第22話 騎士として

「勇者魔法、ブレイブパワー」


 バグの状態じゃない以上、重ねがけは出来ない。

 だが、それでも倍加の状態だ。

 力負けするとは思えないんだが。


「ルカニスト」


 腐薔薇の騎士が細身の剣を両手で握り、ぐっとひねりながら呪文を唱えると、刃に刻まれた薔薇の文様が紫色に輝く。


 ってか今の、弱体化の魔法じゃねぇか。

 攻撃力と防御力を下げる魔法。


 ということは、今の俺はせっかく上げたステータスがまた下がったって状態なのか? え、どっちの方が上なの? まさか下がりきってるとかないよな?


紫死飛閃ししひせん到来とうらい


 細身の剣に紫色のオーラを纏い、三日月状の刃にして飛ばす。それが紫死飛閃ししひせん到来とうらい。魔法ではなく物理判定、つまり防御力を上げれば、喰らってもダメージは抑えられる。


 ……っ、よし、無傷。


 どうやらルカニストでのステータスダウンよりも、俺のブレイブパワーのアッパーの方が上らしい。必殺技を受けても、ダメージはゼロだ。


「……ほう」


 躱すことは諦めた。

 ダメージゼロなら気にするまでもない。

 

 相手は細身の騎士だ、捕まえて攻撃を与え続ければいつかは勝てる。多分、相手もそれを理解しているのだろうな、常に距離を取り続け、紫死飛閃ししひせん到来とうらいを連発してくる。

 

 ゲーム設定では、ブレイブパワーは五ターンで効果が切れる魔法だ。五ターンがどれぐらいなのか、それは……ズバリ五分だ。


 最初の時にも五分で効果が切れたし、重ね掛けした時もきっちり五分経過で効果が消えていた。


 つまり、五分を超え、魔法効果が切れた瞬間が一番ヤバい。コイツの必殺技を素の状態で喰らった時は、しっかりと強烈なダメージを受ける。

 

 それを、もう一つの必殺技。


紫死飛閃ししひせん千殺せんさつ


 コイツで喰らったら、一発でアウトだ。


 腐薔薇の騎士が高々と掲げた剣から、何十という紫色の刃が襲いかかってくる。ゲームでは四連撃だったが、現実だと四どころじゃねぇ。


 ドガガガガッ、ドガガガガガッ!


 両腕をクロスして必死に堪えるが、こんなの生身で受けたら終わるぞ。必殺技が終わったタイミングを見計らって、一気に距離を詰めて、掴む。

 

「……ッ!」


 よし! 相手の左腕を掴んだぜ!

 離さねぇ、離さねぇぞ!


「せいや! せいせいせい!」


 振り回し叩きつけ、空いている俺の左腕で殴りつける。鉄の剣はなしだ、多分折れちまう。愛妻から貰った大事な剣だからな、大切に守らねぇと。


 鎧越しだが、それなりにダメージが入っているはずだ。これをこのままブレイブパワーが切れるまで続ける、そうすれば腐薔薇の騎士だって————


「腕が取れた!?」


 ————叫んだのはベルザバだ。

 

 急に軽くなったと思ったら、トカゲの尻尾切りみたいに掴んでいた左腕が肩口からすっぽりと抜けやがった。


 そういや、相手は不死の軍団、基本ゾンビだったな。ネルメが言っていた、四肢が切り離されたとしても、くっつけていれば治ると。


 顔まで隠す全身鎧だから相手の表情が分からねぇが、恐らく口端を上げているはずだ。俺の喉元に細身の剣、首なら貫けるとでも思っているのだろう。


 だが、防御力ってのは硬さだ。

 どこを狙われても変わらない。


 ————フンッと、重力を感じる。


 ヤバい。

 魔法が切れた。


紫死飛閃ししひせん牙突がとつ!!」


 喉のど真ん中に、剣が。

 

「ぃぎっ……ッ! 勇者魔法、プレッシャーボム!」


 咄嗟の連鎖爆破魔法。


 突然の炎に包まれた腐薔薇の騎士は、そのまま空へと打ち上がり、花火のように爆発した。だが、当然のように無傷で着地する。


 静寂。


 まるでこの世界に腐薔薇の騎士と俺だけみたいな感覚に襲われる。


 多分、次の攻撃で仕留めるつもりなのだろう。勇者魔法ブレイブパワーの弱点、五分間という時間制限も、奴は知ってしまった。


「鎧を召喚しろ。それまで待ってやる」


 全力を出せ。

 こっちはそれを粉砕する。


 それだけの実力があるし、ヤツならそれを間違いなく実行するだろう。五分間の連撃、そしてトドメの一撃を俺の心臓に突き刺す。


 マジやべぇ。

 何も打開策が思い浮かばないぜ。


 ……いや、一個だけある。

 一個だけあるが、あれは以前失敗している。


 勇者魔法、フォートレスサレンダー。

 パーティ全員の魔法力を借りて放つ最強の魔法。

 

 あの時は放てなかった。

 多分、レベルが足りていなかったから。

 

「……行くぞ」

 

「ぐっ、勇者魔法、ブレイブパワー!」


 勇者魔法ブレイブパワーを発動して肉弾戦を挑むも、相手が不死な分どれだけ殴っても死なない。それに気づけば失ったはずの腕まで復活させていやがる。両腕を失えば勝てるかと思ったのに。


紫死飛閃ししひせん千殺せんさつ終獄しゅうごく


 掲げた剣が空中へと浮かび上がり、紫色の刃を延々と放ち続ける。こんなのゲームでは使ったことがないし、見たことも聞いたこともない。


 レベルが上がったからか? 

