

イシスが分析して見せた。

「つまり弱点はないってことか…!」

バースが吐き捨てるように言った。

僕と武闘家バースと軽戦士ポーンで攻撃を浴びせ続け、時折旅芸人ピジョットと旅人オージーと遊び人アウリアの旅トリオが中衛で補佐、僧侶ダフと賢者イシスと医者ブライトの回復しそうな三人が後衛で援護をしているという状況だ。

ただ、こちらの体力はどんどん削れていくのに対して四天王はまだ余裕そうだ。俺は中衛の位置まで下がって体勢を整えていた。

「ふむ、そろそろ限界のようだな」

四天王が何の感慨もなく言った。

次の瞬間、爆風がこちらを襲った。辺りを強烈な光が包み込む。皆が咄嗟に身構える。オージーやブライトなんかは逃げようと走り出していた。しかし、俺は直ぐに構えるのをやめた。どうやらこの爆風は光だけで威力は大したことがないらしい。

では何故わざわざそのような攻撃をしたのか。

それは四天王が次の攻撃を準備しようとした時に気づいた。あの爆発、反射神経に優れているバースは後退して守ろうとしていた。俺は中ほどで体勢を整えていた。その他の援護組も軒並み四天王からは遠い位置にいて、身構えた体勢のままのものも多い。

つまり、少しの間、軽戦士で前衛にいたポーン以外が四天王に干渉できない状況になっていたのだ。

つまるところ、四天王とポーンが一騎打ちする状況が出来上がってしまったのだ。今の僕達は九人が集まってなんとか四天王を倒せるかもしれない実力である。そんな僕達が一人で四天王と戦うというのは自殺行為に近い。それを今ポーンはやらされているのだ。ポーンは怯えた様子で動くこともままならない。このままクーロゥが放った巨大な火球に飲み込まれるのだと誰もが思っただろう。しかし、それは現実にはならなかった。ポーンは火球から離れた位置に座り込んでいた。誰しもが混乱した中、僕は気づいた。

旅芸人のピジョットが転移の魔法を使ってポーンと入れ替わったのだということに。

ピジョットとはこの前にちらっと話していた。


「そういえば、貴方がいた所のサーカス、見たけど予想以上に凄いことしてるよね」

「ハッハッハ、勇者様にそう言っていただけるのは何よりですよ」

「そういえば、串刺しにされる檻から逃げ出す?みたいなやつってどうやったの?」

「ああ、あれは魔法ですよ」

「あー、夢のない答えだ…。というか、魔法でそれ出来たっけ?」

「一応、出来ますよ。ただ仲のいい人と入れ替わりになるっていう感じだから、実践向けじゃないんですけどね」

「へー、確かに最後の手段だよな…。」

「特に勇者様はそうそう自分を危険に晒してでもという状態に陥りづらいですからね。なんてたって、人類側の希望ですから」

「そうか…、まてよ…??」

「どうしました…?」

「じゃあ、あのサーカスは誰と身代わりになっていたんだ?」

「それは営業秘密ですよ」


まさか、あの時の魔法を使わせてしまう時が来るとは…。サーカスのタネもついに分からずじまいになってしまった…。流石にピジョットのことだから使わないんじゃなくて使えなかったのだろうということはわかるが。

とまあ、現実を受け入れられず暫し関係ないことを考えていたが、別にピジョットの犠牲でこちらの状況が良くなった訳ではない。手を打たなければこれ以上の被害も避けられない。

