第4話 魔王に捧げる聖水
漆黒に抱えられたまま湯に浸かり、裏柳は体を密着させられた状況にドキドキしていた。
目の前が煮えたぎるお湯なのだから、ドキドキしても仕方がないだろう。
別にこの化け物にドキドキしているわけではない。
いや、恐怖でドキドキしているのは間違いないが。
だって、相変わらず顔は怖い。
牙も角も鋭利だし、ギョロリとした目は吊り上がっている。
「どうした? 顔が赤いな。お湯が熱いのか?」
頬を染めている裏柳に気づき、漆黒は心配になった。
お湯はちゃんと40度を保っている。
自分からしたら水のようなものだが、それでも裏柳には熱かったのだろうか。
普通の人間はひ弱だ。
それにオメガとなれば、さらに気を使ってやらなければならないだろう。
滑らかな肌は透けるようだ。
自分とは全く違う肌質はきめ細やかで、肌触りも良い。
できれば撫で回し、唇を寄せて吸い付きたくなるような、魅力的で誘惑的な肌だ。
漆黒はいけないと思い、視線を逸らした。
「ちょうど良い。だが、目の前が煮えたぎってるのはどうも……心臓に悪い」
「風呂が苦手だったのか」
「風呂は苦手ではない」
「うむ……」
部屋に閉じ込めておくのもかわいそうで連れ出したが、こうも落ち着かないとなると風呂も楽しめないだろう。
リラックスしてほしいのに、余計に疲れさせている気がする。
何か考えてやる必要があるかもしれない。
「部屋に風呂の設備を作ろう」
やはりそれが一番か。
少し面倒ではあるし、新しい設備を作るにはこちらの気力もいる。
だが、裏柳のためだ。
それならお湯の温度調節も一度してやればいい。
せっかくだから露天風呂で開放感を味合わせてやりたかったが、余計なお世話だったようだ。
今日は無理せず足湯で済ませてやればよかったか。
白の王国から無理矢理連れて来てしまったのだ。
裏柳にはできるだけ快適に過ごさせてあげたい。
そうは思うものの、普通の人間がどういう生活を送るのか、漆黒にはわからなかった。
だから手探りになるのは勘弁してもらいたいと思う。
「それは助かる」
裏柳もホッとした表情になり、うんうんと 頷いている。
「他に何か要るものはないか?」
「そうだな。トイレはどうしたらいいんだ?」
部屋になかったことを思い出した。
トイレに行きたくなったら困る。
「トイレか。小水は俺が飲む」
「え?」
今なんて? 裏柳は自分の耳を疑った。
「小便は俺が飲む」
「なんて?」
聞き間違いであってほしい。
「急に耳が悪くなったのか? お前のおしっこは……」
「飲むのか?」
「聞こえてるじゃないか」
おちょくっているのかと裏柳を睨む漆黒。
飲む? 俺の? 小水を?
聞き間違いではなかった。
小便って何だっけ? おしっこ? 裏柳は頭が回らなかった。
「……なんで?」
普通の疑問だ。
なんでこの化け物は人の排泄物を飲もうとしているんだ。
「オメガの体液は回復薬になる。魔法使いは大体そうだ。とくにアルファには良く効く。青の国の者も飲むと思うが……」
まさか知らなかったとは思わず、漆黒は驚く。
割と常識だと思っていたが、よく考えれば白の王国には魔法使いが生まれないため、知らなくても仕方ない。
だが、裏柳は一応オメガである。
知らないというのは、さぞかし危険だったのではないだろうか。
城の、しかも王様の側近を狙う者はいないかもしれないが……。
裏柳は本当に知らなかったようで、呆然としている。
「無理強いはしたくないが、悪いがこれだけは譲れない。飲まないと俺も困るんだ」
「そうなのか……」
「じゃあ仕方ないか」という表情になる裏柳。
物分りが良いのはありがたいが、無防備すぎるのが心配でもあった。
頼めばそれこそ抱かせてくれるのではないだろうか。
自分にだけならいいが、誰にでも抱かれてしまいそうな裏柳に、漆黒は焦る。
「だが、そう言うことなら俺ので大丈夫なのか?」
「お前はオメガだろ?」
なぜ裏柳は駄目だと思うのだろう。
そして、ひっかかるのはそこなのか?
