いくらなんでも 〜願いの叶うイクラ丼〜

ジュン・ガリアーノ

イクラ勝負

 ある日の昼休み、Kさんは俺を見つめたままニコッと微笑んだ。


「ジュンさんは”いくら丼”、ぜ〜ったい食べちゃダメです♪」


「⋯はっ?」


 ちなみにKさんってのは、俺の会社の後輩で、巨乳で可愛いメガネっ娘。

 基本いつもスーツ姿で、頭の回転早いかしこだ。

 仕事の傍ら書籍化目指してweb小説書いてる俺を、色んな角度から茶化してくる。

 まあそれはさて置き、今言われたのはマジで謎。


「だってここ、いくら丼のお店だよ? しかも、一緒に行こうって言ってきたの、Kさんじゃん」


「はいっ♡」


 もう、はいっ♡じゃないんよ。

 メガネの奥で、ニコッと可愛く目を細めてもダメダメ。

 こっちは軽くポカンと口を半開きだ。


「じゃあ⋯なんでここに来たん?」


「なんで? 食べたらジュンさんが、とんでもないことになるからです」


「へっ??」


 より訳わからなくなったわ。

 なんなんだ、この禅問答みたいな答えは。

 とんでもないことになるとか、もう俺の頭ん中、そ~なってんだけど。

 まあけど、Kさんのことだ。

 きっとなんか、唸らせる理由があんだろ。


───ん〜〜、どういう意味だ。いくら丼、絶対、食べちゃ、ダメ⋯⋯。んん~


 てか、もう俺唸ってるし。ぬうぅっ⋯⋯。

 で、もしかしてと思い「はぁっ」と、ため息。


「あれか。”いくら”を全部くれってんだろ。そうすりゃ俺は”いくら丼”を食わずに済むってわけだ。⋯ったく、ふつーにそう言やいいのに」


 軽くだるそうに顔しかめて、俺は頭をクシャッとかいた。

 しょーもない理由だったし、いくら丼は俺も食べたいから。

 てか、ここに来た時点で”腹”がそうだしさ。

 けど、Kさんは目を閉じて得意げに「チッチッチッ♪」と指を左右に揺らした。


「甘い、甘いですよジュンさん。先にデザート出さないでください。デザートはイクラ丼の後です♪」


「上手いことを⋯って、違うの? 意味分かんねぇ⋯⋯もういい、頼む。すいませーん! いくら丼二つお願いします」


 店員さんの「あいよ!」という返事と共に、数分後、黄金色の粒がぎっしり敷き詰められた丼が運ばれてきた。

 下にはシソの葉が敷いてあるし、ご飯の白さが相まってめちゃくちゃ美味しそう。


「きたきた、食いますか!」


 意気揚々と割り箸をパチンした俺は、いくらのプチとろ〜♪ への期待でいっぱいだ。

 なのに、Kさんは割り箸も取らねぇ。

 両手で頬杖をついて、猫口でニヤニヤしながら俺を見つめてる。


「なに? 食べねーのKさん」


「アハッ♪ 知ってますか? ここのいくら丼って、”本当の願い”が叶っちゃうんですよ」


「は、はいっ?!」


 思わず箸ピタッと止めちまった。

 んな乙女ないくら丼なんざ、聞いたことない。

 第一、ここはいくら丼一本でやってる職人気質な雰囲気が溢れる鉄骨造りの店。

 お洒落やメルヘンとは、かけ離れてんだよ。

 ネズミーランドじゃねぇっての。

 だけどKさんは変わらず、俺をジッと見つめたまま言ってくる。

 