「撤退するぞ!!!」

そういうと僕達は走り出した。呆然として動けなかったポーンはバースに引っ張られていた。


「どうして逃げ出したんですか」

静かだが不機嫌そうな声でポーンが言った。

四天王から何とか逃げ出した所だ。近場の木陰でしばし休憩をとっている。

「ピジョットさんはなんであそこで死んだんですか」

「それは僕の力不足だ、すまない…」

「いや、僕も戦闘がまともに出来ない上に医者なのに誰一人救えないのが足を引っ張ってるんです。」

ブライトも聞かれてないのに謝った。

「あそこで逃げたら周りにも被害が及ぶじゃないですか」

ポーンはなおも続けます。

「じゃあ逆に、あそこで逃げなかったら倒せてたの?」

オージーが聞き返しました。

「でも、弱らせるぐらいは出来てたでしょう」

「私達がいなかったら誰が魔王や四天王と戦うんですか?」

イシスの一言はそれなりの重みがあった。

自慢になるが、僕ぐらいの強さの人間は南にはいなかった。北の方の前線になるともしかしたらいるかもしれないが。

「それは…そうですけど…」


俺たちは第二都市と呼ばれる場所に戻ってきた。

しかし、そこは前に来た時とは随分と様変わりしていた。どうやら四天王にやられたらしい。

「ああ、僕が立ち向かえなかったから」

「これは…堪えるな…」

ブライトもバースも重い表情だ。

「みんな、暗いわよ。こういう時こそ笑顔なのに」

「アウリアさん、明るささんに謹慎して貰ってよ」

「いやよー、明るささんは私の生涯の親友なんだから」

アウリアとオージーが場違いに明るい会話をしたが、それにとやかく言うほどの元気がある人はここにはいない。

「しかし、ここは瓦礫がすごいな」

バースはそういうと徐に瓦礫をどかし始めた。

「俺も手伝いますよ」

オージーも参加した。

俺とダフとイシスも瓦礫をどかしていた。

いくら瓦礫をどかしても残骸はまだ残っている。

それ程までに入念に破壊されていたのだ。

これを取り除いても救えなかった人々の心の闇までは取り除けないのは分かっている。しかし、どうしてもそうしていたかったのだ。

「あら、どうしたの?」

アウリアが不意に声を上げた。どれだけ瓦礫をどかしていただろうか。

アウリアノ視線の先を見てみると少女がひとり座り込んでいた。

「お家、なくなっちゃったの」

うっすらと哀しそうな表情をする少女。

「あらー、それは大変だったわねー」

「うん!怖かったの…」

少女は俯いて言った。

「家族はどこにいるか分かる?」

イシスが聞いた。

「別の街に避難してるの」

本来なら今すぐにでも送り届けなければならない、しかし少し、胸騒ぎがしたのだ。本来ならこのぐらいは無視して送り届けていた。しかし、リモザ、リック、テーゲン、ピジョットと四人もうしなってしまったのだ。本音を言うともうこれ以上誰かの命を背負いたくない。ポーンの時も旅芸人の為に無理をしていたのだ。

「カイン、どうするんだ」

バースが聞いてきた。

「迷っている…。なんだか胸騒ぎがしてな…」

俺は思わずポツリとこぼした。

俺の直感だけで断るのも馬鹿馬鹿しいと感じ取り消そうとしたが皆が思いのほか神妙な表情を浮かべていたのでやめた。

「確かに、ここにいるメンバーだけじゃ決められないわね」

アウリアがおもむろに言い出した。どういうことだ?今ここにいるのは、少女、僕、アウリア、イシス、オージー、ダフ、バース、ブライト、ポーン。生きてる勇者パーティとしてはこれで全員のはずだ。

「実はね、お嬢ちゃん、私たちの他にねピジョットって言う男もいてね、彼は今事情があってこの場にいないの」

「そうなんですね?」

少女は困惑している。

「で、なんでいないと思う?」

「えっ…いや、買い物に行ってるんですか?」

「違うわよ、殺されたのよ、それも派手にね」

「はぁ…」

「この話を聞いて貴方はどう思う?」

「恐ろしいと思います。」

「そうね、いい斬られっぷりだったわ」

「えっ…」

少女はそう発言したあとしまったという表情をした。

アウリアはその言葉を聞くとダフの方を振り向いた。

ダフは頷くと持っていた杖を思い切りよく振り下ろした。

ガン、という鈍い音をたてて少女は倒れた。よく見ると叩かれた頭の方から恐ろしい姿が顕になった。それは少女の全体に現れ、少女がいた所には不定形のゼリー状の物体が残るのみとなった。

「流石に、お粗末じゃない?頭だけはちゃんと少女をコピー出来てたみたいね」

アウリアもまさかこれでボロを出すと思っていなかったらしく珍しく呆れた表情を見せた。

僕は、少女の正体などまるで気づいていなかったので終始混乱していた。その後一つだけ考えられたことがある。僕は人物と付き合うのは向いていないということだ。例えぽっと出の裏切り者でも死ぬ様を見るのはキツイものがあるのだ。