 新たな技を習得したとでもいいたいのか?


 敵のくせに、プレイヤーの特権を行使するとか。

  

「終わりだな。その鎧が消えるまで、この技は消えない。そして鎧が消えた時、我が剣が貴様の心の臓を貫く。ネルメ様もお喜びになるであろう。ようやく、貴様の支配を終えるのだからな」

 

 別に、支配した訳じゃねぇ。

 アイツが自ら仲間になりに来たんだ。


「そんな戯言、誰が信じる」


 ネルメは俺を裏切らない。

 俺もネルメを裏切らない。


 仲間ってのは信じ合うところから始まるんだ。


 ……それと、ありがとうな。


「何を、感謝しているのだ」


 お前のお陰で、一番大切なことを思い出したよ。


 クリスティアン・サーガにおいて、倒した敵が仲間になる条件のひとつに、相手とのレベル差ってものが存在する。簡単に言えば、自分よりも弱い魔物しか仲間にならないってことだ。


 そして、ネルメのレベルは六十。

 つまり、俺のレベルは六十以上が確定している。

 

 腐薔薇の騎士たちも強くなっていたから実感が沸かなかったが、多分、全員仲良くレベルアップしてたんだろうな。


 元のレベルよりもだいたい十ぐらいか? 万を超える人間の経験値だ、それぐらいは余裕で上がるさ。


「随分と余裕を見せているが、まもなく五分だ。その赤き鎧が消えた時、お前は死ぬ。そのことは何も変わらない」


 ああ、そうだな。

 だから、それまでに終わらせる。


「なに?」


「……勇者魔法、フォートレスサレンダー」

 

 以前使えなかった理由は、そこに俺と太陽の巫女しかいなかったから。フォートレスサレンダーの使用条件は、二人の仲間の魔法力を借りること。


 手を掲げると綺羅星が見えなくなり、代わりに稲光が夜空を制圧する。落雷と雷鳴、元の世界では見たことのない数の稲妻が、俺の真上に存在した。


 太陽の巫女はいないが、白銀の騎士ベルザバとグラーテン王子がいる。各々の魔法力を借りて放つこの一撃こそが、クリスティアン・サーガにおける最強魔法だ。


「雷鳴に、散りやがれ」


 掲げていた手を下げると、腐薔薇の騎士の全身が雷によって一瞬で包まれる。まるで球体の鳥かごのように稲光が走り続け、中にいる者を光の速度で穿ち続けた。夜が消え、世界が昼間に包まれる。そう錯覚してしまう程の稲光が、戦場を照らし上げた。



☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★


 勇者はフォートレスサレンダーを唱えた!


 腐薔薇の騎士に九九九九のダメージを与えた! 

 腐薔薇の騎士に九九九九のダメージを与えた! 

 腐薔薇の騎士に九九九九のダメージを与えた! 

 腐薔薇の騎士に九九九九のダメージを与えた! 

 腐薔薇の騎士に九九九九のダメージを与えた! 

 腐薔薇の騎士に九九九九のダメージを与えた! 

 腐薔薇の騎士に九九九九のダメージを与えた! 

 腐薔薇の騎士に九九九九のダメージを与えた! 

 腐薔薇の騎士に九九九九のダメージを与えた! 

 腐薔薇の騎士に九九九九のダメージを与えた! 

 腐薔薇の騎士に九九九九のダメージを与えた! 

 腐薔薇の騎士に九九九九のダメージを与えた! 

 腐薔薇の騎士に九九九九のダメージを与えた! 

 腐薔薇の騎士に九九九九のダメージを与えた! 

 腐薔薇の騎士に九九九九のダメージを与えた! 

 腐薔薇の騎士に九九九九のダメージを与えた! 

 腐薔薇の騎士に九九九九のダメージを与えた! 

 腐薔薇の騎士に九九九九のダメージを与えた! 

 腐薔薇の騎士に九九九九のダメージを与えた! 


 

 腐薔薇の騎士を倒した!


☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★



 盛大な稲光が消え、世界は夜に包まれる。

 そこに残るは、消し炭になった腐薔薇の騎士だ。


 僅かに残る顔部分、装着していた兜が外れ、今は彼の素顔が晒されている。面長で、人の良さそうな顔をした青年が、そこにいた。


「……剣を」


 彼の最後の望みだ。

 俺は彼の剣を手に取ると、見える場所に置いた。


「……この薔薇は、私が、描いたのだ」


 そうなのか? 上手なものだな。


「ずっと、絵が描きたかった。戦いなどではなく、ずっと、絵を、描いていたかったのだ……ネルメ様は、私にそれを……許してくれていた」


 ……そうか。


「……ネルメ、様…………」


 やがて、腐薔薇の騎士は硬貨へと姿を変えた。

 俺はその硬貨へと、慣れない敬礼をする。

 大人として、彼を尊敬している自分がいた。


——————

次話『みんな、仲間になりました』

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