リアーズ
天虹 七虹
リアーズ
「見つけた!」
リベルは、自分以外の人など居ないことを知りつつ、つい辺りを見回してしまった。興奮と喜びのあまり、思わず大きな声を出してしまったからだ。もし、周りに人がいたら、その人は確実に飛び上がったことだろう。
「あはは……。つい、叫んじゃった」
誰に言うでもなく、少し照れながら
「えーっと、惑星『ルドカース』か……。う~ん、結構遠いところまで行ったのね」
惑星名称 ルドカース
現統治国 ムーアスト(統一国家)
惑星文化レベル Aクラス(全銀河統一惑星レベル基準)
知的生命体タイプ 人型
他惑星の移民者 ヌコロ人(猫亜種人)
「惑星文化レベルがAクラスで、他惑星の移民有りなら、この宇宙船で直接、星に入っても良いよね? あれ?! 駄目だったかな……」
~ 惑星文化レベルについて ~
別銀河との文化的交流がある SSS~SS
同一銀河内の他惑星と文化的交流がある S~A
同一銀河内の他惑星と文化的交流がない B~D
自星から宇宙へ飛び出したことがない E~G
知的生命体が発展途上中で宇宙への関心がない H~J
知的生命体が原始的生活をしている K~M
知的生命体が現存しない N
「うん、大丈夫。一応確認しておいて良かったぁ。Bクラス以下だったら感知されないように、しないといけないものね。――そういえば惑星文化レベルってリアルタイム更新されてると、
リベルは惑星文化レベルの基準についてのデータを検索して、探し出してきたが、あることに気づいた。
「――あ、そうか! 星に入る前か、最低でも地上に降りる前に調べればいいのか。あはは……。さて、データを出したのは良いけれど……。なんか、いっぱい書いてあるし……。今は、これを見る必要はないかも。とりあえず探索の結果を報告しに行こう」
そう言うとモニターやコンピュータ(パソコン)はそのままに、リベルは船内から軽やかに出て行った。
読まずに放置された検索結果の文章が、薄暗い船内を静かに照らしていた。
~ 全銀河統一惑星レベル基準について ~
[惑星文化レベルの基準]
クラス更新は
SSSSクラス(フォーエスクラス)が定めた時間
「原初宇宙時間」(げんしょうちゅうじかん)を基に
リアルタイムで行われている
(全銀河、統一の基軸となる時間で更新)
基本的なレベルの区分けは
最大をSSSクラス(スリーエスクラス)とし
最低はNクラスとしている
SSSSクラスの星は
全銀河を管理する立場なので別格扱いとなる
クラスの更新、惑星のレベルの
昇格や降格になる基準、その要綱は様々だが
大まかに分類すると
二通りの接触方法が起点とされている
*他星から来た知的生命体に個人、団体、国等が
「密(ひそ)かに交流」している場合
*他星から来た知的生命体が「一方的な干渉」を
している場合
前者は、何らかの形で知り合った知的生命体との会話や
カルチャーショックの起こらない程度の
コミュニケーションを行っている場合
後者は、他星の者が星に住む生物(人や動物)に対して
時には強引に接触してくる場合
(強引な接触、手法は
主に、宇宙船への拉致や洗脳などが挙げられる)
ただ、これらはあくまで起点であり
基本的には、基準外とされ
クラスの更新には繋(つな)がらない
――ただし
その干渉や交流により、その星の科学や精神レベルが
著しく向上した場合は
クラスが更新されることもある
その際、急激にでは無く、段階的に
バランスよく向上した場合は、特に問題無い
……しかし
逆に、過度の情報
(急激に向上してしまうくらいの知識)や
オーバーテクノロジー(過剰な技術)が
提供された場合(求めて提供された場合も含む)は
粛清やバランスを取るための対処をされることがある
よって、交流次第ではクラスが低下することもある
粛清は、厳正なる調査と会議により
SSSSクラスが執り行う
該当する惑星文化レベルのクラスや案件によっては
任命を受けた「代理の者」が執り行うこともある
――あるいは、指示の有無を問わず
その星を担当する、いわゆる「神」
(銀河によって名は変わる)が判断し
対処することも「まれに」ある
粛正や対処される対象は
星に住む者や、過剰な技術を持つ物品や
影響を与えた、他の星の者(物)などが挙げられる
偶然に得たモノ、例えば……
宇宙を漂流してきた、レベルの高いモノへの接触は
粛清される可能性は低い
(接触後の影響次第ではあり得る)
あくまで人為的に(特に悪意や欲があって)
他惑星文化を吸収し
それに伴って急激にレベルが上がり
全体のバランスが崩れてしまった場合は
処置される可能性が高いということ
自分よりレベルの高い「者」や「物」等に
出会ったからと言って
必ず、粛清や修正が入るわけではない
詰まるところ、全ては状況次第といえる――
船から降りると、リベルは大きく伸びをして深呼吸した。辺りは一面、
「はぁ~、気持ちいい。この気持ちよさを船内で実現出来ないかなぁ? うん、いつか試してみよう」
風で少し乱れた前髪を直すと、南方に見える城に向かって歩き始めた――。
惑星「ヴェルクト」緑豊かな、この星が、彼女「リベル」の生まれ育った星だ。――だが、人によって、ここは「二番目の故郷」となる。
それは元々、彼女の祖先
しかし、今から五十年ほど前に、惑星エインは人の住めなくなるほどに荒廃してしまい、この惑星ヴェルクトの地に移り住むことになった。
エインはヴェルクトとは逆に、自然が少なく鉱石が多い星だった。その中でも高エネルギー物質の含まれる特別な鉱石「特殊希少鉱石」の「エインフリィ」が、科学の発展に多大な貢献をした。
エインフリィとは「天からの恩恵」という意味がある。これは「エイン語」で、ヴェルクトに移り住んでからは「古語」としている。
現在では、エインのことを「資源惑星」と呼ぶこともある。実際に戻って住もうという人はいないからだ。昔、使っていた単語や言葉を古語としていったのもヴェルクトでの生活を心機一転していこうという気構えの現れともいえる。
――ただ、それ以外にもう一つ、古語とされていくのには理由があった。それは同じ言葉でも、
現在は「エイン語=ヴェルクト古語」(エイン語はヴェルクトでは古い時代の言葉)として分類され、利用されることは、ほとんど無くなった。
城内の白い壁に一人の少女の声が響き渡る。小柄な体の割に良く通る声をしていて、肩まである黒い髪は熱弁のためか前後左右に揺れていた。
少し広い部屋の、中央の奥には玉座があり、そこには白髪交じりの髪を後ろに束ね、金の冠をかぶった女性……この星の女王が座っていた。
女王は、周りに居る複数の護衛達と共に、少女の話をじっと黙って聴いていた。
「――以上で『探索』についての報告を終わります」
そう言うと少女は、軽く一礼して姿勢を正した。少し乱れた前髪をさっと直すと女王の方に視線を向けた。
「ご苦労様、では下がってよろしい。後は、その情報を元に誰かを派遣させましょう」
「嫌です!」
「……今、何と?」
「探索は御祖母様から引き継いだものです。いまさら誰かに引き継ぐ気はありません」
「しかし、リベル――」
「しかしもお菓子もありません。お母さ……いえ、女王様!」
女王は
「リベル。あなたも、もう16歳。立派な大人なのだから公共の場とプライベートを分けるようにしなさい」
「わかりました。お母様、私はもう立派な大人なので一人で探索の旅に出たいと思います」
「前言撤回。……それを言うのなら、あなたは、まだ子どもでいいわ」
「なぜ? 探しに行くのは何で駄目なの?! 前から見つけたら探しに行きたいってお願いしてるのに」
「……なぜって、本当は承知してるのでしょう? あなたは次期女王になる身なのよ? ……ほぼ確実にね。そんなあなたに何かあったらどうするの?」
「――次期女王になるためにも『王家の証』(おうけのあかし)が必要ではないの?」
「そ、それは……。それがあればもちろん、そうなのだけれども……」
「御祖母様――。初代女王の時代に平和と安定をもたらしたという『王家の証』私は、それを探すことを託された。もちろん約束をしたからだけじゃない……。私自身もその証があることを望んでいるの。だって、それがあれば最も繁栄したという、エインの黄金期を再現することだって可能なはずだもの! 証について、小さいころから教えられたことが
「リベル……」
「……私は、誰より。この国、この星の……ヴェルクトの
悲劇という言葉を発した後、リベルは黙ってうつむいてしまった。基本的に、明るく活発なリベルが表情を暗くしているのは「悲劇」を思い浮かべたせいだろう。
女王は、その姿を何も言わずに見つめ続けていたが、その表情にはリベルと同等か、それ以上の深い悲しみが含まれていた。
長い沈黙が続き、辺りは重たい空気に包まれていた。それを取り払うかのように、女王は、ゆっくりと力強く口を開いた。
「わかりました」
「……え?」
「よく、聞きなさい。リベル」
「は、はい」
今まで母親と会話してきた中で、こんなにも威厳のある態度で迫られたことの無かったリベルは一瞬たじろいでしまったが、すぐに姿勢を正して、真剣に次の言葉を待った……。
「
「――はい」
「やはり、母親として……遠く離れた場所への探索には行かせたくありません」
「?! そんな……」
「――ですが、女王として……次期女王でもある姫が、この国を
「私に?」
「そうです。……さぁ、探索の件どうしますか? リベル」
女王は、
「……行ってきます。ありがとう、お母様」
「ええ、行ってらっしゃい。――気をつけてね」
満面の母の笑顔と対照的にリベルの頬には涙が伝っていた。「女王」という立場で強制的に行かせないことも出来るのに、最後には娘の意見を大切にしてくれた「母親」という存在に対して、感謝の気持ちが
半々と言いつつも、リベルに任せると言った時点で、それは「行ってもよろしい」と同義だったのは言うまでもない。女王であり、母である「リエカ」の情愛はリベルが思うより深いものだった。
――この星に住まう人々のためなのは、もちろん。自分を大事にしてくれる、愛する母のためにも必ず、王家の証をこの手にすると、深く心の中で誓うリベルだった。
女王やリベル達の住む城「ヴェルクト城」ここから、探索していた宇宙船の置いてある、森の中は、歩いて約十五分。
その道中、見送りがしたいという母と護衛達との談話に花を咲かせていた――。
最初は気恥ずかしさから見送りは断ったのだが、女王権限で「盛大に送り出してもいいのよ」と笑顔で言われて観念した。どうせ避けられないのなら、少人数の方がマシだとリベルは思ったからだ。
母との会話は、道に咲く花の名前に始まり、エインから移民してきたころの人づてに聞いた昔話や自分の母親……つまり初代女王の話など……。聞いたことのある話から、知らなかったことまで幅広くリベルの耳に入った。
森の中に宇宙船が置いてあるのは、移民してきた当時のままなのだと先代から聞いたことや、自分が生まれたのはヴェルクトだが、エインで
宇宙船までは、ほぼ真っ
これは、エインが宇宙に進出して、すぐに立ち上がった「プロジェクト」(研究計画)で、二重惑星であるヴェルクトを調査する機関の一つだ。他にも「植物」「鉱石」など複数の施設があるが、それぞれ距離は離れている。
ヴェルクトは緑豊かな星だったが、複数の動物などが居るくらいで、知的生命体の存在は確認出来なかった。この星には、エインが荒廃して移民してくるまで、各研究施設の研究チームと関係者くらいしか、人は来なかった。
――理由は、大きく分けて二つあり、単純にエインの快適な生活を捨ててまで自然に囲まれた生活をする必要が無かったというのが一つ。もう一つは、当時の国王がヴェルクトへの居住計画を全く立てなかったことだった。
初代女王の前の王の時代に、このヴェルクトを調査研究するプロジェクトは発足したのだが全てが順調に進んだわけでは無かった。……研究する側からは、資金や援助が足りないといった不満の声が上がったこともあった。
当時の国王は、初の宇宙進出で知的生命体との遭遇を期待していたが、存在が否定され始めると、それに伴って予算も減らしていった……。
一時期、プロジェクト凍結の意向も発表したが、調査研究は後々エインにとって有益なものになると大臣達に言われ、踏み
この研究施設への待遇は、初代女王になってから改善されたのだが、王族に対しての遺恨が少なからず残ってしまう結果となった――。
ヴェルクト城から歩き始めて、宇宙船までの距離も
「――懐かしいわね。この辺りは久しぶりに来たわ……。昔、この施設へ向かう途中で、私は蛇に
「え? そうなの?」
リベルは目を丸くして驚いた。と同時に周りを注意深く見回した。会話に気をとられて少し油断していたかも知れないと思ったらしく、自分の頭を軽くコツンと
「ふふ、道が整備されてからはあまり出ていないのでは、ないかしらね?」
「……そういえば、確かに。私は、ここを良く通るけど、道に居るのを見たことがないわ……。木にぶら下がっているのは見たことあるけど」
「でしょう? 近寄らない薬を混ぜてあるのよ。知らなかったでしょ?」
「へー、知らなかったぁ!」
リベルは、さっきより目を丸くして地面をしげしげと見た。護衛達も知らなかったらしく、つられて地面に目をやっていた。
「――咬まれたのは、あまり整備されていないころ。私が、まだ25歳くらいのころかな……。施設訪問の時間を前の公務が長引いたせいで遅れてしまって。ふふ、若かったのね……。馬車より走った方が早いなんて、護衛を置いてさっさと向かったのがいけなかったわ」
今の母親からは、想像もつかないほどの活発さにリベルは驚いていた。
「……そこで運悪く、毒蛇に足を咬まれてしまったのよ」
「毒蛇だったの?!」
「そう。でも遅くなったのを心配してか、ちょうどこの辺に研究チームの方が迎えに来ていて助けてくれたの。もし、誰も居なかったら……。今、私はここに居ないわね。ああ、私だけじゃないわね」
そう言うと、リエカは意味ありげにリベルを見つめた。
「ん? どういうこと?」
「あら、気づいたかと思ったんだけど……そういうのは意外と鈍いわね。つまり、助けてくれたのは『ベルク』あなたの父親よ」
「――!? お父様?」
「ええ、格好良かったわよ。
「血を吸い出す……って状況は分かるけど、お父様って大胆だったのね」
リベルも母も頬を少し赤くしていた――。
移住する前の星「エイン」では、男性が女性に対して「血」を要求する言葉や態度、行動をするのは「求婚」の意味合いを持つ。言い方や組み合わせ次第では、それ以上の……思わず赤面するような使い方も存在する。
一般的には風化傾向にあることだったが王族や近しい者達は、その風習を大切にしていた。それはヴェルクトに移住後も変わっていなかった。
逆に、女性が男性に求婚を求める場合は「血」を絡めた表現はしないで、素直に結婚したいという意思表示をするのが通常だった。
そういった表現をしないことには諸説あるが、一番は「恥ずかしい」からだという。相手に想いを伝えるには直接的過ぎたようだ。
ちなみに、同性に対して「血」を要求する表現をすると、基本的には
これは、特に男性同士で多く使われていた表現だが、女性同士では、それほど使われたことは無かったらしい。――ただ、使い方や組み合わせ次第では、それとは全く違ったものになるらしいので、敵意を示すというのは「あくまで」基本的な位置づけだったようだ。
この、相手の血をどんな形であれ、口にして
「――そうね。ふふ、確かに大胆よね。……まぁ、ベルクはそのことについて知らなかったのだけどね。風習自体が風化傾向だから仕方ないけど。でも、それとは別に、本人はそういうことに
「へー。……でも、わかる気がする。お父様って若いころは武道の練習に明け暮れていたって、稽古のときとか言ってたし。そういえば……今、思い出したけど『研究の虫』だったとも言ってたわ。――ところで、どっちから最終的に結婚を申し込んだの?」
「もちろん、私よ。ベルクにとって『あの言葉』は、求婚のつもりで言ったわけじゃないと、わかってたから。……暇を見てはプライベートで施設へ通ったわ。もう、一目
顔を赤くして話す姿は女王でも母でもなく、一人の恋する女性のようだった。
「そうだったの。……でも、通うのはともかく、道中はまだ危険だったんじゃ?」
「それは最初の訪問のときに、城と施設の道を整備することを私が提案して、通いやすく――。って、それだと私欲のためみたいに聞こえるけど違いますからね。断じて。……オホン、訪問して決める内容が最初からその件について、だっただけのことです。……本当ですよ?」
リベルと護衛は必死に取り繕うとしている「女性」に対して、にやついた顔で何度も
「……ま、まあ信じるかどうかは構いませんけどね。――とにかく、そのときにベルクから提案があって、整備する際に地面へ
「お父様は安全面のため、お母様にとっては『私のために』と思ったのね」
「そう! そのとお……り、リベル~」
「あはは、ごめんなさい! お母様」
後ろから抱きつかれたリベルは、こめかみを握り拳でグリグリと押しつけられた。照れ隠しにしている行為なので、力が入っていないのは誰の目にも明らかだった。そんな仲の良い親子の姿を見て、護衛達も高らかに笑い声を上げていた。
――しばらくして解放されたリベルは、今まで聞いたことで、新たに浮かんだ疑問を母に
「ねぇ、お母様。もしかして、結婚してから私が生まれるまで時間が
「――! そうね……。昔、人に聞かれたときは公務が……とか答えたけれども、結婚して八年くらい
「……そうなの」
「ええ……。元々、子どもを授かりにくい体だっただけかも知れないし、とにかく理由はわからないわ。――正直、数年間は心の中で自分の体や毒蛇を責めていた時期が多々あったわね……」
リエカは、人知れず苦悩していたことを初めて明かした。娘を含め、表向きは多忙のためとしていたが実際はそうではなかった。
過去に「不妊ではないか?」とか「夫婦仲が良くないのではないか?」などの
「……でも、
リエカは、ベルクとの出会いを語った後に、恐らく聞かれるだろうと予測はしていた。いくら公務のためとはいえ、世継ぎの件を八年ほど先延ばしにするのは、通常では考えられないからだ。
もしかしたら、聞かれなくても道中で全てを語るつもりだったのかも知れない。遠くへ旅立つ娘に何一つ秘密が無いように、出来る会話は全てしてしまおうと心に決めていたのかも知れない。――そして、その推測が間違いでないことは、リエカの顔に一点の曇りもないことが証明していた。
「……だから、それだけにあなたが生まれたときは本当に
「お母様……」
「――あら、もう終点。早かったわね」
そんな母の声に、リベルが進行方向へ顔を向けると宇宙船が見え始めた。
城から、ここまでの距離は普通に歩いて十五分くらいなのだが、一行が到着したのは三十分ほど経ったころだった。出発当時に護衛が馬車などの手配をしようとしたとき、女王はそれを止めて「天気がいいから散歩がてら行きましょう」と提案した。
それは、少しでも親子の会話をしたかった、母の心情の表れだったことは明白で、リベルも含め全員がその意見に賛同した。最初から遅くなるのは全員承知していたことで、その意味では予定通りだったといえる。
ただ、到着すると通常の二倍ほどの時間を費やした割に、不思議と全員が、女王の言葉通り早かった印象を覚えた。実際の時間と感覚の時間の差は、こうも違う場合があるのかと内心驚いていた。
「……リベル、本当にお供の者は付けなくて良いの?」
「ええ、平気よ。お母様」
「でもね……。やっぱり心配だわ」
「大丈夫。これは、そもそも王族の問題だし、私は他の者を巻き込むつもりは無いわ。それに個人用の宇宙船で行くから他に人が乗ったら狭いでしょう?」
探索で使っていた個人用の宇宙船は、それなりの広さがある。……とはいえ、道中ゆったりとしたければ二人くらいが限界だった。
「……そうね、私は『少し』過保護なのかも知れないわね。あなたの強さは認めているのだけれどもね」
「ふふふ。私の強さは、お父様譲りよ。――だから、大丈夫。この受け継いだ技の中にお父様が居るの……決して、一人ではないわ」
リベルは自分の右の拳を握りしめて、それを左手で抱きかかえるようにして胸の前に持って行き、祈るように目を
「ベルクが――。そうね、それなら平気ね。……旅の無事を祈ってるわ」
「ありがとう、お母様。それじゃ、行ってきます!」
全員に手を振って別れを告げると勢いよく船に乗り込んだ。それは探索に行ける喜びにより気が
船内は、城に向かう前よりも暗くなっていた。普段から設定していた「自動電源オフ」が作動したためだった。その薄闇の中、さっと目の辺りを擦ると、全体を明るくするための照明を付けて操縦席に座った。
目を瞑り、一呼吸すると姿勢を正して数秒間じっとしていた。
やがて目を開けると発進用のハンドルを握り、メインの起動スイッチを押した。
「……さて、行きますか!」
その表情は薄闇の中で出したような曇りは無く、前向きなものになっていた。
リベルが船内へ乗り込んでから、しばらくすると、宇宙船は数メートルほど垂直に浮上した。その後、数十秒くらい空中浮遊し、二~三周すると一気に空に消えていった。リベルが下で手を振っている、みんなに最後の挨拶をしたのだろう。
それを見届けると、リエカは心の中で再度、娘の旅の無事を祈った。
「(気をつけて、気をつけて行ってらっしゃい。リベル……)」
――宇宙船は、星によって様々な形があるが、リベルの乗ったものは「
「
形状としては割と個性的で、
科学力が上がるほど、形状に、こだわる必要は無く。その星や持ち主の好みの形で宇宙船は成り立っていた。
便宜上、大抵の銀河で「宇宙船」と言っているが、必ずしも水に浮かぶ構造をした
形状は、どのようなモノでも良いというレベルに達した宇宙船を持つ星は、惑星文化レベルでいうとAクラス以上になる。(Sクラスに近いAクラス。それ以外は基本的な定形船が多い)
つまり、同一銀河内を隅々まで駆け巡る、宇宙航行技術を得た「自由な形の宇宙船」だ。
――惑星文化レベルがAクラスになると、この世を
銀河によって言い方は異なるかも知れないが、基本的に「高次元の港」(こうじげんのみなと)と呼ばれているものだ。(四次元以上の高次元空間に出入りすることを「港」に見立てた言い方。もちろん実際の船の港とは表現方法は異なる)
この航行は、四次元以上の入り口と出口を利用して次元空間内を移動している。そのため、技術としては入るための「物質粒子化」(目に見えなくなるくらいの細かい粒状になること)と、出た後の「物質復元」(粒になった物質を再構築して元に戻すこと)が必要となる。
――表現として、入り口と出口としているが、実際は宇宙空間に出た時点でそれらは存在するため、高次元の港へ自分が入ったところが「入り口」(入港)であり、高次元空間の移動を経て、出たところが「出口」(出港)となる。
高次元の港を利用した航行のメリット(利益)は、時間が掛からずに長距離移動が可能なことなのだが、デメリット(不利益)もある。
それは、精神的にも肉体的にも疲労することだ。そのため、連続した入港と出港(次元の空間移動)は負担が掛かり危険なため、インターバル(休憩)を取る必要が出てくる。
ただ、休憩の時間はあくまで任意で、自己の判断に委ねられている。もちろん、基本の時間は算出されるので、それに従っておけば体調を壊すことは無い。
このインターバルの間や、短距離の移動、あるいは旅行気分を味わうため景色を眺めて航行したいときが、このクラスの実質的な「宇宙空間」の移動になる。
港の利用……次元空間内、高次元のルートの中をどれくらい移動できるのかは、宇宙船の性能と搭乗者の体力と精神力にかかっている。
当然、技術力が高ければ負担はあまりかからないが、それでも
高次元の港を利用して、空間内を進んだ距離に掛かる時間は、ほぼ「一瞬」なので、いわゆる航行時間、航行日数というのはインターバルなどで宇宙空間を進んだ分のトータル(合計)になる。
――高次元の空間航行(移動)の際に「一瞬」や「瞬間」という表現を使う場合があるが、(意味通りで間違いではないが)速度を表す適当な言葉が最初、無かったため、光より速い移動速度をこの付近の銀河は、基本的に「光越え」(ひかりごえ)と名付けて呼ぶようにした。(光を超えた速度で移動する、距離を越える。というところから来ているようだ)
もちろん、全く別の名称で呼ぶ銀河もあるらしく、光を超えた速度の名称は銀河や星々によって様々あるとされている。
――惑星ヴェルクトから、王家の証のあることが濃厚な、惑星ルドカースへの距離は七日間くらい掛かると、発見したときに算出されていた。これは、かなりの長距離といえる。
ヴェルクトの大気圏を抜け宇宙空間へ出ると、リベルは改めてルドカースへのルートを再確認した。
「改めて見ても遠いわね。もしも、そこまで行って『無かった』なんてことになったら……」
リベルは少し表情を曇らせて、うつむいた。しかし、すぐに
「いいえ! 探索期間……御祖母様と私が本格的に始めてから併せて約三十年。ここで間違いないはずよ!! ……まぁ、私は一年くらいだから、ほとんど御祖母様のおかげなんだけど……」
そう言葉尻弱く言うと、間の悪そうにポリポリと頭をかいた。
「と、とにかく。ここまで来たら当たって砕けろよね! よーし、到着までは七日間くらいと予測では出たけど頑張って三日間で行こうかな? 休憩を削ったりすれば可能なはずだし……、うん。そうと決まれば早速、最初の『港』に入りますか!」
リベルは、屋根を透明にし、船体を垂直にして操縦席を後ろに倒すと、正面の少し先にあるエインと、下にある自分の故郷をちらりと見て、言葉にならないくらいの声で何かを呟いた。
その後、船体を戻して、深呼吸するとキリッと顔を引き締め、高次元の港へ入港した。
――入港するためのボタンを押した瞬間、宇宙船は姿を消した。粒子化して四次元空間に入ったからだ。(基本的には四次元空間の利用で済むが、別銀河への移動をするSSクラス以上の場合は、それ以上の次元を利用することもあるようだ)
次にリベルが出るのは、目的地に向かって、少しだけ近づいた宇宙空間のどこかだ。「どこか」と言っても、ある程度は出港するポイントを算出してあるので危険や問題は無い。(入港前に調べて安全が確認されれば、そこへ瞬間的に移動するので大丈夫ということ)
万が一、出現するポイントに何らかの理由で障害物などが発生したとしても、自動的に周辺の安全な範囲に変更されるため、ぶつかってしまうことは無い。
……では、障害物ではなくて偶然同じポイントに同じタイミングで宇宙船が出現した場合はどうなるのか?
それは、結論から言うと起こらない。なぜなら、粒子レベルで察知する機能が標準で搭載されているからだ。そのため、仮に完璧な同一タイミングだとしても、お互い安全に再構築できる場所へ回避される。
これは、入港するときに「元の状態」と「粒子状になった場合」のデータが記憶されているためで、再構築の始まる前に別の粒子が重なったとしても混ざることは最終的に無い。(欠落することも何か余計なモノが増えるということもない。ということ)
――高次元の港の入港と移動と出港。そして「なぜ事故にならないのか?」これらを簡単に例えを交えて言うと、次のようになる。
砂を手のひらに盛って「静止している状態の砂」これを「宇宙船」とする。(手のひらは便宜上の表現なので宇宙船に含まれないものとし、更に砂の塊はその静止しているときに絶対崩れない状態、記憶され固定された状態とする。つまり、「静止している砂の塊=宇宙船」)
そして「透明な袋」これを「高次元の港」とする。それは港の入り口であり空間であり出口でもある。要は、高次元の港というのは、それらの機能を内包し、そういう働きをするものと考えれば良いだろう。
その透明の袋に砂を全て入れる。(このとき、袋にサーッと砂が入っていく様子が粒子化して四次元以上の空間に入ったという表現にあたる)
そして、砂が袋に入った状態のまま移動させる。(これが四次元以上の空間航行にあたり、瞬間的な移動、または「光越え」で移動したということを指す)
任意の場所で袋の移動をやめる。(これが出口に来た表現にあたる。出港するポイントに来たということ)
この透明な袋に入ってる状態があるため、もし仮に、他の船と同じ場所に出て当たったとしても混ざることはない。つまり、お互い透明の袋に入ってるため触れて重なったように見えても実質的には触れていないということ。(これが船の情報が記憶されていて他と混ざらない、欠損しないという表現になる。更にいうなら、粒子の一粒一粒が記憶され、保護されているということ)
最後に、透明な袋から砂をサーッと出して、手のひらの上で静止させた状態にする。砂が盛られ静止した状態(記憶されていた砂の塊になる状態)これが「元の宇宙船の姿」に戻るということになる。(この粒子から元に戻っていく様子が再構築、復元にあたり、完全に復元が終了したときが出港完了となる)
……もし、透明の袋が高次元の港であり、いろんな働きをするというのがイメージしづらい場合は「水たまり」を想像すると良いかも知れない。
その場合――。「水たまり」を「高次元の港」(四次元以上の空間に入り、移動し、出る。その行為を港のように見立てた呼び方)とする。
そして「一粒の氷」を「宇宙船」とし、それを指で水たまりに入れて溶かす。氷が溶けていく様子を粒子化。完全に溶けた状態を入港とする。(この氷は溶けても固体情報が失われず水から出た後は必ず完璧に「一粒の氷(宇宙船)」として復元する能力があるものとする)
水たまりの中では、溶けた氷は指先にあるものとして任意に移動させる。(これが四次元以上の高次元空間内の移動にあたる。それは一瞬という表現であり、または「光越え」で移動したという意味でもある)
移動後、適当な場所で水たまりの端から外に指を出す。(その出すと決めた端が、出港するポイント、出口にあたる)
外に出た水は、少しずつ氷へと復元を開始して元に戻っていく。(粒子から復元、再構築にあたる)完全に元に戻った「一粒の氷」この状態が出港の完了した宇宙船ということにあたる。
――この高次元の港を利用する文化レベルの人々は、大体これと似たような話を聞くことになる。当然リベル達も聞いており、その理解度に差はあるが、おおよそ認識している。
ただ、初めて聞いたときに大抵の人が思うこと、共通のことが一つあるらしい。それは……。
「(……要は、パッと消えて、シュッと動いて、パッと現れるってことでしょ?)」
これは教える側が、先にこんな感じのことを言ってしまう場合もあるほど、ある意味、究極の考えとも言える。
簡略化しすぎではあるが、要点としては別に間違っていない。中には「それだけ」知っていれば後は船に任せれば良いだけのこと……、と思う人もいるようだ。
そのことが良いか悪いかは、ともかくとして感覚的に捉えるのも悪くないのかも知れない。
――以上が、「高次元の港」の利用についてのおおよその内容だ。
最初の高次元の港を利用して、リベルはインターバルを取っていた。空間移動をした後は、個人差はあるが、数秒間~数十秒ほど、移動したことをフラッシュバック(過去の体験や出来事が思い浮かぶ)することがある。
これは、寝ているとき見た夢を起きたときに思い出す現象に似ている。普段、鮮明に夢を思い出すことが出来る人ほど、長くハッキリと次元空間のことを覚えているらしい。(全く思い出さない人もいるようで、やはり個人差があるようだ)
空間移動は一瞬の出来事のはずなのだが、全感覚を通して、確かに体感したことが映像や情報として脳内を駆け巡る。この現象は不思議といえば不思議で、これを専門に研究している研究者もいる。
この現象の結論は、ハッキリとは出ていないが、有力な一説として「魂への記録」(「魂への記憶」とも)と呼ばれているものがある。(名称は、他の銀河によって変わる)
これは、たとえ一瞬の出来事でも魂に記憶された事柄は記録として残るということ。(あまりにも瞬間的な出来事で、その人の認識が追いつかなくても、認識することすら出来ない体験や体感でも、覚えているらしい)
そして、その認識の出来ていなかった一瞬の事柄が、後に映像として思い出すことが出来るということだ。……それも、その人が認識の出来るレベル(適度な速度)に調整されて脳内で再生する(思い出す)ことが可能ということ。
――例えるなら、映像を記録する機械で速度の速いものを撮ったとする。仮に「鉄砲」から放たれた「弾丸」の軌道を撮ったとしてみると、鉄砲から飛び出した弾丸は肉眼では速くて見ることが出来ない。
機械でも、記録した状態を巻き戻して「そのままの速度」で再生しても、肉眼と同じで速くて見ることは出来ない。
しかし、機械には、撮った映像の速度を早くしたり、遅くしたりと調整出来る機能がある。そのため、速度を遅らせて「スローモーション」(元の動きよりも、ゆっくりとした動作)で再生して見れば、弾丸が飛んでいく様子(軌道)はハッキリと認識することが出来る。
脳内での再生。思い出すときに起こっている現象は、これに似ていると言って良いだろう。
要するに「魂への記録」とは記録する機械が自然に備わっている状態ともいえる。しかも、機械よりも性能の高いものが搭載されていると考えてもいいだろう。
ちなみに、記録する機械の機能には、先に述べた「速度調整」から始まり……。映像の「一時停止」や「拡大」や「縮小」そして、「別の視点から見る」(撮れてる範囲内での視点変更)といったものなどがある。(これらの性能もまた、人には内在している)
魂への記録に関しては、まだ研究段階のため分かっていないことも多い。研究者達は、機械と同じような能力よりも、更に上の能力があるのではないかと
この説により、知的生命体は脳だけの記憶ではなく、魂でも記憶を可能にしていることが濃厚となった。(少なくともリベルの住む銀河では、これを越える説は、まだ出ていない)
――リベルは普段から夢をよく見て、それを割とハッキリ覚えているタイプだった。そのためか、次元空間移動後のフラッシュバックも人より長く、そして鮮明と言っても良いくらいに頭の中で
しかし、人よりもハッキリ覚えているという能力は、次元空間移動において疲労しやすいタイプにあたるため、たとえ数十秒だとしても脳や精神にかかる負担は大きかった。
なぜなら、自分よりも上の次元の存在を認識しなおす行為なので、脳が処理する情報量は、とてつもないからだ……。
体感した情報によっては認識や表現出来ないものもあるだろう。そのため、その人の生活や知識で得たものに
つまり、実際に見たものをそのまま表現できない場合は、自分の中で認識や表現出来る適当なものに置き換えているということだ。
――この再変換が、主に疲労する原因とされている。当然、置き換えられないのもあるので、そのときは黒かったり、白かったり、霧が掛かったようになったりと。……人によって違うが、不鮮明な映像変換になるらしい。
逆に、フラッシュバックをしない人や、数秒間で済む人は、普段から夢をあまり思い出さないタイプにあたる。
――しかし、実際はそれだけではなく、膨大な情報を処理しようとせずに、脳が無意識にブレーキをかけて思い出させないように作用しているから……とも言われている。
あるいは、ありのままの情報を理解しようとしないで、脳内で軽く受け流すだけにしている、ということもあるだろう。
いずれにせよ、一つだけ確実に言えることは長距離の宇宙の旅をするのはフラッシュバックをしないタイプが向いているということだ。……いくら、宇宙船の技術で負担を軽減出来るとはいえ、それにもやはり限度がある。
結局「思い出す」能力の高い人にとっては厄介な現象だ……。
そんな「厄介な現象」になってから数十秒――。操縦席に座ったまま、目を瞑り、額に左手を当ててリベルは固まっていた。……やがて、フラッシュバックが治まったのか、左手を下ろして目をゆっくり開くと、ぽつりと呟いた。
「――無理。……三日で行くのは無理だし、無謀だわ……」
相当、
「ふぅ……。うーん。港の移動って、こんなに大変だったかな? まぁ、私が体験したのは小さいころだったしね……」
リベルは、昔の記憶を振り返ってみた。
「……あれは確か、港に入るのが怖いとか言って、ぎゅっと目を閉じて御祖母様に抱きついてたのよね。……で、目を開けてごらんと言われて、恐る恐る開くと目の前に『
自然と笑みが
「……ん? そういえば、何で御祖母様と行ったんだっけ? というよりも、なんか他にも何人か知らない人が居たような……?」
目を閉じて、頭のこめかみ辺りに右手を当てて、しばらく考え込んでいると、電撃が走ったかのようにパッと目を見開いて言葉を発した。
「――思い出した! 確か御祖母様と
リベルは小さいころの楽しかった思い出に頬を緩ませていた。しかし、しばらくすると少しだけ曇った表情になった。
「……ただ『あの星』の名前が全然思い出せないのよね……。うーん、残念。記憶力は良い方だと思ってたんだけどなぁ」
一目で心を奪われた、あの美しい星。その星について、かすかに覚えているのは全体の七割が海ということ。そして、まだ他の銀河はもちろん、同一銀河内の惑星と文化的交流はないということ。(惑星文化レベルでいうとCかDのどちらかだったのだが、どちらかは忘れてしまったようだ)
「――映像とかは思い出せても、名前って意外と忘れちゃうのよね。……そういえば、その旅行に特別招待してくれた方の名も忘れちゃったし……」
片目を閉じて軽く舌を出すと、ばつの悪そうな表情をした。小さかったころとはいえ、特別な招待で素敵な体験をさせてくれた方の名くらいは覚えておくべきだった。……と思ったのだろう。
操縦席に、もたれかかると天井を見上げて深く溜め息をついた。少しずつだが、フラッシュバックした後の疲労も回復し始めていた。
「ん……。さてと、三日は
高次元の港の利用で、予想していなかったくらいの疲労を味わったのだが、なるべく早く到着して、王家の証を手中に収めたいという気持ちは変わらなかった。……とは言っても、次元空間移動をして、少しだけ考えは変わった。
最初、多少の
「――それじゃ、もう一休みしたら港に入ろう」
自動航行のスイッチを押して操縦席を後ろに倒すと、簡易的なベッドとして利用した。改めて長い旅路に向けて、しばしの間休むことにした。
宇宙空間は、観光などせずに移動目的だけであれば基本的に「光速移動」で進む。……厳密には光速に近い速度のことで、船体を光そのものにして移動しているわけでは無い。そのため、人によっては単純に「高速移動」と言う人もいる。
ちなみに、本当の意味での光速移動が不可能というわけでは無い。もちろん、宇宙船の技術レベルが高くないと無理なのは言うまでもないが、船体を「光化」(ひかりか「俗称は、こうか」)して光速移動をするのは、基本的に短時間しか出来ないため、長距離に向いていない。
先の光速移動や高速移動との区別のため「光化」して、文字通り真の意味での「光速」な移動をするときは「真光速移動」(しんこうそくいどう)という呼び方をする場合が多い。
要するに、本当の光の速さは「真光速移動」で、光に近い速さは基本的に「光速移動」であり、あくまで厳密に呼びたい人(少数派)が「高速移動」と呼んでいるということだ。
この「真光速移動」の利用は、宇宙船での戦いになったときとかの「緊急回避」の技として、活用され「真光速回避」(しんこうそくかいひ)(俗には「光速回避」とも)と呼ばれている。一定の範囲内で回避するため距離を取りたいときや反撃したいときに有効。
ただし、多用すると確実に「酔う」ため、せいぜい三回連続が限界とされている。そのため、大抵の搭乗者は緊急回避(真光速回避)する回数を三~四回までと船に設定している。
――回避する条件や発動条件は、標準なものが基本的に組み込まれていて自動で発動する。もちろん、船の所有者によって詳細な変更は可能で、中には自動にしていない者もいるらしい。
もし、瞬間的に回避するなら「高次元の港に入る」という手も浮かぶが、高次元の港へは
ただ、状況次第で使うことも可能で、例えば――。攻撃してきた相手のことはどうでもよくて、なおかつ高次元の港への入港と出港の準備が出来ている場合なら、港を回避として利用も出来る。……要は、相手を無視して高次元の港に入るということだ。
宇宙の航行で、注意すべきことは
幸い、リベルは危機的な状況に
「……見えた。あれが、惑星ルドカースね。えーっと、惑星文化レベルはAクラス、レベルの変化なし……っと。うーん、やっと着いた~!!」
宇宙船は、惑星に近づいたころから徐々に減速し、突入するポイント手前に来ると「停滞モード」に変わっていた。船が止まったのを確認すると操縦席に座りながら大きく背伸びをし、深呼吸をした。
本来なら、もう少しインターバルを取るべきなのだが、
「第一印象としては、何となくだけど……故郷のヴェルクトと資源惑星のエインを足した感じに似てるかも?」
そのように感じたのは、この星の大きさがヴェルクトに近いことと、少ない緑と砂漠と山。そして平地の多いことがエインに似ていたためだろう。