「──そういういくら丼なんです」


 瞬間、なぜかKさんの瞳に不思議な光を感じた。


「いや、そういういくら丼って⋯⋯」


 あるわけねーのは分かってる。

 分かってるんだけど、もしかしたら⋯⋯なんて思っちまうのが不思議だ。

 食べたらどーなっちまうのか、ドキドキするわ。

 早く食べたくもあるんだけど⋯⋯。


「ジュンさん」


「ん? なんよ」


 箸浮かしたままヤキモキしてる俺の前で、Kさんはいきなりニコッと笑みを浮かべて合掌し───


「いただきます♪」


 と、割り箸パチンして勢いよく食べ出した。


「う〜〜〜ん♪ 美味しいです♡ いくら丼、最高ですね!」


「はあっ? どーゆーこと?! ⋯ゆるさん。いただきまーす!」


 なんか先に食われて負けた気分。

 それを払拭したいのもあって、俺は割り箸でいくら丼を口にかき込んだ。


「う、うんめぇ〜〜ッ゙!!」


 列さんには悪ぃが、多分あれよりうめぇよ。

 元々もそうだけど、意味不明に焦らされた分、余計に美味く感じるのかもしれん。


 弾力のあるイクラが口の中でプチプチッと弾け、中から甘くてほろ苦い汁が、シソの葉とご飯と混じり合ってとろけるわ。

 まさに至福。


 が、そんな俺に、Kさんは同じくかっ込みながら言ってくる。


「ひゅんさん⋯まのですね⋯⋯」


 ホンマに忙しい子よ。

 けど、この癖はいかん。

 せっかく鬼可愛いのに。


「⋯⋯Kさん、モグモグしながらはダメ」


「んんっ⋯⋯はあっ♪ あのですね⋯⋯あ、まずジュンさんも食べるのストップです。ダメ」


「いや、俺は食いながら話してないよ」


 事実その通りなんだけど、Kさんは指で可愛くバッテンポーズ。


「とにかくダメです。勝手に食べたら、メッ、しますからね」


「はぁ⋯」


 むしろしてくれ。と、ちょびっち思う中、Kさんは割り箸を再び手に持ち言ってくる。


「いいですか、落ち着いてください。リラ〜ックスです♪ ジュンさん、お茶飲みながらイクラ丼の粒を、よ〜く見てください」


「うん? ⋯⋯うん」


 なんか分からんけど、とりあえず割り箸置いて一呼吸。

 ふうっ、どんなことを言ってくるやら。

 とりあえず聞いてはあげよう。

 そう思って俺が片手でお茶を口につけると、


「このイクラ丼、二人で一緒に食べた時は先に食べた人の願いだけ叶いま」


 ”す”と言うと同時に、Kさんはソッコーでカカカカカカッ!! と、勢いよくかっこみ始めた。


「ず、ずるっ! ありえん!!」


 マジでバチクソ騙されたわ。

 なーにがリラックスだよ。

 タンッとコップをテーブルに置いて、俺も負けずに再びイクラ丼をかっこみ始めた。


───うおおおっ! 負けたら俺の願いが叶わん!


 実に申し訳ない食べ方だけど、イクラ丼自体は美味い。

 本当に美味いよ。

 だけど、かっこみながらふと思った。


───あれ? 俺、いつの間にか信じてた?! ええっ! なにこれ?!


 げに恐ろしきKさんマジック。

 もう、マジで営業職やればいいのに。

 企画部も合わなくはないけど⋯⋯って、そこよりも俺は大事なことに気づいた。


───あれ? てかそもそも、俺の本当の願いってなんだ? 今書いてる小説の書籍化? それともマジで楽しく書き続けること? いや、それもそうだけど、Kさんと⋯⋯んんっ?


 考え始めたら、カカカカカカッ! と食べてたのが、カッカッカッ! ぐらいに落ちてる。

 対してKさんは、小さい口をメッチャ早く動かしてカカカカカカッ! だ。


───いかん、負ける! ⋯⋯それに、Kさんの願いってなんだ? 普段からあんま物を欲しがってる素振りはないし、夢とか聞いたことないし⋯⋯。


 疑問が頭をぐるぐる巡り、結果、俺は惜敗。

 まんまと策にやられたわ。


「ちっ、んだよ。俺の負けかい」


「ふうっ、わたしの勝ちです♪」


 ご満悦なKさんに対し、俺は当然ふてり顔。


「いやいや、ズルいよKさん。あれはナシだろ」


 純粋な勝負だったとは⋯⋯どうだろうと思うし、イクラ丼だってもっと味わいたかった。

 もう一粒も残ってない。

 しかもKさんの言う通りなら、俺の願いは叶わないんだろ。

 マジでフルボッコの昼休みじゃねぇか。


───まあでも、そもそも何が一番の願いか、俺自身が分かってなかったしな。⋯⋯う〜ん。


 別の意味でなんかヘコむわ。

 一生懸命やってるつもりだったけど、あの状況で迷った自分が情けねぇ。


───いや、でもやっぱ一番は⋯⋯


 そこまで心を振り返った時、Kさんは俺を見つめて嬉しそうに微笑んだ。


「よかったですね、ジュンさん♡」


 本気で嬉しそうだけど、俺は意味が分からない。


「ん? よかった? どーゆー意味?」


 普通に考えればイヤミだよな。

 けど、そうは思えない笑顔だから、尚のこと不思議な気持が募る。

 すると、Kさんは急に身を乗り出し俺の頬に片手を伸ばしてきた。


「な、なんよ?!」


 マジで焦るけど、Kさんは俺の頬にくっついてたイクラの粒を指でちょんと掴んだ。


「そーゆーことです♡」


 ニコッと微笑み、そのイクラの粒を見せびらかしてきた。

 お日様に照らされたイクラの粒が、テカりと光る。


「はあ!? ちょ、ズルッ! それ俺の──」


 言い終わる前に、Kさんは小さな口でパクッ。


「ああっ!」


「……ニヒヒッ、これでわたし、ジュンさんより一粒分幸せになりました♡」


 この日も俺は”いくら一粒分”、Kさんに何かを持っていかれた気がした。




※『センパイの小説は読みません♪』

https://kakuyomu.jp/works/16818792436771352361

の、スピンオフなので、気になる方はよろしくお願いします✨️

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