第34話 漆黒の救出

 何だか体が熱い、目眩までする。

 何だこれは……。


 漆黒は得体の知れない不快感に全身を襲われていた。


「薬が効き始めたようだね」


 フフッと笑う白亜の姿が見えた。

 しまった、と思った。


 白の王国に来たことで、彼の薬への耐性まで、漆黒としてではなく、以前の「錫」と同じレベルにまで落ちてしまっていたようだ。

 自分の毒耐性を過信して食事に手を付けてしまった事を悔いる。


「やはり魔法で変化をつけていたね。本当の肌の色が出てしまっているよ」


 白亜にそう指摘されて気づく。

 褐色に補正していた肌は、元の白い色に戻っていた。

 変化魔法もすでに解けてしまった。


「だけどそれだけか……やっぱり見覚えは無いな」


 白亜は漆黒の顔を見つめ、思い出そうとするが、全く記憶にない。

 それでも見れば見るほど憎々しく、腹立たしい。

 不思議な感覚だ。



 漆黒は、見詰めてくる白亜を睨み返すことしかできない。

 吐き気がする。駄目だ。

 意識が保てない。


 一体、何の薬を飲まされたんだ。

 漆黒の意識はだんだんと遠のいていく。






「しっかり掴まってて下さいよ!」


 虎の背中にしがみつき、裏柳は白の王国へ向かっていた。

 バリアの薄くなっている所を抜けるという。

 一度抜けると耐久性が脆くなるため、チャンスは一度きり。

 抜けられることを他の魔物や獣に気づかれる前に戻らなければならない。

 リスクの高い賭けだった。


「ここは……」


バリア付近まで近づくと、その風景に裏柳は見覚えがあった。


 通称、迷いの森。

 入った者を迷わせるため、入ることを許されない森だ。

 入ったとしても、すぐに気づかぬ場所へ出されてしまう。

 その中に、黒の王国は隠されていたのか。




 森を抜けると、すぐ城である。


「バリアを抜けます!」


「はい!」


 虎の掛け声に返事をする裏柳。息を飲んだ。


「裏柳様、記憶はありますか?」


 走り続けながら裏柳の様子を確かめる虎。


「ある。一旦立ち止まって下さい」


 もう城は目の前だ。

 もう少し抵抗か何かを感じるかと思ったが、何の異変もなくバリアを抜けることができた。


「ここから右に百メートル。隠し通路があります」


 牢屋に通じる通路だ。

 覚えていた。

 裏柳はホッとして、虎に指示を出すのだった。


 虎は裏柳の指示のもと、隠し通路の洞穴を抜ける。 

 牢屋の手前には頑丈な鉄の扉があったが、パスワードと顔認証で開けることができた。


「裏柳様!!??」


 牢屋番がすぐに裏柳に反応し、驚きながらも道を開ける。


「裏柳!?」


 鉄格子の側に白亜の姿が見える。

 白亜の方もこちらを向き、驚いた顔をした。

 裏柳は白亜よりも、その中にいる漆黒が気になり、駆け寄った。

 水をかけられたのか、びしょ濡れだ。 

 顔は真っ赤で熱っぽく、荒い息をしていた。


「彼に何をしたんですか!?」


 裏柳はキッと白亜を睨む。


「裏柳! 裏柳! 本当に裏柳!? ああ、裏柳だ。裏柳!」


「話を聞いて下さい! この者に飲ませた薬は何かと聞いているんだ!」


 白亜には裏柳しか見えないようで、裏柳を抱きしめ、喜んでいた。

 裏柳が声を荒げても「何を怒っているんだい?」と首を傾げるだけで、話になりそうにない。


「離して下さい」


「離さない。僕の裏柳。やっと帰って来てくれた」


「私は貴方の物じゃない!」


 強く抱きしめられ、漆黒の詳細な様子も確認できない。

 白の王国で拷問に使う薬と言えば、自白剤か媚薬である。どちらも使われていそうだ。


「裏柳? 裏柳?」


少し意識が戻ったのか、漆黒が裏柳の名前を呟く。


「漆黒、大丈夫か?」


「ん、大丈夫。何もされてない」


 微かに笑ってみせる漆黒だが、大丈夫そうではない。

 体に力が入っていない。

 それでも、だるそうな手を裏柳に伸ばした。


「汚らしい手で裏柳に触れるな!」


 途端に激怒した白亜は、漆黒の手を蹴り払う。


「うっ……」


 倒れ込む漆黒。


「漆黒! なんて事をするんだ白亜、離せ!!」


「何故そんな乱暴な口調を聞くんだい? あの男におかしくされてしまったんだね。可哀想に僕の裏柳」


「おかしくなってるのはお前だろう!」


 白亜は離してくれない上に、話にならない。

 さすがに幼馴染といえ、気持ち悪くなってきた。

 俺の幼馴染はこんな感じだったか?

 何だか知らない人みたいだ。


 虎はその間にも鉄格子をこじ開け、漆黒に駆け寄りる。

 そして抱き上げようとした。


 しかし、


「嫌だ! 触るな!!」


 漆黒は身を引いて嫌がる。

 虎は手が出せないでいた。


 薬の影響で敏感になってしまっているのだろう。

 恐怖を覚えるのか、漆黒は小刻みに震えてしまっている。

 裏柳は今すぐ漆黒を抱きしめ、安心させたかった。

 しかし、白亜が呼んだと思われる応援まで駆けつけてしまっている。


 もう仕方ない。

 このままだと逃げられなくなる。


「虎、漆黒だけ連れて逃げろ!」


 そう指示を出すしかなかった。


 今のところ、白亜の目は裏柳にしか向いていない。 

 応援に命令したことも、おそらくは裏柳の保護が目的だ。

 目がすべてこちらを向いている間なら、二人は逃がせる。


「裏柳様……」


「いいから早くしろ!」


 一瞬戸惑う素振りを見せた虎だが、裏柳の声に覚悟を決めて漆黒を抱き上げる。


「うわぁぁ!! やめろぉ! 裏柳! 裏柳!!!」


 嫌がる漆黒を無理矢理抱きかかえた虎は、めちゃくちゃ漆黒に殴られている上に、漆黒も恐怖から泣き喚いてしまっている。

 二人とも可哀想だが、今は耐えてほしい。


「必ずや迎えに来ます!!」


 虎はそれだけ言うと、応援の部隊を押し分け、来た道を引き返した。

 虎は道を正確に覚えていた。

 洞窟を抜ければ、すぐに迷いの森。

 バリアさえ抜ければ、こちらからの追っ手は撒ける。


「裏柳~裏柳~!! うわぁぁーー!」


 漆黒の叫び声が遠ざかって行く。

 裏柳を保護するための部隊から何人か分かれて、虎と漆黒の追手となった。

 裏柳は白亜の腕の中で、彼らが無事に逃げられることを祈るしかなかった。

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