「――海よりも川が大きくて多いみたいね。……私の故郷と同じくらいの大きさだから、星自体は小さい方だけど生物にとって割と良い環境よね。なんか、親近感の湧く惑星だわ」
先程から感じる疲労感を押しのけるかのようにして操縦席の方に戻ると、探索のポイントを改めて算出し始めた。
「これだけ近づけば、更に精度を高く、算出可能なはず……」
探索する専門の機械装置とメインコンピュータ(パソコン)をフル稼働させ、目的の「王家の証」があるであろう場所を探し始めた。
「――! 出た。ここへ行けば……近く、に……ある……は、ず」
……スイッチを押した後、リベルは充分な休憩を取らなかったため意識を失った。もちろん、幾つかの要因が重なったためで、高次元の港を出た後に休憩を取らなかったら必ず
リベルが倒れた原因は主に三つある。一つは最後の「港」を出た後で充分な休憩をしていないこと。二つ目は、長旅の疲労の蓄積。(主に次元空間移動による疲労)そして、三つ目は目的の場所に近づいたことによる少しの
スイッチから指が離れた後の上半身は、操縦席のハンドルに、もたれかかったままピクリとも動かない。……ただ、これによって船があらぬ方向に行くことはなかった。リベルは基本的に宇宙船を自動操縦にしていたからだ。そのためハンドルが、どのように傾けられても無効となるため問題は無かった。
宇宙船によっては人工知能(AI)を搭載していて搭乗者と、やりとりをするタイプもあるのだが、リベルの船には無かった。……そのため寝ていようが、昏倒していようが、船内で何していようが当然ながら気には掛けてくれない。
ただし、人のような応対はしないが生命維持装置は標準で付いているため、もしも生命体の反応が停止した場合(心肺停止など)や、生命の危機が迫ったと判断した場合は、瞬時にシャボン玉のような球体に包まれ保護、治療、再生などが
ちなみに、このシャボン玉のように透明な球体は宇宙空間に放り出されても最低三日は生きていける。先に述べた、船内での生命維持装置としても成り立つが、元々この球体は緊急脱出するためのものだからだ。
……三日間では結局、助からないのではないか? と思うかも知れないが、宇宙空間に放り出された場合は即座に「銀河ネットワーク」にアクセスし緊急信号を発信するため、どんなに遅くても一日で救助が来る。三日間というのは決して少なくは無い。
宇宙空間以外でも、緊急脱出用として搭乗者を包み船外へ出すこともある。(状況次第では、球体は搭乗者を包んだまま透過して船外へ出る。その技術は明かされていないがSS以上と推測されている)
ただ、宇宙空間でない場合は銀河ネットワークに繋ぐことは基本的に無い。……例外として、星の中にいるけれど周りは真空状態といった特殊な場合は、宇宙空間に近いので繋ぐことを試みるようだ。(空間が違うため繋がる確率は低い)
もし、海中や深海で脱出した場合は浮上して、空気と陸地のある安全な場所まで行くようになっている。
生存者が充分に助かり、再び宇宙へ戻れる可能性があると球体が判断(算出)した場合は、その場で消失する。(消える基準は大体、惑星文化レベルAクラス以上)
――生命維持装置や、そこから生成された透明な球体に、人工知能は無い。しかし、救助の方法は、予め多数用意されていて、船と繋がってからは常に最新の情報を収集し、そこから様々な算出(判断)をして精度を上げている。
そのため、航行中にトラブルが発生して、目的と違う星に着いてしまった場合でも、それまで進んできた宇宙空間の航行データなどから
球体は星の中である限り、自動で緊急信号を発しない。しかし、生存者の自己判断で信号を発するように、球体へ指示を出す手段は備わっている。
信号は、惑星文化レベルがAクラス以上ならば、地上からでも銀河ネットワークに直接、繋がりやすいとされている。――それは、専門の「アクセス・チャンネル」(銀河ネットワークに繋がる経路)が用意され、
しかし、基本的に「大丈夫」と判断して球体は消失するため、レベルA以上で、この手段は、ほとんど使用しない。
実質、自己判断が必要になるのは惑星文化レベルB~D(銀河内の惑星とも文化的交流は無いが、宇宙へ進出している)からが多い。このレベル帯だと救助信号を発しても、一回で繋がることは、ほとんど無い。
そこで、数回試した後は、地上のネットワークや人工衛星などを経由して、宇宙空間へと信号を発信し、銀河ネットワークに繋ぐ方法を試行する。(最初の信号発信はやめずに同時進行)
宇宙空間に信号を発したところを起点として探すため、多少の時間は掛かるが、大抵はそれで繋がるらしい。(ちなみに、レベルA以上の船で宇宙空間に居るときはリアルタイムで銀河ネットワークと繋がっているため接続に苦労することは皆無)
――惑星文化レベルが低くて、アクセス・チャンネルが成り立っていない星は絶対繋がらないというわけでは決して無い。
大事なのは、宇宙空間まで信号を発信出来るようにすること。銀河ネットワークに、より良く繋がるところまで信号を送ることに掛かっている。(それは惑星文化レベルA以上の技術なら可能)
アクセス・チャンネルは銀河ネットワークと惑星文化レベルの高い星との間に結ばれるもので、あくまで接続しやすくなる「専門の通路」みたいなものだ。……便宜上、通路みたいなものと言ったが、アクセス・チャンネルや銀河ネットワークは
アクセス・チャンネルが成立した状態とは、惑星文化レベルの高い星に、銀河ネットワークが透明な糸を垂らしている状態。……あるいは、電灯で光を当てている状態と言った方が近いのかも知れない。
――とにかく、目に見えないが高レベルの星には、そういうものが存在して、接続しやすい環境が整っているということだ。
それでは、更に低いレベルのE以下(宇宙へ飛び出したことも人工衛星すらもない宇宙開発が未発達の星~それ以下)は、銀河ネットワークに繋がるのか? ……結論から言うと届く。しかし、問題もある。
まず、一応レベルB~Dのときと似た手順を試行するが当然、繋がらない。決定的に違うのは宇宙開発が未発達ということ。つまりは科学力が低いということだ。
このレベル帯の最高でも、空を飛ぶのは個人用の飛行機くらいで、飛距離も少量の燃料しか搭載出来ないためか短い。
通信機器は遠くの相手と会話が出来る「電話」があるくらいで、コンピュータは完全に初期。計算機と言っても良いかも知れない程度。恐らくネットワークという概念も無いくらいだろう。
その星の文明、科学の利用が出来ないとなったときは「最終手段」として、空間に、宇宙まで届く経路を生成する。――そして、そこからアクセスを試みて銀河ネットワークに繋げようとする。
……だが、この手段は、かなりの時間が掛かる。しかも、一時的な経路なので、三日以内に繋がり助かれば良いが、もし、球体が消えたら「最後」な環境や状況だった場合は、悲しい結末を迎える……。(もちろん「運が良ければ」たまたま付近に来た宇宙旅行者が気付いたりとか、偵察や巡察や巡回に来た者が気付いたりして、早く助かる場合もあるだろう)
――生命維持装置。その役割を持ち、緊急脱出用でもある、この透明な球体は、様々な状況に応じて搭乗者の安全を確保するための機能を持っている。
危機的状況に対して、生命を守るパターンは標準でも多数用意されているし、情報も船とのリンク(繋がり)により、常に最新なものに最適化している……。
しかし、これがあるから「絶対助かる」というわけでは残念ながら無い。その辺は搭乗者も理解した上で乗っている。
それと勘違いしてしまいがちだが、あくまで「命を守る」ための機能なので軽く
――発進のスイッチを点灯させた後、人形のように、動かない主人を乗せた船は、宇宙空間から大気圏を抜けると、改めて算出された探索ポイントへ向かって飛んでいった。
自動操縦で、晴れた青空を順調に航行していた宇宙船だったが、算出されたポイントの付近に来たとき、空は夜が来たのかと思うほど曇り始め、しばらくして雷雲が発生した。
本来なら、こういう危険はなるべく避けるべきなのだが……リベルは
宇宙船の技術レベルが高いから安心。……と過信するのは大変危険で、星に入ってから自然の力によって不時着してしまう船は割と多い。
危険な場所は光速移動で素早く、すり抜け、かわせば良いのでは? と思うかも知れないが、光速移動は宇宙空間のみ許される速度で、地上に降りてからは原則禁止されている。
理由としては、光に近い速度で飛ぶ必要が無いことや他の飛行物体(鳥なども含む)との接触事故を防ぐ目的などがある。星によっては、その星の最高速度を超える飛行速度は禁止という細かいところもある。
ただし、万が一のため、真光速移動での瞬間的な緊急回避は許可されている。
ともあれ、目を覚ましていれば確実に飛ぶルートを変更しただろう。「雷(稲妻)」や「台風(竜巻)」などは、どんな宇宙船でも避けるのが最善とされているからだ……。
もし、何らかの理由でルート変更出来なかったときのために、大抵の宇宙船は標準で、それらを回避項目に設定している。
――リベルが、この船に予め設定しておいた緊急回避(真光速回避)の回数は、三回まで。その三回は、稲妻の攻撃を
しかし、長い長い雷雲はリベルの船を逃してはくれなかった……。
もう少しで雷雲のエリアから抜けられる……というところで、宇宙船は四度目の稲妻の攻撃を右翼に食らった。翼の一部が破損し、船に衝撃が走る――。
だが、それでもリベルは起きなかった……。
負傷しながらも雷雲を抜けた船は、よろよろと飛んでいた。致命的な損傷ではないが、油断は出来ない状況だった。……それでも「王家の証」のある場所まで、主人を運ぶという目的を果たすため、夕闇の迫りつつある空を黙々と飛び続けた。
しかし、ある程度の距離を飛行すると一定の速度を
やがて速度も高度も大幅に落ち始め、船は墜落するかのように地上へ、算出されたポイントへと向かっていった――。
「……一雨、来そうだな」
少年は、窓から外を見上げると誰に言うでもなく、一人呟いた。一戸建ての家の広間には、暖炉とベッドとテーブルとイス。大きめの台所があるだけで、他に人の気配は無かった……。
――惑星「ルドカース」この星は国境が無く「星統一」(ほしとういつ)されている。国の名は「ムーアスト」当然、この一国だけで現在、他に国は無い。星全体が一つの国となっているので星統一と称している。(要は統一国家ということ)
移民船団で、やってきた猫型の亜種人「ヌコロ人(猫亜種人)」が星の5%を占めている。ムーアストとの人々(アスト人)とは、移民前から友好的に交流していて、お互いの親睦が深まるのに時間は、さほどかからなかった。
歴史的に、移民後も特に大きなトラブルも無く、両種族の平和と発展は現在に
その
市民レベルでの異種族結婚は、もちろんあったが王族がヌコロ人と結婚したのは初めてで、国を挙げて盛大に祝福された。
アスト人の体型は人間型で、何か特別に突出したものはない。いわゆる、人型の平均的な基本型(リベルも、このタイプ)ヌコロ人は、基本的には人間型だが、特徴として頭の上に通常の人の耳とは別に猫の耳があり、お尻には尻尾がある。
ちなみに、ハーフの子が必ずこの特徴を受け継ぐわけではないようだ。猫耳も尻尾も無く、見たまま人間というハーフも、まれに存在する。
ヌコロ人の男女比率は女性八割、男性二割と圧倒的に女性が多い。アスト人とヌコロ人の間に出来る子も、ほとんど女の子になるというデータもある。(理由は特定されていないらしい)
惑星文化レベルはAクラスと比較的高いが、城のある、国の中心以外は割と、のどかな田舎の風景が多い。Aクラスや、Sクラスというと全体が一律に高い生活水準を持っていると思いがちだが、必ずしもそうではなく、やはりそれなりの格差はある。(当然、全体の水準が高いところもある)
――星によっては、惑星文化レベルが高く、便利な生活が出来るにもかかわらず、意図的に(または法律などによって)自然に近い生活をすることもあるようだ。
例えば、燃料を消費して移動する機械に「車」があるのだが、それらを使わず、馬車で移動するということもある。
あるいは、電気を消費しないように「暖房機械」を使わず暖炉で
詰まるところ、どういう「ライフスタイル」(生活の仕方)を送るかは、その星の個々人によるということだ。
この星の気候は主に三つに分類される。「高温期7~10月」(暑い季節)「適温期3~6月」(暖かい季節)「低温期11~2月」(寒い季節)となる。一年間を十二ヶ月として四ヶ月の周期で気候が変化する。
ムーアストは、現在56025年の適温期で3月
しかし、低温期が終わったばかりなので油断は出来ない――。
少年の家も、例外なく暖炉の側に三日分くらいの薪が用意されていた。しかし、朝の冷え込みが思ったよりも激しくて、つい
薪自体は、まだ残り二日と半日分あるのだが、突然「雪」が降られて三~四日くらい家に閉じ込められてしまうこともある。……そうそう、あることではないのだが実際に去年、薪が足りなくて凍えそうになった経験があるため、少年は最低でも三日分以上の薪は常備しておくことを決めていた。
――今日も薪の補充のため、自宅から二キロメートルほど離れた裏の山へ取りに行って来た。なるべくたくさん持って帰りたいところだが一回で得られるのは一日分が限度だった。
薪を取り終わった後は、畑を耕していた。少年の家の周りは畑があり、それは裏山まで続いていた。広大な畑の全てを手入れできるわけではないが、家の付近を中心に、少しずつ耕しては作物を育てたりしていた。
少年の家以外に、この辺には家が無い。裏山も含め、広大な私有地だからだ。元々この家には少年の親戚が住んでいたのだが数年前に亡くなって以来、少年独りで住むようになった。
小さいころ(5~6歳くらい)当時は家が城の近くだったが、両親が他界してからは、この親戚に引き取られ生活していた。
いわゆる都心から土地のある田舎への引っ越しとなったわけだが、別段、少年の家族や親戚がお金持ちというわけでは無かった。
城の近くに居たときは、王族の方々と触れ合う機会もあった。それは、この少年に限らず付近に住んでいる者達は大抵触れ合っていた。
民との語らいを大事にし、公務が忙しくない限りは、できるだけ多くの人々と触れ合い、歓談していた。
国王の人柄と治安の良さは、ムーアストの歴史の中で随一と言われるほどだった。
――薄暗くなる手前で畑から戻ると、台所の流しに、今日取れた野菜と芋類を入れて洗い、カゴに入れて干しておいた。手をタオルで拭くとブルっと体を震わせた。夕方になって気温が下がり始めたのと、冷たい水で洗っているうちに少し冷えてしまったからだ。
とりあえず暖まるために、ベッドの上に置いてあった厚めの上着を着た。
「さてと……」
暖炉に目をやり、火を付けるか、それとも上着だけで済ますか、しばらく考えた後で暖炉に近づくと窓の向こうが雨雲になっていることに気づいた。「一雨、来そうだな」とぽつりと言った後、薪に手を伸ばした。
「大変だけど、また明日取りに行けばいいか……」
腰をかがめて薪を取ろうとした瞬間、家に振動が走った。
「な?」
――揺れたのは、ほんの数秒だった。自分自身が揺れたのか、地面が揺れたのか、それとも家全体が揺れたのか一瞬、戸惑っていると、間もなくして遠くで大きな音がした。
少年は、慌てて外に出ると辺りを見回した。夜にはまだ時間があるため、暗くなっていないが雨雲のせいで少し薄暗かった。音の方向からすると裏山かな……と思いつつ、そっちの方に目を凝らすと思った通り、裏山付近に何かがあるのをぼんやりと見つけることが出来た。
「……なんだ、あれは?」
見慣れないモノの姿をうっすらと確認すると、少年は現場に駆け寄った――。
家を出て半分くらい来たところで、得体の知れないモノが
「はは……。まあ、家とか無い場所で良かったかな」
最近、耕した畑の作物を幾つか台無しにされてしまったが、少し残念そうな表情をしただけで、少年は裏山の方へと気持ちを切り替えた。
「たぶん、あれは乗り物だよね? もし、人が乗っていたら……」
中の人は大丈夫なのか――。と言おうとしたが、それよりも早く駆けだしていた。新たに作られた一本道をひたすら走って、不時着した現場に辿り着いた。
「……飛行機、かな? でも、この星の材質ではないような気が……。あ、もしかして宇宙船!?」
宇宙船の確率が高いと踏んだ少年は少し警戒したが、有人だとしたら、このまま放っておけないと思い更に近づいた。
「あれは窓になってるのかな? よし、中を確認し……」
船体の後ろから、前の方に行こうとすると中で爆発するかのような音がした。
「え?」
――同時に少年は飛んできた「何か」と一緒に遠くまで吹き飛ばされた。十数メートルほど低空飛行すると速度が落ちてきたのか静かに柔らかく落下した。まるで保護されるように地面に
「……ん、んん……」
急な出来事で
「女の子?」
口にして数秒した後、透明な球体は音も無く割れた。
「うわっ」
それと同時に少女の全体重が少年のお腹に乗っかった。一瞬、息が止まりそうになりながらも少女を地面に落とさないように支えようとした。透明な球体が割れて少女が落下したのと、ほぼ同時に裏山の方で爆発音がした。上半身だけ起こして見ると、少女の乗っていた乗り物は煙を上げていた。
「壊れた……? 火は出ていないみたいだけど――」
少年の頬に
「あ、降ってきちゃったか……。アレは気になるけど、仮に燃えても周りに燃えそうな物は無いから……大丈夫かな。――それより、本降りになる前に家に運ばないと」
少年は頭に軽く片手を当てると、軽く目を閉じて過去に習った記憶を思い出そうとした。
「えっと、まずは」
数秒ほど固まっていたが、こういう状況のときの運び方を思い出すと目を開いた。
「……よし」
改めて少女をざっと見ると出血は無く、怪我などは無いようだった。運ぶ前に声をかけてみたが返事や反応は無かった……。とりあえず呼吸はしているようなので一安心だが、もし頭を打っていたら慎重に運ばないといけない。
自分と同じくらいの小柄な少女を背中に背負うと、両足を手ではなく腕の方まで持っていき支え、
緊急時とはいえ、女性の体を自分に密着させるのは少し気恥ずかしかったが、そうも言ってられない。……ただ、実際背負ってみると厚めの上着を着ているためか、思ったより気にはならなかった。壁一枚で
――少女の体をなるべく揺らさないようにしながら家へ辿り着くと、ベッドへ静かに降ろして仰向けに寝かせ、胸の辺りまで毛布を掛けた。
幸いにも雨は、ぽつりぽつり、とゆっくりとした降り方だったので少年も少女も、あまり
ベッドから離れると暖炉に火を付けて、部屋を暖かくすることにした。少量の雨とはいえ、髪は少し濡れている。少年は、吸水性の良いタオルを持ってくると、少女の髪にそっと当てて水滴を拭き取った。
「……うん、こんなもんかな。部屋もだいぶ暖まってきたし、これで少なくても風邪はひかないだろう」
抑え気味に呟くと少しだけ緊張を解いた。少女が安静に出来る環境を夢中で整えていた少年にとっては数分程度の感覚だったが、家に着いてからは実際、十数分ほど経っていた。
「さてと……」
電話付近の壁に貼り付けてある、関係各所への連絡方法を確認していた。
「寝てるだけのように見えるけど、念のために医者は必要だよね。後は警察と……それから」
連絡するべきところを張り紙の中から探っていくと、少年は一つの連絡先で、目を
「他惑星の乗り物等を調べる『調査隊』か……。『状態が分かれば、それも事前に報告して下さい』状態……か。どうなったかな?」
現場まで当然行くつもりは無いが、もし、火の手が上がっていれば煙や明かりが、ここからでも見えるかも知れないと思い玄関に向かった。
――玄関付近に来ると、突然、
「……現状は分からないけど。仮に、あれから燃えていたとしても、これなら消えるよね」
物凄い雨に圧倒された少年は、外に顔も出さずにドアをそっと閉じて鍵を閉めた。広間に戻ると、厚めの上着をテーブルのイスの背もたれに掛けて、少女の様子を見に行った。短い間とはいえ、外の空気が入って冷えてしまったかも知れないと思ったからだった。
「あれ?」
息苦しくならないように毛布は胸元までにして、上掛けの布団は腰の辺りまでにしておいたのだが、その掛け布団が少年の目を一瞬、疑わせた。
「(――濡れてる?)」
上掛けが、少しだけ濡れていた。
「(……。いや、そんなはずは――。んー、でも『そうだったら』新しいのに替えないと……。一応、確認しておいた方がいいかな?)」
あれこれ悩みつつも掛け布団を取って中を確認しようとすると、少年の頭の上に
「ん!? (……あー、これか。これが『原因』か)」
「雨漏りだったとはね……。確かに掛け布団は表面が少し、濡れていただけだったし……。まあ、替えずに済んだから、それはいいんだけど。――でも、雨漏りなんて、今までしなかったのになぁ」
軽く首をひねると、雨漏りの滴を受ける
「――もしかして、さっき揺れたときかな? ま、どっちにしてもまた今度だな。……あ! そうだ連絡しないと……」
少年は、ベッドの頭側の斜め奥にある、棚まで近寄って、電話機を取ろうと手を伸ばした。
「え?」
大きな音と共に部屋が暗くなった。
「うわ?! 停電か?」
暖炉の火があったため、完全に暗くはなっていないが、急な出来事に驚いていた。それでも一呼吸置いて気持ちを落ち着けると、受話器を取って電話することにした。
「……んー、さっきのでショートしたかな? 電話は大丈夫と思ったけど繋がらないや……」
受話器を置くと、薄明かりの中ゆっくりとテーブルに向かって歩き、イスに腰掛けた。
「ふぅ。とりあえず出来ることはもう無い……かな」
そう言うと、少年は軽く目を閉じて、現状を軽く頭の中で整理していた。電話での連絡も出来ず、外は土砂降りで視界が最悪。しかも時折、突風になって雷も鳴っている。もし、無理して町に行くとしても長時間放っておくのも気が引ける。……やはり今のところ、これ以上は何も出来ない――。
そのように、一応の結論が出ると、目を開けて呟いた。
「……何だか、いろいろあって疲れたよ」
イスの背もたれに寄りかかると両腕を伸ばして大きく伸びをした。目を擦り、周りを軽く見回すと最後に暖炉へ目をやった。
「(薪は、もう足さなくてもいいな……。うーん、眠くなってきた)」
首を下げ、軽く目を瞑ると休む体勢を取った。今日は、ここで座ったまま眠ることに決めたようだ。
少年の足音が
……そんな中、確かに人の言葉として「お父様」という声が聞こえた。少年は目を半開きにして声の主を探そうとした。
「(……ん? ああ、さっきのは、あの人の寝言……か……)」
声の主を特定すると、安心したのか少年はそのまま深い眠りに入っていった――。
少年に助けられ、暖かいベッドで眠っている少女「リベル」が発した「お父様」という言葉。これは、リベルが15歳のときに起きた「ある事件」を夢に見ていたからだった。
――父親の名は「ベルク」惑星エインから惑星ヴェルクトへ長期にわたり「生物の研究チーム」の一員として所属していた。元、兵士の経歴を持つ、知的な武闘家で「エイン流体術」の免許皆伝者の第一号でもある。
ベルクは元々、生物学の研究者になりたかった。武道は神童とまで呼ばれたが、ベルク自身にとっては体操をするくらいの感覚だった。
免許皆伝した後、腕を買われ兵士となったが、その期間は短く終わる。
――惑星エインで兵士の誘いがあったとき、ベルクは生物学の勉強に集中するため、断ろうとした。……だが、兵士になれば国の図書館を無料で、いつでも利用できることを知り、二つ返事で引き受けた。
ベルクを誘った人物は、段階を踏んで、一定期間が経ったら「王族の身辺警護」などを任せるつもりでいた。
それは、実力があっても新人をいきなり高い地位にするわけには、いかなかったからなのだが、それでも他の人よりは早く役職を与えるつもりだった。それだけ、ベルクのことを
しかし、惑星ヴェルクトへ新たな研究チーム員を補充、派遣するという話が出て、その中に生物の研究チームがあると知ったときに、ベルクは自ら志願して、
護衛という形で行くことも出来たのだが、それだと見ることしか出来ないし、仮に意見が言えたり手伝いが出来たりしても、本当の意味で研究へ参加しているとは言えない。……そこで、研究に没頭することを目標にしていたベルクは正式なチームに入るため兵士を辞めた。
もちろん、国と研究チームに認めて
生物学は独学だったのだが、試験に立ち会ったチームのリーダーや国の生物学を教える先生達からも高評価を得てベルクは快く受け入れられた。
一部を除いて、大抵の人は武闘派のイメージを持っていたので、辞めるという話が出たときには随分と驚かれたのだが、試験後その筋の人たちの評価があまりにも高かったため、今度は違った意味で驚かれた。
誘った人物は、将来有望な若者を手放したくは無かったが、本人の意志を尊重して笑顔で送り出すことにした。
――思えば、兵士になった場合の特典を説明していたとき、いきなり目を輝かせて二つ返事で承諾してきたあの瞬間に、こんな日が来る……と予感していたのかも知れない……。
宇宙船を見送った後、自分の部屋に戻ると静かに涙した。表向きは笑顔でいたが、早々に王族の身辺警護を任せるつもりで、期待していただけに残念な結果となってしまったからだ。
しかし、この人物の願望……というべきか、希望は近い形で成就することとなる――。
惑星ヴェルクトに着いてからは、研究三昧の日々を過ごしていた。世間の情報への関心は薄くなり、研究室に閉じこもると数ヶ月くらい平気で出てこないときもあった。
周りの研究員も最初は心配したが、没頭しすぎて体調を崩したりという無茶なことはしなかったので、時々、様子を見てベルクの研究の邪魔をしないようにした。
まるで、小さな子どものように
――この星に来て、数ヶ月経ったころ故郷の惑星ではエイン初の「女王」が誕生していた。その大きな話題はヴェルクトにも届いていたが、ベルクの耳には右から左へと流れていくだけだった……。
初代女王の誕生後、惑星エインの統治は好評価を受けていた。「王家の証」の力と、民のことを第一に考える、若く美しい女王により、永らく平和が保たれると誰もが思っていた。
しかし、エインはある日を境に「たった一日」で荒廃してしまう……。
――惑星エインから移民してきた初代女王や国民達は、惑星ヴェルクトを「第二の故郷」にすることにした。
少し落ち着いたころ、エインに行った調査隊の報告では「特殊希少鉱石のエインフリィ」や他の貴重な鉱石資源は枯渇してしまった、とのことだった。……そのせいで、大地のバランスが崩れて、人が住むには難しい土地になってしまったらしく、エインで国を再建するのは現実的では無いと判断された。
特別な鉱石などの資源は取れなくなったが、質は落ちても資源として活用できる鉱石はまだ幾つか存在したため、故郷である惑星エインを「資源惑星」と呼ぶようにした。
……それは、過去にとらわれず新たな土地でのスタートを
やがて、その質の低い資源も無くなっていくと、それは名前だけのものとなっていった……。
移民してから十数年間、初代女王はヴェルクトの開拓や開発、新たな国の構築に取り組んだ。そして、ある程度、国が安定すると自分の娘に女王の座を譲り表舞台から去った。
それは、本格的に王家の証を探索するためだった――。
二代目女王も初代に負けないくらい、全力で国作りに取り組み
ベルクは生物学の研究員から一転、二代目女王の夫、
――あの人物の望んでいた形に、近い状況にベルクは結果としてなっていた。女王の「夫」という肩書きは、嫁を……家族を「
これはある意味、身辺警護の最上級といってもいいだろう……。
やがて、娘のリベルを授かり、護るべき王族(家族)が増え、かけがえのないものが少しずつ出来てくると、ベルクは研究よりも王族としての働きを中心に考えるようになった。
別に、それまで無関心だったわけでは無かったのだが、結婚当初、王族になったら何をすればいいのかリエカに尋ねたとき、好きなように研究を続けて欲しいと言われていたこともあって、公務は必要最低限していただけだった。
確かに研究自体も、いずれは国の役に立つこともある。それは誰に言われるまでも無く、そう思って続けていたことでもあった。リベルが生まれる数年の間、ひたすら続けたのは自分のためであり、国のためであり、何よりリエカのためだった。
ベルクは、自分が女王と並んで積極的に公務をこなすことは無理だと分かっていた。リエカの手腕は、なかなかに素晴らしく、かえって足を引っ張りかねないと理解していたので、結婚当初に聞いた言葉に乗っかっていたのが正直、大きかった。
リエカは他意も無く本心で言ったのだろうが、好きなようにして欲しいという言葉はベルクにとって、ありがたいことでもあり、同時に女王といつも肩を並べて歩いていけるわけでは無いという距離を感じるものでもあった。
リベル誕生から日増しに、王族としての働きを思うベルクは真剣に考えていた。……そして、ある情報を元に一つの案が生まれた――。
それは、自分も王族となり護られる側になって分かったことだが、王族には身辺警護が数人ほど基本的に付いている。
しかし、当然ながら一般的な家族や人々にはいない。――そこで、国の人々を護り、安全に暮らせるように警護する存在を作ることにした。
この構想のきっかけになったのは、治安活動に力を入れて欲しいという
警察や民間の警備部隊が、そういう活動をしないわけではないが正直、人手不足もあり充分とはいえないのが現状だった。
ベルクは、国の兵士を中心にした少数部隊を作り、二十四時間態勢で巡回する方針にして、治安の強化を図った。
数時間ごとの交代勤務の中、隊長である自らが、
決して威圧的ではなく、陰ながら見守るような部隊の対応は、人々に適度な緊張感を与えつつも、次第に受け入れられ順調に機能していった――。
リベルが10歳くらいのとき、ベルクは武道の全てを叩き込むことにした。もちろん最初は護身のための基礎だけを教えるつもりだったが、才能があると判断したため、エイン流体術の全てを教えることを決意したのだった。
リベル自身も体を動かすことが好きだったらしく14歳という若さで免許皆伝をする。
――娘の成長、公務、警護隊の安定した活動。父親として、リエカを陰ながら支える夫として、そして王族としてベルクは日々を良好に過ごしていた。
警護隊の隊長としての人望も厚く、国の人々の信頼も多く寄せられていた。目の届く範囲での平和は疑いの無いもののように思えたが、それでも犯罪や不満による暴動といった負の部分が消え去ることは無かった。
……惑星ヴェルクトに住む人の中で密かに、少しずつ育っていた闇の部分が表に出たとき、それは国を揺るがす「事件」となり世間を悲しませることとなる。
その
リベルが15歳のときに起きた大きな事件。今でも、夢に鮮明に出てくるほどの悲しき過去の記憶、それは約一年前のことだった……。
――反王国の
ベルクが、この情報を聞いたのは、これで三度目だった。
最初に耳にしたのは、初代女王達が惑星エインから惑星ヴェルクトへ移民してきて二十年ほど経ち、二代目女王が誕生したころだった。
その原因になりそうな一番の「きっかけ」は、初代女王から二代目女王への
惑星エインの古き時代より、現統治者から後継者へと権限が渡される場合、王家から代々伝わる「象徴」を同時に授けるのだが、それが「無かった」ことが問題視されたようだ。
無かった理由は二つ。一つは「国王」から「女王」に変わり、一新するという理由で、それまでの国王時代の象徴は不要になり撤廃されたこと。(国王時代の象徴は「光る宝刀」で、移民前にその行方は不明になったとされている)
象徴となるモノを授ける制度自体は残されたため、新しい象徴を初代女王は「王家の証」とした。それを正式に授与された者を正当な王族、後継者(統治者)である――と。
しかし、その王家の証は惑星エインから惑星ヴェルクトへ移民する前に失われてしまった。このことが二つ目の理由となる。
つまり、新しい象徴も古い象徴すらも無い中での戴冠式。「象徴が実在しないのに、本当に王族として認めて良いのか? 真偽のほどは? 前例の無い、戴冠式を認めて良いのか? 象徴が無くては統治が難しいのでは? 撤廃したとはいえ、仮でも良いから国王時代の象徴を使うべきだった。だが、それすら無いとは……」というような様々な声が、密かに浮上し広まったと推測されている。
ただ、王家の証が無いことは、惑星ヴェルクトを新たな地にすると発表したときに初代女王が自ら口にしたため周知の事実だった。その際に「王家の証は今後、三百年は存在しなくとも象徴とする」と定めたことも知られている。それにもかかわらず、このような声が出てきてしまった。
もちろん本来ならば、戴冠式までに王家の証に替わるものを初代女王が決めれば良かったのだろうが、惑星エインの物をあまり持ってこられなかった中で、象徴に
そのため「王家の証に替わる象徴を……」という案は、事前に出されていたのだが、却下されていた。
――惑星エインでの統治は「王家の証」により、かなり高い水準だった。過去の実績があるのはもちろん。元々の統治能力が高かったためか、惑星ヴェルクトに移民してからも、高い水準で初代女王は統治をしていた。
そのためか、王家の証(象徴)が無くとも不安や不満などの悪い噂は、ほとんど出なかった。少なくとも、表には聞こえてくることは一切無かった。
それが、初代女王以外の統治に代わり、しかも象徴が無い中での戴冠式という、前例の無い状態。特例で「無くても在るものとする」としたことも含めて、歴史上では初めて。……と、なれば、後継者が実の娘であっても、不安などの声が出てくるのは仕方が無かったのだろう。
しかし、初代から二代目になってしばらくは、噂によって何かが起きたことは無かった。王家の証が無いことによる、二代目の統治に少なからず不安を持っていたであろう人々も、その素晴らしい働きを
いつしか人々は「様々な不穏な噂があったらしいが、そんなものは『ただの噂で気にする必要も無かった』」と片付けた。
――研究室で、当時その良くない噂を初めて聞いたときにベルクは、なぜか心の片隅に残るような感触を持っていた。普段なら、あまり外のことに興味を持たないベルク自身、とても不思議な感覚だった。……ただ、それも時の流れと共に風化し、妙な感触は薄れていった。
一度目の噂は、結果として
二度目の噂は、リベルが生まれて間もないころだった。ちょうど「治安活動に力を入れて欲しい」という陳情が女王の下に寄せられた辺りで、陳情の前にも治安が悪いところがあるというのは情報として入っていた。
……もし、王家の証があれば、そのような不安は防げただろう。
王家の証は初代女王のころに生まれたモノで、その力は絶大だった。ただの象徴では無く、女王の願い次第で、様々な効力を発揮すると言われている。
――例えば、治療の困難な大病を癒やしたり、山に穴を開けたりといったことも出来ると、王族の公式な記録にも記載されている。
その絶大な力が「有る」と「無い」では大きな差を持つことは明らかで、人々のために使われる「役立つ道具」としてだけではなく、それはある意味「絶対的な支配力」となり、犯罪や反乱を防ぐための「究極の抑止力」にもなっていた。
それが無いことによる影響は、犯罪率の増加などの数値にも表れていた。その中に、国に対して、王族に対しての反乱分子……噂の元凶があってもおかしくないと判断されていたが、実態は掴めず、さながら
最初の噂から変わって、確たる証拠は無いが、無視できないくらいの規模になった二度目の噂は、表面上で消えることはあっても完全に消えるものでは無くなっていた。
当然、警護隊や警察などの間で、その噂の根源である人物がいるはずだと踏んで調査していたが尻尾を出すことは無かった。
隠語で名付けた「蛇」は、その名の通り暗い茂みの中をするりするりと隠れていった……。
そして、三度目の噂で
その情報を各部署に伝達しようとしていた人物と出会い、現場が目と鼻の先であることを知ったベルク達は急いで、その場に向かった――。
そこは、城や町からは少し離れているところで、今回の巡回ルートではないが、優先させるべき事柄だとベルクは迷わず判断した。
もちろん部下からは「もし、本当に居るのなら危険かも知れないので、行かない方が良い」という意見や「せめて警察達と合流してから……」といった声もあったのだが「もしも本当に危険な存在ならば、それこそ迅速に動くべきだ。対応の遅れが、
しばらく待ったが、返答が無かったためベルクは早々に馬を走らせた。馬を駆る前に、合流したい者や引き返したい者は、そうして構わないと告げられていたが、部下達は、すぐに後を追った。
部下達にとって護りたいのは市民達……であるのは当然だが、第一に考えているのはベルクの身の安全であるからだ。
――ただ、一番の理由は王族だからではあるが、義務感から後を付いていったわけでは無い。どちらかと言えば「仲間」であり、何より自分達の「隊長」を護るためという感覚の方が強かった。
これは普段、ベルクがどのように部下達と接してきたのかが
すぐに後ろから追いついて両隣に来た部下にベルクが交互に目をやると、しっかりとした表情で頷いてきた。それを確認すると前を向き、馬の速度を更に上げた。ベルクは口角を少し上げて、後方に続く足音を誇らしく感じていた――。
情報で聞いた「蛇」と呼んでいる者が居るという付近は何も無く、空き地になっているところだった。
それは数年ほど前に、木々が虫と病気にやられたために切り倒して、辺り一面を焼き払った場所だったからだ。当時、陣頭指揮を執っていたのは他でも無いベルク自身で、警護隊や有志などを集めて行っていた。
最初は虫の駆除だけを考えていたのだが、駆除の後、病気になった木を回復させる手立てが無かったため、感染している木とその周辺の木々を切り倒し燃やすことにした。
その案は適切なもので反対する者は、その場にいなかった。少し多めに未感染の木を処理してしまったことが唯一の気掛かりだったが、そのおかげで他の木々が守られたことの方が大きく、それ自体はベルクが気にしていたほど問題にはされなかった。
しかし、数日経ったころ警護隊の宿舎に一通の書簡が届けられた。宛名は無く言葉少なめにこのように書かれていた。
先だっての警護隊の皆様による、御活躍は
大変素晴らしく思います
きっと犠牲となった罪無き木々達も
安らかに眠ることでしょう
大事を成すには小事は切り捨てる手段
これぞエイン流の極み
この文に込められた意味は単純に見ると、感染被害を防いだことへの感謝の声とも取れるのだが、何か逆説的な意味合いが含まれているようにも感じた。しかし、部下達の「気のせいでしょう」という言葉で杞憂かも知れない、確かに匿名の手紙は今に始まったことでは無いし、考えすぎかも知れないと心の奥にしまい込んだ。
――ベルク達、警護隊が空き地に少しずつ近づくと、遠目に人だかりが出来ているのが分かった。その中央には、少し高めの何かの上に乗っかっているであろう人物が居た。
それを見た途端、ベルクは数年前の「あの手紙」をふと思い出していた。見回りで、この辺りまで来ることは何度かあったが、こんなことは初めてだった。直感的に、何かがあるとベルクは感じていた。
……そもそも、あの辺りに人がたくさん集まること自体が、普段では考えられないことだった。特に何か珍しいモノがあるわけでもないし、集会をしている光景は少し……というよりも、かなり怪しい雰囲気を醸し出していた。
伝達者の情報を疑っていたわけではないが、いよいよ「蛇」に近づいたかも知れないという実感が湧いてきていた――。
集会の場所から気付かれない位置で、情報通り人が居ることを確認すると、乗ってきた馬を少し離れたところに待機させた。
そして今度は、ここに来るまでの動きと真逆のゆっくりとした速度で、森の中を隠れながら移動した……。
いきなり近づいて、何の集まりかも分からずに逃げられたりしては元も子もない。まず、この人だかりの目的を確認する必要がある。そのため、警護隊は声の聞こえる辺りまで慎重に近づくことにした。
ここで焦っては意味が無いとベルクは部下達に念を押し、少し高めの平たい石の上に乗っている人物の声に耳を傾けた。
大衆に向かって話していたことは、国王の時代にエインから研究援助を早々に打ち切られて、ろくに支援を受けられなかったことへの不満だった。
初代女王の時代になる前に事実上の凍結扱いになっていたらしく、補充員も来ないまま月日は流れて最終的には一人になってしまったようだ。
更に他の研究チームと違い、施設も与えられず野営で過ごした日々の
しばらく不満を言っていたが、この老人自身が何の研究者だったのかは不明だった。語らないまま話が変わったからだ。
ベルクとしては、何の研究者だったのか知りたいところだったが仕方ない。国王時代に凍結のような扱いをされていたとしたら、女王時代になる前に
――そう思うと、同じ研究者として、やりきれない気持ちになった。
何の研究者かは、確かに気になるが、もしかしたら到着する前に話していたのかも知れないと自分を納得させて次の話に集中した。
老人の雄弁は波に乗ってきたようで聴衆は一言も
――故郷、エインを追われたことに怒りは無いのか?