次にやってきたのはセンタリオという都市だった。

ここは、旅を始めた地点から魔王城までの丁度中間あたりの位置にある。

「ここは平和みたいですね」

ブライトがどこか安堵したように言った。

「でも、いつまで平和なのか…」

オージーが暗い口調で言った。

「今は、そういうことを言うよりは休むことに集中した方がいいんじゃないか?」

バースが落ち着く声で言った。

「そうですよね、ええ、人生いいこともありますよ」

オージーがいい聞かせるように言った。それが少し、僕の耳に残った。


「ポーンくん、大丈夫ですかね」

「ん?何がだ?」

一時解散した後、イシスにすぐ話しかけられた。

「ピジョットさんのことですよ」

「ああ、仕方ないだろう。戦力補充なんて簡単にできないだろうし」

それに、彼はそれなりに俺のメンタルを気遣ってくれた。テーゲンとピジョットを立て続けに失ったのは大分心にくる。

「そうじゃなくて、ピジョットさん、かなりポーンくんのこと気にかけてたじゃないですか」

イシスがムッとしたように言った。

「ああ、仕方がないだろう。確かにあれは俺の責任だが、だからといってなにかしてやれる訳でもないだろうし」

「ちがいます、あれはみんなの責任です。勇者様は貴方だけですが勇者一行は貴方だけじゃないんです。ポーンさんをなぐさめられるのは貴方だけだと思うんです」

「でも、イシスも喋るのは上手いだろ?」

「それとこれとは別なんですって。貴方はポーンくんが尊敬するピジョットさんが信じた人なんです。」

「そういうもんなのか」

「ええ、もうこの際、騙されたと思って、是非。」


とは言ったもののどうすれば良いのだろうか。

ポーンは広場のベンチにいた。1人で座って、心ここに在らずという状態だった。

「ここにいたのか」

「あ、勇者様」

「アベルでいいよ、仲間だろ、一応」

「それは、そうなんですけど…」

「それとも、ピジョットがやられた後すぐに逃げだした男を仲間だと認めたくないのか?」

「まぁ…。それが間違ってるのもわかってますけど」

「いや、間違ってないな、全て俺が悪い」

「は?」

「だがな、本来なら最後まで戦うべきだと思う。だがな、ピジョット曰く、俺は魔王を倒すまでは死んでは行けないらしい」

「だから許せと?」

「いや、許してくれとかそういう話じゃない。」

「じゃあどういう話なんですか」

少しツンとした物言いのポーンを見ていると昔の自分を思い出す。

昔から皆が遊んでる中ひとり砂いじりをしているような子供だった。それが勇者の候補に選ばれてから僕が何もしなくても周りの輪から外れることは無かった。だからこそ、この地位を失うのが怖かった。何をしてでも手放したくなかった。

「君はそのまま真っ直ぐに生き続けて欲しい。僕の思う勇者像は君なんだ」

「どういうことですか?」

「もしも、僕が死んだら次の勇者に選ばれる候補に間違いなく君は入るだろう」

「断言できるんですか」

「あぁ、今なら分かる。多分そういうことなんだろう」僕の言葉はあまりにも曖昧だったが、現職の勇者の言葉という重みが何とか彼にこの言葉を信じさせてくれたようだった。

「だから、君はもしもの時に僕の意志を次ぐためにいて欲しい」

「でも、僕なんか…」

「ああ、確かに今のお前に魔王を倒すのは無理だろう」

「お前は自分を守ってくれる者に頼りすぎた、独り立ちする機会を逸していたんだ。このままではこちらとしても君を連れていくのは反対だ」

いきなり突き放すような物言いをした僕に彼は怪訝な表情をうかべる。正直そういう表情を浮かべられるとあまりいい気持ちはしないのだか続ける。

「実はな、そもそも僕は君を連れていくのには反対だった。なら何故君は今ここにいるか?実はあの人が猛プッシュして来たんだ。」

ポーンはハッとした様な表情を浮かべた。

「必ず私があの子を一人前、いや、達人に仕立て上げてみせます、だからあの子を預かってあげてください、と。あの人は言い切った。彼は君の心の弱さも分かっていた。理解した上でそれを治す為に一緒に修行をしたんだ。彼は君の事を本当に信じていた。もし君は今ここで抜けることがあの人の為だと思っているなら、それは間違いだ、断言しよう。旅芸人、ピジョットは君がこのままここにいることを願っていた。君が本当にあの人のことを思っているなら、これからの旅には心を入れ替えて、着いてきて欲しいと僕は願っている。」

ここまで言って、言い過ぎたかもしれないと少し反省した。そして次の瞬間、大きな音をした。見るといつの間にかこのやり取りを見ていた人物が拍手をしているではないか。いや、その人物だけでは無い。辺りにも沢山の人たち、40か50程だろうか。

