第2話 答え合わせ


 俺が初めてカメラを手にしたのは、小学二年生の頃だった。


 カメラマンの父親に憧れて写真を撮らせてもらったんだけど、最初はブレたりして……。

 幼いながら、悔しくて何度も挑戦しているうちに、気づけばカメラの虜になっていた。


 今では俺の生活はカメラ中心と言ってもいい。

 勉強や部活なんて青春よりも、一枚でも多く俺だけの瞬間を収めたい。


 今日も今日とてその考えは変わらないんだけど……。


 それでも今日の俺の興味は、広い教室の中のとある一点に集中していた。




「うっすらと雰囲気を感じる気がしなくもない……のか?」




 脳裏に残っている昨日の人物と照らし合わせて、一人そう呟く。


 昨日のコスプレイベントで出会った、ダウナーな雰囲気の、他とは違うオーラを感じたあの人。

 そして、今も教室で息を潜めるかのように目立たない折本。


 自分でも無意識のうちに、その二人が重なった瞬間が見えたのだろう。


 気まずくなって、あの後はそそくさと帰ってしまったけど……。冷静に考えれば、あの反応は折本だと思っていいんだよな……。



「なに険しい顔してんだよ」



「あぁ、昨日ちょっとな……」



「諏訪が悩んでんのなんて珍しすぎだろ」



「その言い方は失礼じゃないか?」



「まあまあ、ここは俺が相談にのってやるからさ」



「いや、南雲に話しても……」



 そもそもこの件は、誰かに相談してもいいものか……。


 仮にあのコスプレイヤーが本当に折本なら、さすがにマズい気がして気軽に口にすることも出来ない。

 忘れればいいのかもしれないが、写真を見返すとやっぱり目を惹かれてしまうのだ。



「俺に話しても意味ねぇってか?」



「そういうわけじゃないんだけど、話しづらいっていうか────」



 ────ねぇ。



 俺と南雲の会話を割るように、そんな冷たい声が頭の上から降ってきた。

 見上げれば、相変わらずの鋭い目付きをしている折本が。


 まさに、俺の悩みの種である人物がそこに立っていた。



「今日の放課後、空いてる?」



「……なんの用だよ」



「あなたなら分かると思うけど」



 短い言葉。だけど彼女の言葉通り、なんの用かはその短さでも伝わってきた。


 憶測の域でしかなかったことが、段々と確実なものになっていってる気もするが……。


 俺の返事を待つことなく、折本はそれだけ言い残して席へと戻っていった。



「もしかして、悩みって折本関係……?」



「ああ……」



「えっと、頑張れよ。俺は応援だけしとくから!」



 さっきまで相談にのるとか言ってたくせに……。


 拒否権は無し、ここまできたら仕方がないか。

 あのコスプレイヤーが折本なら聞きたいこともあるし、俺は心の奥で静かに覚悟を決めた。





 ※





 あれから時間が過ぎ去るのはあっという間で。

 放課後、わざわざ俺の席まで迎えにきた折本に連れられて、一度も来たことがないようなオシャレなカフェへやってきた。



「…………」



「………………」



 しかし、教室を出てから今現在まで会話は一度もないまま。


 周りはというと、女子高生らしきグループやカップルと思わしき人たちばかりで。

 とにかく賑やかなこの場において、俺たちのテーブルは場違いといってもいい空気の重さだった。


 このままだと時間が流れていくだけにも思えたので、仕方なく俺から声をかけてみることに。



「えっと……」



「昨日の、どういうつもり?」



 せっかく意を決して声を発したのに、被せられる形でストレートに用件が飛んできた。

 だったら、最初から話してくれと思わなくもないが、それよりも彼女のある一言に引っ掛かる。



 ────昨日の。



 折本のその言葉が、俺の中の疑いが確信に変わった瞬間だった。



「どういうつもり、とは……」



「名前。あそこで本名を呼ぶとか信じられない」



「それは、悪かったよ」



「悪かった?」



「ごめんなさい……」



 やっぱり、あのコスプレイヤーは折本で間違いなかったのか……。


 そうなると、今度はまた別の疑問が浮かんでくるけれど、質問する暇なんて与えてもらえるわけもなく。



「私があのイベントに参加してたこと、誰にも言ってないでしょうね?」



「そ、それはもちろん」



「ならいいけど。それより今、撮った写真を見せてもらうことは出来る?」



「あ、ああ。送ろうと思って、スマホにデータは移してある」



「見せてちょうだい」



 いきなりのことで少し躊躇いはあったが、断れる雰囲気でもない。


 昨日のイベントから帰ってすぐ、折本の写真だけはスマホに移していたのだ。それが良かったのか悪かったのか……。


 フォルダを開いて、恐る恐るスマホを折本の方へと向けた。



「こんな感じ。あんまり人物写真は撮らないから、折本の魅力を引き出せてるか分からないけど……」



 父親以外の人に評価をしてもらうのは初めてだから、妙に緊張する。しかも、その相手が被写体である折本っていうのも。


 きっと、辛口コメントを言われるんだろうなぁ……。


 スマホをジッと見つめ、次々と写真を確認していく折本。

 緊張からか、自分の心臓の鼓動がどんどん早くなってるのを感じた。



「どうして人物写真はあまり撮らないの?」



 ようやく無言の間が途切れ、最初に発されたのはそんな一言。


 感想よりもそっちの疑問かよ……。


 折本から、俺のことに関する質問が飛んでくるとは思わなかった。てっきり他人には興味がないのかと……。



「恥ずかしい理由なんだけどさ……。声をかけるのって緊張するだろ。モデルになってくれそうな知り合いもいないし」



 昨日の写真を見て何を思ったのか、気になるところではある。

 けれど、質問を無視してまで聞けるほどの度胸は俺にはなかった。


 人と関わるのが不得意だから、自分の願いも要望も伝えられない。

 きっと、折本みたいな性格の人に共感してもらえることも一生ないだろう。


 そう思っていたからこそ、その後に出た彼女の言葉に、俺は動きが固まってしまった。



「だったら────私のこと、もっと撮ってみない?」


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