――移民生活になってしまったことへの不満は?
――王族への不満は本当に無いのか?
――惑星エインをあっさりと見捨てた国のやり方は?
――本当に、このまま信用していいのか?
……と、老人は声を大にしていた。
警護隊には、物事の様子を記録する機械「記録機」で現場の状況などを
その人物が、老人の発言に我慢できなくなったらしく「これは反国精神を人々に植え付ける行為では? この映像だけで充分でしょう」と、ベルクに
出ようとした隊員が困惑した表情を見せると、静かに「もう少しだけ様子を見よう。記録を続けてくれ」と伝えた。
老人の語りが、これで終わりでは無いような雰囲気を感じ取っていたからだった。……確かに、今出て行っても充分に「反国家扇動罪」(はんこっかせんどうざい)として逮捕は可能だったのだが、ベルクは冷静に相手の「もう一手」を待つことにした。
……何かが「来る」そんな気がして仕方なかった。
老人の語りは更に加速していき、遂に女王についても批判が始まった。
――王家の証が存在しない以上
王族の証明がされていない
――存在しなくても象徴とするという特例に
納得しているのか?
――初代女王や二代目女王が本物とは限らない
――影武者の可能性だってあるのではないのか?
――身元のはっきりしない支配者の下で
本当に良いのか?
――このまま王族主導でいいのか?
――惑星移民の際、初代女王の責任は無かったのか?
――大きな転換期を迎えるべきではないか?
ベルクの予想は当たり、老人の言論は触れてはいけない領域を侵した。反王国を
この老人こそ伝達者の言うとおり「蛇」だと確信が持てた警護隊は、ベルクを筆頭に草陰から姿を現し、
およそ、二十人の聴衆と老人は、警護隊が現れても妙に落ち着いていた。……まるで、待っていたかのように、その場を動く気配すら見せなかった。
ベルクは、その奇妙な雰囲気を気にしつつも老人との距離を更に縮めた。――もし、相手が武器を取り出しても対処できる間合い、およそ二メートル以上の距離を取ると声をかけた。
「ヴェルクト警護隊隊長のベルクだ。そこの石の上に立つ者に告ぐ。明らかな『反国家扇動』と初代と二代目の『女王への
「……私が、そのようなことをした……という証拠でも?」
「証拠は残念ながら記録されている」
そう言うとベルクは、警護隊の記録係が手にしている記録機を指差した。
「なるほど、流石に記録されてますな。……記録は良い。私もよくしております」
老人は空を眺めて、ベルクに聞こえるか聞こえないかぐらいの声で呟いた。
「……ベルク殿、この場所は実に良い場所ですな。エインを象徴しているかのようです。少数の木が無残に消され、多くの木々が助かる」
「?!」
ベルクの直感は的中した。
「(……あの手紙の主は、この老人だったか。……恐らく、間違いないだろう)」
記憶にある手紙の内容と言動が、ほぼ一致している。違う可能性の方が低い。自分の中で、そう確信すると背中にぞくりと冷たい感覚が来た。それは、今まで感じたことのないような嫌なものだった。
「もっとも、私なら、未感染の木を巻き添えにすることは絶対にしませんがね。……王族のやることは、いつも犠牲になるモノのことなど考えない愚かな行為ばかりですな」
「――あなたは一体……」
ベルクの問いをかき消すように老人は語り続ける。
「おかげで私の怒りと憎しみが風化することはなく済みましたがね――」
聴衆を
両手に何も無いことを確認したからといって油断するような警護隊達では、もちろん無い。近づこうとする老人に、その場で止まるように剣を取り出し、警告しようとした。
すると、老人は知ってか知らずか……。ベルクの完全な間合いに入ること無く立ち止まると、ニコリと満面の笑みを浮かべた。
「本当に良き場所です。アナタの墓場に相応しい。ようやく王族に一矢報いられます」
「?! な――」
そう言い切った老人の体から激しい
――砂煙も収まり、辺りに不気味な静けさが漂い始めたころ、爆発の中心より離れた上空から一つのモノが落ちてきた。それはちょうど、ベルク達が姿を現した草陰付近だった。
焼け焦げた大地の上に「ほぼ無傷」の物体は転がり、やがて停止した。動きだけではなく、その「機能」自体も完全に停止していた。
……またしばらくの間、辺りを静寂が包んでいたが、一つの足音で、それは破られた。完全に動かなくなった物体を少しだけ見つめていたが「落ちた衝撃で『停止』したか」と呟くと、それを拾い上げてその場から消えた。
――爆発現場から立ち去ったのは背の低い男だった。去り際に、手に持ったのは警護隊の記録係が持っていたのと同じ「記録機」だった。……もちろん警護隊の物は跡形も無い。
この記録機は、どうやら木の上に設置されていたようだ。思えば老人が「記録は良い」と空を見上げたときに見た角度は、これを見ていたのかも知れない。
ほとんど無傷だったのは、爆風によって落下しただけだからだろう……。
この男の行方は、城の方角に向かって歩いて、記録機を人知れず手放したところで消えている……。
――そもそも、この男は警察や警備、警護の人間達に大切な情報を「伝達」しに行ったはずなのに、なぜ一人で現場に戻ってきたのか? ……今となっては分からない。
はっきりしているのは「ベルク達にだけ」伝達して、後は各部署に伝えていないということ。これが意味することは何か? 木の上に記録機があったことを知っていたということは、老人と何らかの繋がりがあると見ても良いのだろうが、それがどういう関係なのかを断定することは出来ない。
あくまで推測の域になるが、反国精神、老人の意志を継ぐ「闇の後継者」が存在している、ということだろうか? あるいは、最近まで
……幾つかの謎を残しつつ、男は、まるで藪の中に隠れる「蛇」のように、するりするりと消息を絶った――。
男が、ひっそりと姿を消したころ、ヴェルクト城では「異変」が起き始めていた。それは、あたかも「毒牙」に掛かり
その原因、その始まりは、いつの間にか守衛室に置かれた「記録機」によるものだった。
守衛室に居た人物の話(報告)によると、少し遅めの昼食を
そのとき、注意しつつ急いでドアの外に出てみたが「誰も居ない」ということだった。不審に思いながら、室内に戻ると状況を少し考えたらしい。
……仮に、警護隊の人間が訪れたとしたならば黙ってこんな「置き土産」をするはずはない。彼らはとても礼儀正しい。理由も挨拶も無く置いていくことは、まず有り得ない。
何より、この記録機は数があまりなく貴重な物で、このように放置すること自体、考えられない。恐らくヴェルクトで持っているのは警護隊の記録係、二~三名だけだろう。
もしかしたら王族の一部の者や収集家は所持しているかも知れないが、実際それぐらいの数と思われる……。
――と、ある程度の考えが、まとまったところで、記録機を警戒しながら持ち、上司の居る「守衛長室」まで慎重に運んだとのことだった。
記録機については、守衛の人物の推察通りで、これは移民する前に元故郷の惑星エインで作られた最新の特別品だった。
高機能や多機能なのはもちろん、記録機の規格としては初の試みである「エインフリィ」(高エネルギー物質の含まれる特殊希少鉱石)をふんだんに使用した製品で、その寿命の長さが売りだった。
しかし、当然値段も高かったため一般人には手が出せなかった。(収集家以外の一般の人は大抵、安くて寿命の短い記録機を買っていた)
元々の販売台数も少なかったが、その値段の高さのため、実際に売れた数は当時、数台ほどだったようだ。
惑星ヴェルクト(第二の故郷)に移民後、惑星エイン(資源惑星)で鉱石資源などは得られないと言われてから動いているエイン製の物は、この記録機くらいとされている。
これも、そろそろ寿命になるのでは? という情報も流れているようだが、専門家でも正確な寿命は分からないらしい。
ただ、一つ言えるのは、この記録機の通常使用による稼働限界が来たとき……。最も新しかった製品に使用された、エインフリィの効果が切れたときに「高エネルギー物質の恩恵の時代」は終わりを迎えるとされている。
――守衛長に記録機を提出して、見つけた経緯と状況と、自分の推論を報告し終えるまでに掛かった時間は数分程度。
その報告の詳細を受ける前に、守衛長は他の守衛達に、別の怪しい不審物や不審者が無いかを確認させていた。
しかし、いくら探しても「男」は既に居ない。他の不審物も見つからないだろう……。「異変」は記録機が置かれた時点で始まっており、止まることは無い。
城内は、着実に、男が残した「毒」に
「……ふむ、なるほど。報告、ご苦労」
「はっ」
記録機を持ち込んだ守衛の話が終わるころ、守衛長に呼ばれ、
「――守衛長、この記録機には特別な仕掛けや
「そうか、ご苦労。不審物処理班が見たところ、何もなさそうで良かった。……とはいえ、直接運んだのは軽率だったな。もし爆発や何かの罠が発動したら大変だったぞ」
「……この高価な記録機に、爆発などの壊れるような仕掛けがある。――という可能性までは思いつきませんでした。申し訳ありませんでした」
そのとき、守衛長室に、城内を調べていた守衛の一人がやってきた。
「失礼します。守衛長、城内に不審物、及び不審者はありませんでした。以上、代表しての報告を終わります」
「ご苦労。それぞれ持ち場に戻ってよしと伝えてくれ。警戒は
「了解しました!」
報告者が去るのを確認すると、守衛に向き直った。
「まあ、結果的に城内には怪しい者が潜伏している様子も無いし、何もなくて幸いだったが……以後、気をつけるように」
「はっ!」
「――ところで、何が記録されているのか。……確認してみるか。班長、構造上の問題が無いなら中身に……記録の内容に何かあると考えられる。再生してみてくれ」
「了解です。えっと、記録されたデータは一つあります。タイトルは無題。日付は……今日ですね。では、再生します」
守衛長の顔をちらりと見ると、軽く頷いたので班長は再生のボタンを押そうとした。そのとき、後ろから声が掛かった。
「守衛長」
呼ばれた本人はもちろん、守衛と班長も全員が一斉に振り向いた。
「ベルクは……警護隊長達は、まだ戻ってないのかしら? 何か知ってますか?」
そこには、女王リエカと娘のリベル、そして初代女王が立っていた。突然の訪問に一瞬、動揺したが、気を取り直して姿勢を正すと守衛長は答えた。
「――女王様。あ、はい。まだ戻られてはいないようです。特に
「……そうですか」
「何か御用でしたか? リベル様に、初代女王様もおそろいで」
「ええ、今日は久しぶりに昼食を家族全員ですると約束していたのですが……約束の時間を過ぎてもベルクが姿を見せないから気になって……」
「
「……気になるといえば、この状況と『それ』も気になりますね。何かあったのですか?」
守衛長の両隣で、同じく姿勢を正している班長と守衛に目をやり、隙間から見えた後ろのテーブルに載っている記録機にじっと視線を移した。
「あ、はい。実は……つい先程、守衛室で、この記録機が何者かに置かれてまして」
「不審者……ですか。まあ、先程から少し、ざわついていたようなので、もしかしたらと思っていましたが……。それで?」
「それが、怪しい者は見当たらないのです。全部屋の確認をしたので恐らく城内には、もう居ないと思われます」
「なるほど。では『それ』に
「左様でございます。ちょうど今、中身の確認をしようとしたところです。女王様への御報告は、その後にと思っておりましたので……」
「緊急性は無いと判断したのですね。……事情は分かりました。よろしい、では確認して下さい」
「今、ですか?」
「ええ、何やら事件性を感じます。国を預かる女王として見ないわけにはいきません。まあ、後で報告を受ける際に見ることになるでしょうから。――今、見ても同じでしょう?」
守衛長は、女王の少し斜め後ろに立っている二人に、ちらりと目をやり、一呼吸置いてから女王に尋ねた。
「その……。リベル様と初代女王様もですか? どんな映像が入っているか分かりませんので、席を外して
「――初代女王以降、対立候補も現れませんし、ほぼ確実にリベルは次期女王となる身です。こういう経験も必要でしょう。
「左様ですか。まあ、リベル様と初代女王様がそれで良いと
守衛長と女王リエカの会話を聞いていたリベル達は、見る意志を示した。
「そうね……。隠居したとはいえ、私も気になります。何事も無い誰かの
「私も気になるので見たいです、守衛長さん。……何だか、胸騒ぎがするの」
「……分かりました。では再生してみましょう。……ん? 班長、さっき起動したのに停止になってるようだが?」
「それは、エインフリィの使用量を押さえるための機能ですね。しばらく使用していないと時間で自動停止するものです。もちろんその機能を解除することも出来ますが、そのように設定されていたようですね」
「ふむ。そうか、こういうものは良く知らないのでな……。これを押せば良いのだな? では改めて――」
そう言って、守衛長が再生のボタンを押そうと手を伸ばすと突然、映像と共に大きな音で、十数秒ほど音楽が流れた。
「な、何だ?!」
突然の出来事に全員が一瞬、驚いたが不審物処理班の班長は、すぐに落ち着いた口調で分析して発言した。
「――時間が来たら自動で再生するようにしてあった……ようですね。この記録機の機能の一つにあるものです。『目覚まし機能』を使用したのでしょう。……加えて、この十数秒の映像と音楽、これは編集機能にあるもので……、最初から付属している『おまけ』といいますか、見本の動画の一つです。今のは芝居や映画の始まりを思わせるモノですね」
「そうか、詳しいな班長」
「寿命の短い安物ばかりですけど、私も記録機は趣味で持っていましたので……」
「ふむ、なるほど……。当然これで終わりというわけでは無い……よな」
「そうですね、これから始まるのが実際に記録した映像だと思います」
十数秒ほど流れた映像と音楽の後、画面は暗くなっていたが、班長の言葉が終わりそうなころ、だんだんと画面が明るくなってきて実際の映像が流れてきた。
――その映像は、木の上に固定して撮っているようで一定の範囲だけが映し出されていた。画面の中心は老人が演説している様子で、声もはっきりと聞こえてきた。
最初に何度か、倍率を変えて距離を測っていたところが映し出されていたため、記録機と老人達はある程度、離れていることが
それにも、かかわらず声が
そうした調整をしている様子の映像が、三十秒ほど続いた後――。まだ、その途中なのでは無いか? と思えるところで画面は急に変わり、老人が声を大にして、聴衆に演説する場面になった。
急な映像の変化を見て「人為的な編集が入った」と、その場に居る誰もが思った。
――故郷、エインを追われたことに怒りは無いのか?
――移民生活になってしまったことへの不満は?
――王族への不満は本当に無いのか?
――惑星エインをあっさりと見捨てた国のやり方は?
――本当に、このまま信用していいのか?
――王家の証が存在しない以上
王族の証明がされていない
――存在しなくても象徴とするという特例に
納得しているのか?
――初代女王や二代目女王が本物とは限らない
――影武者の可能性だってあるのではないのか?
――身元のはっきりしない支配者の下で
本当に良いのか?
――このまま王族主導でいいのか?
――惑星移民の際、初代女王の責任は無かったのか?
――大きな転換期を迎えるべきではないか?
記録機から映し出されている映像に対して、
しかし、そんな折に、守衛長が草陰から出てきた人物を見つけて「おや?」と声を上げた。一同は、その声とほぼ同時に、画面に一歩近づいた。
どうやら気づいたのは全員だったらしい――。
「ヴェルクト警護隊隊長のベルクだ。そこの石の上に立つ者に告ぐ。明らかな『反国家扇動』と初代と二代目の『女王への
ベルクが登場し、声が聞こえると、本人と確信を持った女王リエカが真っ先に「ベルク!」と声を発していた。
その声色は安堵よりも不安の方が多いように感じた。それは気のせいでも何でも無く、その不安感は画面を見ている全員が感じ取っていた。
「……私が、そのようなことをした……という証拠でも?」
「証拠は残念ながら記録されている」
「なるほど、流石に記録されてますな。……記録は良い。私もよくしております」
「……ベルク殿、この場所は実に良い場所ですな。エインを象徴しているかのようです。少数の木が無残に消され、多くの木々が助かる」
「?!」
「もっとも、私なら、未感染の木を巻き添えにすることは絶対にしませんがね。……王族のやることは、いつも犠牲になるモノのことなど考えない愚かな行為ばかりですな」
「――あなたは一体……」
「おかげで私の怒りと憎しみが風化することはなく済みましたがね――」
「本当に良き場所です。アナタの墓場に相応しい。ようやく王族に一矢報いられます」
「?! な――」
そう言い切った老人の体から激しい閃光が走り、その一瞬で辺りは大きな爆発に包まれた。爆発範囲は広く、その場に居た「全員」が跡形も無く消し飛んでしまった。
爆風で木が揺れたせいか映像は激しく縦横にぶれていたが、そのぶれが更に激しくなる前に映像は「ぶつり」と音を立てて切れて、まるで砂嵐のような映像と「ザー」という雑音の入った映像に切り替わった。
それは明らかに編集機能で挿入したものだったが、あまりの出来事に、誰もそのときには気がつかなかった。
「な、なんてこと……なの……」
そう呟くと、女王リエカはその場で倒れ込んでしまった。――初代女王も続くように無言で倒れたが、二人とも側に居た守衛と守衛長に支えられたので、頭や体を床にぶつけることは無かった。
リベルは周りが見えないくらいに
「お父様」
やがて
幸い、近くに居た不審物処理班の班長に支えられたので怪我は無かったが、もし後ろに倒れていたら頭を強く打っていたかも知れない。
守衛達は女王達を念のため医務室に運ぶことにした。外傷などは無いと言い切れるのだが、目覚めた後の精神的な面、心具合を心配したからだ。
三人をベッドに静かに降ろした後は、医師と王族の警護人に任せて、守衛長は警察と警護隊に、このことを連絡した――。
連絡を受けた警護隊達は事件のあった場所へ向かった。事実関係を記録機の映像と照らし合わせた結果、ここで起こったことに間違いないという確認が取れた。
心のどこかで、誰かの
警護隊達が城内に戻ると、女王達は目を覚ましていた。どこから戻ってきたのかは、予め耳にしていたようで、警護や警察の者達の顔を見ると女王は落胆し、国葬を行うことを静かに告げた。
報告を聞くまでも無いことは皆の様子、心情から察したのだろう。王婿ベルクと失われた人々に対して、葬儀が執り行われることになった。
――その数日後、老人の正体が判明した。名前は「ザイバッハ」森林学の研究チームの一員で国王時代に惑星ヴェルクトへ調査に来た一人だった。
森林学の研究、調査内容は主に観察と記録。「木々のデータを取るのに金など要らんだろう」という国王の偏見で、基本的な施設も無く最初から低予算のチームだった。
逆に、関心のあった知的生命体との出会いを期待した生物研究チームは、平均より上乗せの優遇された施設と予算が提供されていた。
研究施設は、それぞれ独立していて距離も離れていたため、基本的に他の研究者との交流はほとんど無かった。それは分野が離れていれば
月日が経ち、施設同士の交流を少しずつするところが出てきても、ハッキリとした格差は見受けられないため、そういった内容によるチーム同士の
ちなみに一度、生物研究チームを訪ねた鉱石研究チーム(平均的な予算と施設のチーム)がいたが、研究する内容によって、予算等に多少の差が出るのは当たり前だろう。と、別段文句を並べることは無かった。
結果的には、国王が知的生命体と出会う可能性に失望して最低限の予算にするまでは、どの研究チームにも大きな不満は無かったということになる。(森林学の研究チームを除いては)
そして、不幸なことに調査を凍結する話が国王から出たときに、真っ先に候補として挙がったのが、この森林学のチームでもあった。
周りの者の進言により、凍結はされなかったが、国王の口から一番に出た研究チームだったためか扱いは更に悪くなり、ほとんど「放置状態」になった……。
後に、国王から初代女王になったときに、予算等の改善がされて研究チーム全体が良くなったのだが、この森林学のチームだけ調査機関の「予算改善リスト」から漏れてしまっていた。(正確にはリスト自体に記載されていなかった)
予算改善リストに組まれなかった理由、それは引き継ぎ前に「調査完了の書類」が提出されていて「調査完了リスト」に「森林学研究調査完了」と明記されていたからだった。
実際は完了していないのだが、それを元にしたため、女王時代に森林学の研究チームへの支援が行われることは「当然」無かった……。
このような、事実と反する書類が作成されたのは、森林学の研究チームの放置状態が、しばらく続いた後のこと。――そのころに、財務を担当する大臣が国王に
そもそもの用途は、問題が発覚しそうになる前、いざというときに使うために用意しておいた「保険」だった。その保険の適用(書類の提出)をしたのが、引き継ぎ前「国王時代の終わり~女王時代の始まり手前」ということになる。
――この書類を作成するにあたって、まず大臣が国王に述べたのは「森林学の研究」を凍結するのでは無く、現状のまま(放置状態)継続させましょう。ということだった……。
しばらく放置状態にしていたとはいえ、森林学に予算を掛けていたことに不満を持っていた国王は、やはり凍結をするべきと思っていたのだが、その話をするために呼んだ大臣から「継続」と言われて難色を示した。
大臣は、そんな国王の様子を気に掛ける間もなく話を続け「凍結ではなく、それ同等くらいに内容を落とし、森林学の予算を他の研究チームに分配」することを提案した。
実質の凍結案とも思える案に対して国王は「結局、凍結に近いことをするのか? ……と、他の大臣達の反発を買うのではないか?」と返答した。すると大臣は「この内容は伏せて、表向きは今まで通り変わらず調査継続中ということに……」そのようにしておけば良いと答えた。
そして、実質的に凍結扱いするこの案が、発覚したときや発覚しそうなときの対応策(逃げ道)として、一応「調査完了の書類」を作成しておく必要があるとも告げた。……加えて様々な対応策も同時に、国王に伝えていた。
大臣の案とは、つまり「現状の放置状態(補給の頻度が他と比べて少ない)=調査継続中」なのを「凍結と同等な扱い(補給の頻度や内容が、他と比べて極めて少ない)=調査継続中」とし。表向きには、今までと変わらないように装って、森林学の「浮いた予算分」を他の研究チームに分配する。――というものだった。
国王は「凍結をせずに、それに近い状態にして予算を他に回す」という、その案に興味が湧いた。これなら、それほど不満にならない。凍結しないのだから、他の大臣達などから文句を言われない。……というより表向きは今まで通りなのだから気付かれることも無い。
森林学の調査員を別に見殺しにするわけでも無い……。万が一、実際の現状と違うと発覚しそうになっても、調査完了の書類を予め作成しておけば「何らかの手違いで提出が遅れた」や「書類が紛失していて、やっと見つかった」などと言って手続きをすれば良い。……それで、少なくとも罪にはならないらしい。
もし、発覚して「調査が完了しているのに帰還しないこと」について問われた場合は、「彼らが自主的に残ると決めた」などと言えば済むようだ。
とにかく、その辺の、もろもろのことも大臣が
自分の中で、納得した国王は調査完了の書類に印を押した。――こうして、
ただ、本来なら罪に問われてもおかしくないこの行為。大臣の言葉
印を傍らに置くと、森林学の研究チームの調査員が困らない程度の援助、支援は怠らないようにと大臣に念を押した。
正式な調査完了や完全な凍結なら研究者、調査員を一度帰還させる必要があるのだが、あくまで表向きとはいえ、調査研究は続くため、生活の心配をしなくてはならない。
現地での自給自足が全く出来ないわけではないのだが、国として「最低限の保障」は、することに、なっていたからだった。
印を貰い、作成された書類を受け取ると、大臣は「全てお任せ下さい」と頭を下げた。国王もそれに応えるように頷いた。
大臣は部屋から出ると、真っ直ぐに自分の部屋に戻った。ドアを閉めて鍵を掛けると、そのままドアを背に寄りかかり持っていた書類を見つめた。
すると、先程まで国王と話していたときの真面目そうな表情は一変し、まるで「
調査機関によって頻度の差はあるが、惑星エインから惑星ヴェルクトには定期船が行くようになっていた。
このころの国王の時代には、まだヴェルクトとエインの間で通信する手段が確立されていなかったため直接、宇宙船で往来するしかなかった。
定期船は、物資や人員の補充などを行うためで、調査、研究の内容によって早いところだと
どんなに長くても半年から一年の間には、何らかの理由で、各調査機関(各研究チーム)の所へ船が来るようになっていた。
定期船は、機関の代表者が持つ「腕輪」に内蔵された「双方向通信機器」から出る信号により位置を判明していた。そのため、ヴェルクトに来ると担当する所へ問題無く辿り着くことが出来た。
腕輪の形状は、もちろんのこと通信信号(無音)も各調査機関によって違うため、間違って物資などが届くということも無かった。
森林学の研究チームの定期船は一年に一回の割合だった。……しかし、例の「書類」の完成後は、最初の一回だけ定期船をやると、それ以降、大臣は定期船を出さなくした。
その一回のときに「我が国の財政は厳しいため、今後は定期船が来ないことの方が多くなるだろう。よって調査機関『森林学』の研究チームは自給自足の強化をするように」と担当者に伝達させた。
――もちろん、この伝達は大臣が勝手に考えたものであり、あたかも国王からの言葉のように担当者に振る舞わせたが、それは定期船を減らし(最終的には出さない)私腹を肥やすための第一歩だった。
加えて「今まで通り契約に従い、他の研究チームに援助を求めたり、援助を受けたりすること無く、日々の調査に励むように」とも伝えさせ、念を押した。
……これは本当のことで、交流自体は、特に禁止されていなかったが支援や援助は、お互いにしない(出来ない)という契約が出発前にされていた。
普通に考えれば「助け合えば良いではないか」とも思うのだが、これには理由があった。
それは過去、惑星エインで調査員同士が物資について揉め「最悪の結果」になったことが、あったからだ。そのため、このような約束事が生まれた。
内容は、AのチームがBのチームに援助したためにAの中で苦しくなり、不満を爆発させた調査員の一人が凶行に走り、両チームの調査員を帰らぬ人にした後、自決。……というもので、調査派遣の歴史上、最悪の事件として記録されている。
環境や状況、人間関係など様々な要因も絡んで起きた結果だったのかも知れないが、これ以降、どこに調査派遣するにしても契約に、この条項が含まれることとなった。出発する者は必ず、ここを重視させられ、皆それを承知してサインする。
事件後の国の対応としてはトラブルが起きないくらいの「最低限の保障」を約束している。その二つが機能したためか、それ以後は問題が起きていない。
国が、最低限を保障しつつ調査に見合う予算を組み、物資を提供する以外は、各自、現場で対応することは当然となっていった――。
大臣は最終的に、森林学の予算分をほぼ全て自分の懐に入れていた。一番の低予算のチームとはいえ、そこは国が出す予算。一人の人間が
この非道な行いをした大臣の中で「森林学の調査員達は大丈夫」という一つの「確信」があった。それは森林学の「中間報告」を見て知っていたのだが、栄養価の高い木の実や果実が、ヴェルクトで多数発見されたことだった。(この情報は国王との会話の前に既に知っていた)
つまり、大臣は、コレがあれば「少なくとも餓死はしない」そんな思いがあったため、最低限の保障を乗せた定期船の、完全な停止という行為に踏み切れたのだろう……。
後に大臣は惑星ヴェルクトに移民すること無く、その生涯を閉じるのだが、
もし、この「横領」が女王に替わってから発覚していれば、王婿ベルクと多数の命は失われずに済んだのかも知れない……。
――複数の尊い命を奪ったザイバッハ。この老人の正体に辿り着いた最初の手掛かりは、右腕に着けていた定期船とのやりとりに使用する「腕輪」だった。
記録機の映像を解析して、過去の登録データと参照した結果、森林学の物と判明した。そこから人物の絞り込みをして、明らかとなった。
ただし、正体が分かったところで、訴えていたことが事実であったとして、罪を問うべきである国王(元国王)と大臣(元大臣)は既に亡くなっている。
ザイバッハに身内がいるのかは不明であるため(データ上では家族無し、未婚であったため)王族関係者や警察達は、核心的な情報が完全に無いことに、やり場の無い怒りを抑えることしか出来なかった……。
当然、ザイバッハに関連することを恒久的に捜査していくつもりではあるが、実質的にこれ以上のモノは得られそうもない気がしていた……。唯一、何か手掛かりを得られるとしたら、記録機を置いていった人物しかいないのだが、これまた雲を掴む話で現実的では無かった。
それは、どんなに聞き込みをしても当日、誰一人として怪しい人物を見たという者がいなかったからだ。
約一年前の事件後から、迷宮入りは確実な雰囲気だったが、この件は誰も諦めてはいない。日々、新たな情報を求めて、警察や警護隊達は今も
リベルにとって久しぶりに見る夢だった。父ベルクが亡くなって、しばらくはよく見ていたが少し落ち着いてからは、たまに見る程度のものになっていたからだ。
記録機の映像の一部始終が流れ、あの最後の砂嵐のような映像と雑音が、目覚めるまで延々と続くのが特徴的だった。
思い返してみると、この夢を見るのは雨の日が多かった。もしかしたら「ザー」という雨音が奥底の記憶を揺さぶっているから……ではないか? とさえ考えた。
それは目覚める少し手前のときに、いつも頭に浮かぶことで、実際起きて外を見ると雨だったということが、その考えを徐々に裏付けることになっていった。
ただ、今回は珍しく、あの砂嵐の映像と雑音は終わっていた。目覚める手前に「また起きたら雨なのかな」という、いつもの考えは「雨が
戸惑いつつもリベルは眠りから覚めた。
――少しずつ視界に入ってくる情報が、寝ぼけた頭を更に混乱させる……。見たことも無い室内の天井に、ベッドで横になっている自分。「ここは……、まだ私は眠っているのだろうか?」最初に、そんなことが浮かんだ。
宇宙船で突入した辺りのことは何となく覚えているのだが、それ以降は記憶に無い。ここが、どこであれ自分の知らない場所であることは間違いなさそう。と判断すると、いきなり起き上がらずに、警戒して耳を澄まし周囲の音を聴いてみた。
特に物音は無く、誰かの気配も無いようなので、今度は横になったまま、目だけで周りを見回した。誰も居ないことを確認すると、そっと上半身を起こした。
体調は万全では無く。少し
「あれ? 目が覚めた? 気分はどう?」
少し後ろを振り返ると、年齢的に、自分と同じくらいの少年が心配そうに声をかけてきた。状況的に、この少年か、その親か誰かが自分を介抱してくれたのだろうと感じた。
自分が、どうしてここにいるのかは判らないが、少なくとも友好的に接してくれている姿を見てリベルは少し安心した。――そもそも友好的でなければ、こんなふうにベッドで休ませてくれるはずがないと心の中で反省した。
「えっと……、もしかして言葉が通じないのかなぁ」
リベルが考え事をしていると、少年が少し困ったように独りごちていたので、慌てて返答した。
「あ、すみません。……あなたが私を?」
「お! 良かったぁ、通じるみたいだね。そうだよ。僕はロイ。……宇宙船は、たぶん無理だけど、君は大丈夫そうで良かった」
リベルを介抱した少年は「ロイ」と名乗った。
「あ、ありがとうございます。この星に入るところまでは何となく覚えてるんですけど……って、え? 船、私の船が何か?」
「んー、なんていうか……」
宇宙船のことは、もう少し時間を置いてからでも良かったかなと反省しつつ、同情するように答えた。
「その……、君を外に出した後に爆発したよ」
「え? そ、そんな」
「……雨も止んだし、少し落ち着いたら後で見に行く?」
「え、ええ。……はい」
リベルは、船が爆発したことに相当ショックを受けていた。それは、当然といえば当然のことで、自分の星よりも惑星文化レベルの低い所では修理が出来るか分からないからだ。
もちろん、近いレベルなので可能性は若干残っている。しかし、帰ることが出来なかったら仮に「王家の証」を発見出来たとしても意味が無い。……それ以前に、船には探索する機械が内蔵されていたので、それが壊れたら探すことも出来ない。
単純に、爆発自体が何かの間違いであって欲しいが、少年が嘘をついてるとも思えないし、そんな理由も無い。
リベルの頭の中で様々な考えがグルグルと巡り、浮かんでは消えていった……。
―― ドンドン ――
額に手をやり、しばらく困っていると正面右手側の方からドアを叩く音がした。今、ここで履いていない少年の靴が置いてあるので、あそこが玄関だとリベルは気づいた。
「おや? こんな朝早くに誰だろう?」
そう呟きながら玄関に向かっていき、鍵を開けドアを開こうとすると、勢いよく
「ロイ! 大丈夫だった?」
「アルナ? え、えっと何が?」
「もう、何が……って。――ロイの家の近くに『未確認飛行物体』が落ちたでしょ!」
「よ、よく知ってるね」
「
黒系のスーツを着た長身の女性が、ロイより少し背の低い少女「アルナ」の隣にすっと立つと、ここへ訪問した状況を語り始めた。
「その情報がアルナ様の耳に入り、こうして我々が、やってきたというわけです」
我々という言葉のときに、女性が後ろをちらりと見た。ロイがアルナ越しに見ると、複数の警察と調査隊、そして医者も多数待機していた。
「そうでしたか、ありがとうございます。リュースさん」
「いえ、
そう、にこやかに言うとアルナの方を見た。アルナは少し照れたように顔を赤くした。
「じ、次期女王として国民の健康や安全は最重要項目だから、その、あの……。はは、やっぱり人、多すぎたかな?」
「うん、ちょっと……ね。でも心配してくれてありがとう。アルナ」
ロイにお礼を言われると、アルナは目を輝かせて嬉しそうに
「僕も
ロイが中へ招くと、アルナと姫(アルナ)を護衛する「リュース」それと、各部署から数名ほど中に入り、後は外で待機することになった。
その全員が、家に入るとロイは真っ先に、ベッドにいるリベルを紹介しようとした。
「……ロイ。その
だが、それよりも早くアルナがロイに尋ねた。
「うん。今、紹介しようとしたところだけど、彼女が未確認飛行物体の持ち主、宇宙船から出てきた人なんだ。さっき目覚めたばかりで、僕も詳しいことは聞いてないんだけどね」
「そ、そうなの」
アルナは、ロイのベッドにいることに対して、うらやましいような悔しいような表情を浮かべて、しばらくリベルとベッドを交互に見ていた。
「ロイ殿、彼女との会話は問題なかったのですね?」
リュースがロイに、少し声を抑えて聞いてきた。
「ええ。普通に会話出来ましたよ」
「そうですか。ありがとうございます」
「まぁ、僕も大して話してませんが……」
たくさんの人が来て、少し様子を窺っていたリベルだったが、ロイの視線を感じると自分のことを名前すら名乗っていないことにハッとした。
「――えっと」
リベルが声を発すると全員の視線が集まった。
「……えっと、少し体調が優れませんので、この場にて失礼します。私は惑星ヴェルクトからやってきました。女王リエカの
リベルが簡単な自己紹介と
「惑星ヴェルクトのリベル姫ですか。失礼ながら私共はリベル様の星を現状、把握しておりません。この件について改めて確認を取らせて頂きますがよろしいですか?」
皆を代表して、リュースがリベルにそう告げるとリベルは了承した。
「リベル様、まずは惑星文化レベルだけ教えて頂けますか?」
「あ、はい。私の星はレベルSです」
それを聞いた調査隊の一人が手持ちのパソコンに情報を打ち込んで再検索していた。最初、惑星の名前が出た時点で、調べていたようだがヒット(発見)しなかったからだ。
「あ……、恐らく『
リベルの言うとおり、基本的に惑星文化レベルが自分達より上の情報は、通常のアクセスでは出来ないようになっていた。
距離が近かったり、同レベルくらいのころから交流があったりした場合はヒットすることもあるのだが、リベルの星と、この星では無理だった。
「――それでは、お手数ですが……」
「はい。『アクセスコード』(接続するための情報)を入力しますね」
リベルは小型のパソコンを受け取ると、閲覧が出来るようにするための情報を入力して調査隊へ渡した。
「? あの、まだ途中のようですが……」
「ええ。最後の文字だけ『
「なるほど。疑うつもりはありませんが、確かにそうかも知れません。……では、これからの流れは、他の方も見た方が良さそうですね」
納得のいった調査員は、パソコンの画面を皆に見えるようにして、リベルの最後の一文字を受け取り、打ち込んだ。
「……あ、『サーチエンジン』(検索する機能のあるページ)に『上位惑星への閲覧を一時解除しますか?』と出ましたね」
近くに寄っていたリュースは、その文字が出た時点でパソコンの画面を注視していた。
「――では『はい』にして『惑星ヴェルクト』と入力してみて下さい。今度は出るはずです。こういうときのための『惑星の存在を証明する情報』と『居住している、個人の簡単な情報』しか出ませんので安心して下さい」
リベルが影響は無いと言ったので、調査員は調査隊のリーダーとリュースに一回、目を合わせると入力を確定した。言葉通り「そういう星が在る」と「その人物(リベル)は居住している」という情報が「確かなところ」で証明された。
先程リベルが全て入力しなかったのは、この課程を見せるためだった。いきなり「この惑星はあります。そこに住んでいます」という情報のページを見せても意味が無いのは、上位の星の者が下位の星へ行く際に心得ておく内容だったからだ。