どうやら多くの人に見られてしまったらしい。正直後半は何を言ったかももう覚えていないのだが、しっかり自分の発言に責任を持てるだろうか。急に不安になる。

幸い、僕の拙い言葉はポーンの心に響いたようだ。「勇者様、大口叩いたんですから勇者というものを背中で示してくださいね」

「ああ、やってやる」

内心出来る気がしない。しかし、ここで断ってはいけないのは僕でもわかる。言ってしまったからには相応しくあるように努力するのみである。



その後、四天王の熊の獣人、リモザとリック、そしてテーゲンを殺したゴレアスと戦うことになった。

「なるほど、これはお前らが不意打ちに来たわけもわかる」

僕は呟いた。

「努力した僕たちの前では余りに無力だ」

「なんだと…!?」

ゴレアスは思わずといった様子で口に出すが、刹那俺の剣はゴレ明日の首をはねていた。

「これにてやりましたね!」

イシスが小躍りしそうな勢いで喜ぶ。

「あんまり、そういうこと言わない方が…」

オージーが何故か水を差すように言った。

「まずは一人か」

バースがしみじみと言った。

「これに僕達の仲間が三人もやられたんですか」

オージーが吐き捨てるように言った。

「他の方も入れると何人になるんでしょうね」

ブライトも哀しげな表情で言った。

「とにかく、ここで立ち止まってる場合じゃないわよ、まだ四天王は三人もいるし魔王も倒さなきゃ行けないんだから」

アウリアが鼓舞するように言った。

「ああ、その通りだ。こんな小物に構ってる場合じゃない、だろ?」

僕もアウリアに続けるように精一杯格好つけた。


それから僕達は何事もなくもう一人の四天王、ジルフと戦った。

ジルフは多彩な魔法を使ってくるが、正直あの頃のリモザより二段ぐらい強い程度だった。

「皆でかかればこの程度、敵じゃないさ」

「ほう、皆というのはそれしか居ないのか?人類の希望のくせに?」

「お前らの裏切り者が紛れ込まないようにしただけだ」

「ほう、勇者の仲間にはワシぐらいの能力を持つ魔法使いがいたよな、そいつは裏切り者なのか?」

「お前らが殺したのだろうが」

思わず低い声が出る。

「勇者様!耳を貸さない!」

イシスが彼女にしては大きな声で言った。

「ほう、仲間一人も守れないのか?いや、四人か。なんにせよその程度では到底魔王様など倒せな」

ジルフの言葉はここで途切れた。バースが後ろから振り下ろした拳により潰されたのだ。


「すまない、カイン。俺も丸くなったと思ったんだけどよ」

どうやら、バースは若い頃の血が騒いでいたらしい。見ると他の仲間も憤っていたようだ。

「でも、今までずっと苦戦してきた四天王ももう二人倒しちゃったんですね」

ポーンがふと思い出したように言った。

「なんか、そう考えると案外このままサクッと魔王も倒せるかもしれませんね」

オージーはすぐ調子に乗る。

「こういう時こそ気をつけるべきだな」

ダフが重々しく呟いた。


次にやってきたのはビルギッツという要塞都市だった。ここはわざわざ魔王軍との戦いに備えて造られた補給機能といざと言う時の要塞機能に特化した都市である。しかし、新しく作られたとは思えないほどの重みを感じさせる。これは、魔王軍から人類側の命を守るという大きな役割を果たしているからだろうか。

「ここ滅茶苦茶建物ゴツイじゃないですか」

イシスが珍しく言葉遣いに気を使わずに言った。

「これはもしかしたら首都よりも建物がゴツイかもですね…」

ブライトも若干気圧されているようだ。

「しかし、どれだけ強固な要塞だろうと守ってるだけでは勝てない」

ダフが諌めるように言った。

「だからこそ、ここにいる人達は僕たちのことを希望だと思っているのですか…」

ポーンが少し納得したように言った。

「これは負けられない理由がまたひとつ増えたな」

俺は言った。勇者であろうとしなければそう思って生きてきたのだ。今更勇者であることは捨てられない。



「ねえ、バースさん」

「あ、カインじゃないか、どうしたんだ」

「どうしたって言うか、なんか、この都市についてから元気ないじゃないですか、何かあったんですか?」

「いや、そんなことはないさ」

「そうですか…」

僕は一瞬納得しかけましたが、思い直しました。

「やっぱり最近なんか悩んでることありますよね?」

「いや、まあな」

「実は俺の故郷の村に魔王軍が迫ってきているらしくて」

「そうですか...。」

バースの故郷というとここから西。対して進行方向は北東。

現在の敵方の残存勢力を加味するとここでバースの為に引き返す余裕は無い。

バース故郷の村を守る為にはここでバースが離脱するしかないということだ。

これは不味い事だ。バースに思わず怒鳴りそうになって、やめた。僕が守ろうとしているものは人類だし、彼が守ろうとしているのもまた人類なのだ。

こちらの勢力を考える。僕が前衛をするのは大前提としてアウリアかポーンに前衛を任せるしかないが出来るだろうか。いや、やるしかない。ここまで来たのもバースのおかげなんだ。彼が皆の仲を取り持ってくれたから大した喧嘩もなくここまで来れたんだ

