クラスメイトの目つきが鋭い女子に睨まれた次の日、コスイベで偶然その子と出会った件

結城ユウキ

第1話 プロローグ


 ファインダーを覗くこの瞬間、世界が一番輝いて見える。



 学校の敷地内の木々ですら、まるで神秘的にも感じさせてくれて。

 太陽の光、風の揺らめき。一秒たりとも同じ景色なんて存在しない。



 そしてこのカメラは、わずかな一瞬すらも永遠のものにしてくれる素晴らしいものだ。



 素晴らしい瞬間を逃さないように、構えてシャッターを切る。




「……盗撮?」



 シャッター音と同時に聞こえてくるそんな声。


 カメラのレンズすらも貫通する鋭さで、俺のほうを睨みつけてくる一人の女子が。


 突然入り込んできたその姿に驚いたけれど、撮れた写真は、ミステリアスな雰囲気すら感じる良いものになった。


 ただ、なんか今すごくとんでもないことを言われたような……。



「はっ?」



「私のこと撮ったでしょう? 許可もなく」



 ようやく彼女の言葉を理解すると、俺は咄嗟にカメラを下げて声を出す。



「いやいやいや、盗撮じゃないから!」



「本当に?」



「本当だって! ほら、写真も消した!」



 良い写真なだけにもったいないけど、彼女に見えるように削除する。


 風景写真を撮ってただけで、盗撮魔の扱いをされるのはたまったもんじゃないからな……。


 これで向こうの態度も変わるだろうと思えば、今度は大袈裟に思えるくらいの深いため息が。



「はぁ……。少しは場所を考えて」



 絡んだことのない人間に対しての態度とはとても思えない、愛想のない冷たすぎる態度。

 一方的にそんな言葉を吐き捨てて去っていく彼女の背を、俺は苦笑を浮かべて見つめることしか出来なかった。



「場所を考えろって……」



 人の邪魔をしてるわけでも、道を塞いでるわけでもないんだから別にいいだろ……。


 そう言い返したくもあったけど、実際に口に出す勇気が俺にあるわけない。


 さっきの、結構いい写真ではあったんだけどな……。



「よっ! 悪いな、諏訪。待たせたか?」



 先ほどの彼女と入れ替わるようにしてやってきたのは────俺が待っていた人物、南雲なぐもだった。


 中学から付き合いのある南雲は、俺の唯一の友達と言ってもいい。



「いや、俺は写真撮ってただけだから」



「さっき話してたのって折本おりもとだよな? お前、絡みあったっけ?」



「あるわけないだろ。盗撮を疑われただけだ」



「そりゃ災難なことで……。折本って、暗いのに目付き鋭いから怖いんだよなぁ……」



 そして、もう姿が見えなくなった彼女も、知り合いかと言われれば知り合いではあった。


 同じクラスの折本怜香おりもとれいか


 レンズの大きなメガネに、肩の辺りで二つ結びと、落ち着いた雰囲気を感じさせる見た目だけど……。南雲が言うように、近寄りがたいオーラを放っていて怖がられている。


 接点はほとんどないから、向こうはクラスメイトだと分かっていたのかすら正直怪しいが。



「見た目だけじゃなくて、言葉も中々に圧が凄かった……」



「なんというか、ご愁傷さま……。気晴らしでも行くか?」



「いや、明日の準備があるから。駅前だけ寄って帰る」



 今にも文句の一つや二つが口から溢れそうだけど、明日のことを思えば自然と我慢できた。


 なんてったって明日は久しぶりに、人物写真が撮れるんだから。






 ※






 段々と日差しが強くなってきた昼前。

 じんわりと額に汗が滲む暑さにも関わらず、会場の熱気は上がり続けていく一方だった。


 カメラを持った人たちが多いけれど、普段の服とは違った装いの人もかなりの数。

 というか、辺りはそのどちらかに当てはまる人しかいない。


 制服から精巧な鎧、派手な武器を持った人まで……。



 そんな俺が今日、来ていたのは────コスプレイベントだった。




「それじゃあ撮りますね」




 人間関係がとてつもなく狭い俺にとって、こういうコスプレイベントは、気軽に人が撮れてすごくありがたい。


 正直なことを言ってしまえば、何のキャラクターなのかはいまいち分かっていないけど……。


 ただ、人物写真が撮れればいいのだ。それがコスプレでも。



「ありがとうございました」



「はいっ。SNSやってるので、良ければ写真送ってください」



「あっ……はい……」



 最低限のコミュニケーションですら、コミュ障っぷりを発揮する自分に情けなさを感じてくる。

 俺が人物写真を頼めないのは、この絶望的なまでのコミュ力の無さが原因だった。


 風景写真だけではなく、人も撮れるなら撮りたいし、それこそ学校にも被写体として撮ってみたいと気になっている人はいる。


 だけど接点もない人に、被写体になってくれなんて言えるわけもなく……。


 こうして、数ヵ月に一度のコスプレイベントに頼っているというわけだ。



「次はあの人のとこ並ぶか」



 遠目からでも分かる、カメラ慣れしたオーラを放つ女性。


 撮影待ちの列が出来ていたけど、一目見ただけでも忘れられないその姿に自然と足が導かれていた。

 俺の前に並んでいる人たちも、きっと同じ思いなんだろう。


 他の人の列に並んだときは、和気あいあいとした様子が伝わってきたりもしたけど、この列だけは違う。

 炎天下でも涼しい顔をして淡々とポーズをキメている彼女の影響か、どこか緊張感が漂っていた。


 暑さなんて忘れてしまうくらい、目の前で行われていく撮影に見入っていると、気づけば俺の番に。



「よ、よろしくお願いします……!」



「はい、お願いします」



「撮る前のカウントは────」



「しなくていいです。私のほうでポーズは取っていくので、好きなタイミングでどうぞ」



「わ、分かりました」



 すごくサバサバした人だな……。そういうキャラクターで、イメージを崩さないようにしてるとかだろうか……。


 肩の下まで伸びた綺麗な銀髪に、ダウナーな目付き。スラッとした長い手足に、俺とあまり変わらない女性にしては高い背丈。


 やっぱり見たことないキャラクターだけど、再現性が高いんだろうなということは容易に想像できた。


 それと、こんな暑い日にそんな厚着……。


 キャラクターの服装なんだろうけど、見てるこっちが暑苦しくなってくる。

 でも、当の本人はというと極めて涼しい顔をしていて。汗ひとつかかずに、淡々と撮影をこなしていた。



 まるで彼女一人だけが、別の世界に生きているかのようで圧倒される。



 ただ、この雰囲気。カメラ越しでも貫いてくるこの目付きの鋭さを、つい最近どこかで見たような────




「折本……?」




 無意識のうちに口から出た、とある名前。


 クラスメイトで、昨日あんな態度を取ってきた彼女の名前をどうして今……。こんな場所にいるはずもないのに……。



「あっ、すみません。なんでもな────」



「……っ!」



 自分でも訳の分からない言葉を謝ろうと、咄嗟にカメラから顔を離したときだった。

 ファインダー越しじゃなくても、俺の目でもしっかり分かるくらいの動揺の色が彼女に見えたのは。



 それまでは完璧だった彼女の表情が崩れていた。

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