「……あの、すみません。一時解除ということは、どれくらいですか?」
調査員が閲覧可能な時間をリベルに尋ねた。
「二~三日くらいは閲覧可能のはずです」
「分かりました。充分です、ありがとうございます」
情報に嘘が無いことを確認すると、リュースはパソコンの画面から目を離してリベルに話しかけた。
「……なるほど。これで、こちら側からの接触に制限はなさそうですね。……充分承知しているとは思いますが、リベル様の発言や行動に惑星文化レベルを『急激』に上げるようなものがないよう
「はい、それはもちろんです」
リベルがリュースの目を見てしっかりと頷いたので、リュースは安堵したような笑みを少し浮かべた。
「リベル様、不時着した宇宙船の様子を調査隊に見に行かせますが、よろしいですか? 本来なら立ち会って頂きたかったのですが……。御無理をさせるわけにも、いきませんので」
「はい、問題ありません。お願いします」
リュースが合図すると、調査隊のリーダーは調査員を残して、外へ行き、待機していた仲間を連れて不時着した船の下へと向かった。
「あの……。すみません警察の者ですが、こちらにはどのような理由で来られたのですか? とりあえず差し支えの無い範囲で構いませんので」
調査隊のリーダーが出て、ドアが閉まると、リベルに向き直った警官が尋ねてきた。
「はい。あるモノを探しに、この星に来ました。どれだけ日数が掛かるかは……分かりません」
「そうですか、そうしますと旅行や観光ではなく長期の滞在という形になりますかね。……国王と
「はい」
「ちなみにですが、人捜しなら我々も協力しますよ。検索すれば判明すると思います。その
「あ、いえ……。その『モノ』というのは人の『者』ではなくて物体の方の『物』なんです」
「あー、そうでしたか。はは、これは失礼しました。……で、その『物』とは?」
緩んだ笑顔から一転して真顔になった警官の問いに、リベルは一瞬だけ
人物と物体のどちらかを絞るために「わざと」とぼけて見せたのか、素で間違えたのかは分からなかったが、どちらかと言えば、恐らく前者だろうなとリベルは感じていた。
「……モノというのは『王家の証』です。残念ながら、私はどういう形状をしているのか知りません。手に持てるほどの『力』の籠もった石としか聞かされておりませんので……。それに、もしかしたら時や環境の変化を経て形などが変わっている可能性もありますし、とにかく未知としか現段階では言えません。検知する装置が船にあるのですが、今のところ、それだけが頼みの綱です」
「その王家の証が……、あ、名前から察するに重要な物であることは想像出来ます。……幾つか質問させて頂きますが気を悪くしないで下さい。えっと、それがこの星に来た可能性がある。ということで、よろしいですね?」
「はい」
「どのように、この星に来たのでしょう? 盗難や密輸とかですか?」
「いえ、人の手によって運ばれたりは、していないようなのです」
「……要領を得ませんね……。その物が
「祖母が存命のときから探しているのですが、話では正にそのようなのです。どういう状態で宇宙を漂流したのかまでは分からなかったようです」
「……そうでしたか。しかし、状態が何であれ不思議な力を持つ石……。あるいは形状が変化しているかも知れない物を見つける方法は、確立出来たということですね?」
「はい。……確か、微弱に出ている特殊な『
「――これは、思ったより大変で、重い事情のようですね。何か出来ることがあれば、我々に遠慮無く言って下さい。可能な限り協力しますよ。こちらでも念のため、不思議な石や珍しい石が
「あ、ありがとうございます」
お礼を述べた直後に、外からドアをノックする音が聞こえ、全員がドアに目を向けた。ロイの「どうぞ」という声で、調査隊の一人が入ってきた。
「先程、船の様子を見てきたのですが、右翼が稲妻により破損しております。これは修理しないと飛べません。運ぶ機材をこれから手配して修理場に持っていこうと思います。それに加えて、中の方はまだ入って見ていないのですが、調べて破損しているところがあれば、可能な限り直したいと考えています。そこで、持ち主の許可を頂きたいのですが」
「修理して頂けるなんて
「分かりました。では、運ぶのと中の確認は後日、改めてすることにしましょう」
「ありがとうございます。……あの、外から見た感じで構わないのですが……。中は、どんな状況でした?」
「あくまで、ぱっと見ですが
「分かりました。ありがとうございます」
「はい。では、その
大破ではないという言葉にリベルは、ほんの少しだけ安心した。修復の可能性は割と高いかも知れない、最悪でも飛んで帰ることぐらいなら平気かも知れないと思ったからだ。
もちろん、王家の証が見つかるまで帰るつもりは無い。……だが、仮に検知装置が壊れていたとしても、船が飛べるなら、一旦、直しにヴェルクトに戻れる――。そう思うと、僅かばかりの希望を持てるようになった。
気持ちが少し上向いたところでリベルに声が掛かった。
「えーっと、よろしいですか?」
「はい、何でしょう?」
「再確認したいのですが、突入と同時に意識を失った。それで間違いありませんか?」
「はい、間違いありません」
「分かりました。では、こちらの『コール』(呼びかけ)に対して『レスポンス』(反応)が無かったのは、そのためということで……。本来なら大気圏突入後のコールには、すぐに反応して頂けると、いろいろと判別出来て助かるのですが……。まぁ、事情は分かりましたので、上にはそのように伝えておきます。それと『これ』を滞在申請する際に提出して下さい。もし、滞在しない場合は破棄して頂いても構いません。返却は不要です」
最初に入ってきた、各部署の内の一人が、そのように言うと、少しずり落ちたメガネを押し上げて一枚のカードをリベルに渡した。
それは、ムーアスト航空管制塔が発行する「友好証」で、裏には担当したこの人物の名前が記されていた。
このカードはコールに反応して友好的であると判断されたときに発行されるものだが、今回は意図せず反応出来なかったという事情が判明したので特別に発行された。
特別といったが、リベルだけが特別扱いを受けたわけでは無く、似たような状況ならば誰でもこのように発行されるようになっている。……後で管制塔の職員と話し、裏付けをとって発行した件は、ここムーアストで過去に三回ほどあった。
「コール」とは、この場合、レーダーに反応のあった宇宙船に対しての呼びかけで、応答を「する、しない」の義務は星によって異なるが、基本的には無い。もちろん、応えられるならば無用なトラブルを避けるためにしておくことに越したことはない。
当然、惑星文化レベルAクラス(同一銀河内の他惑星と文化的交流がある)の、ここ「ルドカース」のコールはレベルSクラスのリベルの船にちゃんと届いていた。リベルが起きていれば、友好的な意思表示のために返事をしたのは間違いない。
なぜなら、その星に堂々と観光や滞在する理由があるのなら、コールには応えておいた方が印象も良いし、後の手続きが多少楽になるメリットがあるからだ。
逆にデメリットといえば、特に無い。あるとすれば、応えずに後で滞在申請などを国にするとき、注意か小言を受ける場合があるといった程度だ。星や国にもよるのだが、コールに応えないことによる罰則は基本的に無いと思っていいだろう。
ただし、惑星、星の情報を調べたときに「コールに対してレスポンス必須」と書かれていたときは、話は別となる。
その場合は軍事的、好戦的な星や国なので、無視すると攻撃や
ちなみに、受信する設定は「ステルス」(「
既に何度か往来している船は、その星の国に登録して、自動応答にしている船もある。これは貿易の宇宙船などに多く見られる光景だ。
「……おや? 少し顔色が優れないようですが大丈夫ですか? 幸い医師も来ているようですし、よろしければ診てもらった方が良いのでは?」
カードを渡した者が、入って最初のころに見たリベルの顔色より、今の顔色の方が悪くなっている気がしたのでそう告げた。
「は、はい。では……お言葉に甘えさせて頂きます」
先程までは、時間が経てば倦怠感などは回復するだろう、休めば平気だろうと、リベル自身思っていたのだが、正直だんだんきつくなっていた。
蓄積された疲労が体に残っている感覚。それが全然治まらず、むしろ悪くなっている気がしたので申し出をありがたく受けることにした。
「えっと、タイプは人型……、ですよね。では体温を測ってみましょう。口を開けて下さいね」
白衣を着た猫耳の医師が、リベルに口を開かせるとバックの中から取りだした体温計を
やがて、計測終了のアラームが鳴ると問診を始め、脈拍を測ったりしていた。
「……まあ。だいぶ、疲労が
「はい、ありがとうございます」
「……じゃあ、後で精のつく物でも買ってこようかな」
ロイが、そう呟くとアルナは瞬間的に反応してロイに詰め寄った。
「え? ロイ、まさか。この
「そうだけど? だって安静に休んでないと」
「駄目よ! 女の子と二人きりなんて!」
「うん? 昨日も二人だったけど?」
「それは、それ。昨日は状況的に仕方なかったというか……」
「んー、アルナだって泊まりに来たことあるじゃない。何がいけないのかなぁ?」
「それは子どものころで――。ここ数年忙しくて、私は……最近来てないもの」
本気で何がいけないのか分かっていないロイに対して、
「……あのー、姫様」
リュースを含め、アルナがロイに対して「好意」を持っていることを知っている、周りの大人達は生暖かく様子を見守っていたが、お互いの意見が平行線になったままなので間に入ることにした。「誰が割って入るか?」という大人達の目線でのやりとりを終えて声をかけたのは、リベルの診察をした医師だった。
「何かしら」
「えっと……ですね。リベルさんは、しばらく安静にしなくてはなりません。今日は特にです。病院への移動もきついことでしょう。ですので――」
「……そう。なら私も泊まる」
「え?」
リュースを含め、周りの大人達は皆がそう思った。
「ロイ、私が泊まっても問題無いわよね?」
「もちろん、僕は別に構わないけど?」
「――というわけよ、リュース。今から三日ほど公務とか、もろもろ全てキャンセルして
「ア、アルナ様……」
リュースはアルナに考え直すように何かを言おうとしたが、意志を貫き通す本気の目を見て諦めた。こうなってはリュースの意見も誰の意見も聞いてくれない……。
ロイなら改めてくれるかも知れないが、ロイは泊まって構わないと先にアルナに応えてしまったから無理だった。正直アルナに先手を取られたといっても良いだろう。
「……かしこまりました。そのように手配致します……」
「よろしくね」
ポケットから取り出した携帯端末(電話や通信機能を備えた小型のパソコン)を手慣れた手つきで操作し終えるとアルナに向き直った。
「――アルナ様、ロイ殿のお宅に宿泊するにあたって、一つだけ条件があります」
「……な、何よ」
リュースに
「私も、こちらに泊まらさせて頂きます」
「え?」
「……先程、用件を連絡した返信が届きまして――。国王様とお
証拠として携帯端末をアルナに見せると、アルナは少しだけ残念そうな顔をしたが、その条件を飲むことにした。ちなみに残念そうにしたのは、リベルが眠った後はロイと二人きりになれると思っていたからだろう。
「わ、わかったわ。でもロイの意見も聞いてみないと、ねえ? ロ……」
「わぁ、リュースさんも泊まるなんて久しぶりじゃないですか? 以前、来たときに作ってもらった料理は美味しかったなぁ。今回レシピ(作り方)教えてもらっていいですか?」
「それは光栄です。ロイ殿。私の
「はい、こちらこそ」
「……イ。(い、いいわよ。どうせ、断ることなんてしないと思ってたし)」
「――では、今日のところは……これでお開きにしましょうか」
そのようにリュースが告げると、各自解散し始めた。リュースの立場は、姫であるアルナの次くらいに高く、国王や后からも絶対的な信頼を得ていた。
護衛だけではなく世話役、教育係、マネージャー、姉的な存在でもあった。マネージャーというのはアルナが音楽活動をするときに担う役割で、主に打ち合わせや会場の手配やレコーディングの日程を決めたりと外部との交渉をしている。
アルナが先程「もろもろ」といった中に、この音楽活動が含まれていた。
ムーアストでは、王族や身分の高い者でも、一般の人々と混じって仕事をすることが多い。特別な扱いは一切無く、その業界において仕事をする場合は、皆等しく同じ条件で業務を果たすことになる。
いきなり待遇の良い役職についたりといったことは無いし、実力が無ければ仕事が干されたりクビになったりする。そこは、第三者機関が正当な評価を下すことによってバランスが取れており、それによって身分差による確執やトラブルは発生していない。
逆に、副職でも本職でも仕事をこなしている王族の人達は、一からきちんとやってきた者達ということになる。――アルナの場合でいうなら、一般のオーディションに参加して人前で歌ったり踊ったりして、
ちなみに歌手としてのアルナの実力は大したもので、人気も上位の方だ。キャッチフレーズ(宣伝文句)は「歌って踊れるプリンセス(王女)」らしい。
アルナとリュース以外の全員が居なくなると辺りは少しだけ静かになったが、しばらくすると雨上がりに喜んだ鳥達が、電柱の上で歌っているかのように鳴き始めた。皆を見送り、家の中に入ろうとしたとき、それを見たロイが思い出したかのように呟いた。
「あ、そうだ。電線や電話線が故障したから修理の依頼に行かなきゃ」
それを聞いたリュースがロイに話しかけた。
「ロイ殿。その件についてですが、もう頼んであります。あの、事後報告になって申し訳ありません」
「え? 本当ですか?! 流石、リュースさん! ありがとうございます」
「ついでに言うとですね。精のつく物も頼んでおきましたので」
「そうなんですか。いやぁ……なんか、すみません」
「いえ。お世話になる身ですので、これくらいは」
「流石ね、リュース。ところで私達の着替えの手配も済んでいるのでしょうね」
「もちろんです。アルナ様と私とリベル様のお着替え。リベル様のは客人用のフリーサイズの物に致しました。それぞれ約三日分。後十五分ほどで届くと思います」
「ありがとう、リュース」
その言葉通り、着替えが城の方から届いた。車でやってきた使いの者は、その他に精のつく物の入った箱をロイの家の中に運び入れた。
使いの者が城へ戻って行ったのと入れ代わるように、電線と電話線の修理屋が来て、工事は一時間ほどで完了した。
「――うん、大丈夫。電話も繋がった」
工事の人に言われて電気を付けた後、電話を使用してみると、問題無く繋がったので安心したかのようにロイは呟いていた。
「ありがとうございます。問題ありません」
「じゃあ、私共はこれで失礼します」
リュースがお代を払うと玄関先に居た修理屋は頭を下げて帰って行った。一連の様子を眺め、周りを見ていたリベルは、電話の置いてある棚の上に注目した。
そこには電話の内容をメモするための用紙や、記入用のペンと鉛筆。そして小型の時計などがあったのだが……一つだけ、不思議な形の石が大事に置かれていたからだ。
飾りの一つや二つ置いてあることは、別に特別なことではないのだろうが、なぜか、その石には
石を見て、こんな気持ちになったのは初めてだったリベルは、頭の中に「ある仮説」を立てていた……。
「(もしかしたら、あれが王家の証という可能性もあるかも? 何となくとはいえ、こんなに気になるなんて……。例えば、ここ惑星ルドカースに入る前に探索ポイントを改めて算出したよね? あれが、予想よりも精度が高く算出されていたのだとしたら? 不時着したのが、そのポイントまで来ていてくれたのだとしたら? もし、そうなら……この家の付近で発見出来る確率は高いはず――。んー、でもポイントまで来てるかは確認してみないと分からないし……。そもそも確認する装置が壊れてたら、どうしようも無いんだけど……)」
あれこれ考えていると、ロイが視線に気づいたようでリベルに話しかけた。
「何か気になる物でもあった?」
「あ、いえ。……その、石が珍しいなって」
「あー、これね」
「私がロイに上げたのよ」
ロイとリベルの会話に、側に居たアルナが加わった。
「そう、僕は小さいころに……6歳頃かな。城の付近に住んでいたんだけど。いろんな都合で、こっちに引っ越してきたんだ。で、そのとき引っ越し前にアルナから貰ったのがこの石なんだ」
「正確には『
「ハートの形の指輪だっけ? いびつだけど、そう言われれば、そう見えるよね」
「し、仕方ないでしょう? 5歳くらいのときに作った物なんだから」
話を聞いているときにリベルは、これが証である可能性は低いと感じた。それは顔を赤くして恥ずかしがっているアルナを見て更に確信を持つことが出来た。
「(そっか……。これは、この人の『想い』がたくさん詰まっている物なのね。それが、どういう想いなのかはハッキリとは分からないけど……。少なくとも大切な人に対して一生懸命に作った『贈り物』であることは間違いないわね。それを私が何となく感じた……ということかしら。そういえば、絵画などに魂の籠もったものがあると人を引きつける力がある。と、御祖母様が教えてくれたことが、あったけど……。この感覚って、それと同じなのかな?)」
そのように、考えを巡らせていると台所の方からリュースが近寄ってきた。
「――はい。お食事の用意が出来ましたよ」
リュースは、ベッド脇に寄せたテーブルの上に、スープの入ったお皿を置いた。どうやら使いの者が運んできた食べ物は、ある程度、下準備が出来ていたらしく。数分ほど煮込むだけで完成したようだ。
「あら、良い匂いね。これは空腹なところに来るわね」
「本当、朝と昼一緒になっちゃったから、僕もおなか
「お二人のも、すぐにご用意致しますが、まずはリベル様からです」
リュースが、スープの他にパンを持ってくると二人は分かっているといった
「リベル様、体調はいかがです? 食欲はございますか?」
「はい、先程よりは平気ですので、食べられると思います」
「では、
「え? いえ、私は自分で」
「長旅でお疲れでしょう? 今日くらいは、楽にして下さいませ。さ、どうぞ」
「は、はい……。では、い、いただきます」
恥ずかしい気持ちと感謝の気持ちとが混ざって変な感じだったが、口元に運ばれたスープを一口飲むとそんな感情が吹き飛んだ。
「美味しい」
頭の中や体中が、その言葉に包まれたかのようだった。ほのかな甘みと、まろやかさが口の中に広がり、飲み込むと体の内側から波紋のように、美味しさと活力が全身に広まっていくのを感じた。体験したことの無い感覚にリベルは感動を覚えた。
「――それは、良かったです」
リュースが、にこりと笑うとリベルも自然に笑みになった。それを見ていたロイやアルナも安心したように顔が緩んだ。
食事が終わると、リュースが栄養剤を口に入れ、水を飲ませてくれた。その後、横になるのを手伝うと、毛布と布団を優しく掛けた。
リベルは、かいがいしく世話をしてくれたことに感謝を述べながら、早く良くなるために睡眠を取ることにした。
その後、ロイ達はベッド脇からテーブルを静かに移動して、元の位置くらいに戻すと、朝と昼一緒の食事を済ませた――。
リベルが目を覚ましたのは翌日の朝だった。体が軽く、目覚めたばかりなのに頭もスッキリとしていて普段通り、むしろそれ以上の体調の良さに自分でも驚いていた。
完全に回復したと実感出来た。
「――おはようございます。リベル様、調子はいかがでございますか?」
「あ、おはようございます。リュースさん。おかげさまですっかり良くなりました」
「え? 本当ですか?」
「はい。私、病気とか意外と治るの早いんです。でも、こんなに体調が良いのは、やはり皆さんのおかげだと思います」
「左様でございますか、それは何よりです。……ですが、大事を取って今日はゆっくりして下さいませ」
医者が三日くらいと言っていたので、最初は気を遣って
「あ、ありがとうございます。えっと……。あの、お二人は?」
「アルナ様とロイ殿は畑の方に行かれました。――そうそう、ロイ殿からの
家の中の案内を受けた後、リベルは洗顔などを済ませ居間に戻った。それから、しばらくするとロイとアルナが畑から作物を持って帰ってきた。リュースが玄関に向かうとリベルも一緒について行った。
「ただいま~。お? おはよう、もう起きても平気なの?」
「ええ、おかげさまで」
「確かに、顔色は良いみたいね」
「お帰りなさいませ。――お預かりします」
リュースに、二人はとれたての作物を渡すと、玄関では朝の冷たい風が入って体に障るかも知れないとリベルを家の中央のテーブルへと促した。リベルは内心、もう大丈夫とは思いつつも素直に従うことにした。
二人は洗面所に行き、手洗いを済ませテーブルへと向かった。テーブルの上にはリュースの作った朝食が並べられていた。先程、取ってきた作物も早速調理され、みずみずしい野菜のサラダが出来ていた。
「うわー、美味しそう」
「本当、相変わらずリュースは料理のセンスがいいわね。バランスもバッチリじゃない」
「光栄です。スープは昨日の残り物ですが、よろしいですよね?」
「全然、問題無いです。あ、そうだ。食事は、もう普通に食べても大丈夫そう?」
ロイがリベルに向かって確認した。
「はい、大丈夫です」
「それは良かった」
屈託なく笑うロイに応えるようにリベルもにこりと微笑んだ。全員のスープを盛り分け終わったリュースが席に着くとリベルは、すっと立ち上がった。
「……あの、お食事の前に、改めてお礼を言わせて下さい。ロイさん。アルナさん。リュースさん。こんなに親切にして頂いて本当に、ただひたすら感謝するばかりです。ありがとうございます」
深々と礼をすると、ロイが応えた。
「そんな気にしないでよ。困ったときはお互い様だよ」
「そうよ、何も気兼ねすることないのよ」
「ええ、お二人の仰る通りですよ、リベル様」
「――そうだなぁ、家族だと思って気楽に接してよ。とりあえず……、敬語はやめて『さん』付けじゃなくて『ロイ』でいいよ。僕もリベルって呼ばせて貰うから。いいよね?」
「……分かったわ。……ありがとう、ロイ」
「わ、私も。呼び捨てで構わないわよ。リベルって呼ぶからね」
「ええ、よろしくね。アルナ」
「ところで、リベルは
「私は16歳よ」
「私より二つ上なのね」
「僕より一つ上かぁ」
「リベル様の星では、成人として認められるのは、お幾つなのですか?」
「あ、はい。16からです」
「ここムーアストでは、20歳から成人として認められます。飲酒と喫煙が可能になり、一部の歓楽街に入場が可能になるだけですけどね。一応、この星のルールに合わせて頂いた方が無難とだけ申し上げておきます」
「あはは……。私はお酒とか、やりませんので大丈夫です」
「やっぱり、星や国によって違うのね。そういえば、リュースも成人の前半過ぎてるけど、そういうのやらないのね」
「そうですね。……というか、まだ前半過ぎてません。四捨五入しても後半になりませんから。断じて」
「じょ、冗談よ冗談。まだ24歳でしょ、ちゃんと知ってるわよ」
少し目が、
「そうですよ。……っていうか、さりげに年齢をばらすの、やめて頂けますか」
リュースが席を離れ襲いかかる振りをすると、アルナは頭を抱えて必死で謝る仕草をしてみせた。まるで姉妹のようなやりとりにロイとリベルはつい吹き出してしまった。それに釣られてアルナ達も笑っていた。
少し落ち着いたところで食事にしたが、スープは既に冷めていた。温め直そうとしたリュースに冷製スープと思えばいいじゃないとアルナが発言すると皆その意見に賛成した。……かなり、お腹が空いていたようでロイの腹は「ぎゅるる」と鳴った。またそこで、ひと笑いあったりと終始和やかで
食事が終わり片付けも済んだ後、携帯端末を見ていたリュースが、ロイ達に台風が近づいているため大気が不安定となり、昼頃この辺りで竜巻が発生するかも知れないと告げた。
「それは、大変だ。屋根の補修しなきゃ」
「手伝いましょうか? それとも業者をお呼びしますか? ロイ殿」
「いえ、前に短期の仕事でやったことあるので大丈夫ですよ。そのとき、給与代わりに貰った服や道具とか瓦もあるし、それにまだ時間もありますから」
「……気をつけてね。ロイ」
アルナが心配そうに言うと、任せといてと笑顔で応えた。――道具を用意して、はしごを掛けると軽やかにロイは上っていった。全員外に出て様子を眺めていたが、屋根に到着したロイに「心配しなくていいよ」と言われると、逆に気が散るかも知れないと思い家の中に入った。
屋根にロイが登り、歩くと足音が室内に響いた。雨漏りを直すことを決して忘れていたわけでは無く。元々、今日か明日くらいには、やるつもりでいた。
昨日は晴れていて、午後に空き時間はあったのだが、手を着けなかった理由は一つ。屋根の上に登ると結構、足音が響く。それを知っていたロイがリベルの睡眠を邪魔しないように配慮していたからだった。
「大丈夫かしら……」
アルナは、まだ少し不安そうだった。
「ロイ殿が任せてと仰っていましたし、問題無いでしょう」
「んー。まあ、そう……なんだけど」
と、言いつつ心配そうに天井を見上げていたが、やっぱり見てくると言って、静かに外へ出て行った。
「やはり、行かれましたか。――さて、リベル様」
「はい?」
「今日は停電になるかも知れません。今のうちに、よろしければお風呂になさってはいかがですか? 着替えは、ご用意してありますので」
「そうですね。では、お言葉に甘えて、そうさせて頂きます。洗濯機もお借りしますね」
「左様ですか? もし、操作とか分からないことが、ございましたらお呼び下さい」
「ありがとうございます。たぶん、大丈夫です。朝、教わったばかりですし」
「……お背中、お流ししましょうか?」
「え? い、いえ。だ、大丈夫です。一人で入れますから」
「ふふ。では、ごゆるりと」
リベルが照れながら慌てて断ると、リュースはにこりと微笑み見送った。しかし、風呂場のドアが閉まると心配しているような少しだけ残念そうな複雑な表情をしていた――。
「……はぁー。良い気持ち」
身体を洗い、シャワーで流した後、浴槽のお湯に
「やっぱり、水やお湯のお風呂は格別ね。『エアーシャワー』は便利だけど、充実感は得られないもの」
宇宙船にもよるが、大体は「エアーシャワー」という空気の出る「フロ」が付いている。そこでは滅菌消毒を始め、肌の古い角質を取り除き、余計な皮脂や汚れなども綺麗にして肌や髪に潤いを与える機能が付いている。
データでは、お湯や
「……確か、洗濯が終わると、お知らせ音が鳴るのよね。じゃあ、それまでは浸からせて貰おうっと」
久々に入ることの出来た、お風呂をしばらく堪能することにした――。
「……うん、ここだ。砕けた瓦も飛んで行っちゃってるし。……でも、あの宇宙船が当たったのならもっと広範囲に割れているはずだよね? ここだけってことは老朽化して、ひびの入ってたところに物凄い風圧が来て割れて飛んでいった。ってところかなぁ」
ロイが、雨漏りのするであろうポイントに来ると、一~二枚分の瓦が砕けて無くなっていた。消えた瓦の推測が終わり、砕けた残骸の瓦を外すと下地に注目した。
「ん? これは石かな? 泥粘土の下地に混じって……よし、取れた。――結構、大きいな。なるほど、これがずれて下地が薄くなって雨漏りになったのか。……うーん。昔は、こういうの適当だったのかな? 今、下地にこんな大きい石とか混じってたら問題にされるのに」
取り出した泥粘土まみれの石は、ロイの手に収まる程度の大きさで、厚みが四センチくらい、縦横は七センチくらいの四角というよりは、何度か使用した石鹸のように
「……あっ! もしかして、この場所は『おじさん』が自分でやったのかな? よく見ると瓦の色は似ているけど、厚みが薄くて周りのよりは
そのように考え込んでいると一瞬、横風に体を煽られた。
「うわっ、風が出てきたな。とりあえず直しちゃおう」
取り出した石を作業ズボンの大きめのポケットにしまうと屋根の修理に集中した。数年前に、数ヶ月だけやった仕事だったが、忘れること無く手際よく進めていった。
――ここ、ムーアストでは平均的に12歳頃から自立して働いている。大人として認められるのは確かに20歳からなのだが、実質的にはそれくらいで一人前になっていたりする。
働いて収入を得て生活するという点では、大人も子どももさほど関係ない。実際ロイも、これまで数多くの仕事をこなしてきて、一人で安定した生活を送っていた。
「……ロイ。風が出てきたけど大丈夫なのかな?」
小さな声で呟くと、アルナは心配そうに屋根の方を見上げていた。さっき、一瞬だけ強い風が吹いたとき、ロイの体が揺れたように見えたので気が気でなかった。
風は少しずつ強くなってきたようで、癖毛のショートヘアも
「あっ、終わったのかな?」
風で少し浮き上がるスカートや乱れる前髪を抑えながら、しばらく見ているとロイが作業を終えたらしく、はしごを下りてきた。
「ロイ! 終わったの?」
「うん、もう大丈夫。家の中で待ってれば良かったのに……アルナは心配性だね」
「えへへ」
「はしごとか物置に片付けたら、僕も中に行くから先に入っててよ」
「うん、わかった」
ロイが地上に戻ってきてからは安心したようで、気持ちにゆとりが出ていた。天候が悪くなければ、もっと話をしていたかったなと思いつつ歩いて行くと、玄関付近で、今までで一番の風が吹いた。膝から
一息つくと安堵した表情の中に、一瞬だけ残念そうとも取れる感情を浮かべていた。「見られたくないけど見て欲しい。見て欲しいけど見られたくない」そんな矛盾した気持ちが渦巻いていた。……好きな人に、いっそ全てをさらけ出すことが出来たら、どんなに楽なのだろうと思うことも何度かあった。
自分なりに積極的なアプローチ(接近)をしているつもりでも、
そして、今日も「
もう一度だけ周りを見ると、さっきと同じくロイは居ない。まだ、はしごや道具を片付けに物置へ行ったままなのだろう。
それを再確認すると、物置の方角をしばらく眺めてから家の中に入っていった。
―― ピーピーピピー ――
お風呂場の脱衣所に設置してある、洗濯機から終了を
「……あ、いけない。居眠りしちゃった。今のは……洗濯が終わった音かな? んー、名残惜しいけど、そろそろ出よう」
浴槽から上がり、脱衣所で身体を拭き、髪の毛を乾燥機で乾かした後、洗濯機を開けて中を確認すると若干濡れていた。
「やっぱり言ってたとおり、乾燥までしても完全に乾くわけではないのね。もし、ある程度乾くなら着替えをお借りしなくても良いかなって思ってたんだけど……。ここは、ご厚意に甘えることにしようっと」
リュースの用意してくれた服に着替えると鏡を見た。
「こういう、ゆったりとした服もいいわね。柄は、何かの動物を
そう言いながら、後ろ姿を映したりと、いろいろな角度で一通りざっと見終わると、洗濯機の中にある洗濯物を側にある干し場に干して風呂場から出た。
「――お風呂、ありがとうございました」
「はい。湯加減は大丈夫でしたか? リベル様」
「ええ、とても気持ちよかったです」
「それは良かったです」
そんな、やりとりをしていると玄関のドアが
「あら? お風呂に入ったのね? 私も入ろうかなぁ」
ほんのりと湯気が立つ寝間着姿のリベルを見ると、風で少し冷えた身体を温めたくなった。自分も今から入ると伝えると「承知致しました」と軽く一礼し、リュースは十数秒ほどで衣服を持って来た。
「用意できましたよ。アルナ様」
「ありがとう、リュース」
「お背中、お流ししましょうか?」
「城じゃないんだから、そんなに気を遣わなくてもいいのよ。……い、一緒に入るのは別に構わないけど?」
「! すぐに仕度致します」
そう言うが早いか、
「お? お風呂に入ったんだね、僕も入ろうかなぁ」
リベルは、ロイがアルナと似たようなことを似たような口調で言ったので、思わず顔がにやけてしまった。
「ええ。お先に頂きました。ちなみに今は、リュースさんとアルナが入ってるわ」
「あ、そうなんだ。まあ、僕はいつでも良いけど」
「屋根の方は直ったの?」
「うん、バッチリだよ。これで竜巻でも台風でも大雨でも大丈夫」
「……やっぱり竜巻とか来そうなの?」
「外の風が少しずつ強くなってきたみたいだし、台風が近づいてるのは間違いないね。直撃はしないだろうけど、この辺は大気が不安定になりやすくて気候の影響は割と受けるよ。……たぶん、気象情報通り昼頃には発生してくるだろうね」
「そうなんだ」
「まあ、心配しなくても竜巻で、この家が飛ばされるとかは無いから安心してよ。……さてと、お湯を沸かすからお茶にしようか。んー、紅茶で良い?」
「ええ」
「――うーん、いい気持ち」
「本当ですねぇ」
身体を洗い終えて、アルナとリュースは浴槽に入っていた。浴槽は広く、あと一人は一緒に入っても問題無いくらいだった。
「あら? 『コンタクト』外したのね」
「はい。……というよりも、どこかへ落としてしまったようです」
「そうなの?! リュースって自分のことになると意外にドジよね」
「はは……。自分でも、そう思うことがあります」
「普段、気を張ってるからその反動なのかしら?」
「ですかねー」
「それはともかく、別にそのままでも良いと思うけど? リュースの片目、蒼い宝石みたいに綺麗で私は好きよ」
「そ、そうですか? んー。公務だと、やはり目立って気になるので右目と同じ
「しなくても、いいんじゃないかしらね」
「……ですね。とりあえず今回は替えがありませんし」
「忘れたの?」
「はい」
「ふふふ、やっぱりド……」
「もー、それ以上は言わないで下さいー」
その先を言わせないように、リュースはアルナの顔を自分の胸に押し当て黙らせた。しばらくジタバタと苦しそうにしていたが、やがて沈黙した。もちろん、お互い、ふざけているので本気で「落ちた」わけでは無い。
リュースが解放すると、お風呂場に二人の笑い声が響き渡った――。
火を掛けていた「やかん」から沸騰したことを知らせる音が出ると、ロイは火を止め、茶葉の入った、耐熱のガラスポットの中に、お湯を入れてテーブルへ持っていった。
予め用意しておいたカップへ紅茶を
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
自分のも入れて、イスに座ると太股の辺りで「何か」が当たる音がした。それは作業服の大きめのポケットに入れておいた物だった。
「! そうだ。ちょっと調べたいことがあったんだ」
ロイは思い出したかのように席を立ち、カップを持って奥の方へ向かった。
「……あ、良かったら、お代わりしていいからね」
「ええ、ありがとう」
リベルは、奥へ行ったロイを気にしたり、窓の方を見たりしながら紅茶を飲んでいた。お湯を沸かしている間に聞いたのだが、この紅茶は市販の物では無くロイが作ったものらしい。香りも良く。酸味の中に、ほんのりと甘さがあり、柔らかな味わいが口の中に広がる――。
自分が故郷ヴェルクトの城で飲んだことのある高級な紅茶にも引けを取らない……いや、それ以上ともいえる品質にリベルは驚いていた。
「美味しい」
紅茶の味と香りを堪能していると、アルナとリュースがお風呂場から出てきた。
「――あら? 良い匂いね」
「先程、ロイが入れてくれたの」
「ロイ殿の紅茶は、お城でも人気があるんですよね」
「
「いえ、正確にはアルナ様がロイ殿から貰った物を一部の人間で飲ませて頂いてる……ということなんですけどね」
「そうでしたか」
「ロイは畑で取れた作物や、それらで作った加工品は趣味だから、商品にするつもりはないって言うけど……。もったいないわよね」
「そうですね。ロイ殿が、いつか販売する気になったら、そのときはお城と
「ふふ。まあ、気長に待ちましょう。……で、ロイはどこに?」
「何か調べたいことがあるとかで奥へ」
「そうなの」
「アルナ様、私達もお茶にしませんか? カップが用意されてますし」
「そうね、冷める前に頂こうかしら」
そんな会話をしながらも、風呂前と風呂上がりで変わったリュースにリベルは、ちらちらと目をやっていた。身体的な変化なので、もしかしたら聞くのは失礼かなと思いつつも、気になったので尋ねようとすると、それを察して先に教えてくれた。
「ああ、これですか? 私は片方だけ、こういう目なんですよ。公務のときとか、普段は色の付いたカラコン……『カラーコンタクトレンズ』(「
「そうなんですか」
「今は、それをなくしてしまい。替えも無い状態なので、気になるかも知れませんが……」
「いえ、とっても綺麗です。小さいころに見た美しい星みたい」
リュースの目を見たときから、お世辞でも何でも無く素直に、あの名前を忘れた蒼い惑星のように美しいなと思っていた。
「そんな、何だか照れますね」
風呂上がりの上気した顔は更に赤みを増していた。そんな折り、奥の方にある部屋に行っていたロイが一冊のノートを
「何を調べていたの?」
アルナが問いかけるとロイはポケットから石を取り出しテーブルに置いた。
「これのことで、少し気になってね」
一同が、その石に注目すると同時に、脇に抱えていたノートを開いて調べていたことへの回答を始めた。
「さっき屋根の修理のときに、この石を見つけてね。……雨漏りした原因は瓦が取れて、この石がずれて、下地が薄くなってたからなんだ。――でも普通なら、このサイズの石は下地には使用しないし、壊れた瓦も……一般的な瓦より薄い瓦が使われていたんだ」
「なるほど。業者ならば、そんなことは、しないですよね。職人としての信用問題ですし」
「そうなんです、リュースさん。そこで、もしかしたら『おじさん』が適当にやったんじゃないのかと思って調べてたら、日記にそのことが書いてありました」
ロイは広げた日記をテーブルに置いて皆が見えるようにした。
56010年 高温期7月7日
ここ最近、毎日暑い。
今日も暑くなるのかと窓の外を
ぼんやり見ていると
頭上で突然、大きな音がして
振動が走った。
屋根の上に何か落ちたのか?