「行ってこい」

「俺が行ったらどうするんだ」

バースは俺の発言に目を見張って言った。

「それならなんとかなる。それよりもここであなたを送り出すだけで、助かる村があるんですから」

「そうか…」

バースはしばらく黙った後でこう言った。

「まぁ、俺としてもここで離れたくはなかったんだが」

「ええ、分かっていますとも」

.半分ぐらいは、正直絶対に居なくならないで欲しい。自分は勇者だからと必死に言い聞かせている状況だ。

「僕たちは、倒しますよ」

僕はそう言って手を出した。

「ああ、待っている」

バースはこの手を力強く握り返した。



「という訳で、バースが居なくなることにした。」

にした、と語尾につけることで僕の判断だということを強調した。

勇者一行で晩飯を食べている。バースにはもう行ってもらった。

ここには仲間たちしか居ない。少なくともこの中の人物にとってのリーダーは僕なのだ。

「えー!そうなったらこれからどうすればいいんですか!!」

オージーが激しく取り乱した。

「仕方がないとはいえ、これでこの旅はかなり厳しいものとなったな」

ダフもいつもより感情の乗った声で言った。

「そうですね…」

ブライトはそう言った後で何か言葉を続けた。

今思えばそれは「流石にこの状況で抜けるのはできないよな…」と言っていたように感じた。

「じゃあ、いっそう気を引き締めないといけないってわけね、面倒くさいわね」

アウリアはそう言ってご飯をほうばった。

「まあ、バースさんはその分一人で村を救いに行くという過酷なことをしている訳ですし」

イシスがそう言った。

「村の人達もある程度戦えるんじゃないですか?」

「確かにバースさんの村、みんな割と強いって話してましたし」

オージーとポーンが疑問を口にした。

「いや、それは違うな。だったら四天王に潰された村なんてものは出てこない」

僕が言った。

「現に武士の集落も魔物の軍勢に全滅させられましたからね」

イシスが続けた。

「僕だって、他の人よりは確実に強いが、それでも仲間を引連れてなお、魔物達に二回も負けてるんだ」僕はさらに続けた。

「なるほど、確かにその点バースさんは単純な肉弾戦においては勇者をも凌ぐ実力がありますもんね」

ポーンが納得して言った。

「ああ、そうだな」

結局僕はその道のプロには勝てないのだ。だから、仲間を巻き込まなければ魔王には勝てないのだ。


次は観光街として名高いユノーカンにやってきた。

因みに温泉も有名である。しかし、魔王の本拠地もかなり近いのによく観光街なんてやれるな。

「自然豊かな町ですね」

オージーが言った。今はこの町の酒場に旅人ことオージーと僧侶ことダフと一緒にいる。

「そうだな、無駄に手を加えてないからこそこの町はやっていけているのかもな」

僕が呟いた。

「すまない、酒を3つくれ」

ダフが店員を見つけて言った。

「ちょっと!?僕飲めないんですって!」

オージーが軽く取り乱した。

「この世界は16から飲める、問題ない」

「そうじゃなくて!普通に飲めないんですって!!」

「僕も遠慮していいかな」

「なんだ、カインもか。じゃあ一つだけ」

ダフが少しだけ残念そうに言った。

「にしてもバースさんがいないときっついすね」

オージーが言った。

「たしかにあの人は強かった。それこそ純粋な力なら僕よりも」

「戻ってきてくれるといいものだな」

「ちょっとダフさん、バースさんの拠点ってかなり南の方ですよ。カインが1年半はかけてきた道のりですよ!」

「まあ、確かにあの人ならやれそうな気もするけどね…」

僕はそういってバースに思いをはせた。


次は丘に登ってみた。そこでは賢者ことイシスと軽戦士ことポーンが休憩していた。

「あら、ごきげんよう、勇者様」

「こんにちは」

「あ、カインさんじゃないですか」

「そうみたいですわね」

「二人とも、どうしたんだい」

「私たちが何を守ってるのか見に来たんですよ」

「随分と格好のいい理由だな」

「なんだかカッコつけたみたいになっちゃっいましたね」

「まあ、気持ちは分かるよ」

僕も何のために旅をしているのか、目的を時々忘れそうになる時がある。圧倒的な力も考え物なのだ。

「そういえば、勇者様って今の旅をする前に南方の小さな村をいくつか訪れていたようですけどなんでなんですか?」

僕が思考の渦にとらわれそうになっていた時、イシスが唐突に聞いてきた。

「ああ………」

「嫌なら答えなくていいんですよ」

「いや、特に理由はないよ、肩慣らし的な、いくら魔王の支配が薄い南方でも何の練習もせずに旅を始めるのは心もとないからね」

「そうですか…」

イシスはどこか釈然としない様子だ。

「まあ、結局それでも準備は足りずに多くの命を死なせてしまったけどね…」

「カインさん…」

ポーンのそのつぶやきの後、僕たちはこれまでの仲間たちに思いを馳せるのだった。


イシスたちと丘であった後は闘技場に来た。僕が付いた時、医者ことブライトと遊び人ことアウリアがギャラリーで休憩していた。

「おや、お二人とも。戦わなくていいのかい」

「ちょっと勇者様、僕なんて本当に決戦とか向いてないんですから」

「私もパスよ。そういうのはポーンとかオージーにやらせればいいのよ」

ブライトとアウリアは両方とも乗り気じゃないようだ。

「ならいいんだけどよく僕の旅についてこようと思ったね。」

少し驚いた僕が言った。

「そりゃちやほやされたいからじゃなーい。」

アウリアが当たり前のように言った。

「まあ、それなりに活躍してくれてるからいいんだけどね」

アウリアは実は貴重な戦力である。ブライトは戦闘は本当に向いていないが事務能力は高いので外交問題などの戦闘じゃ解決しない面倒ごとを雑に相談できるのでとても助かっている。

