第17話 価値のある敗北
「それで、ネルメちゃんを悪者として振る舞わせ、自分が勇者として戦果を上げれば、報奨として勇者の宝物庫の鍵をせしめると、そういうことで宜しいんですよね? インチキじゃないですかそんなの」
太陽の巫女さんへと説明するなり、彼女は額に手をあて深い溜息を吐いた。
「まぁ、貴方が人でなしの勇者だというのは、前々から分かっておりましたけどね。これも魔王討伐に必要なことなのでしょう? 全く、私じゃなかったら貴方の行動なんて理解しきれませんよ、ほんと」
俺の目的が魔王の不老不死である以上、太陽の巫女も理解出来ているとは言い難いんだけどな。
いつかは言わないとなんだろうけど、別にそれは今じゃなくてもいい。言い換えれば、魔王の不老不死は世界の救済に他ならない。ちゃんと説明すれば分かってくれるだろうけど、それにはこの世界がゲーム世界だというところからの説明になっちうまう。
理解、出来るのかな。
まぁ、それはその時の俺に託すとしよう。
「私は分かりましたけど、王子にも伝えないとですよね。王子もネルメちゃんの正体を知っている訳ですし、勇者が代わりにネルメちゃんの役をしているのだって、彼なら一発で見抜きますよ?」
ああ、それなら大丈夫。
戦争開始直後に王子にはゾンビになってもらう予定だから。
「え、なんですかそれ?」
なんかネルメ曰く、一度ゾンビになった人間にはウイルス的なものが残留していて、いつでも好きな時にゾンビに戻せるらしい。
「う、ういるす……? なんだかよく分かりませんが、王子への対策が出来ているのなら、ネルメちゃんに任せましょうか。ふぅ、しかし、まさか勇者が魔王軍幹部の演技をすることになるとは……」
うん、俺も想定していなかった。
だが、ネルメの正体がバレるといろいろと面倒なのは間違いないからな。俺が代わりに立てばネルメの正体がバレることも無いし、魔王軍がアークグリッド城に攻め込みすぎる心配もない。突拍子もない案だと最初は思っていたが、なかなかに考えられた作戦だと感じたよ。
「そう言われると、確かに。では、私も作戦に向けて準備をいたしますね」
太陽の巫女が?
何を準備するんだ?
「勇者が魔王軍幹部、ネルメ・グッド・リアルデスを演じるのですよね? でしたら私は、魔王軍幹部の補佐として隣に立つべきではありませんか?」
え?
「え? じゃありませんよ。万を超える軍勢をたった一人で制御出来ると思いますか? ネルメちゃんは声や姿形で正体がバレる可能性があるのですよね? 彼女に頼れない、じゃあ私が代役を務めるしかないじゃありませんか」
そうかもだけど。
「それに、勇者が魔王軍幹部として指揮を執り続けていたら、勇者として活躍出来ないでしょう? 私が補佐に入るのは必然なんですよ。さて、魔王軍幹部補佐としてふさわしい服装を選ばないといけませんね。仮面とかも必要になりますし、あと杖も禍々しいものを用意しないと……ふふっ、楽し」
今、楽しって言った?
いくらレベル差があるって言っても、相手は軍隊だからな。一のダメージでも一万回喰らえば一万ダメージになっちまうんだから、用心するに越したことはないんだが。
鼻歌交じりに太陽の巫女が姿を消すと。
「話、終わった?」
ひょこっと、ネルメが部屋から顔を出してきた。
紫色の髪を最近は三つ編みにしているから、本当見た目可愛い女の子だよな。腐肉の王ネルメだなんて、言われたって誰も信じない可能性の方が高いぐらいだ。
「にひひー、誉めてくれてありがと。それはそうと、話し終わったんなら早速アタシの居城に行こうか。一応これでも魔王軍幹部だし、アタシの部下もいるしさ。一度勇者に紹介しないといけないと思うんだよね」
そういえば、部下がいたんだっけか。
ドラゴンゾンビにオークキングゾンビ、腐薔薇の騎士と禁忌の魔術師だったっけか?