落雷でも起きたのかと一瞬慌てたが
しばらくしても、音も何もしないので
外に出て様子を見に行った。
下からでは何が起きたのか
分からないため、注意しながらも
ハシゴを使い屋根に上った。
すると、瓦の一部が破損していた。
どうやら石が落ちてきたようだ。
何で石が? ……というか
去年、屋根の瓦を
一新したばかりなのに……。
などと思っていると急に辺りが
暗くなり始めて雨が降りそうだったので
昔、使っていた瓦の残りと
余っていた材料で修理した。
降る前に何とかしようと急いでいたから
石はそのまま埋めてしまった。
まあ、大した問題ではないだろう。
追記 (7月11日)
後日、町に行くと
ダイトテクスという企業が
無人の土地をかなり広い規模で
購入したとのことで
街の大画面に映る報道番組で
騒がれていた。
企業が言うには、その土地には
未知のエネルギーがあるらしい。
昨今は次世代エネルギーを求めて
いろんな企業が調査、研究、開発を
していたようだが、そこが一番乗りを
したことになる。
(本当にエネルギーとなるものが
存在すればの話だが)
購入した土地は「隕石」が
空中爆破した付近だと
とある専門家が話していた。
新たなエネルギーとの因果関係は
薄いと発表していたが
それはそうだろう。
隕石の落下などは
特に珍しいことでもないし
過去に落下した隕石から
何か発見されたことはないし。
町の付近では被害はなかったようだが
家に当たった屋根の石は
隕石の「欠片」だったと思って
間違いないようだ。
まあ、どうせ石ころ。
屋根も今のところ問題ないし
このまま埋まってて貰おう。
「へー、
「大丈夫よ、アルナ。まあ、難しい表現の文学作品とかは少し困るけどね」
「はは、それは私も苦手だわ」
「ふふふ」
そう答えて読み終わると、リベルはその隕石の欠片である石をじっと見つめた。
「……ロイ殿が気になったというのは、ただの石では無いと思ったからですか?」
「そうです」
「隕石だったというのは驚きよね」
「確かにそうなんだけど、それだけじゃないんだ」
「え?」
全員がロイの方に集中した。
「これは恐らく『魔鉱石』だよ」
「魔鉱石ですって?!」
アルナは目を輝かせながら、その発言に食いついた。
「これが、ですか?」
「? まこうせき?」
リュースは半信半疑な感じで石を見つめ、リベルは頭の上に疑問符を浮かべてるような表情をしていた。
「まぁ、確実にそうだと判明させるには、やはり『スキャン』しないと駄目ですけどね」
「……ロイ殿には、普通の石と魔鉱石との区別が……、ある程度の判別ができるのですか?」
「ええ、鉱石場で働いているときに何となく見分けが、つくようになったんです。確実とは言いませんけど九割ほどは当たります」
「すごい、それってもう名人クラスじゃないの! で、どう見分けるの?」
「まあ、名人クラスかどうかは分からないけど……魔鉱石の場合、他の石と比べると実際の重さより少し重く感じるだよね。何というか……、
「
「でも、その
「はは。結局スキャンはしないと確定出来ないけど、労力が減って助かるってのは事実だね。見た目は、そこらにある普通の石だから」
リベルが目を点にして聞いていると、それに気づいたロイが説明した。
「――っと、リベルには何のことか分からないよね?」
「え、ええ。正直、そんなに細かく下調べしてきていないから……」
「ここ、ムーアストでは石を装置にかけてスキャン(詳しく調べて)してデータを読み取り、仮想モンスターを生成する遊び……ゲームが
「へー、娯楽だったのね」
「うん。そのデータ上のモンスターを戦わせたり、外見の美しさや珍しさを競ったりするコンテストとかもあるんだ」
「主催は『ダイトテクス・カンパニー』が、ロイのおじさまの日記にも出てきた企業の会社が執り行っているのだけど、年に一度だけ国も協賛してコンテストを行うのよ」
「国が協賛したのは二年前くらいからですね。豪華賞品と名誉あるトロフィーと高額な賞金が出るので、
「それだけレア(希少)なモンスターが集まる確率が増えるから、協賛提案者の私としては嬉しいわ。激レアとか出てこないかしら? もし、出てきたらトレード(取引)で、いくらでも出すのに」
「アルナ様、相場のバランスが崩れない程度で、お願いしますね……」
激レアに思いを寄せて、目をキラキラと輝かせているアルナに、リュースの諦めと願いの混じった声は届いていなかった……。
「……でも激レアは、その存在すら怪しいとされてるよね。誰も見たこともないし。超レアや高レア以下のモンスターは、たまに見かけるけど」
「そういえばレアを求めるあまり、正規では無い方法……恐喝、誘拐などといった闇のルートで入手する
「悪いことをして得ても楽しくないのに。……ところでロイ。レア品が多く出るのはやっぱり、ダイトテクス所有の『サイド鉱石場』なの?」
「そうだね。『サイド』、『アスター』、『リッチー』の三大鉱石場の中で言うなら」
「そっかー。国所有のアスター鉱石場は、正直あまり取れないのよね。個人所有のリッチー鉱石場よりは取れてるとは思うけど」
「この鉱石場だから取れる取れないっていうのは、あまり気にしなくてもいいかもよ。鉱石場のエリア(地帯)以外から出たケースはあるし。――結局、隕石の欠片が魔鉱石であるというのは、ほぼ間違いなさそうだけど……『隕石の欠片=魔鉱石』では無いみたいだしね」
「まあ、そうだけど。確率としては、やはり広い範囲を所有してる方が有利な気はするのよね。魔鉱石という次世代エネルギーを発見した、ダイトテクスの企業努力の勝利って感じ? まあ、このゲームの生みの親でもあるわけだし、それくらいの有利さは当然か……」
「そうですね。隕石の欠片、全てが有用なものになるかも分からないのに、飛散したであろう範囲を……広い規模の土地を買った。――その、
「そう考えると、すごいゲームだよね『リアーズ』って」
「え?」
ムーアストで流行している娯楽についての意見を
ロイは聞き取れなかったのかなと思い、言い直した。
「今まで話してた、石の発見からコンテストとかのことだよ。ゲームの総称をそう言うんだ」
「リ・アーズ?」
「いや、発音が違うよ。リアーズって言うんだ。あ、そっか『造語』って知らなかったら戸惑うのは当然だよね。……えっと、この言葉はダイトテクスが考えたものなんだ。この星、この国の言語である『ムーアスト語』の『リアム』[隠れた]と『リーズ』[能力]の二つ。これを組み合わせて『リアーズ』[隠された能力]って意味にしたんだって」
「魔鉱石に眠るデータをスキャンして隠された能力を発見し、モンスターや未知の生物を召喚しよう! っていうのが、このゲームのキャッチフレーズなの。そういう意味ではピッタリの名前よね」
「うん。ちなみにスキャンやモンスター化する施設は各鉱石場はもちろん、世界各地の町とかにもあるよ」
「今や、ムーアストに住む半分以上は老若男女問わず、やったことがある。……とされています」
「……そ、そうなんですか。なんか良いですね。そういうのがあるのって」
「リベルのところには、そういったゲームとか無いの?」
「ええ。――たくさんの人が夢中になって遊べる娯楽は無かった……かなぁ」
ロイの問いに、リベルは寂しそうな表情を浮かべて答えていた。
「そっか」
そんな表情をするリベルを察したのか、それ以上のことを聞くのは、今はやめておこうと思った。アルナとリュースも同じように感じていたらしく、話題を変えようと考えていると外の方で物音がした。
「まさか」
ロイは、そう言うと窓の方に向かった。
いつの間にか、辺りは積乱雲によって少し薄暗くなっており、数十メートル先に竜巻が発生していた。物音は
「――ほぼ、予報通りでしたね」
窓を眺めているロイの後ろから顔だけ寄せてリュースが言うと、左を振り向くよりも早く、風呂上がりの石鹸の良い香りを残して、テーブルの方に戻っていった。
「だ、大丈夫よね? ロイ?」
リュースと入れ替わるくらいのタイミングで、今度は右隣にアルナが来ていたせいか、ロイは声をかけられるまで気づかなかった。一瞬、香りに心を奪われていたようだ。
ちなみに、使っている石鹸は同じなので、もしアルナが先に近くに寄って声をかけていたら、ロイのアルナに対する見方も少し変化があったかも知れない。
「……ん? う、うん。大丈夫、大丈夫」
残り香に気を取られていた自分に対して、大丈夫と聞かれたのかと思ったが、竜巻のことだと思い返すと何となく慌ててしまった。
「? どうかしたの?」
「いや、良い香りがするなぁ……って思ってたんだ」
アルナは自分のことを言われたのかと思い、(あながち間違いというわけではないが)パーッと目を輝かせ頬を染めた。
「でしょう? これ、今お城で流行ってる石鹸なのよ『アロマテラピー』(芳香療法)の効果もあって神経の鎮静、ストレス(精神的負担など)の軽減効果があるんですって。微香性だから、自分以外は割と近づかないと気付かないみたいだけどね」
「へー、そうなんだ」
ロイは、そのことを聞いて、思わず香りに惹かれてしまったことに納得がいった。アルナとそんな、やりとりをしているころ……テーブルに戻ったリュースは携帯端末を取り出し、何やら操作していた。
リベルも竜巻が気になったらしく、リュースが戻る手前くらいに窓際に近づいていた。
「どんな感じなの?」
石鹸の話題が終わったのを見て、ロイに声をかけた。
「んー、見た感じ竜巻のレベルは一番弱い方だね。これなら直撃しても窓が割れることも瓦が吹き飛ぶことも無いと思うよ。ただ、電線は……もしかすると切れるかも知れないね」
窓際に三人、固まって会話しているのを確認すると、リュースはテーブルを離れて電話機の辺りまで移動し、距離を取った。
「――ああ、久しぶりだな。そっちの様子はどうだ?」
携帯端末を通話モードにして誰かと会話していた。竜巻の風の音などで会話は誰にも気づかれていない。
「そうか。……ん? ふふ、流石に耳が早いな。分かってる、今、写真を送るよ。『姫様』というだけあって可愛いぞ。……スナップ写真(自然の状況を撮影)だから周りも映ってるけどいいだろ。……何? 酔ってるのか? 隣の少年は……、何だよ。からかうな、分かってるじゃないか」
三人の動向を見ながら、リュースはひっそりと会話をしていたが、窓から離れそうな雰囲気を感じると通話をやめた。
「じゃあ、またな」
携帯端末をしまうのと同時に、電話機の受話器を耳に当てた。
「――ねえ、リュース。この竜巻……。あ、電話中?」
アルナが今後の天気でも聞いてみようと振り向くと、珍しく電話機を使用しているリュースが目に入った。
「あ、いえ。電話が繋がっているかの確認をしていただけです。今のところ大丈夫ですね」
「そうなの」
何の疑いもなくアルナは納得した。まさか、リュースが何者かと密かに会話していたことなど夢にも思わないだろう……。
「そろそろ、窓から離れた方がいいね。念のため」
竜巻が、だんだんと近づいてきたので、ロイは二人をテーブルの方に促した。リュースもテーブルに戻ると、今後の天気の動向をアルナ達に見せた。明日の未明には天気は回復するとの予報が出ていた。
薄暗かったので電気を付けていたのだが、予測通り電線が切れたらしく、停電になってしまった。
「やっぱり切れたか」
「いや、怖い怖い……」
「大丈夫ですよ。アルナ様」
「直撃……しそう?」
「まだだけど、進路的に来そうだね」
それから、しばらくすると竜巻は激しい音と共に家に直撃した。アルナが悲鳴を上げリュースの胸の中に飛び込むとリュースはギュッと包み込むようにしてなだめた。リベルとロイは窓を見て竜巻の迫力に見入っていた。
竜巻は夜頃までに三回あったが、台風が
予報通り未明頃には、すっかり空は安定した様子となった。
「――おはようございます」
「おはようございます。リベル様」
「おはよう」
「おは……よう」
まだ朝日が昇って間もないのに、リベルが起きると三人ともテーブルにいた。ただ、アルナ一人だけ、物凄く眠そうにしていた。
怖いという理由でリュースと一緒の部屋で寝たのだが、やはり完全には眠れなかったようだ。
「眠そうね、アルナ」
「……ん? ええ、まあ……ね」
「もう少し寝ててもいいのに」
「ありがとう。でも平気よロイ」
大丈夫、平気と言い張りながらも時折まぶたを重そうにしていた。そんな様子をみんなで微笑ましく見ていた。
朝食が済むと、リュースが手配していた業者が来て停電を直していった。それからしばらくして、城から調査隊と宇宙船を持ち運ぶための「
昨日、リベルの容態は回復したと連絡しておいたので今日、早速来たらしい。朝食のときにリュースはこのことを含め、今日の予定を話題にしていたので皆承知していた。
「おはようございます。……少し早すぎでしたか?」
「いえ、大丈夫ですよ。朝早くから、ご苦労様」
リュースとリベルは、外に出て調査員達を迎えた。ロイは朝食の後片付けをし、アルナもそれを手伝っていた。
「おはようございます。すごい機材ですね」
「おはようございます。はは、そうでしょう? ……体調の方、良さそうで何よりですね」
「ありがとうございます」
「では、ぼちぼち行きましょうか」
「はい。よろしくお願いします」
二人は調査隊と共に、宇宙船のある場所に向かった。少し遅れて、片付けの終わったロイ達も合流した。
しばらく歩き、宇宙船によって出来た道が畑であり、作物を駄目にしたことを知ったリベルはロイに謝罪した。
「ロイ、ごめんなさい。不可抗力とはいえ、こんな……」
「あはは、気にしなくて良いよ。昨日の竜巻で、この辺一帯が駄目になっちゃったし。遅かれ早かれだよ。作物が駄目になるなんて天候次第で割とあるから、もう慣れっこなんだ」
「でも……」
「運搬車も通れて、結果的には良かったってことで」
そう言うとロイは、にこりと笑った。その笑みに偽りが無いと感じたリベルは、その気持ちを素直に受け入れることにした。
「……ありがとう、ロイ」
一行は更に歩いて行き、宇宙船に辿り着いた。
「(!? なんて、こと……なの……)」
リベルは、変わり果てた船の姿に、人知れずショックを受けていた……。
調査隊のリーダーは、宇宙船を見て一呼吸置くと、調査員達に指示を出した。
「――よし。まずは、これからだな。全員、取り掛かれ」
調査は、竜巻の影響で汚れた船を掃除してからすることにした。――泥を拭いたり、破損した部分に絡まった草木を除去したりすること数分……。
ある程度、綺麗になると掃除を止める合図を出して、リベルに話しかけた。
「……とりあえず、こんなものでいいでしょう。……では、開けて頂いてもよろしいですか?」
「はい」
調査隊のリーダーに促されて、リベルは宇宙船の中へ入ることにした。爆発のためか、少し
機器類で少し狭くなったので、リーダーは調査員の中で最も熟練した者を選ぶと、調査を任せた。リベルとその調査員だけが入ると、後の者は外から眺めるようにして様子を見ていた。
「――ふむ。なるほど、どうやら不時着した後にメインのコンピュータが爆発したようですね。船の消火機能が働いたようで
「直る可能性があるんですね? 良かった……」
リベルはホッと胸を撫で下ろした。しかし、すぐにもう一つ重要な箇所があることを調査員に伝えた。
「調査員さん。この船には、私がここに来た目的でもある『王家の証』を探すための装置があるんです。――といってもあると聞いてただけで、実際に見たことはないんですけど。たぶん、メインコンピュータ付近に組み込まれていると思うのですが……」
「なるほど『検知装置』ですか。探索する機械の謂わば心臓部ですね。メインとのリンク(連結)は、その手の装置では基本ですから、恐らくそうでしょう。――うーん。あるとしたら……この辺りかな? カバーはもう、普通に開きそうも無いので……切断と分解の許可を貰ってもよろしいですか?」
リベルが了承して頷くと、調査員は外で見ている別の調査員に、そのための道具を要求した。
「(……メインコンピュータは中破で済んでる。楽観は出来ないけど、仮に側にあっても検知装置もそのくらいで済んでいるはず。……もしかしたら無傷ということも。……いえ、せめて直る程度でいて――。お願い!)」
調査員の作業中、リベルは目を
「ふう。……では、開けますよ」
「はい」
「……あ」
「え?」
調査員の一言、リベルが見た瞬間に発した一言。それで、周りに居た人達は全てを察した。
「――これは、言いたくはないですけど大破してますね。どうやら、先に壊れたのは検知装置でメインコンピュータは誘爆したようです。状況は厳しいと言わざるを得ません。我々の知っている検知装置とは、だいぶ違いますし、残骸からもワンランク上の技術で出来ていることは容易に想像出来ます」
「む、無理……ですか?」
「絶対とは言いません。推測して……、ある程度は理解出来るところもあります。……例えば、ここを見ると『複数型』では無く『特化型』に改良してあることが分かります。つまり、一つの対象のみに特化して探すタイプですね。この改良の良い点は検知精度が高くなること。悪い点は探す対象しか検知出来なくなること。もし、他のを検知したくなったら新品との交換になります。普通、検知装置を組み込むときは、いろいろ調べられる複数型にします。その方が、後々使えますから。……それゆえに、強い意志を感じます。我々も、その想いに応えたいと思います」
「……恐れ入ります」
「ただ、この技術に追いつくのが、どれくらい先になるか……。少なく見積もっても十数年以上は掛かるかも知れません。もちろん、早くなるか、遅くなるかは現段階では分かりませんが……。それより、一番問題なのは探すべき物……今回の場合ですと『王家の証』ですか。それを探せる状態に出来るか? ということなんです。……えっと、この検知装置自体を直したり、同じレベルの物を新たに作ったりという意味では『可能性はゼロでは無い』と思います。しかし『王家の証を検知対象として探索出来る状態』にまで持って行くのは、極めて難しいと言わざるを得ません。……特に、特化型は対象物を指定した人物が、検知出来るプログラム(処理手順)を独自に組んでいる場合が多いので、他の人が理解することはとても大変です。仮にプログラム情報が無事だったとしても解析や理解するのに相当な時間を費やすことになります。――いろいろと細かくなってしまいましたが、要は『ハードウェア』(装置)が何とかなったとしても『ソフトウェア』(プログラム)が何とかならない可能性がある。ということです……」
「そ、そう……です、か」
最初の願い
周りからは、ショックで放心状態になったようにも見えたが、実際は頭の中で様々な考えが渦巻いていた状態だった。
「(――私は最悪でも、検知装置は一旦帰って直せば良い。宇宙船が直っても装置の方に時間が掛かりそうなら、そうすれば良いって思ってたけど甘かったわ……。戻ったところで直せる技術者はいるの? 必要な部品は? ……いえ、それよりも問題は装置自体を修理出来ても、似た物を購入したとしても結局。王家の証を探す特化型にしたのが御祖母様だとしたら?! 調査員さんの言ったように、それが複雑で特別なプログラムだとしたら? ――確かに、開発して組み込んだとは聞いたことあるけど『誰かと共同で』とは聞いたことが無いわ。機械好きだったから一人でやった可能性が高いわね。……となると、やはり戻ってもあまり意味は無いのかも。それなら、まずは僅かでも可能性があるという、この地で……。様子を見た方が良いのかも知れないわ。――ん? そういえば検知装置以外……宇宙船は、どれくらいで直るのかしら?)」
膝を突いたまま硬直している姿を痛ましく思い、慰めようと調査員が語りかけようとしたとき、リベルはふらりと立ち上がり、調査員に尋ねた。
「……あ、あの。検知装置以外……。この宇宙船が飛べるようになるのには、どれくらい、かかりそうですか?」
「え? あ……ああ、はい。……えーっと、んー。そうですね、大体ですけど。――早くても、二~三ヶ月、遅くても半年は見て貰った方が良いかと。……この船なら、私達の技術で何とか直せるのですが、修理の時間より破損箇所の素材の調達と加工に時間が掛かりそうです。内側ではなく、外側にかかる時間が多いんですよ。……この素材は、この辺には存在しませんからね。極力近い素材を新たに生成しないといけないわけです。最悪の場合、半年では済まない可能性もあるかも知れません」
「な、なるほど……。そうですか」
調査員の言葉を整理しながらリベルは、また目まぐるしく考えていた。
「(検知装置の件は、もちろん大事だけど一旦置くしかないようね……。幸い宇宙船は割と短い期間で修復可能みたいだし、それが直れば新たな発展も望めるかも知れない。まあ、少なくとも現状よりは……だけど。元々、この星には王家の証が見つかるまで滞在するつもりだったし、物は考えようというか……。とりあえず最低でも二ヶ月~半年以上は、どうにもならない期間として、宇宙船の関係から離れて、この地で出来ることを優先した方が良いわね。――具体的には、検知出来なくても王家の証と思われる物を探したり、珍しい物を集めたりとか。……うん。これなら、やる意味はあるはず。今のところの案としてはベストかも? ――とにかく落ち込んでいる場合では無いわ)」
「……先程も言いましたが、こちらも全力は尽くしますので、その……まあ、何というか――」
「あ、ありがとうございます。……御心配をおかけしました。もう大丈夫です」
姿勢を正し、礼を述べると深くお辞儀をして、にこりと微笑んだ。表情も眼も、落ち込んでいたときとは、比べものにならないくらい活力があると感じた調査員は、彼女の中で何かが吹っ切れたのだろうと思い、安心した。
もしかしたら「空元気」の可能性も……と考えたが、仮にそうだとしても落ち込んでいるよりは良い心向きだなと思った。
「――では、お預かりします」
裏山付近からロイ宅まで運び、玄関先で調査隊のリーダーが改めて言うと、宇宙船を修理場へと運んでいった。
それを見送ると、リュースがカラーコンタクトレンズの代わりに掛けていたサングラス(色付き眼鏡)を外して、皆に今後の予定を告げた。
「……さて、今朝も少しお話ししましたが、後、二十分くらいしたら迎えの馬車が来ますので、そうしたらお城に向かいます。それまでに皆様ご用意下さい」
リュースがそう言うと、それぞれ家の中に入っていった。リベルは
自分の星の服は、少ないけれど数点ほど持ってきており、その中には「当然」礼服も用意してあった。幸いなことに、後ろの方に置いてあったおかげで、
礼服を取り出すと、洗濯して乾いた服を鞄に入れた。それは、ここに来るときに着てきた服で、パンツタイプの動きやすく、上下共に落ち着いた感じの色合いをしたものだった。
リベルは、体が動きやすい服装「パンツルック」(ズボン主体の着こなし)が一番好きで、この手の物を愛用している。
故郷で城の中に居るときも、これと同じような服装でいることが多く、女王に謁見するときでも礼服は基本的に着なかった。着るのは大体、特別な行事や大きな行事とかの公務くらいで、そのことについてはそれで良しとされていた。
ちなみに、スカートタイプの服が嫌いというわけではないので、こちらで借りた服も実は結構気に入っていた。
「(……個人的に、この服も好きだけど……ね。礼服が駄目になってたら、これでも良かったのかも知れないけど)」
借りていた普段着、花柄のワンピース(スカートと上着が一続きの衣装)と下着を脱ぐと、新しい下着と礼装用下着と礼服に着替えた。
上着と膝丈ほどのスカートは白く、デザインはシンプルなものだった。窮屈さも無く、スカートなどは風が吹けば、すぐに舞い上がるのでは? と思わせるくらいに軽く柔らかな素材で出来ていた。――実際、この衣装は動きやすい反面、ある程度の風ですぐに舞い上がる。そのため下半身の下着には礼装用の下着(見えても構わない下着)を
もう一つ通例になっているのは髪型だった。リベルもそれに
靴は、白い色ということ以外は自由だが、これにも基本があり、大抵かかとの高い靴が主流となっている。……しかし、これは基本の形にはせず、かかとが低く、飛んでも走っても安定する靴を履いていた。
リベルは、礼装でも動きやすさを重視していた――。
「……よし、こんなものかな」
白を基調とした礼装に身を包むと、上品に美しく輝いているようにも見えた。
「結局、洗濯する時間は無かったけど、どうしよう? とりあえず畳んで……っと」
借りた服を全て、丁寧に畳んでいると部屋のドアをノックされた。
「はい」
「リベル様。そろそろ、お時間になりますが――」
「あ、リュースさん。どうぞ」
「では、失礼します。ご用意の方は……、おおー! り、リベル様。何と素晴らしい!」
その美しさに思わず我を忘れ、心からの声を表に出してしまっていた。
「あはは……。何だか照れますね……」
冷静で、かしこまったイメージのリュースから、お世辞では無く、純粋に褒められたことが嬉しくて思わず赤面してしまった。
その褒めた側も、普段と違う一面を思わず見せてしまったことに対してか、頬を赤らめ
「……そ、その。も、もう身支度のご用意は出来ているようですね。では、しつれ――」
「あ、待って下さい。リュースさん」
「な、何か?」
「これ、お借りしていた服なんですけど……洗濯している時間が無くて……。どうしたら良いですか? ……このまま、リュースさんにお渡ししても、ご迷惑……ですよね?」
洗濯のしていない服を両手に持って、申し訳なさそうに困り顔でいるリベルを見ると、リュースは、すっと服を受け取った。
「お、お気になさらず。確かに頂きました。そ、それでは」
言うが早いか、自分の部屋に持って行ってしまった。
「……お、お願いします」
立ち去って誰も居ないところで、そう口にすると、衣装鞄を持って部屋を出た。テーブルのところに来るとロイとアルナが座って待っていた。
「お?」
「あら?」
二人とも同時に声を上げ、リベルの姿に魅入った。
「へー、礼装ってやつ?」
「素敵ね、髪型もいいじゃない?」
「ありがとう」
「乾いた服は持ったの?」
「ええ。服、貸してくれてありがとう。……そういえば、あの動物みたいな可愛い柄は?」
「あれは、この星に昔住んでいたという蒼い鳥だよ。絶滅してしまったから、もう居ないんだけどね。縁起の良い鳥として扱われていたんだ。見た物は幸福になるとか、お金が手に入るとか、良縁に巡り会えるとか……。神の遣い。とも呼ばれてたみたいだよ」
「私達が生まれたころには、既に居なかったみたいね」
「うん、僕らは昔の映像とかでしか知らないんだよね。でも、その人気は当時と変わらないらしくて、今でも、いろんな商品や品物になって――」
ロイの話が、終わったか終わらないかくらいのタイミングで、玄関のドアからノックする音が聞こえた。
「はーい」
「城からの者ですが、お迎えに上がりました」
ロイがドアを開けると使いの者が深々とお辞儀をした。外では大きめの
「分かりました、お待ち下さい」
「はい。――もし、お荷物があれば、お運び致しますが……いかがなさいますか?」
「僕は無いけど……」
振り返ると、いつの間にかリュースが来ており、目には先程のサングラスをしていた。調査員達が来たときも付けていたので、仕事のときや「親しい間柄」以外は、やはり自分の目を見せたくないようだ。
「あ、リュースさん。荷物ありますか? ですって」
「はい、ございます」
そう言うと、使いの者に指示を出して運び出させていた。荷物には既に荷札が貼ってあり、城に着いた後、それぞれどこに置くのかが書いてあった。
以前、札が貼ってあるにも、かかわらず置き場所を間違えた者がいたためか、リュースは決して間違いの無いようにと強く念を押していた。
ロイとリベルは迎賓の馬車の大きさと、外観の豪華さに
「では、出発致します。……ハッ!」
そのかけ声と共に馬に
迎賓用に限らず、乗り物は幾つかあるのだが、馬車にしたのはアルナの希望だった。それは、ロイが城に呼ばれたことを知ったからだった。少しでも長く、一緒の空間を過ごすためには燃料式の車や飛行機では早く着いてしまうので、よろしくない。
そこで、ゆっくり移動が出来る馬車を提案した。これなら客人であるリベルも観光が出来て良いと理由をつけて。……もっとも、そんな理由をつけなくてもリュースは心中を察しているので、馬車にしようと既に手配してあった……。
迎賓用の馬車は驚くほど揺れない。仮に、馬を最高速で走らせても、そんなには揺れないようになっている。それは振動を軽減する装置が組み込まれているからだった。
室内は静かで、窓も大きく景色も良く見える。座り心地の良い椅子は疲れず、椅子の背もたれを倒せば簡易的なベッドにもなる。――もし、しっかり休みたいときは個人用のベッドルームがあるので、そこで眠ることも出来る。
他にも馬車内には完全防音された化粧室(トイレ)とシャワールーム、軽食なども用意されており、実に快適な空間の中で移動することが可能となっていた。
今まで乗った客からは「最高の乗り物だ」とか「もっと乗っていたい」と好評で、中には「購入したい」と言う者までいたようだ。
一定の速さを保ち、まるで散歩しているかのように、ゆったりと進むことが可能なのも人気の一つらしい。――訓練された馬と
ロイの家から、人が散歩しているような速度で進めば、一時間くらいで城に着く。馬車を走らせれば、その半分より早く着けるが、決して急がないようにとリュースに指示されていたので、御者は馬の速度を普段よりも、気持ちゆっくりにさせていた。
――動き出してから数分の間。リベルとロイは、この最高級の乗り物に感動していた。意外にも、リベルは移動用の乗り物に、ほとんど乗ったことが無かった。
馬車は小さいころ、親や祖母に抱かれて乗った記憶があるくらいで、ちゃんと乗ったのはこれが初めてといっても良いくらいだった。それは普段、基本的には武道の鍛錬も兼ねて歩いたり走ったりしていたからだった。
ちなみに、免許皆伝後は外を移動する際、護衛は不要とした。強くなったことから来る、
ロイは、普通の馬車の方はあるが、迎賓用に乗るのは初めてだった。王族関係と親交があるとはいっても、そこは、なかなか機会は無かったようだ。……当然といえば当然なのだが、実は、この迎賓用の馬車は一般の人も乗ることが出来る。
――もちろん、基本的に限られているが、そういう意味ではロイにも機会はあった。
例えば、年に一回、功績や業績を
他には「ムーアスト
後、最近では、リアーズで国協賛のコンテストに優勝したときにも、褒賞の一つとして乗ることが出来る。
――これ以外にも、幾つか機会は用意されているのだが、それは迎賓用の馬車が完成したときから「我々が使用しないときは待機させるだけではなく、国民にも可能な限り利用して貰うよう、手配せよ」と国王から言われていたからでもあった。
そのように命じられた者は「迎賓用に乗れた」という特別感を損なわず、かつ多くの人に乗る機会があるようにと考えて運用しているようだ。
――馬車が動いて、五分経ったころ。興奮に一段落、着いたのか室内は静けさを保っていた。一定のリズムで馬の足音が、かすかに聞こえてくる。
室内を完全防音にすることも出来たのだろうが、そこは馬車の風情を残したようだ。ただ、足音を消す機能もあるので、希望すれば作動してくれる。
しばらくすると、今朝頃から寝不足だったためかアルナは眠りについた。リュースは背もたれを静かに倒すと簡易ベッド状態にし、備え付けの薄い掛け布団を後部座席の方から持ってきて優しく掛けた。
「ふふ、これは到着まで起きそうもありませんね」
「ベッドルームもあるみたいですけど?」
馬車内を興奮しながら見ていたときに確認していたので、そのようにロイは尋ねた。
「いえ。お運びするなら、もう少し深い眠りにつかないと……。そのころには城に着くでしょうし、こちらでよろしいと思います」
「なるほど、そうですか」
「(……一応、目覚めたときのために、ここの方が……ロイ殿の側の方が良いですよね? アルナ様)」
一番この時間を有意義に過ごそうとしていた人物が、一番早くその目的を失ってしまったのを少し
それからの会話は、自然と少し控えめの調子になっていった……。
――二十数分経ったころに、ロイがリベルに話しかけた。
「あ、見えてきた。ほら、あれがリアーズの施設だよ」
「へー。あれが、そうなの」
数メートル先に、半球形の大きな建物があった。一階建て……厳密には、もう半分の半球が地下に埋まってるようになっており地下一階が存在する。そこは管理するコンピュータなどが置いてあるため一般の者は立ち入り禁止だ。
ちょうど球(ボール)が半分埋まっているような作りになっているため、そのまま「ボール」と呼ぶ者もいる。
「――施設の入り口前に、無料で石をスキャン出来る装置が数台設置されていて、それで魔鉱石かどうかを調べられるんだ。……大きさにもよるけど、一度に最大、五個まで調べられて、すぐに結果が出るよ。判定された石は反応『あり』と『なし』に自動で分別されるから、楽だし、待ち時間のストレスも無いよ」
「へー、すごいのね。その辺の拾った石でもいいんでしょ? やってみたいわ」
「はは、謁見が終わったら、やってみるといいよ。僕も行くし」
「本当? やった!」
控えめに喜びを表現すると目を輝かせていた。思えば、大衆の娯楽に興じた記憶は、あまり無かった。この星のように、たくさんの人が楽しめるものは無く。娯楽自体の経験がリベルには無かったともいえる。
それは、小さいころから、ほとんどの時間を武道の修練や教育や作法。公務といったものに費やし、最近では証の探索に時間を
振り返ると、時間の過ごし方としては充実していた。……しかし、遊ぶことは、あまりしていなかったので、他の星の娯楽といえど、それに触れられるのがリベルにとって嬉しく楽しみだった。
――正直、この星に着くまで、王家の証を見つけるまで、娯楽に興じるなんてことは無いだろう。と思っていた。だが、現状ではピンポイントでの証探しが出来ないのも確か。
それなら、その土地の文化に触れ、あらゆる情報を得ていくのも一つの案と考えていたから、ちょうど良い機会だった。
これから、ある意味で再スタートをかける。その前の「
施設を過ぎて、しばらくすると城下町が見え始めた。進むにつれて、活気ある姿が目に飛び込んできた。ロイのおじさんの日記にも書かれていた街の大画面(中層、高層の建物に設置された巨大な画面)には様々な情報が流れていた。
城下町の
「あら、お目覚めになりましたか」
「……いつの間にか、眠ってたわ。……布団ありがとう」
リュースは側に寄り、背もたれを起こすと、布団を受け取り後部座席の方へ置きに行った。
「よく眠れた?」
「ええ、ロイ。寝不足が解消したような気分よ。――リベル……悪かったわね、お相手出来なくて……」
「気にしないで」
「ありがとう。――ところで、どの辺かしら?」
「もうじき中央公園だよ。小さいころ、あそこでアルナと遊んだよね」
「うん、忘れたことなんて無いわ。私の『公園デビュー』(初めて公園に行くこと)……それが、ロイとの出会いだったんだもの」
「当時アルナ様が4歳で、ロイ殿が5歳のころでしたね」
布団を片付けたリュースが戻ってくると、そう言って席に着いた。
「へー、そうなんですか。(二人の出会いの場所……か)」
「……あれは僕も覚えてるよ。石で出来た、
「ええ、前の晩に両親から頂いた物をね。でも、転んでポケットから落ちて……」
「……運悪く
「はしゃぎすぎた私も悪かったかも知れないけど、その転んだときのことは、すごく悲しかった記憶があるわ。痛かったのと、なくしてしまったこと……。それが、とにかく悲しくて悔しくて――。でも、そんなときにロイが来てくれたの」
「まぁ、ちょうど近くに居たからね。自然と声かけて、石も探して……」
「私より早くアルナ様に声をかけてましたよね。……もっとも、私は、なるべく見守る程度で頼むと
「……あれは、子どもながらに不思議だったんですよ。アルナが公園で困ったことが起きても、あまり助けてくれないのに、来るときと帰るときは手を繋いだり、おんぶをしてたりと仲良さそうで……。正直、そのときは変な姉妹だと思ってましたね」
「まあ、公園ではロイが居てくれたから私は全然。平気だったけどね」
「国王様とお后様が、いらっしゃったことも何度かございますが――。ロイ殿のことを大変、気に入っておられて、公園での遊戯は彼がいれば安心だと常々、申しておりました」
「――それは初めて聞きました。……何だか照れますね」
「ロイが引っ越すことになったとき、私は手作りの物が良いと思って石粘土が欲しい。と頼んだのだけど希少種を用意してくれたのは、その背景があったのね。……もちろん小さいころは、そんなこと気がつかなかったけど」
中央公園は、そんな小さいころの思い出話に、ひたりながら通り過ぎていった。それは、同年代の子と遊んだ記憶が無いリベルにとって微笑ましく、憧れる関係でもあった。
「(幼なじみ……か。なんか、そういうのって良いなぁ。私は割と大人の方に囲まれていたから、何だか憧れるわ。――素敵な関係よね。……まあ、育った環境に特に文句は無いけれど)」
話が一息ついた後、そんなことをぼんやり考えているとリュースが何かを察したのか、口を開いた。
「皆様。そろそろ、お茶になさいませんか?」
「あら、いいわね。ちょうど喉が渇いてたところよ」
「僕も」
「あ、はい。頂きます」
「――そうそう。リベル様、実は美味しいお菓子があるんですよ。ムーアスト名物の『ムーアスト焼き』これは是非、ご賞味頂きたいと思いまして、ご用意致しました。個人的にも、お薦めです」
「あ、ありがとうございます」
「流石ね、リュース。安くて美味しい代表的なお菓子を選択するなんて、本当に良いものを分かってるわ。これは城でも人気が高いし、私も大好きよ」
「僕も好きだなぁ」
「ふふ、では少々お待ち下さい」
迎賓用の馬車には基本的に
これは、今回リベルが居るからということでは無く。リュースがアルナと同乗するときは常に、そうしていただけだった。単純に、その方がアルナは落ち着くらしい。
しばらくすると、リュースはお茶とお菓子を持ってきて皆に配った。名物と呼ばれたお菓子は、全体的に適度な甘さがあり、外側はパリッとして、中はふんわり柔らかく、口溶けがなめらかで確かに美味しかった。
――タイミング良く切り出された、お茶の時間。その間にリュースの「甘い物は……心と体に、ひとときの幸せを運びますよね」という言葉に、リベルは「もしかしたら、何か表情に出ていて気を遣わせてしまったのだろうか」とも思った。
しかし、アルナが起きたばかりで喉が渇いていたのも事実だし、時間的に、お茶になってもおかしくは無かったので、結局リュースの真意は分からなかった。
どちらにしても、全部だとしても、一つ確実なのはリュースの言葉通り、そのお菓子を食べたリベルは自然と笑顔になっていたこと。そして、それを見たリュースもまた、嬉しそうに笑顔を見せていたことだけだった。
馬車は更に進み、城下町中央から奥手へと、街の中心部に近づいていった。城下町は、城に近づくほど建物の高さを増し、人口が密集している都市を感じさせた。
「――城が見えたわ」
アルナが、そう言うとリベル達は窓から城を見た。城は湖上の中心にあり、東西南北に幅の広い、四つの大きな橋が架かっていた。
更に進み、その橋の上から湖を見ると、透明度が非常に高く、泳いでいる魚の
「綺麗……。湖面が輝いてるみたい」
「城には子どものころに来たことあるけど、魚がいるってくらいしか感じなかったなぁ。こうして大きくなってから見ると、やっぱり見方も変わるね」
二人が、しきりに感心しているとアルナとリュースは顔を見合わせ微笑んでいた。
橋を渡り、城門に来ると門番が二人立っていた。形式上、その手前で止まると、室内を確認した門番が敬礼をし、御者に合図を送った。すると馬車は、またゆっくりと動き出して、そのまま城門を抜けた。
城門は基本、開放されていて誰でも城を訪ねることは出来る。(不審がられて門番に止められない限り)夜間は流石に閉まって、出入りは基本的にさせてくれない。もちろん、前もって連絡が通ってれば可能のようだ。
――城門を抜け、しばらく進むと馬車から全員降りた。その先は馬車などは通行禁止となっており通路幅も狭くしてあるからだ。
使いの者は深々とお辞儀をし、城内に入っていくのを見送ると馬車から荷物を下ろし、荷札に指定された場所に運び始めた。
一行が、城内を真っ直ぐに歩いて行くと、精巧な細工の施された、豪華な扉の前に着いた。そこは「謁見の間」だった。
扉の前に居る、衛兵二人がアルナ達の姿を確認すると、扉を開けて中へ通してくれた。広い室内の奥にある、二つの玉座には国王と后が座っており、その手前と両脇には、守衛が立っていた。
国王と后の少し手前に近づくとリュースは深々と礼をし、挨拶した。
「国王様、お后様。ただいま戻りました」
「おお、待っていたぞ。リュース、ご苦労だったな。そちらが客人のリベル殿か?」
「はい、国王様。――リベル様、こちらが惑星ルドカース、ムーアスト国の国王様。お隣が、お后様です」
リュースに改めて紹介を受けると、リベルは深くお辞儀をして挨拶をした。
「国王様、后様。初めまして、わたくしは惑星ヴェルクトの女王リエカの
「ふむ、初めまして。長旅ご苦労様でした。――理由は
下げた頭を上げると、国王に向き直った。人柄の良い優しい感じが、その笑顔にも表れていたのでリベルも自然と微笑んでいた。后も、にこやかにリベルを迎えていた。
「……ところで、アルナ。あまりロイ君に迷惑をかけては駄目よ。急に押しかけたみたいで、ごめんなさいね。ロイ君」
「いえ、僕は構いませんよ」
「ほら、ロイが構わないって言ってるもの。問題無いでしょ?」
「アルナ」
「は、はい。……
少し厳しめに言われたのが効いたのか、アルナは反省した様子だった。――后は、典型的なヌコロ人で人型の美しい姿に加えて、特徴である頭上の猫耳と尻尾があった。毛並みは純白で羽毛のように柔らかそうに見えた。