「僕も活躍できてるんですかね…」

ブライトが自信なさげに言った。



三人目の四天王、クーロゥとの戦いは短期決戦だった。クーロゥは不意打ちという手段をとってきたが、イシスがそれにいち早く気づき逆に致命傷を負わせることができた。

「さすがは勇者、頭も切れるか…」

クーロゥが岩場に寄りかかって言った。

「何を言ってる俺はお前らよりも弱いからな、仲間を頼るんだ」

僕がその言葉を言った直後ポーンがクーロゥに止めを刺した。

「そんなにあっけなく止めを刺しちゃってよかったんですか?」

オージーが戦いの後で聞いてきた。

「いいんだ、一刻も早く争いを終わらせるためには一時も手を抜いてはならないからな」

「さっすが勇者様、到底真似できそうにないわね」アウリアが感心したように言った。

「でも、そこまでしても貴族の風当たりはますます強くなっていきます、彼らは勇者様、カインさんの事を体のいい生物兵器、又は話の通じる魔王ぐらいにしか思ってないんですよ」

ブライトが決めつけた。

「もしそうだとしても、僕の遣ることは変わらないさ。勇者であれるうちは勇者でありたいんだ」

後半は自分に言い聞かせた。この時の僕は考えたくなかったのだ。


四人目の四天王との決戦はシツラークという町で行われた。

「よくぞ来てくれました勇者様」出迎えてくれた兵士の顔は疲れ気味だった。

「それで、状況は?」

「敵方の四天王は悪魔かオーガのどちらかで向こうは200で攻めてきて此方は400。」

「なるほど、現状は町の人たちで抑え込めているようだが、まだ先遣隊しかきてないし四天王はまだ遠くにいる状態。四天王本人が来たら恐らく大分苦しい戦いになるな」

「仰る通りで、大変いいにくいのですが…」

「ああ、僕たちが町の外に出て何とかしよう」

「本当ですか⁉有難うございます。くれぐれも死なないでください」


こうして僕ら勇者一行は町の外に来ていた。正確にはブライトは町の外だと生き残れる自信がないとのことで町にとどまって怪我人の面倒を見ているが。

「強そうな魔族は、オーガと悪魔の二体か」ダフが冷静に言った。

「ここは分かれていきます?」オージーが問うた。

「今は6人しかいないのよ?3人で四天王を倒すなんて無理よ」アウリアが否定した。

「じゃあ四天王だと思うほうに戦力を全部傾けないといけないってことですか?」ポーンが少しだけ怖気づいたかのように言った。

「勇者様、どうします。因みに私の見立てでは」

「あのオーガ頭も回りそうだな」イシスの言葉をさえぎって僕が言った。

「ええ、恐らく」その言葉にイシスも同調した。

「しかし悪魔の方も老獪そうな感じはありますよ」オージーが言った。

「それもそうだな……。いや、オーガの方へ行くぞ」僕は意を決して言った。


オーガの方へ向かったがオーガは中々に手練れだった。

「覚悟しろオーガ!」僕はオーガの方へ切りかかった。

「一応僕にもジェーンっていう名前があるんだけどな」オーガはそれを体をそらしてかわした。

「まだだ!」ポーンが続けざまにとびかかった。

「律儀に声出さなくていいのに…」オーガはそれを体で受け止めて、ポーンの剣をつかんで遠くへ投げた。

「時間稼ぎ…」その時、ダフが呟いた。

「まさか…。でもこのオーガはあまり戦闘に意欲的でなさそう、となるとその可能性が高いか…」ダフの言葉を受けてイシスが早口で声に出した。

「おっと、悪いね。僕は逃げられないタイプのオーガなんだ。」ジェーンは引き返そうとしたアウリアに回り込んで攻撃した。

「間違いない、時間稼ぎが目的か…!」僕は得心して言った。

「殿は私がやるわ!」アウリアが意を決して言った。

「させない!」ジェーンが僕の方へ飛び掛かった。しかし飛んできた火の玉に阻まれた。

「皆、今のうちにいくわよ!」火球を高速詠唱したイシスが言った。

僕たちは急いで駆けだした。




昔からどうにも間が悪かった。昔からどうにも少しだけ足りなかった。冒険者の凱旋があってもすんでのところで間に合わない。魔物と出会ったときに限って剣が折れる。結局志望していた冒険者にはなれずにせめて人助けはしたいと思い医者を志したがそれもできずに医師免許はなしでやることにした。そもそも魔法で簡単に人体をいじれるし、決闘なんかもそこら中で行われているのに医療という行為にだけ免許が必要なのも正直納得いかない。考えれば不条理だと思うことはたくさんあるけどなるべくそれらを見ないようにして頑張ってきた。

そんな僕だが人にはちやほやされたかった。それでこれまでのすべてが報われる気がした。昔抱いた憧れはいつしか支えになってしまっていた。僕には分不相応だというのに。だから医者として、少しでも多くの命を救いたかったのだ。

