第07話:またすぐに会いに来るから

 あなたをユサユサと彼女が揺する。


「ねぇ、ねぇってば。起きて。……ほら、もう夕方だよー。早く目を開けないと、部屋中なめこまみれにして、ぬるぬる地獄にしちゃうぞー。……あ、でもそうしたら、食費が浮くから助かるのかな?」


 あなたは不穏な言葉に目を見開くと、彼女と目が合った。


「んー……やっと目を開けた。キミ、ぐっすり眠ってたねー。ふふっ、気持ちよさそうに寝てたから、なかなか起こせなかったんだ。寝顔、すっごく無防備でさ。可愛かったからずっと見てたんだよ? にししっ」


 掛け布団を除けて起き上がると、彼女があなたに顔を寄せた。


「あー、寝癖ついてるじゃん。もう、世話がやけるなぁ」


 そう言って、彼女はあなたの髪の毛を手櫛でとかした。


「……はい、これでよし。ふふっ、ちょっとは彼女っぽいことできたかな? って、い、いまのナシ! 彼女っていうのは言葉のアヤだから! 忘れて!」


 彼女は焦った様子でそう言うと、あなたから逃げるように立ち上がった。

 そして、寂しそうな声で彼女が言う。


「さてと、遅くなる前に帰らなくちゃ」


 彼女が、ゆっくりと優しい口調で言葉を紡ぐ。


「……あのね。今日は一緒にいられて、嬉しかった。キミにゆっくりと休んでもらうつもりだったのに、わたしの方が癒されちゃったよ。だからね、また今度、遊びに来てもいいかな?」


 あなたの言葉を聞いて、彼女が嬉しそうに笑う。


「……えへへ。それじゃ、また来るね」


 彼女が立ち上がって、あなたの顔を見る。


「ふふっ、キミの顔、名残惜しそうだね。そんな顔見ちゃったら、ますます帰りたくなくなっちゃうじゃんか」


 そこまで言葉を紡ぐと、彼女の声のトーンはいつも通りの冗談交じりの明るいトーンに変わった。


「もう、そんなにわたしに帰ってほしくないんだね。だったら、わたしが高校を卒業したら、わたしの苗字を、キミの苗字に変えちゃってみる?


 一瞬間を置いてから、彼女が舌を出す。


「にししっ。嘘ウソ、冗談だよ。……でも、またすぐに会いにくるから。だから、それまで寂しがらないで待っててね」


 そう言って、彼女は玄関へと向かい、ドアの開く音がした。

 しかし、ドアの閉じる音はしない。

 彼女がドアに手をかけたまま、あなたの方を見ている。

 そして、とびっきりの笑顔で――。


「……またねっ!」

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キミのことを大好きなのがバレバレなのに、好きバレはしたくない美春さん ペーンネームはまだ無い @rice-steamer

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