「――まあまあ、良いではないか。ああ、それよりリベル殿『友好証』は今、お持ちかな?」
「あ、はい。ございます」
ムーアスト航空管制塔から発行された友好証をスカートのポケットから、そっと取り出すと、その間に来ていた守衛がそれを預かり国王に見せた。
「結構。それでは、リベル殿の長期滞在を公式に許可する――。滞在許可証と駐船場の使用許可証は、ここではなく別の場所になるので、そこで発行して貰ってくだされ」
「手続きに、少し時間が掛かるかも知れないけど我慢してね。リベルさん」
「いえ、大丈夫です。国王様、后様。ありがとうございます」
その言葉を受けて、国王と后は笑みを浮かべた。――リベルとの
「――さて、アルナ」
「はい、母様」
「あなた、これからの予定は?」
「え? 特には……」
「なら、仕事に復帰しなさい」
「ええ?!」
「驚くことでは、ないでしょう? キャンセルしたものは仕方ないとして、今から出来る仕事があるならそれを成しなさい」
「……それは、その……そうですけど。……でも」
「リュース。キャンセルした予定の中で、これから間に合う仕事は何かしら? 公務は、今日は無いけれど、そっちはどうなの?」
后は携帯端末を操作して公務が無いことを告げた。リュースは慌てて携帯端末を取り出し、予定を見た。
「あ、はい。お后様。(……えっと、
「なるほど。それなら間に合いそうね。……あら? どうかしたの?」
「ですが、今朝からスタジオの機材が壊れたらしく予定は変更になりました。アルナ様に今日、入っている仕事は……夜間、城で行われるパーティー(宴)でのライブ(生演奏)だけです」
リュースと后は、お互いの顔を見て頷いていた。
「……え? ライ……ブ?」
「――ということらしいから今から準備にかかりなさい。『客人』の前で最高の舞台にしたいならね」
そう言うと、后はアルナに目配せをして微笑んだ。アルナは、ようやく状況を理解して笑顔になった。
「はい、必ず! ロイ、リベル。そういう訳だから夜、また会いましょうね」
「うん」
「ええ」
先程、后が「客人」と言うときにロイとリベルを見ながらだったので、二人はパーティーに招かれたのだと理解していた。
「さ、リュース。そうと決まったら、まずは打ち合わせするわよ」
「ああ、お待ち下さいアルナ様――。……お二人とも、急な話でしたが是非、参加して下さいね。それと、今日は城の客室をご利用下さい。手配はしてございますので。……えーと、後は……。まだ時間はありますので街の観光など、いかがでしょう?」
「ありがとうございます。こっちは適当にやりますよ」
「リュースさん、ありがとうございます」
リュースは、にこりと微笑み「ではまた後ほど」と二人に言うと、国王達に向き直り、会釈してアルナの後を追った。
「――国王様、后様。お招きありがとうございます」
二人は、そう言うと礼をした。
「ささやかながら
「リベルさん、ロイ君。では、また。――あ、そうそう。ロイ君」
思い出したように后はロイを呼び、耳元で何か囁いた。
「――はい、分かりました。僕は全然、構いませんよ」
「良かった、お願いね。なんか……ロイ君には、いつも世話になってるわね」
「いえ、僕の方こそ。それでは――」
二人は、深々と頭を下げて謁見の間を出た。
「――感じの良さそうな
「ええ、目に力のある子でしたわね。純粋さと力強さと誠実さと――。でも、同じくらいに悲しさと脆さも感じました。あの歳で、いろいろ背負っているのかも知れませんね」
「ふむ。……ところでスタジオの機材は本当に壊れとったのか?」
「あら? それは本当ですわよ。今朝、情報を得てましたの」
「
「私は、
「儂はやっておらんぞ」
「私だって、そうですよ」
「ふむ。……どうやら、お互い本当のようだの」
「ですわね。――それより、スタジオの皆様と以前、天候不良で延期になった限定ミニライブのチケット(券)を購入したお客様、五十名を招待しておきましたわ。よろしいですわね?」
「うむ。いずれ、それもちゃんとやるなら招待しても問題無かろう。(……リュースより先に手配しておるとはの……。やれやれ、どっちが親馬鹿やら――)」
「何か?」
「い、いや、何でもない」
リベルとロイが謁見の間から出ると、接待係の者が扉の前で待っていて、客室の場所を案内してくれた。二階にある部屋は複数あり、使用していない空き部屋はドアが
どれも、とても豪華な作りだったので二人は
「――こちらがリベル様、こちらがロイ様のお部屋となります。部屋の物は全てご自由にお使い下さい。また、何かございましたら、わたくしに仰せ下さいませ」
二人は、奥にある部屋に通された。リベルの部屋には衣装鞄が既に置かれていた。各部屋にはパーティー用の服なども用意されていた。
ある程度見ると、二人とも部屋の外に出た。
「……じゃあ、僕は施設に行ってくるね。そこで待ってるよ」
「ええ、手続きが終わったら私も行くわね」
「お車か何か手配なさいますか?」
「いや、散歩がてら行くからいいです」
「私も街を見ながら行きたいので、大丈夫です。施設までは、一本道で迷うこともなさそうでしたし」
「左様でございますか」
「じゃあね、リベル。また」
「ええ」
「――では、滞在許可証と駐船場の使用許可証の発行する場所へご案内致します。こちらへ」
リベルは接待係について行き、許可証が発行される場所へ向かった。
城を出ると、街の様子を見ながらロイは施設へと向かっていった。城から離れるにつれて、生活水準の差がハッキリしていった。富裕層、中流階級、下町と、ある意味分かりやすい様子がそこにはあった。
ロイが下町付近に来ると、良い匂いがしてきた。自身も通ったことのある、屋台のお店が見え始めて、活気の良い声が響いていた。昼時に近いためか、馬車で通ったときよりも開店してる店が多かった。
この辺りは、リアーズの施設(ボール)に近いので、そこを案内するとき機会があれば、ここで食べようと、ロイは密かに馬車の中で決めていた。
手続きに、どれくらい掛かるかは分からないが、恐らくすぐには来られないだろうと思ったので、軽く腹に入れることにした。
「(――本格的な、お昼は合流した後で摂るとして……)こんにちは」
「おや? ロイ君じゃないかい? 久しぶりだね」
「おばちゃん。久しぶり」
ロイは、ここの施設に石を運んできたときに良く寄る、屋台の長椅子に座った。半年くらいは町に来ないで自給自足の生活をしていたので久しぶりの外食でもあった。
「何、食べる? 何でも作るよ」
「えっと、とりあえず軽くにしておきたいから……。コレで」
「はいよ。待っててね」
「ロイ」
「え? あー」
「久しぶりだなロイ。元気にしてたか?」
「お久しぶりです、ロイさん」
振り返ると、ロイと同じ年代の男の子と、それより若い男の子が立っていた。
「うん、久しぶりだね。一年ぶりくらいかな?」
「そうだな」
「そうですよ。ロイさん『鉱石夫』の仕事、辞めちゃったんですか?」
「いや、辞めてないよ。ただ、私物化したから解禁されるのを待ってるんだ」
「へえー、俺らの居ないときか。いつも売ってしまうロイがねぇ」
「まあね、初めて所有したよ。蒼い鳥のモンスターだったんだけど、妙に気に入ってね。
「あー、アレな。確かに、持ってる
「もっと、レア度の高いのも多数見つけてるのに……。今、ロイさんほど高ランクを見つける人あまりいませんよ」
「そうなの?」
「そうですよ。サイド、アスター、リッチーの三大鉱石場で、ここ最近レア度9以上出した人は、いませんよ」
「俺達が働くサイド鉱石場はレア度9。アスター鉱石場はレア度10まで、だっけか? 結局、出しても
「契約上、強制トレード(交換)ですからね。……自力で発見すれば良いのでしょうけど――。リッチー鉱石場は、完全に個人運営なので僕らには関係ないですけど……あそこは全部運営者の物にするらしいですよ……」
「うん。噂では聞いてるよ」
「あそこはなぁ……。黒い噂もあるくらいだしな、なんか普通じゃねえよ……」
会話に一段落ついたと感じたのか、おばちゃんがロイに料理を出した。パンに野菜や焼いた肉を挟んだ物と飲み物だった。軽くと言っておいたからか、気持ち少なめになっていた。
他の二人は別のところで食べてきたらしく注文はしなかった。それを食べながらロイは久しぶりに会った鉱石夫仲間と会話を続けていた――。
三大鉱石場には、それぞれ「魔鉱石」を掘る「鉱石夫」がいる。初めての人も熟練の人も、鉱石場で働く人は、そう呼ばれる。
……鉱石場というと物凄く掘り進んでいくイメージがあるが、魔鉱石を探すために掘るのは、主に地面だった。(土を掘る道具で、せいぜい一~二回程度)
もちろん、掘らずに石を集めていく人もいる。(ロイは、このタイプ)やり方は、どの鉱石場でも基本的には自由で、鉱石夫に任されている。
掘っても掘らなくても、石を集めることを鉱石場では「掘る」と呼んでいる。
――三大鉱石場で、最も広いのは、土地の85%を所有しているダイトテクスの「サイド鉱石場」そこで働く人(鉱石夫)は俗に「ダイトー」と呼ばれている。
各鉱石場で待遇なども変わり、それぞれ良い点と悪い点があるが、一般のほとんどの人はここで働いている。最大の理由は、誰でも働けること。ただし低賃金。……それでも一日三食出るので下町や地方などから働きに来ている人は多い。
レア度9以上の高い石を発掘した者は、会社との強制交換になる。
鉱石場の10%を所有しているのは、国の「アスター鉱石場」そこで働く人は、そのまま「アスター」と呼ばれている。
国から交付される資格を持つ者だけが、掘ることが出来る。申請が面倒臭く、許可されるまで時間が掛かり、期間も限られている。しかし、許可された期間内は、希望者への住居の貸与や、高めの賃金、食事は、好きな時間に好きなだけ。――と、好待遇となっている。
レア度10以上は、確実に国(姫)に買い取られ、それ未満は、不要と判断された場合のみ、掘り当てた者の物になるらしい。
ここには基本的に、安定した生活と、高い賃金を求める人が多いようだ。
鉱石場の5%を所有しているのは個人「ヴィクトリアス・ルイネ・リッチ二世」の「リッチー鉱石場」そこで働く人は、そのまま「リッチー」と呼ばれている。
主に男の召使いが働かされている。ダイトーよりは賃金は上。レア度に関係なく、リッチとの強制交換。……鉱石夫を一切募集していないので、ここで働きたい場合はリッチの召使いになるしかない。
しかし、苦しくても「まっとうに」生活しているなら、ここで働こうとは思わない。大なり小なりあるが、ほとんど「ワケあり」な人達が集まっているとの噂だからだ……。
主な三グループで魔鉱石は発掘されているが、もちろん他の場所でも発見されている。三大鉱石場はあくまで出やすい場所ということで、必ず良いモノが出る場所というわけでは無い。
鉱石場の区切りと出入り等は完全に管理されているので、外に持ち出すことも持ち込むことも出来ない。もし、たまたま道で拾った石を施設(ボール)に持っていって、反応しても「鉱石場から持ち出しただろう?」とは絶対にならない。
――鉱石場には、リアーズ施設(ボール)と同様の装置が存在している。各鉱石場によって流れは変わるが、ある程度は、やり方に共通点がある。
それは魔鉱石を掘り当てた者に、まず「所有権」が発生し「モンスター化する権利」が与えられることだ。
鉱石夫は魔鉱石を探すため、ひたすら掘るだけでは無い。――そこから実際にモンスター化(施設では有料。鉱石場内では基本、天引き)して「登録」するところまでが共通項とされている。(モンスター化した時点で、その掘り当てた権利者とモンスターは自動で、登録されるようになっている)
そこで、もし、レア度が強制交換の値なら強制交換となる。(リッチは全部、強制交換)
登録後、モンスターを私物にしたい者は一旦辞めなければならない。(リッチは、私物化を基本的に認めていないので例外)
生活や給与目的ではなく、モンスターを集めるために「即辞め」する者もいるため、鉱石場は意外と人の入れ替わりが早い。……中には、働きに来て、良いモノを掘り当てて数時間で辞めた者もいる。即辞めは子どもや収集家に多い傾向だ。
一度その鉱石場で私物化して辞めた者は「一定期間」経たないと働けない。……解禁されるまでは鉱石場で働けないが、個人的に集めて街の施設でするのは問題無い。
一旦辞めさせるのは、私物化した人物が居続け、取り続けるのが公平ではないからで、期間を設けたのは、すぐに入れないようにするためだ。――鉱石夫の希望者はたくさんいるため、一人が繰り返し「入っては辞め」をしたら不公平。……と、いうことだ。
モンスター化(自動登録)して、レア度の低いモノやレアで無いモノが出た場合は、大抵の人は私物化しないで、雇い主側との「金銭交換」にしている。鉱石場を強制的に出るのは私物化したときなので「売却」を続ければ居続けることは可能だからだ。
ただし、売値は相場より下が通例で、それは強制交換に値するレア度のモノも例外では無い。発見して取引できた鉱石夫は一生遊んで暮らせる。……と、いうわけにはいかなかった。
しかし、一生は無理でも数年は食べていけるくらいのお金になるといわれている。鉱石場によって差はあるが、良く出るレア品に比べれば、かなりの額であることは間違いないので発見することを期待している鉱石夫は多い――。
この国のお金は「クム」という単位で統一されている。一般的な買い物取引に相当する額の一例を挙げると、百クムなら「缶入りの飲料」(コップ一杯分の飲み物)が一つ買える。
ちなみに屋台でロイが頼んだ軽食は四百クムほど。平均的な外食の値段なら七百クム~一千クムくらいだ。
それらを踏まえて、相場はどうなっているか、というと。……レア度9なら五千万クムとなっている。これは「リアーズ市場価格」の平均取引相場だ。
少し豪華な家が、一軒建つくらいの高いレア品も、鉱石場ではだいぶ低くなる。この場合なら五百万~二百五十万くらいでの交換になってしまう。
ある意味、一度に手に入る額としては確かに大きいのも事実……。しかし、どこにも所属してない個人で、こういったレア品を入手できたら……と夢見る鉱石夫はたくさんいることだろう。
~ リアーズ市場価格 平均取引相場額 ~
激レア 人型系 レア度12
出現数 三桁[0]0 不明クム
超レア ドラゴン系 レア度9~11
出現数 三桁[0]15 五千万~一億クム
高レア 四足獣系 レア度6~8
出現数 三桁[0]77 九百万~三千万クム
レア 鳥類系 レア度1~5
出現数 三桁[2]56 十万~七百万クム
激レアは過去一回も出ていないので、値段がいくら付くか不明。幻とも言われており、その真偽は時折、問われたりする。
しかし、リアーズが出た当初から、公式発表で「レアランク表」(希少性の順位を表にしたもの)を正式に出しており、レア度に対して○○系が出るという情報の中には、ハッキリ「激レアのレア度12は人型として現れるようになっている」と明記されている。
当然、リアーズをしている者は、この公式の発表を知っている。……それでも「幻」とか「本当にあるかどうか疑わしい」と口にするのは、あまりにも出ないためだろう……。
超レアは幸運の持ち主や、かなりのお金持ちが主に入手している。公開にすると登録者の情報が分かるので、非公開にして、入手したことに満足している人もいると推測されている。(非公開でも、出現数はカウントされる)ちなみに、アルナは堂々と公開している一人だ。
高レアは、そこそこ運が良く、それなりにお金を持っている人が入手している。公開者が多く、コンテストに出る有名な常連は、この辺りが多い。(コンテストは、レア度のみで決まるものでは無いので、レア度が低くても、レアで無くても優勝する可能性はある)
レアは比較的手に入り、最も頻繁に交換がされているレアランク。当然、公開者も最も多く。コンテスト出場者も多い。総合の出現数で「二百五十六」と唯一、
「……平均は、そんなに変化してないんだね」
会話の流れで、最近の相場の話が出たので、若い男の子が出した携帯端末でリアーズ市場価格の平均取引相場額を三人で見ていた。
「そうなんですよ、ロイさん」
「何だ。ロイ、相変わらず見たりしないのか」
「うん。まあ、その時その時に分かれば良いかなぁって」
「ははは、ロイらしいや。ダイトーの中ではロイくらいじゃないか? 価格の変動を気にしないのなんて」
「――あ、先輩。そろそろ戻らないと」
「お、そうか」
「これから、仕事?」
「まあな。俺が、一発も二発も当ててやるから見てろよ、ロイ」
「うん」
「じゃあ、またな」
「それでは失礼します。ロイさん」
「じゃあね」
二人が立ち去るのを見送ると、屋台のおばちゃんに支払いを済ませ、リアーズ施設へと向かっていった。
――城下町を出て、暖かい日差しと、時折吹く風に心地良さを感じながら、数分くらい歩くと施設に着いた。
ロイは、ズボンのポケットから楕円形の石を取り出すと、施設の手前に複数ある、スキャン装置の一つにセットした。
「さて、どうかな?」
ボタンを押すと、セットしたところから中に取り込まれてスキャンを開始した――。
判定の結果は画面に出ると同時に、下にある二つの箱の「あり」と「なし」に分けられる。楕円形の石は、ほんの数秒で魔鉱石の反応が「あり」となり、その箱に分別された。
「お! やっぱり、そうだった」
箱から取り出して、しばらく石を眺めていると、少し後ろから声が掛かった。振り向くとリベルが小走りで駆け寄ってきた。ロイはそれとなく石をポケットにしまった。
「ロイ、お待たせ」
「うん。終わったみたいだね。……おや?」
「どう? 外出するなら是非ってリュースさんから頂いたの」
「へー、良いね」
膝より少し下まである、ふんわり長めのスカートとトップス(上半身の衣装)は蒼い色を基調としていて派手な装飾も無く、シンプルながら洗練されていた。
「あ、ありがとう」
「僕の『この服』とじゃ、釣り合わないかも」
そう言って、正装では無い「
ロイは最初、城に行くのだから正装にしようと思っていた。しかし、アルナに「普段着でも構わないわよ」と言われたので失礼の無いくらいの無難な服を選択した。……今思えば相談して、もう少し、お
「ふふ、大丈夫よ。ロイ、問題無いわ。――ところで、これが……」
「あ、うん。これに石を置いてボタンを押すと、ここから出るんだ」
「へー、やってみたい。……この石でも出来るのよね」
リベルは、その辺に転がっている石を適当に拾って、ロイの説明通りに装置を動かした。判定は「なし」で、その箱に出された。
結果は残念だったが、リベルは装置の反応を見て喜んでいた。次の石を拾っているときは、まるで宝探しをしているかのように目をキラキラさせていた。
三回ほど自分でやった後、今度はロイに石を手渡して予想して貰った。
「どう? ロイ、この石は?」
「うーん、残念だけど違うかな」
そう言って手渡されると、楽しそうに装置に置いてボタンを押した。
「――すごい。本当に分かるのね!」
「はは」
「……もしかして、この辺の石は、誰かに全部調べられた後なのかしら?」
「どうかな? この辺も竜巻とか多いし、石は意外と流動してるかも。だから、可能性はあると思うよ」
「へー、なるほどね。……あ、そういえばあの石は……」
「うん、実は――。まあ、やってみるね」
ロイは楕円形の石を再びポケットから出した。元々、リベルが来たら実際見て貰うために、もう一回やることは決めてあった。
先に判定して確認した後、一旦しまったのは馬車内でやってみたいと言っていたのを覚えていたからだった。手に持っていたら最初にコレを見ることになるのは間違いない。
そこで、ロイは、まず「なし」の結果を見てからと考えた。いきなり「あり」の結果を見るよりは楽しめるのではないかと判断したからだ。……仮に、リベルが適当に拾ったのが「あり」になっても、それはそれで良いかと思いながら――。
結果的に、その判断は正しく、リベルの楽しそうな様子が見られてロイは良かったと思っていた。ちなみに判定は「あり」でも「なし」でも、後で必ず見せるつもりだった。
「――あ! 結果が……『あり』になったわ。すごい、すごい!!」
「うん、そうなんだ。これは、やっぱり魔鉱石だったよ」
「ということは……、それが確かモンスターとかになるのよね?」
「うん。この前も少し話したけど、詳しくは中で説明するよ。初心者用の『チュートリアル』(使い方の説明)も見られるから、その方が分かりやすいかも」
「へー、親切ね」
ロイに促されて、リベルは施設の中に入っていった。外で見たときは、そんなに大きくないと思っていたが、実際に入ってみると施設内はとても広かった。
昼時に近いこともあってか、人は、まばらだった。……ただ、それもあるが普段の街の施設は、どこも大抵このような状態だった。
混み始めるのは夕方頃で、休日なら朝から少し賑わう程度。各街の施設が朝から混むのは、何かちょっとした催し物があるときやコンテストが近づいてきたときなどだった。
「わー、すごい大きいのね」
「うん。初めての人は大体そう思うよ。僕もそうだったから。――さ、こっちだよ」
ロイは、入り口付近にあるチュートリアルのコーナー(区画)へ向かった。後をついて行くとリアーズの説明が受けられる「ディスプレイ」(情報表示装置)が数台置いてあった。
並んで設置されていたが、仕切りがあるため人の目を気にせず、じっくりと見られるようになっていた。
内容は、初心者用の説明はもちろん、中級から上級者用まで揃っていた。
「とりあえず、初心者用を見れば基本は大丈夫かな……。まあ、見終わって分からないところがあったら聞いて」
「ええ」
リアーズ施設へようこそ
リアーズ施設は各地、各街に一つは設置されています。
(人口の少ない地域等では設置されていません)
施設の前に「スキャン装置」がございます。
まずは、そこで石の判定を行って下さい。(無料です)
その石が判定「あり」となりましたら、
それは「魔鉱石」です。
施設の中に入って
「モンスター化」しましょう。(有料です)
[注意]
スキャン装置に入らない大きさや重さは対象外です。
逆に言えば、対応出来る範囲が魔鉱石の可能性が
高いということです。
リアーズ発表前の過去の検証や
現在の研究や統計データでも、ほぼ間違いないと
確認しております。
スキャン装置は一応、頑丈に作られていますが
限度があります。
決して無理をなさらぬよう、ご協力お願いします。
[警告]
注意書きを破る行為をした場合などに
スキャン装置が「警告」を発することがあります。
再三の警告を無視して、やめなかった場合は
「自動」で「通報」されます。
ご注意下さい。
モンスター化は施設内の「ルーム」という小部屋で
出来ます。
魔鉱石「一個」をモンスター化するのに
「五百クム」掛かります。
モンスター化をすると
「持ち主」と「魔鉱石のデータ」は自動登録されます。
ルームの情報はダイトテクスの大型コンピュータと
常時連動しています。
(リアーズ全ての膨大な量のデータは瞬時に処理され
送受信しております)
不正データなどは存在せず、
ゲーム内の健全な環境をお約束します。
自動登録後は「公開」と「非公開」が選択可能です。
「公開」は全ての「プレイヤー」(参加者)に
持ち主と、そのモンスター化された、
石のデータの閲覧が可能となります。
「非公開」は自動登録でダイトテクスの
大型コンピュータに情報などは行きますが
それ以外は誰にも分かりません。
ただし、レアのランクを問わず
レアなモンスターが出現した場合は
出現数の更新はされます。
非公開の解除(公開にすること)は
いつでも出来ますが、公開にすると
非公開には、二度と戻せません。
公開する際は、ご注意下さい。
モンスター化してから出来ることは、幾つかあります。
……というよりも、そこからが本番です。
仮想データで生成されたモンスター同士が
戦闘を行うゲーム大会「リアーズ・ファイト」
美しさや珍しさを競う「リアーズ・コンテスト」
これらはダイトテクス社が主催して行っています。
それと年に一度、国と協賛で行われる特別な公式バトル
「ムーアスト杯」があります。
優勝者には名誉あるトロフィーと豪華賞品、
そして一億クムという破格の賞金が与えられます。
各大会への応募や登録は公開者のみとなっております。
(非公開のみで所持している方や、
非公開のモンスターでの参加は出来ません)
大会、コンテスト前には各予選があります。
興味がありましたら是非ご応募下さい。
他には、
魔鉱石の「トレード」(取引、交換)も行えます。
トレードは主に――
「魔鉱石と魔鉱石の交換」と
「金銭による取引」と
「譲渡」(じょうと)があります。
ルームにて、それらの行為が可能です。
逆にいうとルーム以外でのそれらの行為は
禁止事項となっております。
……というよりは、完全管理しておりますので
その取引は不利益にしか、なりません。
例えば――
ルーム外で取引をした場合や、誰かが落とした魔鉱石を
たまたま拾ったとしても、ルームでは本当の持ち主が
瞬時に判明します。
それと同時にルームは「ロック」(施錠)され
一時出られなくなります。
その後は、お手数ですが指示に従って行動して下さい。
防犯上の理由により、ご不便おかけしますことを
お詫(わ)び申し上げます。
――ひとまず、基本的なポイントとして、
「既に登録者のいる魔鉱石はルームを介さないと
自分の物にはならない」
と覚えておいて下さい。
リアーズ内での不正は起こりえませんが、
それ以前の行動は参加者である皆様の心持ち次第です。
調査の結果次第では、
(不正な取引で入手(規約違反)したと発覚した場合)
リアーズの全データ凍結やご利用の永久停止等の処置を
させて頂く場合がございます。
詳しくは「詳細項目」か、ルームにて
確認することも出来ます。
最後まで、ご覧になって頂きまして
誠にありがとうございます。
お疲れ様でした。
「……どう? リベル」
「うーん、大体の感じは分かったわ。……全体の流れは、だけどね」
「ははは、みんな最初はそうだよ。大まかな流れが分かれば、後は実践で自然に覚えていくよ。じゃあ、そういう訳で『ルーム』に行こうか」
「ええ、行きましょ」
リベルとロイはチュートリアルコーナーを出て、施設の中央に設置されているルームへと向かった。
ルームと呼ばれているが、正確には「ルームコーナー」の「ルーム」で、一つでは無く複数、置かれている。
それは小部屋くらいの大きさで、外から中は見えず完全な防音になっている。……そんな中で、仮に犯罪が起きたらどうするのか? と思うところだが、防犯上の理由で、中に入った人物の映像は常時記録されている。(ルームの装置の画面などは原則、映さない)
入った人物の映像のみで、音声は記録されないが「軽率なことは出来ない」という歯止めになるため、現段階でトラブルになったことは一度も無い。……これはルームに限らず、この施設自体が、そのような体制を取っているからともいえる。
それらを知った上で利用するため、「プライバシーの侵害だ」(個人的な私生活の領域に、他者が踏み込む)と言う利用者は、今のところ一人もいない。
基本的に、ルームは一人で利用することが多いのだが、二人で入ることも割とある。それは、主に「トレード」のときなのだが、実はそれ以外でも同室することはあった。
それは「ゲスト」(招待客)という機能で、自分以外の相手を招待するものだ。幾つかの設定があるのだが、その一つに「見学」がある。
これにすると、リアーズに登録していなくてもルーム内に入って装置に触ることが出来る。ベテランが初心者に雰囲気を体験させるときによく使うものだ。
――ただ、ゲストという機能は、初心者との利用よりも登録者同士で使われることが実際は多い。その主軸の設定が「非公開鑑賞」と「非公開トレード」だ。
例えば、非公開モンスターの秘蔵「コレクション」(収集品)を見せるとき、見せ合うときに「非公開鑑賞」にする。
前提条件は「純粋に
そして「非公開トレード」これは、鉱石場では当たり前のように使われているのだが、施設ではなぜか中級者以上で説明している。(恐らく言葉の印象が悪いから……と思われる)
鉱石場では「公開」は「禁止」されている。これは鉱石夫が「公開」にして情報開示するのを防ぐためだった。もし、レアモンスターが出て「公開」をした場合、それは「市場」の価格となり、他の参加者からの取引対象になってしまう。
そうすると鉱石場で「安く」買い取れなくなってしまうので、この方法「非公開トレード」が取られるようになった。この設定なら「公開」には出来ないからだ。
もちろん、あくまで鉱石場での「公開禁止」なので「私物化」して辞めた後で「公開」にすれば問題無い。
鉱石場は、魔鉱石を掘り当てた鉱石夫と主に「金銭」で取引をしており、魔鉱石と魔鉱石のトレードは原則無い。
非公開トレードは登録者同士なら、どちらがゲストになっても構わないのだが、鉱石場では鉱石夫をゲストにする形を取っていた。この非公開トレードの対象も「非公開のモンスター」のみなので、公開してあるモンスターは見られないようになる。
施設では非公開鑑賞の後で、取引したい場合に、非公開トレードの設定にするのが一般的で、最初から、この設定にする人は、あまりいないようだ。
その理由の大半は、取引ありきで開始すると交渉の際、平均より高めの金銭や魔鉱石を要求されるからだという。……つまり、足下を見られるということ。「最初からトレードの設定にするくらい、モノが欲しいのだろう?」と思われるのを避けるために、まずは鑑賞から。というのが主流になったらしい。
取引では、公開や非公開は別々に扱われるが「譲渡」なら、それを問わずに相手に渡すことが出来る。……では、なぜ譲渡だけは混合しても良いのか? それは、登録されている魔鉱石のデータ「全て」が相手に渡るからだ。
――処理上、譲渡した者はリアーズの全データが破棄され、登録抹消になり、参加権も永久に無くなる。貰った相手は、単純にデータが新規に増えたということになる。「取引」が存在しないため混合でも大丈夫ということだ。
要するに、貰った相手というのは「自分で発見して登録したのと同義になる」ということ。一つ違うのは公開と非公開の設定だけ引き継がれてしまうことだが、それは後で変更出来るので問題では無い。(公開から非公開にするのは当然、不可)
データ上の譲渡が終わった後は、魔鉱石を直接貰って譲渡は終了となる。……ちなみに譲渡は、俗称で「引退」と言われている。
――それともう一つ「譲渡」には「譲渡予約」というものも用意されている。これは、譲りたい相手と事前に契約を交わしておくと「何かあったとき」に、その相手へ全てのデータが自動的に移行されるものだ。
発動条件は、何らかの理由で、もう参加できないと「明らかに」判断されたときで、主に親子や夫婦や恋人の間で交わしているのが多いらしい。
では例えば、それをしなかった場合のデータは、どうなるのか? 持ち主に「突然の不幸」が起きた場合は? 結論から言うと魔鉱石のデータは登録者から自動的に削除される。
そして、その魔鉱石のデータは「新たに登録した者」の所有物となる。
なぜ、リアーズでは登録者のいわゆる「不幸」が分かるのか。詳細は公表されていないが、それは初期登録時にルームから出される「香水」にあると言われている――。
香水の香りを吸引すると香水成分と同時に体内に「人畜無害の超微細な装置」が入り込む。ダイトテクス内では「体内常駐型[情報収集発信装置]」と呼んでいるようだ。
それは体内を巡り、やがて心臓に辿り着くと登録者の「心音」と、識別するための「遺伝子情報」を常時、ダイトテクスの大型コンピュータに発信していくようになる。喜怒哀楽による心音の変化には一切関知しない。
必要な情報は登録者の心音が止まったことのみで、心肺停止から七十二時間経つとデータは削除され、装置は消滅する。
施設では上級者の方で説明されているのだが、具体的、直接的な説明はせず、簡素に「登録者様に『何か』あり、その状態が三日続いた場合は自動で登録削除されます」となっている。
――ルームへ向かう道中、リベルは改めて施設を見回した。広い内部に、見たことの無い装置の数々、そして高い天井。「娯楽施設にいる」という実感を密かに、噛み締めていた。その歩幅が自然に狭くなってくるとロイもそれに合わせて歩いた。
チュートリアルコーナーから、それほど距離は無かったのだが施設の説明をしたり、そこから少し立ち止まって話をしたりしたので、ルームには普通に歩くよりも遅く着いた。
「……じゃあ、今回は登録しないってことで良いんだね?」
ここに来るまでに、ルームで登録できることを聞いたリベルは、どうせなら手に入れたときにしたいとロイに伝えていた。
「ええ。自分で魔鉱石を見つけたら、そのときに」
「うん、分かった。……えーっと、ゲストの見学にして――。じゃあ入ろうか」
「ええ」
ルームの中は施設よりも落ち着いた明るさで、モンスター化するための装置とディスプレイ画面が二台設置されていた。ロイがその一つの装置の「タッチパネル」(触って操作できるパネル)に触れるとディスプレイ画面に名前が映し出された。
「あ、ロイの名前……」
「うん。登録者は触ると、すぐに分かるんだ。ちなみにリベル、そっち触ってみて」
「え? いいの? ……あ、こっちの画面は『ようこそゲストさん』ですって。へぇー」
「見学の設定にしたからね。この設定にしないで、他の設定のときに未登録者が触ると注意されて、使用していた登録者は一時中断されるんだ。……そのときは、外に出てルームの設定をし直さなくちゃいけないから、やり忘れると少し大変なんだ」
「へー。……もし、ここに入る前の設定自体をしなかった場合はどうなるの?」
「ルーム自体には入れるけど、触ったら『注意』や『指示』が出るよ。未登録者には『登録してから、ご利用下さい』とか、登録者には『設定をしてから入室して下さい』って感じにね。ルームに入っても装置に触れない限りは登録者か未登録者か分からないんだ」
「なるほどね。……仮に、私がロイのパネルに触ったらどうなるの?」
「それは、注意されるよ。『ご利用、出来ません』ってね。ちなみに登録者同士でも駄目だよ。一度認識させた後、他人が自由に操作できたら『無料で取引』とかにして持って行かれる危険があるからね。まあ、『不正防止』だよ」
「確かに、そうよね」
「――さて、それじゃあモンスター化しようかな」
「……私、本当に見てても良いの?」
「もちろんだよ。――まあ、中には未登録者には見せないって人もいるけどね。僕は別にそういうの無いから大丈夫」
「ありがとう。……すごいのが出ても、誰にも
「ははは、それも心配してないよ。仮に話したとしても別に気にしないから、まあ気楽に行こうよ」
「ええ、分かったわ」
ロイはモンスター化の料金を払うため、タッチパネルを操作して「支払い画面」にすると、パネル上部の点滅部分に「カード型の財布」をかざした。電子音が鳴り、五百クムの支払いが済むと魔鉱石を置く台が装置から現れた。
ポケットから石を取り出すと、そこに静かに置いてスキャンを確定するボタンに手を添えた。
「さて、何が出るかな? じゃあ押すよ」
「……なんか、ドキドキするわ」
ロイがボタンを押すと、台を
数秒後、光が消えるとモンスターの結果を発表する画面が表示された。目に見えないくらいの高速で、あらゆるモンスターの映像が流れ、「判定中」となっていた。これは、参加者の期待感を高める演出で、実際の判定は最初の方で、ほぼ終了している。
レア度が高いほど秒数が増えると言われているが、基本「ランダム」(無作為)で、どんなに長くても十秒未満には確定画面が出ると公式も発表している。
やがて、一瞬暗くなった後、ディスプレイ画面は「確定画面」になった。
「うわー、すごーい。本当にモンスターになったわ」
「?! ……こ、れ……は」
モンスター化を見て喜んでいるリベルと対照に、ロイはその場に腰を抜かすかのように座り込んでしまった。
「? どうしたのロイ? あ、もしかして、すごいの出たの?」
「……いや」
「?」
「いや、すごいなんてものじゃ……ないよ……」
「じゃあ、駄目……だったの?」
ロイは、ゆっくりと立ち上がってリベルに向き直った。
「ああ、ごめん。――そうじゃなくて、結論から言うと……すごいのが出たんだ」
「本当? ロイ。おめでとう!」
「ありがとう。……で、思わず取り乱しちゃったけど。――これを見て」
ロイはタッチパネルに触れて、モンスターの詳細を画面に表示させた。そこにはレアランクなどが記載されていた。
「レアランク? あー、レア度の順位ね。――え? これって確かアルナが『いくらでも出す』って言ってた激レア……?」
「うん。今まで出たことの無かった、無いとまで噂された激レア……。そのレア度12の人型モンスターが――。ついに出たんだよ」
「わー、大当たりね! 改めておめでとう!」
「ありがとうリベル。……まだ心臓がバクバクしてるよ」
「ふふふ」
「……さて、とりあえず『非公開』にして……っと。――ん?」
「? どうしたのロイ?」
「え? あ、うん。何でもない」
公開と非公開の選択で「非公開」にしたのだが、そこで少し違和感を抱いた。いつもなら、その選択をすれば完了の表示がすぐに出るのだが、それが遅れたからだ。
しかし、それは激レアが出たときの「仕様」(元々の処理方法)かも知れないし、激レアに限らず自分が出したことの無い「レア度10以上」がそういう仕組みなのかも知れないとロイは判断した。それに加えて、いつもと同じ気持ちでは無かったこともあったから、そう感じただけなのかも知れないとも思った。
「(……やっぱり気のせい、かな)――あ、そうだ! これ見たこと無いよね」
ロイはパネルを操作して「レアランク表」を画面に出してリベルに見せた。
「へー、こんなに種類があるのね。……激レアは……人型。――確かに間違いなさそうね」
「うん。……それと、これ。モンスターの出現数がリアルタイムで表示されるページなんだけど。ほら、激レアのところ『出現数1』になってるでしょ? 少なくとも『バグ』(不具合)や夢では無かったよ」
「ふふふ。良かったわね」
「うん。……ねえ、リベル」
「なに?」
ロイは装置の上の魔鉱石をポケットにしまうと、リベルの目を真っ直ぐに見た。
「リベルが来なかったら、この石は発見できなかったかも。だから……、感謝してる」
「え? そ、そんな。私、私は……むしろ迷惑かけただけ……というか。だから、ロイに良いことがあって本当に良かったなって……。お礼なんて――」
「ははは。……それでも言わせてよ。激レアは……僕も含めて、リアーズに参加している誰もが夢見る、幻のものなんだ。それが手に入るなんて最高だよ。――本当にありがとう」
「ロイ……」
突然の感謝に、最初は照れていたが、リベルはロイの本心からの礼を素直に受け取ることにした。
「――さて、これからどうしようかな。あ! そうだ、お昼ご飯まだ……だよね?」
「まだよ。ロイは?」
「僕は軽く食べたけど、リベルと一緒に本格的に食べようと思ってたから」
「そうだったの」
「――じゃあ、行こうか」
「ええ、行きましょ」
ロイとリベルは施設を出て街に向かった。――道中、リベルは「仮滞在場所」がロイの家になったことを告げると、后から聞いて知っていたロイは快諾した。(……ちなみにアルナは、この事実をまだ知らない……)
街に近づくに連れて、和やかな雰囲気と活気が目立ってきた。しかし、それと同時にリベルとロイの周りで、密かに不穏な空気が漂っていた……。
「――ここの屋台も良いけど、この先に隠れ家的な店があるんだ。そこも美味しいよ」
「へー、楽しみ」
先程、軽食を食べた屋台は満席で、おばちゃんは忙しそうにしていた。ロイは、またここに来るつもりだったが予定を変更して第二候補の店にした。
街の大通りを少し脇に入ると、少し狭い道にずらりと飲食店が並んでいた。
「ここから、もう少し進むと右側にあるんだ――」
歩きながら、隣のリベルに話していると突然、店の脇の道から「手」が現れてロイを掴もうとした。
「?! ロイ!」
それに気付いたリベルがロイを引き寄せると、その手は何も触れず空振りに終わった。すると、その手の主が二人の前にゆっくりと姿を現した……。
――数分前。ちょうどロイが激レアをルームで非公開にしたころ。「二つ」の影が暗躍していた。
「……報告します」
「何だ?」
「たった今、『激レア』が出たとの情報が入りました」
「確かか?」
「はい、間違いありません。『奴ら』も感づいたようで動き始めたようです」
「激レア以外は捨て置いたが……、これだけは渡せん。絶対に手に入れる。――何としてもだ」
「……では早速、行って参ります」
「頼んだぞ」
「はっ!」
「……様。つ、ついに激レアが出ました!」
「なにぃ? 本当かね?」
「ま、間違いありません」
「よし。それで……今回も、ばれておらんだろうな? 『ハッキング』(コンピュータへの侵入)とやらは?」
「もちろんでございます。ワタクシの手に掛かれば大型コンピュータといえど……フヒヒ。普通のより少し
「気付かれておらんなら、細かいことはよい。早速手配せよ。いつもより、強引でも構わん。絶対に連れてまいれ!」
「は、はい!
暗躍する影達の狙いは、ロイの持つ激レアの魔鉱石だった。リアーズのゲーム自体は確かに「完全管理」でデータの不正が無いし、出来ない。……しかし、登録者の個人情報は、その筋の者が侵入して「盗み見る」ことが出来たようだ。
「疑問点」もあるが、リアーズのレア絡みの闇ルート、取引、犯罪などが裏社会であるのは、このためではないかと推測されている。
疑問点というのは、革命的なゲームを作り、ゲームデータを完全に管理している会社が「見るだけ」とはいえコンピュータへの侵入を許している点だ。
なぜ、その部分だけ完全では無いのか?
「セキュリティホール」(侵入できる穴)を
完璧に防ぐ
仮に完璧が無理ならば、それに近い程度の
強固さには出来ないのか?
