第25話 剣聖ネゾという男

論功行賞ろんこうこうしょうは晴れ舞台でもありますからね、可能な限りの正装を準備した方が宜しいと思われます。ああ、僕の分はいりませんよ、出入り禁止ですので。……じゃあ、僕は部屋に戻りますね」


 部屋へと戻る変態童貞バツイチ中年王子の背中には、哀愁が漂っていた。


 窮地を助けてくれたりオークキングゾンビ♀を倒したりと、変態王子なりに活躍はしていたのだが、まぁ、ゾンビになっていたのだから仕方がないか。


 淋しげな背中を見送っていると、ぴょいっと、ネルメが隣に座った。


「勇者様、論功行賞って何?」


 純粋な眼差しと共に問われると、答えずにはいられない。


 分かりやすく言うと、戦争で頑張った人にご褒美をあげますよって発表する儀式だな。付き添い二名まで参列可能って書いてあるから、ネルメと太陽の巫女の二人も一緒に参加するか?


 軽い感じで口にしたのだが、誘い文句を聞いた途端、エプロン姿の太陽の巫女が洗濯物を握りしめ、急に立ち上がった。


「いいのですか?」


 ああ、いいけど。


「なら、今からドレスの準備をしないとですね。場所は王城、私もサマードム城の巫女として、恥のない姿を演じないといけません。さ、ネルメちゃんも立って、急いでドレスの仕立てに向かいますよ」


「えー? アタシ、ドレスとか着たことないなー。前に着てたのは戦闘服だったし、ドレスってアレでしょ? 貴族服みたいな感じのヤツでしょ? 勇者様、アタシそういうの似合うと思う?」


 ネルメは元がいいからな。

 何でも似合うんじゃないか?


「えっへへへへ、元がいいとか、テレる」


「お化粧もしないといけないし、小物も必要ですし……勇者、パーティのお財布、使わさせていただきますね。というか、勇者も正装しないとですから、一緒に洋服の仕立てに行きましょうか」


 ああ、そうだな。

 じゃあ、仕立て屋に行くとするか。


 家に変態王子とキーちゃん、腐薔薇の騎士を残し、俺達は街へと買い出しに向かう事となった。


 嫁との買い物の時も思ったことだが、女の買い物は必要以上に時間が掛かる。


 ウインドウショッピングに余念が無く、ありとあらゆる「好き」「可愛い」の前で足を止めるのだから、まさに牛歩のようなものだ。

 

「ネルメちゃん、これなんてどう?」


「アタシ、基本的に黒が好きなんだけどなー」


「晴れ舞台ですからね、なるべく明るめの色にしておきましょうよ。白がベースの方が、ネルメさんの髪色にも合いますよ?」


「白は巫女ちゃんの方が似合うって。日焼けした肌に純白とか、アタシ的に最高だと思うけどな」


 本当に、こうして見ているだけなら完全に親子だよな。っていうかネルメのことをネルメ呼びして平気なの? って思っていたのだが、外見がどう見ても少女だからか、誰も何も言わず。


 この国を震撼させた原因が、今こうしてドレスを仕立てていると知ったら、皆どんな顔をするんだろうね。


「ねぇ勇者、私たちのドレス、似合う?」


 ああ、いいんじゃないかな。


「本当にー? ちゃんと見てるー?」


 見てるよ、ネルメは紫色にしたのか、髪色とマッチして最高だと思うよ。太陽の巫女は白がいつも似合うな、とても素敵だよ。


「ふふっ、ありがとうございます。お世辞として受け取っておきますね」


「最高かー、ふへへ、やっぱりアタシはこっち系の色の方が似合うんだな。じゃあ巫女ちゃん、これで仕立て、お願いしに行こっか」


 女性二人が仕立ててる間に、俺の服も仕立ててもらうことにした。


「旦那様、笑顔が素敵ですね」


 仕立てて貰っている最中、店員さんからこんなことを言われてしまった。姿見鏡に映る俺の表情は、確かに笑顔だ。以前の俺の時は、こんな笑顔が出来ただろうか? ……いや、考えるまでもないな。


 今の俺は幸せだということを、改めて実感する。


 そしてその幸せを守る為に、俺はまだまだ戦わないといけない。たとえその方法が、人類にとって最悪な手段なのだとしても。


「わ、勇者も似合っておりますね」


「うんうん、世界で一番カッコいい。さすが、アタシの勇者様だ」


 両手に花、他から見たら幸せ家族そのものだ。


 ……嫁と娘に見られたら殺されそうだけどな。


「招待状を拝見いたします……おお、勇者様、太陽の巫女様、それと……ネルメ、様? ああ、いえ、大丈夫です。ベルザバ様より、勇者様には娘様がいらっしゃるとお聞きしておりますので」


 城門兵ですらも通してしまう。


 アークグリッド公国において、腐肉の王ネルメは確実に死んだということだな。


 そういえば、ちょっと気になることがひとつ。


「ん?」


 身代わりの仮面の中身って、誰だったんだ?