「……ホント、なんで知ってるのって思うんだけど、まぁ考えたってしょうがないよね。それぐらいの人間じゃないとアタシに勝てないだろうし。さすがはアタシの勇者様ってことにしておいてあげる」
どうも。
それで、ネルメの部下は、俺のことを把握しているのか?
「一応ね、でも形式上、アタシが勇者様を監視してるって事になってるから、もしかしたら反抗的な態度を示す子もいるかも。その場合はちょっと我慢してもらえると嬉しいかなって思ったり」
それで構わない。
それじゃ、さっそく向かおうか。
「うん、特別な行き方があるから、一緒に行こ」
そう言ってネルメが向かったのは、家の中に突如出来た地下へと降りる階段だった。
こういう魔法もあるのだろうと自分なりに納得し、そのまま一番下まで一緒に向かうと、そこには俺達を出迎えるように、一匹の巨大な動物のゾンビの姿があった。
「この子すっごい速いから、振り落とされないようにアタシにしっかりと掴まっていてね。……もう、遠慮しないの。ほら、腰に手を回して、ぎゅっと密着して。そうそう、そんな感じ。それじゃあ行こっか♪ サータイちゃん、しゅっぱーつ!」
サーベルタイガーのゾンビでサータイちゃん。
サーベルタイガーが時速何キロで走るのか知らんが、本当に凄まじい速度だった。洞窟を抜けると外へと出て、やがて森の中を駆け抜ける。
木が避けてるー! って叫びたくなるぐらいの速度の中、俺はネルメの背中へと語りかけるように、今回の目的を語った。
今回の戦いは、ネルメにとって負け戦になる。
今から紹介される部下も失うことになると。
「……」
返事のないままに、サータイちゃんの速度がみるみる落ちていった。やがてそれはピッタリと止まると、夜空の月を見上げ、遠吠えを上げる。
「まぁ、アタシが負けた時点で、アタシの軍団が負けたようなものだから。勇者なら知ってると思うけど、軍団全部の力を合わせても、幹部一人の方が上なの。だから、あの子たちがこの戦いで負けたとしても、アタシはそれを受け入れるだけだよ」
サータイちゃんの首を撫でながら、振り向かないままにネルメは語り続ける。
「それに、ずーっと我慢させてたからね。アタシがちょっと見に行っただけで騒いじゃうような子たちだからさ、最後にちゃんと戦えるのなら、きっとあの子たちも本望だよ」
とったとったとサータイちゃんが走り始めると、ネルメの方から雫が流れていったのが見えた。二十年も一緒にいたら家族みたいなものなのだろう。それを俺は失えと言っている、なかなかに最低だ。
「でもさ」
振り向いたネルメの表情は、笑顔だった。
「でも、勇者の目的は、魔王様の不老不死なんでしょ? だとしたら、あの子たちの敗北は価値のある敗北なんだ。そんなの、喜ぶしかないっしょ」
ネルメの瞳には涙が残り、月光を浴びて輝いていた。魔王軍といえど、人情的なものは存在する。そのことを誰よりも知っているのは、クリスティアン・サーガを幾度となくクリアした俺だ。
魔王アザテリウスの為に自身の命を投げうつ者、利用する者、頼る者、魔王軍六人衆全員にストーリーがあり、各々に夢があるんだ。
だからこそ人気がある。
不朽の名作と呼ばれる
ネルメの居城に到着し、彼女の部下との対面を果たした俺は、そのまま今回の目的を彼等へと告げる。全ては魔王様の為、その事を伝えると「ならば、致し方ありませんな」と皆が納得してくれた。
特に、腐薔薇の騎士なんかはネルメの前に片膝を付き「姫様の本懐のため、この命を捧げます」と忠義を改めることまでしてくれたんだ。
魔王軍は一枚岩だ。
いろいろな思惑こそあれど、全員が魔王アザテリウスへと忠誠を誓っている。故に強く、故に脆い。魔王様のためという言葉ひとつで、彼等は自らの命を簡単に投げ捨ててしまえるんだ。
俺はそれを利用する。
他でもない、嫁と娘の為に。
それから三日後。
俺達はネルメの居城へと向かう。
戦争が、始まろうとしていた。
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次話『時間という名の毒』
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