――と。……確かに、一般的な「セキュリティ」(防犯設備)よりは少し上だが、これだけのものを作れるのならば……という思いが浮かぶのは当然といえば当然だろう。
リアーズの「闇の部分」について警察はもちろん、国の特別な機関も捜査はしているが実態は、あまり掴めていないのが現状らしい。狙われるのは「非公開の、高めのレア品の所持者」のみでネットワーク上はもちろん、実際にも、ほとんど痕跡を残さないからだ。
ただ、様々な推測や
「……ロイ、大丈夫? ごめんね。急に引っ張って」
「いや、平気だよ。……一体どうしたの? ん? あの人は?」
ロイは、リベルが警戒している視線の先に目をやった。そこには、黒を基調としたスーツに黒いサングラスを掛けた男が、じっと黙って立っていた。
「……一応、聞くけど。ロイの知り合いでは無いわよね?」
「うん。――リベルの知り合いでも……無さそうだね」
黒服の男は、しばらく様子を見ていたが、やがて口を開いた。
「――石を持っているな? 一緒に来て貰おうか」
先程、拉致するかのように手を出したときとは打って変わって、口頭で自らの意図を告げた。淡々とした口調の中にも威圧感があった。
「急に襲われた後で、ついて行く人がいるとでも?」
「――気の強いお嬢さんだな。だが、まあ……そりゃ、ごもっとも」
張り詰めた空気の中、黒服の男は「腕時計型の通信機」で何かを合図していた。リベルは、直感的に「仲間への連絡」「複数……いる」と判断した。
ロイも、ただならぬ雰囲気を感じ取っていた。魔鉱石を「渡さない」そんな意思が働いたのか、ポケットの「ファスナー」(留め具)を閉めて何度も手で確認していた。
連絡の最後に、男は「やるぞ」と伝えると、腕を下ろし、こちらに向かって走り出してきた。それとほぼ同時にリベルとロイは男に背を向けて走った。
「ロイ!」
「うん。逃げよう!」
二人の意思は同じで、言葉と連動して体も自然に動いていた。このまま大通りに出るため、来た道を走っていると「直感」は当たってしまった。手前に「同じ格好をした男」が待ち構えていたからだ。
「おとなしく捕まれー!」
「ロイ! 合図するから手前で左に行って! 私は右に避けるから」
「分かった」
「――今よ!」
突進してくる、巨漢の男の目の前で左右に分かれて二人は見事にかわした。大振りで勢い余って倒れた男を
「……おい! いつまで寝てるつもりだ? 起きて追うぞ!」
「り、了解です。兄貴」
倒れ込んできたせいで、進路を妨害されて
この「ロスタイム」(無駄にした時間)が、リベルとロイに好都合に働けば良かったのだが「直感」は更に当たってしまった。
「――街の中央に行って警察に……」
「見て! ロイ」
リベルに言われて周りを見ると、何人か似たような人を見かけた。目が合ったのか、何らかの指示があったのか、二人に向かって一斉に寄ってきた。――それと同時に、街の「大画面」から大音量の音楽と映像が流れた。何かの広告のようで、それは何度も繰り返されていた。
「うわ? な、何なの、この音?」
「なんだコレ?」
「! ……助けを呼ばせない気ね?」
「――まずい、逃げよう」
ロイがリベルの耳元で逃げることを伝えると、街の外に向かった。耳を
二人が街から出た後で「騒音」はピタリと止み、音声について、お詫びの言葉が繰り返されていた。……どうやら、この音は先程の黒服の指示通りらしい。
大画面を数分間、使用すると「かなりの金額」が掛かるのだが、それを簡単にやってのける黒服。――その背後には「大物」がいることを暗に示していた。
町から離れて、
右側は川が流れ、左側は小高い丘があるため左右への展開は望めそうに無い。幸いなのは、後ろの追っ手が、まだ姿を見せていないことなのだが……当然、戻るわけにはいかない。
――諦めたのか? 振り切ったのか? ただの追い込み役だったのか? 周りを見ながら考えていたリベルは、ロイが息を切らしていて振り切る力が無さそうなのも考慮した。
追ってこない理由はともあれ、多少の猶予はあると判断したリベルは、地面に落ちていた「棒切れ」を拾って軽く振るとロイに伝えた。
「ロイ、少し休んでて」
「はぁはぁ……。え? リベル?」
少しずつ歩み寄ってきた黒服達の前に進み、リベルは堂々と
「嬢ちゃん。何の
「まさか、そんな棒切れを武器に俺達とやろうってわけじゃ……あるまいな?」
「……彼から。手を引いて、頂けませんか?」
「ああ? ガキの遣いじゃねえんだ! 邪魔するなら嬢ちゃんもタダでは済まねえぜ?」
「――そうですか。では、みなさんに伝えたいことが『三つ』あります」
「何?」
「ひとつ。彼は私の恩人ですので、守らせて頂きます」
そう言うと、リベルは棒切れを使って自分の手前に線を引いた。
「ふたつ。警告しますが、この線を越える攻撃や、越えて襲いかかってきたら正当防衛を取らせて頂きます。良くある方法ですが……確かにしましたよ」
「くだらん! ガキの『
黒服の一人の言葉を
「みっつ。先程これを『武器』と仰いましたが……私が使うと『凶器』になるので使いません」
地面にポイと投げ捨てると黒服が一斉に襲いかかってきた。
「――ガキが! なめんじゃねえ!」
「
総勢五人の黒服が「線」を越えてリベルに襲いかかった。
「……越えましたね?」
確実に越えたことを確認すると、リベルは黒服に背を向けずに後ろに軽く
――しかし、その瞬間リベルは空高く、宙を舞った。見上げるほどの高さに、黒服も思わず「あ然」としていた。
軽やかに飛び、滞空時間も長く美しい。少し離れたところから見ていたロイも、その姿に
高い跳躍と長い滞空時間は空中技が「エイン流体術」の根幹だったからで、この星とリベルの住む星との、重力差によるものでは無かった。
やがて空中で姿勢を変えると、急降下して黒服達の背後に回った。慌てて振り向いた黒服達の
エイン流体術は、空中からの攻撃や足技が基本なのだが、鍛えられた脚力で「速さ」を
地面に倒れている黒服達に一礼するとロイの元に向かった。体力が少し回復したのか、ロイも側に寄ってきた。
「……リベル。無事だった? ――それより、いろんな意味でビックリしたよ」
「心配かけて、ごめんなさい」
「いや、まあ……。良いけどね。結果的に大丈夫そうだし……。それにしても、すごいね。武道、やってたんだ?」
「ええ、一応……ね」
「そっか。――そういえばアルナも護身術を習ってたな……。星は違っても、そういうのは共通なのかな?」
「さぁ……どうかしらね? 少なくとも身を守る術は覚えるのかも……」
「へー、なるほど」
ロイは少し進み、黒服達を見ながらリベルに尋ねた。
「この人達……大丈夫かな?」
「……! ええ。少しすれば、目覚めるから大丈夫よ」
「そっか、それなら良かった。……リベルは優しいね」
「え?」
「この人達のこともそうだけど、街で逃げたのは、なるべく被害が出ないように考えてくれたからなんでしょ? 少なくとも僕は、そう思ったんだ。……だから優しいなって」
「え、いや、そ、それは……。当たり前のこと……というか、何というか……。だからそんな……改めて言われると、その……照れるというか、なんていうか――」
リベルが街で「逃げる」ことを選択したのは、ロイの言うとおり被害を出さないように配慮したからだった。……自分が気をつけても、戦えば相手が他の人を巻き込んだり、物を破壊したりする可能性があるからだ。
――ただ、戦闘を避けたのは戦術的な面もあった。それは「
狭い場所と死角の多い所では、伏兵や仕掛けが仕込まれている可能性がある。一人なら構わないが、仲間や保護する人物などがいる場合は極力避けた方が良いと考えていた。
大通りに出てからは逃げるしか無かったが、……そもそも「戦う」という選択肢はリベル自身には基本的に無い。人に対して、できるだけ危害を加えたくないので、戦わないで済むなら戦わないことを旨としているからだ。
「――ははは、そんなに照れなくても。……誇れることだと思うよ、僕は」
「ロイ……」
優しいと褒められ、照れていたが「誇れること」と言われたとき、不思議と心の中に染み込んだ。恐らく、自分を狙ってきた相手をも心配する、ロイの深い優しさに、心を打たれていたからだろう。
その人物から、自身でも気付かなかった部分「本質となり得る部分」を見出されて、認められたことが、素直に感じ取れた理由なのかも知れない――。
「……じゃあ、行こう。連絡が取れるところまで」
「え、ええ」
二人が移動をしようとしたとき、頭上から何かが落ちてきた。
「わ?」
「な、何コレ?」
それは広範囲で透明の捕獲網だった。リベルは「しまった」と思った。多少の油断が無かったか? と問われればあったかも知れない。人影ばかりを気にしていて遠距離からの襲撃を甘く見ていたことに後悔した。
脱出を試みている間に、後ろから黒塗りの大きい車が近づいてきた。屋根の上には捕獲網を放った男。最初に出会った巨漢の黒服が、網を射出した円筒状の砲身を肩に載せ、誇らしげに乗っていた。
倒れている仲間の手前で止まると、中から複数の黒服と「兄貴」と呼ばれていたリーダー格が現れた。黒服達は、仲間のところに数人残すと二人のところに駆け寄った。抵抗する二人を取り押さえて口を塞ぎ、手足を縛ると網を回収してロイを車に運び込んだ。
倒れた仲間達の元に残った者が「兄貴」に報告した。
「――気絶しているようです」
「ああ、そのようだな。慎重に運べ」
「は!」
「――しかし、子ども相手に情けない奴らだ。……いや、そうとも言い切れんか」
リーダー格の黒服は、もがいているリベルに近寄った。
「……やったのは、お嬢さんだろ? 強いのは気だけじゃ無かったようだな。最初から動きが素人では無いとは思っていたが……ここまでとはね」
手の空いた黒服が側に来て指示を
「兄貴、この
「このお嬢さんも一緒に連れて行く。使えそうだからな。……丁重に扱えよ? もし、危害を加えたら……、分かってるな?」
「は! 心得てます!」
「よし。――他の連中にも伝えとけ。……特に目覚めた奴らにな」
「了解です!」
リベルは二人の男に担がれて車へ乗せられた。リーダー格が周りを気にしながら最後に乗り込むと、やがて町外れに消えていった。
――二人が網に捕まったころ、小高い丘の上に一台の赤い「オープンカー」(屋根の無い車)が静かに止まった。透明の網の反射した光に気付き不審に思ったからだ。
その持ち主の女性は、光を見た際にずらした、薄めの黒いサングラスを掛け直すと「何かある」と思い、車を降りて見つからないように崖の手前へと進んだ。
値段の高そうな黒いスーツが汚れることを気にも
「……ちっ」
子どもが取り押さえられて、身動きが取れない状態になったのを目の当たりにすると軽く舌打ちした。しばらく動向を見た後、気付かれないようにゆっくり車に戻ると「一足、遅かった……」と呟きながら「消音器付きの狙撃銃」を取り出した。
それから、先程の位置に戻ると銃を構えて、じっと待機した。……やがて黒塗りの大きい車に全員が乗り込みエンジンが掛かると、狙いを付けていた屋根に向かって発砲した。命中すると、玉は音も無く破裂して粘着質の塊になった。
女性は携帯端末を手に持つと操作して、この辺の地図と光の点滅が出る画面を見ていた。粘着質の塊の中には発信機が仕込まれていたらしく、その動作確認をしたようだ。
車が去った後も、正常に作動しているのを確認すると自分の車に戻り尾行を開始した――。
黒塗りの大きい車が走り出してから数十分後。リベルとロイは目隠しをされて、大部屋の中にある、
小部屋に入れられてから、しばらくすると「コツコツ」と二つの靴音が聞こえてきた。大部屋のドアが開くと、兄貴と呼ばれていた黒服のリーダーと背が低く太った男が入ってきた。
「――おい」
「は!」
何かを指示されると、黒服はロイ達の小部屋に入り、目隠しと口を塞いでいた粘着性のテープを外して、太った男の元に戻った。
「初めまして……かな? ロイ君。そしてお嬢さん。私の名前は『ヴィクトリアス・ルイネ・リッチ二世』名前くらいは、聞いたことがあるだろう? まずは、部下が手荒な真似をした非礼を詫びよう。すまなかったね」
「……これは、どういうことですか? 非礼を詫びると仰るなら、なぜ解放してくれないんですか?」
「ぶはははは、なかなかに肝が据わっておる。――それは今後の君次第だよ、ロイ君。……そう、解放するかは『この』魔鉱石の交渉次第」
「――! ……どうして、情報が分かったんですか? 僕は、確実に非公開にしたのに」
「ぶはは。それはコンピュータにハッキ……」
「リッチ様」
ハッキングしたことを思わず話そうとしたリッチを黒服が制した。
「おほん。……まあアレだ。――企業秘密とでも言っておこうかね……。さて交渉に入ろう」
「彼女を、まず解放して下さい」
「ロイ……」
「残念だが、それはできんな。話は聞いておるぞ。……よもや、無関係とは言うまい? 彼女を気にするなら、それ相応の答えを期待しているぞ」
「それは脅しですか?」
「さあね、どう受け取るかは君次第だよ。ロイ君」
「……」
「十億クムを出そう。加えて慰謝料、口止め料として各一億。総額、十二億クムでどうかね?」
「……駄目ですね」
「むう、流石に幻と言われている魔鉱石だからな。では、総額二十億……」
「お断りします」
「なぜだ? 確かに……百億クム以上、出しても良いという奴らをワシは知っておるが……。君が一生遊んで暮らせる額だぞ? 何が不満なのだ?!」
「――リッチさんの『黒い噂』は本当だったんですね。こんな真似されて、裏取引だなんて……。とてもじゃないですけど受ける気になれません」
リッチの顔が明らかに不機嫌な色に変わっていった。
「……小僧、調子に乗るなよ? 幻の魔鉱石を引き当てたお前に敬意を表して、穏便に済まそうと考えていたんだぞ? このまま、交渉決裂で良いのか?!」
「何と言われようと、僕の気持ちは変わりません」
「――じゃあ、仕方ない。子どもはやらない主義だったが……『コレ』で済まそう」
内ポケットから銃を取り出すとロイに向けた。
「ロイ!」
「お前を片付けた後で、この石はワシの物にする。そうすれば良いだけのことだからな」
「……」
リベルが声を上げる中、ロイは黙ってリッチの目を見ていた。
「――強情な小僧だ! 本当に死にたいのか? ……そうか、分かった。やはり、お前みたいなタイプは自分より他人が大事なんだろう?」
リッチは銃口をリベルに向けた。
「?!
ロイが激しく怒りを表すとリッチは、してやったりと頬を緩めた。
「では、言うことを聞くか? 本来なら再交渉はしないんだが……情けを掛けてやろう。だが、これが『最後通告』だぞ。……金額は大幅に下げるが取引に応じるか?」
最後という言葉を際立たせるため、リッチは「
「ロイ、私のことは考えなくて良いから」
「お前は黙ってな。――さあ、返事を聞こうか」
「……分かっ――」
「! ロ……」
決断する言葉を最後まで発しようとし、リベルがそれを思いとどまらせようと声をかけようとした瞬間。けたたましく警報が鳴った。
「何事だ?」
リッチと黒服は天井を見上げたり、周りを見回したりした。すると大部屋のドアが少し開いて「発煙筒」が投入された。
「な?!」
「リッチ様!」
投げ込まれた発煙筒から遠ざけるように、黒服はリッチを引っ張り、かばった。
「なんだ? ば、爆弾か?」
「いえ、こ、これは催眠剤……入り……の――」
「り、リベル――」
「ロ……イ……吸っては……だ……め――」
大部屋の中に薄い煙が行き渡ると全員が眠りについた。そこから、しばらくしてドアが完全に開くと高価な黒いスーツを着た女性が「ガスマスク」を着けて現れた。女性は手に
――黒服とリッチの側に寄り、寝ているかを慎重に確認すると、リッチから「魔鉱石」を取り上げ、黒服から小部屋の鍵を取り出した。
魔鉱石を上着の内ポケットに入れて拳銃をしまうと、二人を小部屋から出して拘束を解いた。怪我とかが無さそうなのを確認すると、ガスマスクの中で微笑んでいるようにも見えた。
「……さて、と」
ぽつり呟くと、女性は黒服とリッチを拘束して小部屋に押し込み鍵を掛けた。大部屋の片隅にあった机の上にその鍵を置くと、ポケットから「小型の音声録音機」を取り出して再生ボタンを押した。
リッチが裏取引を仕向けているところや脅迫している音声が取れているのを確認すると、机の上に置き、ロイとリベルを一人ずつ抱えて赤い車に運び込んだ。
二人を乗せた赤いオープンカーが走り去ってから数分後。人里離れた山奥にある、リッチの「アジト」(秘密の隠れ家)に警察達が到着した。これは女性が侵入前に連絡しておいたからだった。
警察達が、現場に到着する前――。黒塗りの大きい車が「アジト」で止まると、尾行していた女性は、少し離れた場所で車から降りて様子を見ることにした。
ポケットから双眼鏡を取り出し、崖の下でロイとリベルが連れ去られるときと「同じように」しばらく動向を見ていた。
「……なるほど、あんな所に……。入り口は……あそこか……。ん? あれは……」
二人を運び終えた後、別の方向から一台の高級車が現れ、中からリッチが降りてきた。
「! リッチ……早いな。道中の車内で連絡してあったか……。――しかし、奴はまずいな」
双眼鏡で見るのを止めると、その中から小型の「メモリーカード」(カード状の記憶装置)
を取り出した。女性が持っていたのは「録画機能」が付いた双眼鏡で、動向を見ている際に同時に録っていたようだ。
車に戻ると、車内の「ダッシュボード」(運転席前面の付近)に内蔵されているパソコンにカードを差して操作した。カードの録画データを「どこか」へ送信し終えると、取り出して双眼鏡に戻し、ポケットにしまった。
それと同時くらいに、女性の持つ携帯端末が振動した。通話状態にして、耳元へやると男の低い声が聞こえた。
「――データは受け取った。その場所も把握したから警察と一緒に……」
「そうか、じゃあ『後片付け』は頼んだぞ」
「我々を待たないのか?」
「ああ、待たないし『待てない』な。リッチが噂通りなら子ども達が心配だ」
「……分かった。一任しているから、これ以上は言うまい。――油断するなよ」
「ああ。……何か『収穫』があれば置いていく」
「了解した。無事を祈る」
通話を切り、携帯端末を「サイレント」(音なし)に設定すると後部座席に行き、消音器付きの拳銃や道具を鞄から取り出して装備した。
「さて、行くか――」
移動しながら女性は、様々な状況を想定していた。
「(……ここは、木々が光を遮って昼間でも薄暗い。アジトのドアが開いたとき、電気が付いていなかったことと、リーダー格やリッチが来ても、中から一人も出てこなかったことを考えると、アジトには誰も居なかったと考えて良いだろう……。そうすると総勢十二人ってところか。伏兵の線は……薄いかな。仮に倍くらい潜んでいたとしても……まあ、何とかなるだろう――)」
女性はまず、アジトの裏側から探ることにした。すると裏口に一人、見張りが居たので静かに「
「(――窓が無いから中の様子が分からんな……。だが『室外機』が一つだけ横にあったから、『空調装置』は大広間用のやつで、部屋も恐らく仕切りの無い感じなのだろう……。『アレ』を使うなら二本だな……)」
表側に来ると、見張りは最初に見たときと変わらず二人だった。入り口のドアを挟んで、会話しながら立っていたので「こめかみ」を素早く撃って沈黙させた。
黒塗りの大きな車と、リッチの乗ってきた高級車の中を確認したが誰も居なかった。周りに人の気配も無かったので、女性は突入するため入り口に近づいた。
――このアジトは中の音が漏れにくい構造だったが、入り口付近ではドアの隙間のためか、僅かに話し声が聞こえてきた。
女性は、倒れている見張りから素早く鍵を探すと、一呼吸置いて耳を傾けた。
「……リッチ様、兄貴しか連れて行かなかったな」
「いつものことだ」
「あ、お前初めてか? ここに来たの」
「そうだよ。悪いか」
「別に悪くは、ねえけどよ……」
「あーあ。俺も、地下に一緒に行けるくらい出世したいぜ」
「お前じゃ無理だろ」
「何だと? ……まぁ、否定はしねえよ。信頼を勝ち取るのって難しいよな」
「まあな……」
「――お前達! あまり、だらだらしてるなよ」
「そうだぞ、待機するのも仕事の内だぞ!」
「り、了解です――」
女性は意識を集中して、話し方や声や言葉遣いなどから人数を絞った。
「(……五人。いや、後から注意した二人を入れて……七人か?! とにかく、地下に二人行ってるなら好都合。裏口も考えたが……ここで、ほぼ片付くな――。よし)」
背中に掛けていたガスマスクを取り、サングラスを外して上着の内ポケットにしまうと、慣れた手つきで装着した。それから、ベルトに差し込んでいた「催眠剤入りの発煙筒」を二本取り出すと、アジトのドアの鍵を開けて中に放り込んだ。
「ん?」
「何だ?」
「お、おい! け、煙が」
「な、にが……。起きて……や、がる……」
入り口のドアを押さえながら中の様子を窺っていた女性は、声や足音が途絶えたのを確認すると警戒しながら中に入り込んだ。
「……よし、『七人』全員眠っているな。……地下は、あの階段からか――」
階段を静かに下りて、地下の大部屋のドア前に来ると、
「(……これは、驚いたな。――普段から完全に閉めないだけか? それとも、何か理由があるのか?)」
女性は、瞬時に様々な理由を考えた。「敵が来ないという油断」「勝手に入ってこない部下への信頼」「単純な閉め忘れ」「何らかの故障」「立て付けが悪い」……もし、故障や立て付けが理由だとしたら、音がする可能性があるので、開けて中の様子は見ない方が良いだろうと判断した。
考えがまとまると、女性はポケットから小型の音声録音機を取り出し、会話を録音し始めた。
「……どうして、情報が分かったんですか?
僕は確実に非公開に――」
注意しながらも、しばらくの間やりとりに耳を傾けていると、リッチが発砲手前の段階に入った。
「(様子を見すぎたか? いや、まだ発砲はしないだろう……。だが返事次第では――)」
女性は音声録音機をしまうと、発煙筒の用意をしてドアに手を掛けた。「……よし」と心の中で呟いて開けようとしたとき、予期せぬことが起きた。
それは、アジト内に警報が鳴り響いたことだった。上の階の空調装置が故障して煙を上げ、近くに設置された火災警報器が感知したからだ。
「(警報? どういうことだ? ……いや、今はいい。逆に好機だ!)」
女性は疑問を振り払い、ドアを少し開けて発煙筒を投入した。そこから充分に行き渡るくらいの間、ドアを押さえ続けると物音が完全にしなくなった。
「(……よし、もう良いだろう。――しかし、ドア……きつかったな。立て付けだったか)」
開けるときにきつく。押さえているときに完全に閉まらなかったので、ドアへの疑問は、目に見える形で解決した。
「(――これは火災警報だな。だが、なぜだ? この薄い煙では感知しないはず……。念のため確認しておくか)」
女性は警戒しながら上に戻った。……そして、空調装置から煙が出ているのを確認すると納得した。
「(なるほど。発煙筒の煙を吸って壊れた……ってとこか。――確実性を増すためだったが、二本使わなくても良かったかな……。いや、見たところ形式も古そうだから……関係ないか)」
女性は、そんなことを思いながら警報器を止めて、空調装置の主電源を抜いた。煙は少しずつ弱まり、やがて完全に収まった。
「(……ひとまず、発火の心配は無さそうだな。さあ、地下へ戻ろう――)」
女性は下に戻ると「収穫」を残し、二人を解放して赤い車に運び、やがて去って行った。
「――さて『後片付け』を開始するか」
女性から連絡を受けて駆けつけた、声の低い男が呟くと、一緒に来ていた警察の一人が現場を見て声を上げた。
「こめかみに一発ずつ……即死ですね」
「……お前さん、若いな。新人だろ?」
「はい! ……そうですが、何か……」
「よく見なよ、寝てるだけだから」
「え? だって血が……」
「それは彼女の仕業さ。わざと『
「――本当だ。……呼吸してる」
「催眠剤入りの特殊な弾さ、彼女特製のな。当たると薬剤が『はじけて』皮膚から体内に吸収され数秒で眠ってしまうんだ」
「へー。それは、すごいですね。でも、それだけ強力だと副作用とかが……」
「それが、ビックリするぐらい無いんだ」
「え? なぜ、ご存じなのですか?」
「実体験済み……だからさ」
「……そう、でしたか」
声の低い男は遠い目をして言葉を濁らせた。若い新人も「何か」があったと察したのか、それ以上は聞かなかった。
「……さ、分かったら気をつけて運んでくれ」
「は!」
声の低い男が入り口で指示していると、男の仲間が、女性の「収穫」を持ってきて渡した。耳を傾け、内容を確認すると非常に喜んだ顔をした。
「……収穫どころじゃない『大収穫』じゃないか」
寝ている黒服を運んだ後、先程の新人が側に寄ってきた。
「全員、運び終えました」
「お、ご苦労さん」
「……何か良いことでもありましたか?」
「まあな、彼女が良い『置き土産』をしていってくれたんだ」
「そうでしたか。……そういえば、なぜ、その方は我々と合流されなかったのですか?」
「その件については、悪いが話せないんだ。……ただ、彼女に任せとけばきっと上手くいく。そんな気がするのさ。『他人任せ』と言われれば、それまでだけどな」
「いえ、信頼されてるんですね。……なんか、そういうのって憧れます」
「信頼……か。(仕事ではあっても、私事では無いかもな……)まあ、何にせよ……これから忙しくなりそうだ。じゃあ、そろそろ行こうか」
「は!」
車に乗り込むまでの間、声の低い男は女性の働きについて考えていた。
「(――少年は、魔鉱石の所有者だから連れて行かないと不自然だとしても、お嬢さんの方はどうなんだ? 我々が保護しても良かったのでは……。『何か』あるのか? ……いや、リッチと同じように『交渉材料』として連れて来いと言われた……ってとこか)」
「よろしいですか? 出発しますが」
「あ、ああ。頼む。(――彼女が、あちらに『寝返った』可能性はどれくらいだ? お嬢さんを『ただの都合の良い道具』にしか見ていない可能性は? ……はは、それは無いか。いかんな、どうしても疑う癖が出てしまう。……また怒らせて撃たれるのはゴメンだ)」
声の低い男と警察達はアジトを後にした――。
「……え? 女の子も一緒にですか?」
リベルとロイを乗せて、アジトを赤いオープンカーで立ち去る前、女性は携帯端末で通話をしていた。設定を「サイレント」から「ドライブ」(運転中)に切り替えようとしたとき、履歴が残っていたので掛け直したからだ。
その通話の相手が、リベルも連れて来いと言ってきたので、女性は少し驚いていた――。
「そうだ。……あれから登録者のデータを見させて貰ってな。施設やルームの映像も見たんだが、親しそうにしていたよ。要は――」
「……! 『使える』……と?」
「まぁ、そんなところだ。異論はあるまい?」
「は! ありません」
「……ところで、どれくらいで戻る予定だ?」
「少し家に寄って着替えてから……出来ればシャワーも浴びたいのですが、よろしいですか?」
「珍しいな、君が汚れたのか? 流石にリッチ達とは激戦だったか」
「……はい」
「――別に構わんが、逃げられるなよ」
「それは大丈夫です。そちらに着いてからでも、しばらくは目覚めません」
「君が、そう言うのならそうなんだろう……分かった。待っているぞ」
「は!」
携帯端末をしまうと、二人を乗せるために後部座席から下ろした鞄や道具を「トランク」に移すことにした。「
荷物をしまいながら、女性は考えていた。
「(――個人情報の閲覧……。女の子は交渉材料に……か。世間では、リッチが一番の『闇』といわれているが……。じゃあ、うちのボスはどれくらい深い闇を持っているんだろうな……)」
トランクを閉めて、サングラスを指先で押さえると、後部座席のドアを開けてリベルの膝に上着を掛けた。
「今度、膝掛けぐらい用意しておくか……」
そんなことをぽつり呟くと運転席に戻り出発した。ロイとリベルは完全に眠っていて、女性が言うとおり起きる気配は無かった。
赤い車に揺られながら、リベルは「夢」を見ていた――。
リベルが見た夢。それは惑星エインの国王時代が終わり、初代女王に代わって間もなくのころのモノだった。
「――初代女王! エルーカ様! これ、コレなんかどうでしょうか?」
一人の鉱石夫が、手に「特殊希少鉱石」の「エインフリィ」を持って駆け寄ってきた。
「……どれ、見せて下さい。――うーん、形が今一つ……ですかね」
「そうですか……分かりました。次は、きっとお気に召す物を探してみせます」
「お願いしますね。私も頑張りますから。あ、一応コレは頂いておきます」
「は、はい!」
初代女王「エルーカ」は、エインフリィが一番良く採掘される現場に来ていた。17歳という若さで、初の女王となった
「エルーカ様」
護衛兼付き人の女性がエルーカに迫った。
「はい? 何でしょう」
「国王時代から女王時代へと変わり、新しい象徴にするために探すのは分かりますが……。エルーカ様自身で探さずとも良いのでは――」
「あら? こういうのは、自分で探すのが大事なんですよ。もちろん良さそうな物があれば、誰が発見した物でも構いませんけどね」
「まあ、そう仰るなら――。しかし、なぜエインフリィなのですか? 基本的には、お持ちの品物などで良いと聞いてますが……」
「そうですね……。やはりこの鉱石が、この星の発展に多大な貢献をしたからですかね。今後の発展も祈って、新たな象徴にしようかな……と思ったのです」
「そうでしたか。
「わかりません」
「……え?」
「何というか……、コレだ! って感じた物にします」
「な、なるほど。直感ですか……。(これは、なかなか決まらないかも……)」
「――あら? あれは何でしょう?」
「どうされましたか?」
エルーカの視線の先に護衛が目をやると、宇宙船と思われる飛行物体が、こちらに向かってきていた。
「! ……あれは、落下しているのか? 女王様! こちらへ!」
「え、ええ」
「全員! 待避しろ!」
護衛の声に気付いた鉱石夫達は、落下してくる飛行物体に気付いて避難した。全員が安全な距離を取ってから、しばらくすると飛行物体は地面を擦りながら不時着した。
「……あの宇宙船、我々の星のものではありませんね」
「中の方は無事でしょうか?」
「あ! 女王様、お待ち下さい」
エルーカは、宇宙船の中にいるであろう人物の安否を確かめるため飛び出した。護衛は慌てて後を追った。
個人用の大きさの宇宙船は頭と後ろが円錐のようで胴体部分は翼の格納が出来る円筒型だった。半球型の屋根は透明になっていて中を
エルーカは翼に乗り、背伸びをして内部の様子を探った。
「あ! 人が……気を失っているようですね」
「はぁはぁ……。女王様、ここから先は私にお任せ下さい」
エルーカが覗き込んで確認した後で、護衛が追いついた。
「もう手配しました。城に運ぶようにと」
そう言うとエルーカは、手に持った小型の「通信機」を護衛に見せた。
「……そ、そうですか。流石でございます」
手配後、宇宙船と気を失った人物は城へと移された。乗っていた人物は、男性一人で怪我は頭を打った際に出来たと思われる傷がある程度だった。……傷自体は、それほどでも無いが、男の意識の回復には、少し時間が掛かった。
――男が目覚めるまでの三日間。エルーカは公務の合間を縫って様子を見に来ていた。時には汗をタオルでぬぐったり、包帯を換えたりと看病することもあった。護衛からは「周りに任せては?」と言われたが、最初から関わった限りは放っておけないので見届けたいと通い続けた。
エルーカは面倒見が良く、自分で出来ることは基本的にやってしまう性格だった。護衛や周りもそれを承知していたので、それ以上は口を出さなかった――。
四日目、エルーカ達が訪れているときに、男は目を覚ました。
「……あら? お目覚めになりましたか?」
「ここ、は? あなた……は?」
側にいた護衛が、これまでの経緯と、この星の情報などを話すと男は感謝して礼を述べた。
「そうでしたか、あなた方が……。ありがとうございます。私の名は『フィリエ』です。惑星文化レベルSクラスの『
「……そうですか。さしずめ『
護衛が男の現状を当てはめた。
「ええ、まあ……そんなとこですね。ですが……運悪く突発した『
「それで、こちらに流れ着いた訳ですね」
エルーカは、不運に見舞われたフィリエを気の毒に思いながら相づちを打った。
「はい、そのようです。かなりの大型でしたので緊急回避では駄目でした。……観光しながらの航行でしたから高次元の港への入港と出港の準備もしてありませんでした。――冷静に対処して新たに、どこか算出すれば良かったのですが、そこで頭を打って気を失ったようです」
フィリエが自分の頭を触ると、痛みが走ったのか思わず声を上げた。
「! っ……」
「まだ、しばらくは静養なさって下さい。さあ、私達も、ひとまず行きましょう」
エルーカの心遣いに感謝しながら、フィリエは休むことにした――。
それから、五日後にフィリエは完治して包帯も取れた。この五日間、エルーカは
看病もそうだが、慣れない手つきで果物を
フィリエも毎日来るエルーカとの会話に安らぎを感じ、優しく誠実な人柄に惹かれていった。
――完治から更に数日経ち、いつしか互いを敬称で呼ばなくなったころ、フィリエはエルーカの部屋に呼ばれた。
「――入るよ、エルーカ」
「いらっしゃい。フィリエ、待ってたわ」
「へー、素敵な部屋だね――」
「ふふ、ありがとう」
可愛らしい人形や室内装飾の中、飾りも一切無い無機質な空間があった。そこに目をやると机の上には多数の本や機械類が置いてあった。
「機械関係や科学に興味があるって聞いてたけど……本格的だね」
「あら? 分かる?」
「機械関係は全然だけど。科学とかは、それなりにね」
「じゃあ今度、教えて。……あ、惑星文化レベルのクラス更新に
「ははは。よほど、すごいことを教えない限り大丈夫だよ」
「ふふ。じゃあ、大丈夫な範囲での講義を楽しみにしておくわ」
「お手柔らかに頼むよ。この本を読んでいる時点で、かなりのものだからね」
「あら? そうなの? 独学だから、よく分からなかったけど……今度は『先生』が出来たから自分の力量というか、水準が客観的に見られるわね」
「ははは……。これは
「ふふ。――さ、座って。今、お茶を入れるわ」
「うん、ありがとう」
エルーカは部屋の奥に行くと「銀色のトレイ」に紅茶の入った「白いティーカップ」二つとお菓子を載せて持ってきた。フィリエと自分の所に紅茶を置くと、お菓子を「丸いテーブル」の真ん中に並べて座った。
「どうぞ、遠慮しないでね」
「あ、ありがとう。――しかし、お菓子……多くない?」
「ふふ。今の洒落?」
「え? いや、見たままを言っただけだよ?」
「あら? そうだったの。……でも面白いから、いつか使おうかしら。ふふふ」
「はは……。まあ良いけどね。――で、話って何?」
「あ、そうそう。何だか楽しくて忘れてしまうところだったわ。――えっと実は……私、困っている。……というか、迷ってるの」
エルーカは、少し深刻な顔をすると、席を立ち「複数の石の入った箱」を持ってきた。丸いテーブルの端に置いたそれは大小様々なエインフリィだった。
「これは、確かエインフリィだよね。以前、不時着の現場を見に行ったときに見せて貰ったよ。……本当、被害も
時間が経っていることではあったが、フィリエは、心の底から何事も無く済んだことに安堵していた。
「――で、これがどうしたの?」
エルーカは、少し困った顔をしながら腰を下ろした。
「『象徴』が決まらないの」
「象徴?」
「えっと。象徴というのは『正統なる王家の者が統治者(王)の証として認定したモノ』のことで、公式に発表されたそれを正式に持つ者が、現統治者であることを示す『証』になるの」
「……要するに。一つの『ステータスシンボル』(社会的な地位を示すもの)ってことか」
「ええ。ちなみに国王時代は『光る宝刀』を象徴としていたわ。……実際に光ってるのを見たことないけどね。噂では、だいぶ昔に光は消えたらしいわ」
「へー、そうなんだ」
そこでフィリエに、ある疑問が浮かんだ。
「……それを象徴として引き継げなかった理由は?」
「王族の始祖は同じだけど系譜が違うの。直系だと引き継がれることが多いのだけれどもね」
「そっか、いわゆる家柄の違い……ってやつか。そういえば、さっき『だいぶ昔』って言ってたよね。――ということは、その宝刀の王家は長く君臨したんだね」
「千年くらい続いたそうよ」
「……! 千年か、長いね。原理は知らないけど、光らなくなるのも妙に納得するね」
「ふふ、そうね。まあ、象徴を同じものにし続ける義務なんて無いのだけどね。時の王が自分で決めて良かったのだもの。――そのもっと昔は統治者が変わるごと、王族が変わるごとに普通に変わったりしていたの。中には同じ統治者が統治中に象徴を変えることもあったそうよ。……単純に前国王の家系が『敢えて』しなかっただけなの」
「敢えて?」
「ええ。『この宝刀(象徴)を受け継ぐ者こそが絶対的な王である』という印象を植え付けたかったのね。他は認めないし、認めさせないように働いた時代もあったらしいわ。
「――そうだね」
フィリエは、
「……私が統治者になって象徴が変わるのは、
「一部の王家だけが知っているってことかな?」
「そうなの。だから『初の女王が誕生したので一新。国王時代の象徴は惜しまれつつも撤廃され、新たな象徴へ』みたいなことも平気で世間では飛び交ったのよ。でも、実際はそうじゃないのよね。元々が、そうなるだけのこと……。だけど、前国王側に情報操作されて表向きの国民の認識はそうなってしまったわ」
「虚偽じゃないか……」
「そうなのよね……大々的に銘打っただけなのよ。――でも間違ってはいないのよね」
「?」
「記録に残っている限りでは、長い歴史の中で『女王』が誕生したのは初らしいのよ」
「その部分か……」
「まあ、言い方に少し『故意』を感じたけど。訂正するほどのことでも、ないかな……って思って。それに、ここまで来ると逆に労力を使いそうだったから……とりあえず黙認したの」
「そっか」
「――で、長くなったけど。ここからが本題なの」
エルーカは、すっかり冷めた紅茶を喉が渇いたのか三口ほどで飲み終えた。
「現在、私の……いわゆる女王時代と呼ばれたりしているけれど。その象徴が無くて、そろそろ決めないと、いけないのだけど――」
エルーカは、そこまで言うと端に置いた箱に目をやった。
「決まらない……と?」
「そうなの。エインフリィを新たな象徴にしようって考えたのは良かったんだけど。形が……何というか、コレだ! っていうのに巡り会えないの。でも一応、候補を取っておいたら――」
「こんなに溜まってしまった……と」
「まあ、そういうことなの。――そこで、フィリエに一緒に決めて貰おうと思って呼んだの」
「ええ?」
「お願い! 周りには私が決めるって言ってあるの。だから他に相談、出来る人がいないのよ。助けると思って……。ね?」
「うーん、僕は構わないけど……そんな『
「是非!」
「――分かった」
「本当? ありがとう」
「僕も助けられた恩義があるからね。……うん。むしろ、
「もう、フィリエったら……。えっと、じゃあ……。箱から出していくから、何か気になったのがあったら教えてね」
エルーカは立ち上がって箱の側に寄った。フィリエも立ち上がり近づいた。
「えっと、どれからいこうかな? うーん。まずは――」
「……ねえ、エルーカ」
「何? 出してないので気になるのでもあった?」
「これ『全部』じゃ駄目かな?」
「え? 全部?」
「うん。……それと、君の『血』を一滴だけ欲しいんだけど……」
「――?! え……、えっと。その……、わ、分かりました。……謹んで申し出をお受け致します」
「良かった。急に変なこと言ってゴメン。驚いたよね? 後で、ちゃんと説明するけど、これには意味があってね」
エルーカは顔を真っ赤にして、うつむきながら話した。
「……確かに、驚いたけど。――私、嬉しい。だって、その……私も……」
「?」
エルーカは喜びを表した後、口ごもった声で呟いていた。そして気持ちに整理がついたのかフィリエの目を真っ直ぐに見つめて尋ねた。
「ねえ、フィリエ」
「何?」
「『結婚式』は、いつにする?」
「……え?」
結婚という唐突な発言に驚いて目を丸くしていると、エルーカは状況が掴めていないフィリエに気付いた。
「――あ、そうか。いけない私ったら、すっかり舞い上がってしまって……。フィリエは知らないわよね」
頷くフィリエに、エルーカはこの星「惑星エイン」の独特の風習を教えた。
「えっと……。簡単に言うと、男性が『血の絡む』やりとりを女性にすると、基本的には求婚されたのと同義になるの」
「! そうなんだ……」
「まあ、この風習を活かしているのは王族関係者くらいかも知れないけどね。だいぶ少数派になったから、そのうちに無くなるのかも」
「そっか、知らなかったよ」
「い、いいの。私が勝手に早とちり……しただけだもの。フィリエは何も気にしないで――」
「じゃあ……。さっきの話の返事は勘違いだったみたいだから、改めて聞くけど」
「ええ」
「血を一滴だけ貰える件については承諾ということで問題無い?」
「平気よ。問題無いわ」
「ありがとう。……じゃあ、もう一つの意味では?」
「……え?」
「えっとね。……今度は『理解した上』で聞くよ? エルーカ、君の血を貰っても良いかな?」
「?! え、うそ……。本当に? 『そういう意味』で?」
「うん、僕で良かったら……結婚しよう」
「嬉しい! 喜んで!」
エルーカがフィリエに抱きつこうとした際、勢い余って箱にぶつかってしまいエインフリィがテーブルや床に幾つか落ちてしまった。
「あ……」
「ははは、大丈夫? エルーカ」
「ふふふ。――嬉しすぎて、周りが見えてなかったわ」
深呼吸すると、テーブルの石を拾おうとした。
「――そういえば、まだ話の途中よね」
「あ、待って。ちょうどいいから、さっき言った『全部』の意味を教えるよ」