「キーちゃんに作ってもらった人間の顔だよ。死体を使っても良かったんだけど、人間って狩った死体を晒すことってあるじゃん? もしそれで死体の身内、なんて人間がいたら、身代わりってことがバレちゃうからね。魔物にしても良かったんだけど、首から下は勇者様だったし、だから、人間の男の顔にしたんだ」


 なるほど、いろいろと考えてたんだな。

 偉いぞ、ネルメ。


「にへへ……」


 いつも通りの穏やかな雰囲気の中、ネルメの頭を撫でていたのだが。


 ————。


 突然、首元に刃を突き立てられた感覚に襲われる。慌てて自らの首に手をあてがうも、刃なんて存在せず。吹き出る冷や汗をそのままに、俺は視線を巡らせた。


 そして見つけたんだ。

 こちらを睨みつける、剣聖ネゾの姿を。


 長い白髪、蓄えられた髭も真っ白に染まる。


 ゲーム登場時は緑髪だったから、すぐには気づけなかった。加齢と共に白髪へと変わっていったのだろう。そんな彼が、俺達を睨み続ける。


 変わったのは髪色だけ。

 剣の腕前は剣聖と呼ばれた当時のまま。


 剣聖スキル『確殺』対象を一撃で屠る。


 相手に斬られたことすら認識させない慈愛の剣、そんな説明が攻略本に記載されていたが、まさしく文面通りのことを、俺は体験した。


「勇者様」


 関わらない方が良い。


「あ、勇者様」


 俺達の正体に気づいている、ということはないはずだが、それでも関わらない方が絶対に良い。俺の第六感がビンビン訴えてきてるんだ、アイツはヤバい、可能な限り距離を取るべきだってな。


 そう、思ってたのによぉ。


「では、勇者はこちらの席に着いてくれ。俺とネゾ様、そして勇者の三人には特別な論功行賞が授与されるとのことだ。騎士を目指すのなら、今の内に、ネゾ様に顔を覚えてもらっておいた方がいいぞ?」


 白銀の騎士ベルザバに案内されて、俺達はネゾと同じ席に付くことになっちまった。丸いテーブルの上には艶やかな花と共に飲み物が置かれているが、とてもじゃないが喉を通りそうにない。


 とりあえず、社交辞令だけはしておこう。

 椅子に座る前に剣聖ネゾの側に立ち、礼をする。


 商談の場のように自己紹介をし、無難な挨拶を伝える。自分が勇者であること、連れはサマードム城の巫女であること、その隣にいるのは娘であるということ。先に包み隠さず全てを伝えてしまえば、相手の警戒も解けるはずだ。


「……儂は、嘘が嫌いでな」


 ああ、ダメだ。

 これ全部バレてるパターンだ。


「これでも剣だけで生きてきた身、自らが切りつけた首の感覚はこの手が全て覚えている。どのようにして戻ったのかは知らぬが……首は、元に戻ったようだな」


 どうしようかな。

 逃げちゃおうかな。


「まぁ座れ、このような場で斬ったりはせんよ。少し、爺の話に付き合ってくれれば、それでいい」


 ここは、言う通りにしておこう。

 隣に座り、用意されたワインをひとくち。 

 全然、味がしねぇ。


「二十年、ネルメの城が突如現れてから二十年の月日が流れた。幾度となく攻め込むも、ヤツの城は堅牢、倒しても復活し、倒された仲間が敵になる。大魔法や大砲で城壁を破壊しても、次の朝には城は元に戻っている。戦争が長引けばいずれ負ける、そう悟った我々は、傍観という選択肢を取った」


 ネルメのゾンビ軍団、匠の技の持ち主だからな。

 城壁なんか一晩もあれば修復してしまうだろう。


「もちろん、ただ傍観していた訳ではない。幾度となく斥候を送り、ネルメの城の内情は全て把握していた。その中の情報のひとつに、腐肉の王ネルメ・グッド・リアルデスについての正体も含まれていたのだ。だが、夜空に投影された姿はこれまでとは違う、まるで別人だった。しかも我が軍に攻め込むとまで宣言しているではないか。そこで、儂は全てを悟ったよ」


 何をでしょうか。


「ネルメは全てを終わらせようとしている、とな」


 とりあえず、沈黙。


「自らの身代わりを用意し、自身を死んだと思わせる。そこまでして得たい物は何か……それは、魔王軍からの解放、自らの自由だ。無論、そう簡単に許せる話ではない、これまでの犠牲者がどれだけいたことか。だが、戦争が終わるなり、これまでの犠牲者の全てが、魔物から人へと戻ったのだ。街の人々は腐肉の王が倒されたことによる副産物と考えているらしいが、儂は違う。これは、ネルメの贖罪なのだ。……儂の剣は復讐の剣だった。妻と息子を失った悲しみから生まれた剣だったのだが……その二人が、今は人間に戻り、儂を出迎えてくれた」


 剣聖の目から涙がこぼれ落ちる。


 彼の視線の先にいるのは、微笑むまだ若い奥様と、幼い男の子だ。


「ネルメが何を考えこういう行動を取ったのかは知らぬが、恐らく勇者である貴公が、彼女を変えてしまったのであろう。儂はもう、彼女と戦うべき理由が存在しない。……先ほどの無礼、許して欲しい。儂の言葉の確認をしたく、ネルメへと殺気を送ってしまった。ふふふっ、アヤツめ、気づいておきながらも完全に無視しおったがな」


 語ると、剣聖ネゾもワインを口へと運び、口元をほころばせる。


「アヤツの真意が自由を望むというのであれば、儂からは何もしない。既に、全て返してもらったからな。失った時間は、今からでも取り戻せる。……貴公へは、感謝を伝えさせていただく。儂には二十年掛けても、出来なかったことだ」


 何もかも間違っているが。

 正解は、人それぞれだ。


 穏便に済むのなら、それでいい。


 その後、論功行賞に関して、剣聖ネゾは全てを辞退すると宣言した。彼が与えられるはずだった報奨の全てを、勇者である俺へと贈与するとも。


 かくして、俺は剣聖ネゾが与えられるはずだった領地と財産を得ることになった。アークグリッド公国は幾つかの国が合併して出来た国だ。その中のひとつが、俺の領地へと変わる。


 ……こんなのゲーム本編には無かったけどね。


 まぁ、与えられた領地は次の目的地ではあるのだから、問題は無いと言えば無いのだけれども。


——————

次話『新天地』

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