四天王が町に攻めてくる。どうやらカインはミスをしてしまったらしい。町の人たちが次々に攻撃されていく。どうやら回復魔法の使い手はこの街には足りてないらしい。いや、腕が飛んだりがざらにあるような惨状だ。魔法にはこの手の状況は不得手なのだろう。必然、数少ない僕が活躍できる状況がやってくるという訳だ。一心不乱に応急処置をしていく。あまりにも助からなそうな命はこの町の司祭を呼んで治癒してもらう。それを続けていくうちいつしか四天王がこちらにまで迫ってきた。もう内堀も突破されたらしい。しかし逃げ遅れたのはどうやら僕だけではないようだ。この町の司祭も逃げ遅れたようだ。この時、僕の感情はこれ以上なくハイな状態になっていた。きっとずっとたくさんの命を救う今みたいな状況を夢見てきたからだろう。

よってこれからの行動に迷いはなかった。

僕は四天王の方へ進んだ。

「おや、見たことないぐらいに弱そうな相手だな」

「それは、戦ってみなきゃわかりませんよ」足は震えてないだろうか。震えてたらダメなのだ。僕は今からいつよりも美しく舞うのだ。




「…見かけよりはしぶとい奴だったな」

「ブライト、やられたか!」僕は叫んだ。

「こいつも間が悪い奴だな。あと少し生き残ればお仲間が救援にこれたのによ」

「こいつは速攻で片づける」僕は仲間に指示した。

「おや、頭に血が上っているのか?」四天王は煽るように言った。

「…いいや違うね、足止めしているアウリアを助けるためさ」言うが早いか、僕はすぐさま切りかかった。


そこからの戦いは熾烈を極めた。


「…ブライト。お前のことは一生忘れない」四天王を倒した後、ダフが言った。

「ああ、絶対に」僕も同意した。

「さあ、アウリアさんのところに行きますよ」イシスが切り替えるように言った。


結論から言うとアウリアは助かった。四天王とまではいかないが四天王の補充要員ではあったあのオーガ相手に一人でしのぎ切ったのだ。そのオーガは僕たちによってあっさりと倒された。正直四天王戦で温まった僕たちの敵ではなかった。



かくして僕たちは魔王城に乗り込んだ。魔王城内は不気味なほどに敵がいなかった。

そうしてあっさりと僕たちは玉座の間に着いた。そこには全身鎧に包まれた人物が立っていた。

「よくぞきたな、勇者よ。我が相手をしてやろう」その人物は尊大に言った。

「勇者様、この者はたぶん魔王ではありません」まさに戦いが始まるというとき、イシスが言った。

「つまり?」確認したアウリアに

「あのオーガと目的は一緒です。多分時間稼ぎ。」イシスはこう答えた。

「俺のどこが魔王じゃないって?」少し苛立ち気味に言った鎧の男に

「魔王にしてはオーラが出ていない。おそらくは四天王と同等レベルぐらい。魔族は実力主義、この程度では四天王はついてこない」イシスはこう答えた。

「へー、わかってんじゃん。だが、ここからは帰さない。俺の名前はラグス。勝負だ!勇者よ!」

ラグスは大見得を切った。その瞬間玉座の間と廊下をつなぐ重厚な扉がバタリと閉じた。

「時間稼ぎをするってことは時間稼ぎが必要な何かがあるってことか」オージーが呟いたその言葉は確かな説得力があった。より一層気を引き締めて臨むことにした。


結論から言うと、これまで数々の場数を踏んだ僕たちはすんなりと倒すことができた。

「所詮は勇者、俺ごときでは勝てない、か…。魔王様後は頼みます…」ラグスはそういってこと切れた。



魔王城を出た僕たちは南の、これまで旅をしてきた方向に戻った。理由は魔王の不在と時間稼ぎの意図、この二つを考えた時、魔王が自ら人間のところを攻めているのではないかと思ったからだ。

しばらくしてビルギッツのあたりまで戻った時。意外な人物と会った。ラウラ姫である。

「勇者様、やっと見つけました…」

「ど、どうしたんだ」

「実は王都が魔王に襲われて…」

「だからって伝令のためにわざわざ君が来たのか…、その、周りは止めなかったのか」

「国家の緊急事態です、王族だろうとなんだろうと関係ありません。やれることをやるのみです」

ラウラ姫は毅然とした表情で言い放った。

「それで、詳しい状況はどうなんですか」黙って話を聞いていたポーンが訊いた。

「国王陛下は残念ながらお亡くなりに。長兄が後を継いでいます」

「そうか…。王様が…。」

━ 無理強いはせぬ。いいか、自分の命は大事じゃ。それは勇者であっても変わらぬ。決して忘れるで

ないぞ ━

王様が忠告してくれた言葉を思い出す。正直忘れていたがそれなりに的を得ていたのかもしれない。

「惜しい人を失ったな…」


王都に着くとまたしても意外な人物と会った。バースであった。

「おお、勇者。久方ぶりだな」

「バース、どうしてここに」

「王都が襲われてるって聞いていてもたってもいられなくてな。骨のない奴はあらかた片づけた。しかしすべての元凶である魔王のやつは残っている。勇者、虫がいい話ではあるが再び俺を仲間に入れてくれないか」

