境界

@paninini

第1話

 桜が咲いている。満開だ、と僕は思った。すごく綺麗だ。でも、散って黄色くなっている花も地面にはいる。木の幹に残れた花と散った花。その違いはなんだろう。

生えてくる順番があるのだろうか?それとも、風になびいて?———分からない。だから、パパに聞いてみた。

「散る桜の花と散らない桜の花。どんな違いがあるの?」

うーん、とパパは唸った。

「どうだろうな、風とか、生えてくる順番じゃないか?」

「じゃあさ。」僕はパパの目をみた。「生きるのと死ぬのの違いって?」

「んっ」パパは新聞から顔を上げる。その新聞にはペガサスという野球チームが優勝したと書いてある。

「なんでそんなこと聞くんだ?」パパは新聞をおいた。ペガサスという文字が見えなくなった。代わりに監督の嬉しそうな顔が見える。

「だってさ、たとえばさ、川に何もなしで飛び込んで死ぬ人もいれば風呂に浸かって死ぬ人もいるじゃん。川だったらライフジャケットとか、風呂だったら気をつければ死なないのに。でも、死ぬ人がいる。なんでなんだとおもう?そのさ、なんていうのかな。境界、そう境界。境界ってどこにあるの?」僕は聞いた。

「わかんないよ。なんなんだよそんなこと聞いて。なんか辛いことでもあったのか?俺に話してみろよ。」パパは少し凄んでいる。

「じゃあさ、川で例えるよ。ライフジャケットをつけてる人とつけてない人の境界ってなんなんだろく。」

「そりゃ、つけてるかつけてないかじゃないか?」

「つけてるかつけてないかで分けたらめちゃくちゃボロいライフジャケットでもいいってことになるよね。じゃあめちゃくちゃボロいライフジャケットと、ちゃんとしたライフジャケット、その違いはなんなんだろう。」

「ライフジャケットライフジャケット、一生分のライフジャケットを聞いた気がするよ。確かに、分からないかもしれない。でも、この世の中には法律ってもんがあるだろ?」

「ないよ。ライフジャケットに関する法律は。お風呂への入り方の法律も。死ぬのだって自分自身ならないし。それにさ、例えば。」

「なんだ?」

「あるところにおばあさんがいるとするじゃん。で、手にはナイフ。」

「げっ」

「いやいや、違うよ。そんな目的じゃない。作物を切るために持っているわけだよ。でもさ、例えば僕がおはようございますーって近づいてさされるかもしれないじゃん。」

「そしたら捕まるだろ。その婆さんわ。それより康が死ぬとか絶対ダメだけどな。」

「ほんと?」

「もちろん。」

僕は嬉しかった。当たり前のことだけどやっぱり、耳から入ると嬉しい。

「おばあさんが挨拶したとするじゃん。その時にそのナイフがどガーンと僕の体に刺さりそうになるわけよ。」

「あ」僕はうねり声をあげる。この譬え話の中ではない。「パパが隣にいるからね。でさ、そのナイフは1センチ差で当たらなかったわけ。でもさ、パパは怒るよね。」

「もちろん。危ないじゃないかと怒るよ。故意じゃなくても。」

「うんうん、なら2センチは?」

「怒るよ。」

「なら3センチは?」

「怒るよ。」

「ならさ、4センチは?」

「怒るよ。」

「なんで?」

「そりゃそうだろ。お前が危険に晒されたんだから。」

「でもさ、そのおばあちゃん、挨拶しただけかもしれないじゃん。挨拶したら頭下げるしその距離になるんじゃない?」

「うーん、」パパは唸る。新聞紙がママの手によって片付けられた。「たしかに、そうかもな。」パパは頷いた。

「じゃあさ、3.1ミリの距離なら怒る?」

「この理論でいくと、怒らないんじゃないかな。」

「じゃあさ、三年前。僕の近くでこれと同じシチュエーションがあったけど3.1ミリの差だった。なんで怒ったの?」

「ん?」パパは思い出してる。頭をひねってくねくねくねくね。まるで宇宙人みたいなことになってるかもしれない。「ああ。あったな、そんなことも。てゆうか、なんでお前3.1ミリとかわかるんだよ。」

「得意技だよ。でさ、なんで怒ったわけ?」

「分からないよ。」パパは言った。「境目って難しいな———」

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