色々と裏柳が心配になる漆黒だ。
「そうだけど、能力的にはほとんどベータで、オメガとしては役立たずなんだ。正直、俺では子供も孕めないかもしれない。役目が果たせるかわからないぞ」
裏柳は眉間にしわを寄せ、視線を下げる。
アルファは匂いで直ぐにオメガの能力を測れるはずだ。
自分が説明せずとも、漆黒にはわかるはずなのに。
そもそも普通のアルファであれば、裏柳のオメガとしての匂いすら感じ取れず、オメガだとすら気づいてもらえないだろう。
それはアルファが優秀な遺伝子を残すためにも、よりオメガ性の強いオメガを求めるためだ。
理にかなっている。
なぜ、漆黒は俺をオメガだと気づいた上に、花嫁として選んだのだろう。
裏柳は首を傾げてしまう。
優秀なアルファはより優秀なオメガを求めるはず。
そうなると、漆黒はアルファとして劣っているということになる。
それなら釣り合いが取れて良いような気もするが、自分に求婚してきた白亜もアルファとして劣っているということになってしまう。
それは困るな。
あまり深く考えない方が良さそうだ。
「お前でなければ俺はだめだ」
「なぜ? どうして俺なんだ?」
何の特にもならないだろうに。
出来損ないだとわかっていて欲しがられるのは、意味がわからない。
「そうだな。一目惚れということにしておけ」
「?」
漆黒の説明に首を傾げる裏柳だが、フッと笑って見せた。
「変わった趣味だ」
ハハッと、思わず笑ってしまう裏柳。
その様子を見ていた漆黒は、「ああ、可愛いなぁ」と素直に思う。
この子はあの頃と何も変わっていないのだな。
そう感じ、漆黒も思わず微笑むのだった。
裏柳は俺を安心させてくれると。
今も昔も。
「さて、そろそろ温まったか?」
「ああ」
「体を洗うといい」
漆黒は立ち上がると、一旦風呂から上がり、裏柳をシャワーの側に下ろす。
「ちゃんと綺麗にしろよ」
そう言い残し、自分は再び風呂に戻る。
別に水でも構わないが、少しぐらいはちゃんとお湯に入りたかったのだ。
グツグツと煮えたぎるお湯に浸かり直す。
「あーこれこれ」やっぱり風呂はこれだなぁ、と思うのだった。
一方、シャワーの前に下ろされた裏柳は赤面する。
綺麗にしろとは、きっとそういうことだ。
きっと今夜、俺は彼に……。
相手は巨体で3メートル近くはありそうだ。
片やこちらは160センチそこそこ。
感覚的にはほとんど2倍の体格差である。
元々白の王国は体格に恵まれず、平均身長が低い。
オメガにしては、これでも大きい方なのだ。
しかし、まるで子供と大人ほどの体格差だ。
そんなこと、物理的にできるのだろうか。
オメガならば体格の良いアルファのものも喜んで受け入れられるように体が作られていると聞くが、自分はオメガとは言えないような出来損ない。
本当にできるか自信がない。
もちろん経験もないし、あんな大男。
しかも化け物だ。
きっと一物もとんでもない代物だろう。
普通の物なのかも怪しい。
もしかしたら針がついていたり、複数あったりして……。
俺、大丈夫かな。
死んじゃうかも……。
怖い……。
「裏柳? おい!裏柳!?」
鼻歌交じりに風呂を楽しんでいた漆黒だが、不意に裏柳に視線を向ければ、泡まみれのまま固まっている。
どうしたのかと声をかけてみたら、急にコロンと倒れてしまった。
驚いて風呂から駆け出る。
「おい、裏柳しっかりしろ! 裏柳!」
ペチペチと頬を叩いてみるが反応がない。
何だ、急にどうしたのだ。
湯あたりか?
40度のお湯で?
シャワーのお湯はちゃんと40度に設定しておいたから問題ないはず。
念のために出して確かめてみるが、ちゃんとしたぬるま湯だ。
シャンプーやリンスも、もちろん、ちゃんと白の王国の者にも合うよう調合した物である。
裏柳の好みではないにしても、体調に変化をきたすような物ではないはず。
ならばどうしたと言うのだ、突然。
漆黒は狼狽えつつも泡を流してやり、脱衣所に運ぶ。
バスタオルで体をくるみ、抱き締めた。
心音に問題はない。
顔色は少し悪いが、命に別状があるような雰囲気ではなかった。
医師を呼ぶか?
あまり裏柳の肌を他の者に晒したくはないが、そんな我がままを言える状況でもない。
漆黒は葛藤を振り切り、己の専属医師を呼ぼうと思った、その時だ。
うっすらと裏柳が目を開いた。
「裏柳!? 良かったぁ。裏柳ーー!」
「ぐぁっ! 痛い痛い!」
「すまん」
思わず力強く抱き締めてしまい、裏柳は痛がる。
ギブギブと背中を叩かれ、ハッとして離す漆黒は、慌てて謝った。
「大丈夫か? 気持ち悪いとか? 平気か? 頭は痛くないか?」
目を開けたにしても倒れた理由がわからず、漆黒はあちこち見て確かめる。
「大丈夫だ。俺、なんか倒れちゃったか?」
当の本人はキョトンとしている。
「心臓が止まるかと思ったぞ」
どこにも異常はなく、顔色ももう悪くはなかった。
むしろピンクに色づいて艶やかだ。
逆に、目の毒である。
「悪い。色々あって疲れたのかもしれない」
「そうか。もう大丈夫か? 変な所はないか?」
「大丈夫だ」
心配している漆黒に、平気だと立ち上がる裏柳。
見たところ、本当に問題はなさそうである。
漆黒はホッと胸を撫で下ろした。
「だが、一応医師に見せることにしよう。とりあえず服を着ろ」
漆黒は裏柳に指示し、自分も服をまとう。
「……これ」
いつの間にか服は寝間着に入れ替わっている。
可愛らしいレースのフリルがついた白いネグリジェ。
男が着る物ではない気がするが……。
漆黒は黒いガウンに着替えていた。「俺もそっちが良い」などと我がままを言える状況でもなく、漆黒は本当に心配した様子だ。
裏柳は仕方なくネグリジェに袖を通すのだった。
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