「もちろんだ、むしろこちらからお願いしたいぐらいだ。さあ、いくぞ!」


こうして僕たちは魔王に挑むことになった。

賢者のイシス、武闘家のバース、僧侶のダフ。旅人のオージー、遊び人のアウリア、軽戦士のポーン、そして勇者である僕、カイン。この七人で挑んだ魔王戦はかなり激しいものとなった。魔王が王都の城に立てこもったばかりに、白ごと破壊する手を取る必要性が出てきたが、ラウラ姫の根回しのお陰で反対意見をつぶすことに成功した。こうして不意を突いた爆破からの立て続けの戦闘により魔王は斃れた。


倒した後の僕たちは一通りの祝福を受けた。そんな最中オージーと話す機会があった。

「オージー、ありがとうな」

「カインさん、いきなり改まってどうしたんですか」

「いや、君のお陰で魔王戦は余裕を持てたかなって」

「そうですかね。俺は何もしてないですよ。バースさんやポーンくんやアウリアさんに任せっきりでしたし」

「何言ってるんだ、君がいるだけで精神的にもだいぶ楽になるんだから」

「そんなもんなんですかね」

「そんなもんだよ」


オージーはこの後行方が分かっていない。いなくなる前の彼曰く本当に旅人になってくる、だそうだ。


まあ、何はともあれ以上が魔王討伐の顛末だ。




勇者一行のその後


勇者 カイン 生存

魔王を倒した後は一線を退くことにより勇者としての地位を確立しお払い箱にされるという事態を避けた。

これが基本的に世渡りが苦手な勇者の最大の駆け引きだった。一線を退いた後もかつての仲間たちや僅かな新しい仲間たちと一緒にワイワイやってる。


賢者 イシス 生存

魔王を倒した後は長老的な位置でご意見番をしている。本人は権力に無頓着なのだが周りから恨まれることは多い。しかし権力争いをする余裕が今の国にないため助かっている。また、争いごとは苦手。


魔法使い リモザ 死亡

実はすごかった魔法使い。武闘家と同格ぐらい。強気な性格だがそれを裏打ちするだけの経験と努力がある。ただ相手が悪かったのでダメだった。後、犬派を公言しているが野良猫に餌をあげる。別に性格は悪くないしあなたのことを思っているわけでもない。


武闘家 バース 生存

あれからまたいくつかの村を救い、膝を負傷してからはその村で後進の育成に努めている。気のいい性格で尊敬されながらも親しみを込めて接されている。


旅芸人 ピジョット 死亡

清濁併せのむ男。人を見る目に優れており軽戦士に未来を託した。村人のこともただモノではないと思っていた。因みに手品もできる。


重戦士 リック 死亡

職業は重戦士。顔が良いのは触れられていたが、実力も一級品であった。多分別世界線では報われるはず。最後は逃げる住人たちの盾になって本来はつけるはずの鎧もなしで粘って死亡。


女武士 ミコト 死亡

勇者の救援が惜しくも間に合わず村ごと滅びた。


遊び人 アウリア 生存?

オージーがいなくなって二、三年あたりまではいたのだがその後の消息は不明。死んだ説が濃厚。


僧侶 ダフ 生存

この世界線だとまともに生き残った人が少なすぎて後世の歴史書の勇者一行の情報は大体この人か武闘家からになる。

(作者に約半年間忘れられていた。)


男近衛兵 ジャック 死亡

女近衛兵によって爆殺。


騎士 ジェンナー 死亡

若気の至りか無謀にもダンジョンに単騎で挑み死亡。


軽戦士 ポーン 生存

冒険を通して成長するという概念が一番当てはまった人。自分を見出した旅芸人を尊敬している。その後は勇者一行では意外と珍しい軽戦士を続投するという判断をしている。多分後世で一番英雄視されてる。


旅人 オージー 生存?

役割回収した男。生きてるはず。


商人 テーゲン 死亡

一時期勇者と一緒に旅した商人。詳しい事は分かっていない。周りの人たちはみな彼についてはあまり話さなかった。ただ勇者は彼に触れており序盤の心の支えになったと述べている。


医者 ブライト 死亡

気弱だが勇気はあった漢。今回の旅のナンバー2か3。


姫 ラウラ 生存

最後に活躍した人。この後もたくましく生き延びて行く。実はアウリアと仲がいい。


少女 ラギ 死亡

悪い子。


女近衛兵 テン 死亡

しれっとバースに殺された人物。


好青年 ノールス 死亡

出番があってよかったね。


村人 アベル 死亡

村人Aのいない世界のお話なので


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村人Aの放浪 山崎義材 @5OC_kun

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