第七話『会津若松』

 (あの時のまんまだ、何も変わっていねえ。

いくさの時にみんな焼げぢまって、焼げ跡のまんまだ…)


 二本松宿を出て二泊三日の後、ゆきは会津若松城下に到着した。

 会津戦争の折、城下町の殆どが焼失してしまい、それから四年経った今、商家や町人の家などはぽつぽつと再建されつつあるが、武家屋敷などは焼け跡のまま放置されている。

 武家屋敷の住人である会津藩士とその家人達が斗南に移ってしまったため当然ではあるが、周辺に住んでいた町人達は武家屋敷の焼け跡を整理しようともしない。

 会津藩主松平家が、幕末期において庶民に重税を課したため、庶民の武家に対する感情は冷たいものであるからであった。


 (中村半次郎様の保護を受げで避難場所さ行った時、他の人達、最初は優しかったげんども、おらが武家屋敷さ奉公する者とわがった途端さ冷だぐなったもんな…)


 ゆきは暗澹あんたんたる思いを抱えたまま城下町の焼け跡の中を歩いている。

 時折、焼け崩れた炭のような木材を幾度も踏みながら。

 その都度ゆきは

 (これは◻️◻️様の御屋敷の柱だったものだろうか?)

 (こちらは△△様の御屋敷のはりだったものだろうか?)

などと考えつつ歩いていた。


「お城の天守が、この方向、この大きさに見えるづーというごどは、ここら辺が本二之丁ど六日町通どが交わる場所だな…」


 ゆきは足を止め、新政府軍の砲撃によって幾つもの穴を開けられた鶴ケ岡城の天守閣の方向を見ながらそう呟いた。

 そして、ゆきは更にそこから数十歩進んで立ち止まった。


 (ここが、おらが生まれ育った佐川様御屋敷…裏庭の厩戸うまやの隣の小屋で、おらとおとうは暮らしていた。

 げんどもでも、おら、小屋より厩戸に居るごどの方が多がったな、ずっと馬達ど一緒に居だっけ、厩戸で寝るごともしょっちゅう。

したっけそしたら何どなぐ馬の気持ぢが判るようになっでいったっけな…)


「とらは、なじょどうしてるかな?達者だべがだろうか?」


 ゆきの脳裏には会津戦争が終わった時に別れた、当時生後四ヶ月の仔馬、とらの金色こんじきの姿を思い出していた。


 (とらが生まれだ時、お父は佐川の殿様についでってで居ねがった。

 そんだから、おらがお産さ立ち合ったげんども、母馬はとらを産んで直ぐに死んちまった…

 …おらと同じ…

 おらのおかあも、おら産んで直ぐに死んちまったから…)


 ゆきは遠い目をしながら暫く立ち止まった後、その場で振り返った。


 (そしてこっち、佐川様御屋敷のお向がいが、おたけちゃんが奉公さ上がっていだ西川様の御屋敷…)


「そう、おたけちゃんは勝太郎様のごどが好ぎだったんだ…」


 ゆきは、たけとの約束を守るため、その西川勝太郎の墓がある飯盛山へと向かった。


「これが御自刃なされだ、十九人の白虎隊の皆様のお墓だな。」


 ゆきは、その墓一つ一つに手を合わせて拝み、やがて西川勝太郎の墓標の前にひざまついた。


 (勝太郎様が生ぎでおられだら、おたけちゃん遊女になっべどなろうとしねがったべなしなかっただろうな

 もし勝太郎様が生ぎ残っで、いや、戦が起ごっていねがったら…

 もぢろん、おたけちゃんが勝太郎様ど夫婦めおとになんかなれっこねえ、めかけですら無理だ。お歴々の御武家の跡取り様ど庶民の娘じゃ、身分が違いすぎる。

 げんども…それでも…)


「あんた様のお側に居るだげで、おたけちゃんは幸せだったで思います。なして御自害なされだのだが?勝太郎様……」


 ゆきは西川勝太郎の墓標を見据えて語りかけた。


 (御武家様は何がどお死に急ぎなされる。

 男の方だげでなぐ、奥方様やおいと様も大勢御自害された…)


「生ぎでいればごそ、辛えごども嬉しいごども、生ぎでいればこそ、でございます勝太郎様!

 おたけちゃんは遊女さなっで、身体さけがされても生ぎでいぐごどを選びました。

 勝太郎様、どうかおたけちゃんを見守ってくれでくんちぇやってください。」


 (おらも江戸さ行っで遊女さ…

 …遊女さなるづーごどは、あの時、西軍の侍さ無理矢理されそうになっだごど生業なりわいしねっかなんねしなければならない

 げんども、おらも身体は汚れでも、心は…

 心は汚されるごどなぐ、白いまま気高く真っ直ぐ、そう!白い立葵たちあおいの花のように強ぐ生ぎでいぐべ!!)


 ゆきは墓標から離れ、鶴ケ岡城と会津若松の城下町を見下ろした。


さいならさよなら、お父、お母…

 さいなら思い出だぢ…

 さいなら会津若松…

 …もう二度ど来るごどはねえべ……」


               第七話 (終)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

馭者ゆき~白い立葵の花~ シャーロット乙女子 @meike

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画