「え? あー、そういえば……。でも全部って? 複数が駄目ということは無いけど。それはちょっと
「――あ、ゴメン。……えっとね。僕が言った意味は……」
フィリエが何かを説明しようとしていたときに「催眠剤」の効果が切れて、リベルは目を覚ました。ぼんやりとした頭の中、階段を下りて遠ざかる足音が聞こえた気がした。
周りを見回すと、小さな部屋のイスに座らされていることに気付いた。夢のことも気になったが、まずはこの状況の理解をしようとした。
「(――ここは? ロイはどこ? 拘束は解かれているみたいだけれど……)」
ふらりと立ち上がるとドアを確認した。
「(外側からドアに鍵が掛かっているところを見ると誰かに……、恐らく。私達を眠りにつかせた人に連れられて閉じ込められたのね――)」
リベルが目覚めて、状況判断している中、二階建ての縦長な建物の階段を下りていった人物は「赤い車」から、眠っているロイを背負うと、近くにある違う建物の中に「カード型の鍵」を使って入っていった。
箱形をした、一階建ての比較的小さい建物内には、リアーズ施設の「ルーム」が、真ん中に一つだけ設置されていた。……正確には施設のように、小部屋では無く。大きめに作られており、普通の物とは形状も少し違っていた。それは、このルームが普及前の「初期型第一号」だったからだ。
普及型と機能は、ほとんど変わらないが、普段は記念品として鍵が掛けられ保管されている。そのため、入れる者や利用出来る者は限られていた。
……中に入った人物。新しい高級な黒いスーツを着た女性が先に進むと、建物の入り口は、自動でロックされた。眠っているロイをそっと壁際のイスに下ろして、寄りかからせると携帯端末で誰かに連絡をしていた。
その連絡後、間もなく一人の男が建物に入ってきた。男は女性とロイに目をやるとルームの操作をした。「見学」と「非公開鑑賞」に設定すると、女性にロイを連れて中に入るように促した。
「――ご苦労。では、確認を始めようか」
「は!」
女性は、眠っているロイの手を取り「モンスター化するための装置」のタッチパネルに触らせた。装置がロイを認識するとディスプレイ画面に名前が表示された。
「……よし。間違いなく、本人だな」
女性は、そのままロイの手を取りタッチパネルを操作して「鑑賞」を選んだ。すると、装置から魔鉱石を置く台が現れた。モンスター化の物よりも大きめの台で、見た目は少し簡素なものだった。これは初期型のルームの設備だからということでは無い。
女性は、ルームから注意される前に、上着から魔鉱石を取り出してロイの手のひらに載せると、そこから転がすようにして、台の上に置いた。それから、魔鉱石をスキャンするボタンにロイの手を置くと男の方を見た。男がゆっくりと黙って頷いたのを確認するとボタンを押した。
ルームが登録者と魔鉱石の持ち主を判別するのは、タッチパネルに触れて認識されてからとなる。そのため、入室前の設定は誰でも出来るし、本人以外が石を所持して入室しても良い。
認識後は、先程の女性のように、注意される前に本人へ渡せば問題無く。本人からの受け渡しがあれば長く持っていられる。
ただし、そのまま服にしまったり、所持したままルームを出ようとしたりすると注意される。それを無視すれば、当然ロックされる。それは初期型でも例外では無い。
モンスター化のときとは違い、モンスターは確定しているので、それほど凝った演出は無く。割とあっさりとディスプレイ画面に「それ」は表示された。
「――おお。激レア……本物だ。……この
男は、しばらく感慨に
「……石をこちらへ」
「は!」
女性はロイの手を上手く使って、魔鉱石を取り出すと、そのまま男に手渡した。
「うむ。よし――」
男は女性に背を向けると、何やらブツブツと呟き、時には石に向かって力を込めるような、念じるような行動をした。女性が奇怪な行動をしている男に声をかけるか迷っていると、男は今までの冷静な態度から一変して怒鳴るように叫んだ。
「くそ!」
「――フゥルト様? どうされました?」
「フゥルト」と呼ばれた細身の男は肩をふるわせていたが、女性に声をかけられると深呼吸をして応えた。
「……ん、ああ。スマンな。少々取り乱した……」
「何か問題でも?」
「いや、こちらのことだ……。別にコレに問題は無い」
そう言うとフゥルトは、ロイの手を持つ女性に魔鉱石を渡した。
「――出るぞ。少年は、少女の隣の部屋に連れて行け」
「は!」
「少女は、まだ眠っているか?」
「個人差はありますが、少年が、まだ眠っているので恐らく。……どんなに遅くても十分後には二人とも目覚めるかと」
「そうか、では少年を閉じ込めたら少女を拘束しろ。……聞きたいことがある」
「は!」
女性はロイのポケットに分かりやすく、ゆっくりしまうと背負ってルームを出た。ルームを出ると、石を渡せと言われたのでロイを床に優しく下ろした。フゥルトに背を向けて、左手でポケットに手をやり、石を取り出すと胸の手前で右手に持ち、手渡した。
「うむ」
フゥルトは手渡されると魔鉱石をちらりと見て、上着の外ポケットにしまった。女性は再びロイを背負って建物を出た――。
二階建ての縦長な建物に来ると、女性はロイをリベルの隣の部屋に連れて行った。そっと、イスに座らせると、部屋を出て鍵を掛けた。
続いて、拘束するために、リベルのいる部屋に入ろうとしたが、ドアの前で立ち止まった。フゥルトが「どうした?」という表情で女性の方を見ると、サングラス越しに険しい表情を見せていた。起きていると感づいたからか、単純に用心したか、あるいは両方かも知れないが警戒したからだ。
女性は、この建物から去る際にリベルが起きたことを知らないが、その勘は当たっていた。
リベルは、目覚めてからずっと今後の対策を考えていたのだが、階段を上ってくる足音に気付くと、静かに様子を探っていた。
やがて、隣から足音がこちらに近づいてくると、息を潜めて素早く移動した。
「(――隣に誰かを……恐らく。ロイ……よね? 閉じ込めて鍵をしたから、少なくても味方では無さそう。……よし。この部屋に来るなら、その
部屋を出る算段を移動しながら考えると、ドアの横で待ち伏せした――。
「(……来た。……? この『
女性が「離れて下さい」と、手で合図するとフゥルトは下がった。――鍵を開けて中に入ると、下側からリベルの掌底が来たので体を反らしてかわした。その際サングラスの「テンプル」(耳に掛ける部位)に当たりサングラスは床に落ちた。
相手が警戒していれば不意打ちは成功しないと予想していたリベルは透かさず、もう一撃を加えようとしたがピタリと手を止めた。
「え? うそ……」
女性は、戸惑うリベルの背後を取り素早く手足を拘束した。
「――なぜ? どうして?」
「……私は、あなたが思っているような人では無いわ」
サングラスの外れた黒いスーツを着た女性の顔、片目は、リベルが蒼い惑星のように美しいと思った人のものだった。
拘束が終わると、動揺しているリベルを座らせてフゥルトを呼んだ。
「ご苦労。――少年の部屋で待機していろ」
「……は!」
女性がドアを閉めて隣の部屋に行くのを確認すると、フゥルトは、リベルが座った手前の机に魔鉱石を置いた。
リベルは、まだ少し混乱していたが石を見ると反応した。
「――! その石は! ……あなたは?」
「初めまして、私の名はフゥルト。このダイトテクスという企業の現社長を……そうですね……。『補佐』している者と言っておきましょうか。ゲーム『リアーズ』を成功させた社長のね」
「社長……補佐……」
「まあ、私にとって、そんなことはどうでも良いんですよ」
そう言うとフゥルトは少し近寄り、リベルの顔をよく見た。
「なるほど……。映像よりも、こうして近くで見るとハッキリしますね。あなたは『母親』によく似ています。二代目女王のリエカ様にね」
「! どうして母の名を?」
「やはりそうでしたか! これで確信しました。リベル姫で間違いなさそうですね」
「――確かに、そうですが……。あなたは一体?」
「私も『惑星ヴェルクト』出身なんですよ、姫」
「?!」
「もっとも、私は名前しか知りませんでしたがね。あなたが赤子のころに、この星に来ていましたから」
「……まさか、同郷の人間に会うとは思わなかったわ。しかも私より早く来ていたのね。でも、何のために?」
「何のため……それは、恐らくあなたと同じですよ」
「え?」
「『リアーズ』の意味をご存じですか?」
「! ……造語と聞きましたが?」
「とぼけないで下さい。知っているでしょう?」
「……」
「『我は求める』」
「! ど、どうしてそれを?」
「ククク……。いや、失礼。この名前は『元々の名前』をもじったものです。『エイン語』は難解ですよね。……でも、良い名前と意味になったと思いませんか? この星の造語にも良い感じで当てはまって、個人的に満足しています」
「――そこまで理解してるなんて……。私と同じ系譜なの? でも、そんな話は聞いたことが無いわ」
「それを知るには、私の生い立ちを話さないとなりませんが――。その前に、お聞きしたいことがあります」
「?」
「この石のことですよ。この魔鉱石は、私とあなたの『求めていた物』であることは間違いないのですが――」
リベルは目を疑った。これが「探していた物」なのか? 「王家の証」なのか? と、そのように考えているとフゥルトが迫り寄った。
「何です? 旅行で来たとでも? これを探しに、はるばる来たのでしょう? ――とにかく。いろいろと試しましたが何の反応も無いんですよ!」
「……」
「これが『王家の証』であることは間違いない。しかし、その効力を発揮しない。……あるのでしょう? 直系の者達が知る『何か』が」
「……なぜ、王家の証をあなたが求めているの? それに、何を根拠に王家の証であると言っているのか……私には分からないわ」
「質問に答えて貰っていませんが? 王家の証を利用するための条件が、あるのか無いのか。いえ、知っているのか知らないのか……と言うべきですかね。どうなんですか?」
「知らないわ」
「――友人が隣にいることを忘れないで下さいよ」
「! ……それは脅しかしら?」
「さあ? 単に事実を述べただけですが?」
「……」
リベルは、少しうつむいて不愉快な顔をした。言ってることは間違っていないが、隣で閉じ込められているであろうロイのことを思うと、それは明らかな「脅迫行為」だったからだ。
込み上げてくる怒りを抑えるため、しばらく黙っていると「黙秘している」と勘違いしたフゥルトが少し離れてから話しかけた。
「『だんまり』ですか。――まあ、良いでしょう。あなたも疑問があるうちは、素直に応えられないでしょうし、考える時間も欲しいでしょうから。……少し、ここまでの経緯をお話ししましょうか……」
リベルは閉じ込められている人物(ロイ)のことを考えるなら、今は下手に動かず機会を待つべきと判断した。
「(とりあえず、聞くしか無さそうね。相手からの情報で、疑問の解決や打開策が得られるかも知れないし……)」
フゥルトは、少し頭の中を整理していたが、やがて静かに話し始めた。
「そうですね。まずは――」
フゥルトが語り始めたのは「惑星ヴェルクト」から、この「惑星ルドカース」の「ムーアスト」に来た理由からだった。
――およそ十五年前。亡き祖父との約束で、王家の証を探し求めていたフゥルトは、ここを発見し辿り着いた。
星に突入した際、王家の証の含まれた隕石を捕捉していたので、フゥルトは地上に落下してから、それを調べれば良いと考えていた。
しかし、その隕石は突如、空中で爆発――。粉々に砕け、広範囲に飛散していったのだが、そのときの衝撃で宇宙船は故障して不時着、機器系統も深刻な損傷を負って、王家の証探しは暗礁に乗り上げてしまった。
このとき、不時着の現場でフゥルトと出会ったのがダイトテクスの現社長「シフト」だった。当時は、まだゲームの開発主任に過ぎなかったのだが、この出会いによって、結果的に今の地位に上り詰めた。
――ただの
フゥルトは「ステルス」(隠密)で来て、そのまま基本的に表に出てこない生活をしている。この星での正規滞在をせずに、シフトのところで、今も生活している。それは出会ってから、ずっとのことだった。(宇宙船は隠している)
いわゆる「居候」状態だったが、シフトは特に気にしていなかった。……というより、むしろ歓迎していた。この手の生活は基本「バレなければ」それほど問題では無い。(発覚した場合の罰則は星による)生活用品や身の回りの物はシフトが全て用意したものを利用していた。
――二人が出会い、居候生活が始まって間もなくのころ、フゥルトは、シフトが取り組んでいる、一つの「ゲーム」を知った。
そのゲームの名前は「リアム=リーズ=モンスター(仮)」正式な名前は決まっていなかったが、内容は今の「リアーズ」の原型だった。
既に、何回か試作はしているのだが、思い通りのゲームにするには、それを可能にする「エネルギー」が必要だと聞かされた。
フゥルトは、これは使えると判断した。祖父の話によれば、隕石は大変貴重なエネルギーを持つ鉱石資源で出来ていると知っていたからだ。
飛散した、エネルギーを持つ石を集める傍らで、王家の証が見つけられれば……と、効率良く集めることの出来る案が浮かぶと、重要な部分は伏せて、それをシフトに伝えた。
隕石の砕けた石が、エネルギーになる可能性もあるのではないか? と、フゥルトから言われたシフトは早速サンプルを集めて実験してみた。
……ただ、フゥルトの言葉に素早く応じたものの、過去にそのような事例は無かったので、それほど期待はしていなかった。
――しかし、予想外にも未知のエネルギーを発見したため隕石が爆発した中心地から、一番多く飛散したであろう範囲を買い占めるように会社に進言した。
ダイトテクスは、それを認めて土地を購入。56010年のことだった――。
それから、約一年でリアーズは完成した。……開発期間が割と短いのは、試作の段階で装置自体は、ほぼ完成していたからだった。
一番の問題だった「システム」(方式)も発見したエネルギーで解決したので、実質、時間が掛かったのは、その部分ということだ。
――シフトが求めていた物質は、「性質が同じ」で、個体の「エネルギーに差があるもの」だった。その点、隕石の石は同じ性質だけど、その中に含まれるエネルギーが違うので、理想の……それ以上の物となった。
既存のエネルギーでは、求めるゲーム内容を構築できなかった問題が、フゥルトの発言のおかげで解決できたので、シフトはゲームの「ネーミング」(名前決め)を依頼した。それを快諾すると「リアーズ」と名付けた。
リアーズは発表して、すぐに人気が高まり、僅か三年で各地に普及した。発見する確率が高い鉱石場で、雇用を生むという独自の「スタイル」(仕方)も広がった要因の一つだった。(ちなみに、国とリッチの鉱石場は普及してから後の方での参入)
――表向きは人気のゲームだが、フゥルトにとっては、王家の証を探すための「
たくさんの人を使って、効率よく回収して判別する。……この案が、なかなか優れているのは、お互いに損の無いことだった。
リアーズは、設定されたエネルギーの質によってレアモンスターが登場する。質の濃い(数値の高い)物がレア度の高いものとなる。
単純に、石が大きければ濃い(数値が高い)……というわけでは無く。石に含まれるエネルギーの質は大きさや形に関係なく、それぞれ違っていた。
最高のレアモンスター。人型の「激レア」は、開発段階でシフトに頼み、どのレアモンスターよりも高い設定にさせていた。
それは、それが出れば「王家の証」であると判別するためだった。詳細は公表していないが、開発段階で取ったサンプルの、平均数値の百倍とされている。
極端に高い数値の設定なので、本当にそのクラスのものが出るのか? それに満たない場合は逆に見過ごしてしまうのではないか? と思うが、フゥルトにはある種の確信があった。それは祖父の「エインフリィの百倍以上のエネルギーはあるだろう」という言葉だった。
「! ――エインフリィですって?」
フゥルトの話の中、聞き慣れた言葉が出てきたので思わずリベルは口にした。
「おや? ご存じなかったのですか? 隕石で飛来して砕け、この星で『魔鉱石』と呼ばれる物は、私達が知っている特殊希少鉱石『エインフリィ』だったのですよ」
「し、信じられない……」
「それが普通の反応です。――しかし、祖父の言うとおりだった。ここに、およそ百倍の数値に反応した物があるという事実。これは紛(まぎ)れもなく『王家の証』です」
リベルは一瞬、先程まで見ていた夢が浮かんだ。エインフリィが大量に入った箱、あの中にコレがあったのか? ――と。
「(……そもそも、なぜ。……あんな夢を――。いえ、今はそれより……)」
自分の疑問や知らないことがフゥルトによって明かされていく中、新たな疑問も浮かんだ。それは「祖父」という存在だった。この人物がフゥルトに王家の証を探させることを引き継がせたのなら目的は何なのか? リベルはフゥルトに聞いてみた。
「……あなたの『祖父』とは、一体何者なの? それに――」
「それに目的は? ですか? 祖父との約束で王家の証を探した理由。――ご心配なく。ちゃんとお話ししますよ。……やはり、そこは『明確』にするべき点ですからね」
明確にすると言い終えたフゥルトから、ただならぬ気配を感じた。これから話すことが恐らく「根幹」になるのだろうとリベルは心の中で身構えた。
「――初代女王を含め、惑星エインに住む人々が惑星ヴェルクトへ移民した際、私の祖父も他の人々と離れた場所ですが到着していました。……祖父は初代女王の『側近』だったのですが、訳あってヴェルクトに来るころには
リベルは、初代女王に「側近」がいたことを初めて知った。ヴェルクトでは、側近がいなかったからだ。――正確には、基本的に自分で行動するので必要なかったのだが……付けようとも、しなかったらしい。
「……祖父は、移民する前に行方不明になった、王家の証を個人乗りの宇宙船で探索することに専念しました。その間に私の父を作り、その父から私が誕生しました」
フゥルトは少し間を置いた。
「……祖母と母は、私が幼いころには……もう、いませんでした。私の育成は、父と祖父がしてくれましたが……振り返ると楽しい思い出は一つもありませんでしたね。
自分の生い立ちを淡々と語るフゥルトだったが、言葉の節々に、どこか寂しいような悲しいような想いが含まれていた。
「――おっと、少し話が逸れましたかね? もう昔の話ですから、お気になさらずに。……とにかく、王家の証を探すのは私しか、いなくなった訳です」
リベルから視線を外し、少し離れると深めに呼吸をした。
「……で、祖父から受け継いだ意思。王家の証を求めた理由と『目的』というのが――」
話しながら近寄ると、今度はリベルを直視した。……数秒の沈黙の後でフゥルトは、ゆっくりと力強く言葉を発した。
「『新王国』を創ることです」
「?!」
リベルは一瞬驚き、目を見開いた。王家の証を自分以外が求めている時点で、内心いろいろと考えていたのだが、その一つが当たってしまったからだ。
想定していたとはいえ、実際に言われるとやはり衝撃だった。
「……それが祖父の悲願でした。そして、今の私の目的でもあります。――これで話せることは話しましたが、どうです? 気持ちの整理がつきましたか? どうすれば良いかを考える時間くらいはあったと思いますが……」
「……その、新王国は『どこで』するつもりなの?」
「――当然、気になりますよね。惑星ヴェルクトなのか? この星なのか? 結論から言えば私は、どこでも構いません。……祖父が存命だったら確実にヴェルクトと答えたでしょうがね」
「確実に……?」
「祖父とあなたの祖母の初代女王と何かしらあったのでしょう。詳細は知りませんが、祖父の言葉の節々に、そんな気持ちが込められていましたから……」
「(……過去に何があったのかしら? 御祖母様が人に恨みを買うようなことをするとは、とても思えないし……。仮に、この人の言っていることが本当だとしても分からないわ……。もし、あるとしたら逆恨みとか、間接的なものなのかも知れないわね……)」
「――さあ、もう良いでしょう? そろそろ、王家の証を使えるようになる方法を教えて貰いましょうか? そうすれば、すぐにあなたも隣の友人も解放して差し上げますよ」
リベルはフゥルトの目をじっと見た。この男の言葉には迷いが無い。恐らく、全て本心で語っているだろうと判断した。
「(――用があるのは王家の証の力だけ。伝えれば、自分達を解放するのは間違いなさそうだけれど。……でも)」
「また黙るつもりですか? もう、そんなに待ちませんよ?」
リベルは背筋を伸ばし、一呼吸入れた。
「私も、王家の証を求めて、来ているのです。見つけたら必ず手に入れると――。そもそも、王家の証は私の母……二代目女王の下に置かれるべきものです。それと、これは私達の星の問題です。この星の人をこんな形で巻き込むのは今すぐ止めて下さい。話はそれからです」
凜とした態度をとり、冷静に淡々とした口調で答えられた内容にフゥルトは少し苛立った。
「……今の、ご自分の状況を理解した上での発言でよろしいですか? ……今までの所有者が、誰だったとかは関係ないのですよ。これから『私の物』になるのですからね。――巻き込みたくないのなら、簡単なことです。あなたが素直に教えれば良いのですよ」
自分勝手な言い分に、リベルは少し苛ついたが感情的にならないように努めた。
「教えられませんね」
「……本気で言ってますか?」
「知らないものをどうやって教えるというの?」
「直系のあなたが知らないなんて到底、受け入れられませんね。……これで最後ですよ?」
「本当よ」
「分かりました。そこまで言うなら仕方ありません」
フゥルトは携帯端末で通話した。
「……私だ。少年を連れて来い」
隣にいる女性との連絡が終わると携帯端末をしまった。
「待って、本当に知らないのよ!」
「私は『何度も』機会を与えましたよ? 残念ですが、交渉決裂です」
ドアが開き、ロイを連れた女性が入ってきた。フゥルトの指示で、ロイは床に座らされ、女性は左手に持った銃でロイの後頭部に向けて銃口を向けた。
「ロイ! ――お願い止めて!」
リベルは必死で頼んだが、フゥルトは不気味なくらいに冷静で、淡々としていた。
「おっと、動かないで下さいよ? ……強情な、あなたのせいで彼が犠牲になるのです」
「信じて……。本当なのよ」
「……良いでしょう。百歩譲って知らないとしましょうか。――その場合で考えられるのは、あなたの知らない解除方法の存在ですね。……利用可能となる発動条件。力の解放が起きる可能性……とでも言いましょうか。……いわゆる『きっかけ』ですね」
「?」
――フゥルトは机の上の魔鉱石を手に取り、ロイの隣に並ぶと、手のひらに魔鉱石を載せて眺めた。
「例えば……『激しい感情の動き』とか、作動条件としては、あり得そうですよね? ……では、手始めに『悲しみ』を味わってみましょうか」
リベルを見ると、そのまま、後ろで銃を構えている女性に合図した。
「やれ」
「はっ!」
「やめて!」
リベルの悲痛な叫びが部屋に響くと数秒の沈黙が訪れた――。
「……これは、どういうことだ?」
女性はロイに発砲せず、隙を見て取り出した銃を右手に持ち、フゥルトの背中に押し当てていた。リベルは、何が起こったのか状況が理解出来ずに、しばらく呆然としていた。
「ロイ殿、今のうちにリベル様を」
「了解です」
女性に促されるとロイは立ち上がり、リベルの元に駆け寄って拘束を解いた。
「大丈夫? リベル」
「……ロイ、ありがとう。ロイこそ平気なの? それに、これは……」
「うん。――説明は後でするよ。さあ、こっちへ」
二人は、女性の側に戻った。
「裏切ったか。……いや、元々どこかの『スパイ』か何かだったか?」
「……リアーズの闇の部分、裏社会。なかなか掴めないので、ダイトテクスに怪しい動きが無いか潜入捜査していたんだ」
「警察だったのか」
「国の機関だよ、ボス。……いや、フゥルトさん。もうじき、ここも賑やかになるけど……その前に確認したいことがある」
「……何かね?」
「家に寄った際、当時の開発技術者に、私の素性を明かして聞いたのだけど……。リアーズの情報セキュリティを意図的に低く設定させたのは、あなたの指示で間違いないな? 自分が見やすくするために」
「私はアドバイスをしただけだよ。このくらいのレベルで充分とね」
「……技術者は、少なくとも第三者が忍び込めないレベルには出来ると言っていた。現状も、なかなかのものでは、あるらしいが……結果、これでリッチのような輩が利用できてしまった。あなたの都合で犯罪が増えたと言っても過言では無い」
「開発当時も、今も。――私には、そんな決定権は無いが?」
「本当にそうならな。現社長は、あなたの『言いなり』じゃないか。――まあ、いい。詳しくは後で聞くとしよう」
「リッチ達を逃していたのは、君達の責任だろう?」
「……それは否定しない。奴らは巧妙だった。潜入する隙も無かったしな。……ただ、会社として出来ることをしないのは、それはそれで問題だろう?」
「今回、踏み切ったのは私が動いたからか」
「その通り。泳がせていたんだ。激レアに固執する、あなたをね。何かあると思っていたが……予想の斜め上を行かれたよ」
「私は、この石さえ手に入れば良かっただけだからな。リッチが、この石以外を狙って何をしようと、どうでも良いことだった。……これを狙わなければ、奴らも捕まることは無かったろう」
「いずれは捕まえたさ。――ちなみに、それ『偽物』だから」
「何?」
フゥルトは、手に持った魔鉱石に目をやった。
「本物はロイ殿に渡した。――ロイ殿」
女性の言葉を受けて、ロイはポケットから魔鉱石を取り出し、フゥルトに見せた。
「バカな? いつの間に?!」
「家に寄ったときに『複製』させて貰ったよ。後は、あなたが『本物を確認した後』で、すり替えただけ」
「……やられたよ。信頼していた君に裏切られ、偽物まで掴まされるとは……。いや、仮にこれが本物だとしても、もう遅いか」
そう言い終わると、外から複数のサイレンが鳴り響いてきた。――やがて、建物の周りを囲むと階段を駆け上がってくる音が聞こえた。
「――観念するんだな」
複数の警察官に取り囲まれて、手錠を掛けられるとフゥルトは独り言のようにブツブツと呟いていた。
「……そうだな。もう、どうでも良くなった。終わりだ。何もかも。どうにもならないのなら、終わりにしよう……」
足取りは重く、時に立ち止まったりしていたが、目立った抵抗は無く連れて行かれた。フゥルトは、その間も何かをひたすら呟いていた――。
「ロイ! リベル!」
部屋を出るとアルナが近づいた。
「アルナ? どうしてここに? リュースさんも、どうして?」
「ロイ殿、リベル様。ご無事でしたか?」
リュースが現れたので、リベルは驚きを隠せなかった。
「私が呼んだんですよ。ロイ殿」
「リィース。なぜ、もっと早く知らせなかった?」
「えー? そりゃ無いでしょ、姉さん。これでも早くしたつもりなんだけど?」
女性の名は「リィース」一卵性の双子の妹だった。背丈、声の質、顔形など「リュース」とそっくりだったので、リベルが戸惑うのも無理は無かった。
その様子に気付いたのか、リュースはリベルに説明した。
「あ、申し遅れましたリベル様。こちらは私の妹の『リィース』です」
「リィースです。挨拶が遅れて、申し訳ありませんでしたリベル様。――姉から、いろいろと貰っ……。いえ、聞いております。任務中とはいえ、数々のご無礼をお許し下さい」
先程までの堅い感じと変わって、くだけた調子になったリィースにも、リベルは少し困惑していた。
「え、えっと。は、はい。お気になさらずに……、というか私も失礼しました」
二人は、お互いに謝りあった。
「――驚かれたでしょう? リベル様」
「はい、リュースさん。正直そっくりで……。ずっとリュースさんだと思い込んでました」
「リベル様。簡単に見分けられますよ」
「え?」
「姉さん。カラコン、してないでしょ?」
「ああ。慌てて、来たからな」
見分けられると言ったリィースは、リュースのサングラスを外すと自分の蒼い瞳を指差した。
「私が右目。姉さんが左目なんですよ」
「! そうか……。リュースさんは左目でしたね。そういえば……」
「はい」
二人の返事がダブったところで、アルナがロイの側を離れてリベルの近くに来た。
「リベル。無事かしら?」
「大丈夫よ、アルナ。ありがとう」
「二人とも怪我とか無くて何よりだったわ。……誰かが潜入してるって噂は、城内で聞いてたけど、リィースだったのね」
「申し訳ありません。アルナ様、一応これ極秘でしたので」
「もちろん、理解してるわよ。リィース。良かったわね、成果が出て」
「はい、ありがとうございます。――ロイ殿も、いろいろとすみません。ご協力ありがとうございました」
「あ、いえ。気にしないで下さい。リィースさん。――リベル。さっき、後で説明するって言ったよね? つまり、部屋に連れて来られたとき、僕は協力していたんだよ。……それまでは、しばらく眠っていたけどね」
「そうだったの……。あのときは本当にビックリしたわ」
「ははは。ごめん、ごめん」
ひとまず、場が収まったのを確認するとアルナがロイに尋ねた。
「――ねえ、ロイ。道中で聞いたのだけど、それが狙われた理由になった激レアの魔鉱石だったの?」
「うん。……そして、リベルの探していた物でもあるんだ」
「え? そうなの?」
「それは聞いてませんでした。……リィース?」
アルナとリュースは、激レアの魔鉱石が王家の証だと知らされていなかった。
「れ、連絡した時点では、まだ発覚してなかったんだよ。姉さん。……本当だよ?」
リュースに疑われたリィースは思わず慌てたが、実際その通りだった。
「……まあ、いいか。では、ロイ殿。それが王家の証ということなのですね?」
「はい、リュースさん。あの男の人の話は、隣にも聞こえてきましたから――。だから、これはリベルに渡そうと……いえ、返そうと思います」
「ロイ殿」
「はい、リベル良かったね。見つかって」
ロイは、魔鉱石を手のひらに載せてリベルに差し出した。
「……ありがとう、ロイ。……でも、まだ受け取れないわ」
その場にいる全員が、不思議な顔をしてリベルを見た。
「え? ああ、そうか。リアーズの所有権を気にしてるの? それは後で――」
「いえ、そうじゃなくて……。――まあ、それも気にはしてたけどね。とにかく……私には、それが本物の王家の証であるという確証が持てないのよ。あの人が嘘をついている可能性はかなり低いと感じたけど、それでも……」
「なるほど『裏付け』が欲しいんですね?」
リィースが要点を述べた。
「ええ、そうなんです。一番は、私の船の検知装置が直れば良いのですけど。先は長そうですし。だから、あの人から更に有力な情報が得られるか、二ヶ月~半年以上待って船が直ったら、お借りして現女王の母に見て貰おうと思います。もしかしたら、私が知らないことを知っている可能性もありますし――。もちろん、その際は結果がどうであれ。報告に戻ってきます」
「リベル様は律儀なんですね」
「いえ、何というか……そうしないと自分が嫌なだけなんですよ、リィースさん」
そう言い終わると、リベルはロイを直視して伝えた。
「――ハッキリとしたときが来たら受け取らせて貰うわ。だからロイ、それまで預かっていてくれる?」
「うん、分かった。リベルがそうしたいなら、僕は構わないよ」
「ありがとう」
リベルが感謝して、ロイが魔鉱石を載せた手を下ろそうとしたとき、――突然、激しい揺れが起こった。建物の窓ガラスは薄かったらしく、その全てが割れてしまった。
その揺れで、手のひらから魔鉱石は落ちて、長い階段を転がっていった。アルナ達が悲鳴を上げる中、ロイはとっさに石を取りに行こうと体を動かした。
「あ――」
「ロイ!」
二人はこのとき、階段付近でやりとりしていたのだが、ロイはバランスを崩して階段へと落ちてしまった。リベルは慌ててロイをかばい、一緒に下まで転がっていった。
床は運悪く、一階の窓ガラスの破片が散乱していた。
「ロイ! リベル! 大丈夫?」
上からアルナが声をかけてきた。その声に、二人は反応した。――揺れは、緩やかになったり、少し強くなったりしていた。そのため、上の三人は、その場を動かずに様子を見ていた。
「平気よ、アルナ。――ロイ、大丈夫?」
「んん……、ごめん。リベル。体が勝手に動いて……」
「良かった。怪我は無さそうね」
「うん。ありがとう……って、リベル。腕、怪我してる」
ロイに言われて、見ると左腕をガラスで少し切って血が流れていた。
「あ、本当ね。これくらい、たいしたことは無いわ」
「駄目だよ。後で、ちゃんと治療しないと。とりあえず、止血はしないとね」
そう言うとロイは、ポケットからハンカチを取り出した。
「リベルの血、僕のハンカチで止めるけど良いかな? あ、まだ使ってないから安心して。綺麗だよ」
「え」
……リベルの顔は、みるみる赤くなっていった。
「だ、駄目よ。――そんなこと。い、今、言われても……」
「え? 信じてよ。本当に新品だから」
「! あ、いえ。……ご、ごめんなさい。そういう意味じゃ――。あはは……」
「? ……まあ、良いけど。じゃ、動かないでね」
ロイは、リベルの腕にハンカチを巻き付けて縛った。リベルが赤面したのは、自分の星の独特な風習で捉えたためだったが、当然ロイが知っているわけ無いので笑ってごまかした。
揺れは、緩やかではあるが止む気配が無かった……。
突然の激しい揺れで、ロイとリベルが階段から落ちる前――。外では少し問題が起きていた。それは、立ち止まったり遅く歩いたりしていたフゥルトが、仰向けになって動こうとしなかったからだ。
「おい! 起きろ」
「君、立ちなさい!」
警察官達の呼び声に一切、反応せず、目を閉じて何かを呟いていた。
「なんだ? すごく重いぞ?」
「持ち上がらない……?! こら、抵抗するな!」
しばらく、そのままの状態が続いたが、呟くのを止めるのと同時に目を開けて、ゆっくりと起き上がった。
「あまり、世話を焼かせるな!」
「こんなことをしても、君のためにならんぞ?」
「……いえ、もう良いんです。全て終わりましたから」
「――そう悲観しなくても……。若いんだから、やり直……」
警察官が、そう言いかけたとき激しい揺れが起こった。
「な?」
「うわっ!」
警察官達が慌てふためく中、フゥルトだけが口元に薄ら笑いを浮かべていた――。
リベルの止血が終わると、二人は魔鉱石を探していた。割れたガラスに気をつけながら見回すと壁の端の方にあった。
「あ、あったよ。リベル」
「本当? 良かった」
「あれ? この魔鉱石……」
「? どうかしたの」
「ごめん、リベル。……落としたときに『ひび割れ』したみたい」
「え?」
「ほら、この辺に……」
ロイは魔鉱石をリベルに渡した。
「本当だ。――うーん。でも仕方ないわ。ロイのせいじゃないもの。気にしないで」
「リベル……」
「元々、傷んでいたのかも知れないしね」
リベルが見終わってロイに渡そうとしたとき、瞬間的に第二の激しい揺れが起こった。その揺れは、すぐに収まったが、リベルは石を落としてしまい、慌てて拾おうとした。
「痛――」
その際、ガラスで指先を切ってしまった。
「大丈夫?」
「ええ、平気よ。――はい、ロイ。あ! ごめんなさい。石に血が……」
「後で、洗えば良いよ。……それより手当てしよう」
手当てしている間に、上の三人も様子を見ながら下りてきた。怪我の無い手で持った、ひび割れた魔鉱石は、リベルの血が染み込んでいた。
「よし。とりあえず、これでいいよ」
「ありがとう、ロイ。――はい、これ」
ロイに渡そうと手を開いて差し出すと、魔鉱石は突然「光」を放った。
「え?」
「光った?」
――辺りが光に包まれた一瞬の間、リベルの意識は飛び、この建物で目覚めるまで見ていたあの「夢」の続きを見た……。
リベルが再び見た夢。それは、初代女王のエルーカが、フィリエに近寄ろうとして、エインフリィをテーブルや床に落としてしまったところの続きからだった。
「あ……」
「ははは、大丈夫? エルーカ」
「ふふふ。――嬉しすぎて、周りが見えてなかったわ」
深呼吸すると、テーブルの石を拾おうとした。
「――そういえば、まだ話の途中よね」
「あ、待って。ちょうどいいから、さっき言った『全部』の意味を教えるよ」
「え? あー、そういえば……。でも全部って? 複数が駄目ということは無いけど。それはちょっと
「――あ、ゴメン。……えっとね。僕が言った意味は……」
フィリエは、箱の前に両手をかざした。
「こういうことなんだ」
軽く力を込めると、複数のエインフリィは次々に宙へ浮いた。
「?! え? うそ……。浮いてる? どうして? ……ま、まさか。これって『魔法』……なの?」
「その通り」
「――ゆ、夢みたい。実際に、この目で見る日が来るなんて……」
「別に隠してたわけじゃ無いけどね。僕の得意な分野は科学以外に『魔法学の魔法錬金学』があったんだ。……僕の星では、個人差はあるけど魔力を持って生まれて、それを活用した魔法は当たり前だったんだ」
「へー、そうなのね。――ねえ、聞いていい?」
「ん?」
「魔法学と魔法錬金学? どう違うの?」
「えっとね。簡単に言うと、魔法学は総称だね。魔法全ての基本と言えば良いのかな? 例えば、今みたいに『物を浮かべる』とかね」
「へー、それでそれで」
「――で、魔法錬金学は専門分野の一つだよ。もちろん、これ以外にも分野はあるよ」
「……魔法って、何でも出来そうな印象があるけど。そうではなくて勉強するのね」
「うん。やっぱり得意分野や『
「なるほどね。――で、話は戻るけど『全部』というのは?」
「この魔法……魔法錬金学を使って、複数のエインフリィを一つにする。ってことなんだけど、どうかな?」
「素敵! 是非お願いするわ!」
「やってみないと、どんな形になるかは分からないけど……それでもいい?」
「ええ、お任せするわ。――あ……でも、これって大丈夫かしら? 惑星文化レベルに影響しない?」
「大丈夫だよ。一応、どれくらいのことをしたらマズイかは分かっているから」
「あら? それなら安心ね」
「じゃ、始めるよ」
フィリエは、全ての石を浮かび上がらせると、箱の上で一箇所に集中させた。目を閉じて集中し、何かを呟き始めると、集まった石が徐々に一つの塊になっていった。やがて完全な塊になると目を開けた。
「……すごい。一つになったわ」
「うん。でも、ここからが本番だよ」
箱の側に近づき、両手をかざすと、呟きながら塊を触れないようにして撫でる動作をした。少しずつ小さくなっていく姿に、エルーカは更に驚いていた。……やがて、小石程度になるとフィリエは呟きと動作を止めた。
「よし、次は……。エルーカ。針、持ってる? 無ければ作るけど」
「裁縫針ならあるわよ」
スカートのポケットから、小型の裁縫セットを取り出して針を渡した。
「じゃあ、これで血を出すから手を出して……大丈夫、痛くしないから」
「はい」
差し出された左手の薬指に針を刺すと血が出て、宙に浮かび上がった。続けて同じことを今度は自分にやって針を返した。
「最初は、エルーカだけの血にしようと思ったけど……家族になるなら、僕の血が入っても良いよね?」
「もちろんよ。エインフリィだけじゃなくて、私達がそこに含まれるなんて、何だか感激だわ」
「ありがとう。――じゃ、仕上げだ」
小石程度になった塊に、二人の血を混ぜるとフィリエは目を見開いて呟きながら力を込めた。形が様々に変化する中、更に一回り小さくなると一瞬、光を放った。
「――よし、完成だ」
「すごい……。綺麗ね」
出来上がった物は厚みが二センチくらい、縦は四センチくらいで横が三センチくらいの楕円形をしていた。色は血が混ざったからか、鮮やかな赤色をしていた。
「――もしかしたら、使用したり時間の経過で形とか変わったりするかも知れないけど……。とりあえずは良いかな? はい、エルーカ。こんな感じになったけど、どうかな?」
「ありがとう。なめらかで手触りも良いわね。色も素敵だし」
「気に入ってくれた?」
「ええ、とっても!」
ひとしきり感動するとエルーカは、この魔法錬金について尋ねていた。フィリエは答えられる範囲で簡単に説明していた。
一つに融合させた後、
次に圧縮をかけて、サイズを小さくするのだが……フィリエは精製とほぼ同時に、これを行っていた。
……単純に小さくするのでは無く、それは「エネルギーの圧縮」でもあった。この石の内包するエネルギーは通常のエインフリィの、百倍以上のエネルギーが秘められているらしい。
最後に血を混ぜて完成するのだが、血の役割は「生体認証」だとフィリエは語った。つまり、自分達を含めて、後々の系譜の者だけが使えるようにしたのだという。……その際、子孫はこの石に血を与えるのが条件だという。血を与えた者の情報が上書きされるため、自分達以降、使えるのは一人ずつになるようだ。
この石の純度は「99.9999(「6N」シックスナイン)」で、血は一人「0.00005」ずつの配合。……この石は、高純度のエインフリィと、二人分の血で構成されている。
ちなみに精製はフィリエなら最高「9N」まで出来るらしいが「7N」でも抵触する可能性が、あるのでやめたとのことだ。加えて、もう一つは――。
「……魔法語?」
「そう、呟いていたのは『
「なるほど、プログラムみたいなものなのね」
「端的に言うとね。そういうことだよ」
「じゃあ……もしかして、この石に何か組み込んだの?」
「うん。幾つかね。主なものは、さっき言った『生体認証』と、後は『願いが叶う』……って言ったら大げさだけど。……それを使って、ある程度のことは出来るよ。――その『力』をどう使うかはエルーカ次第だけどね。……信じてるから」
「……肝に銘じておくわ」
「まあ、一応それを使って直接、命を奪う行為には制限をかけたし。無茶すれば壊れる可能性もあるから。万能ではないけど」
「そうなのね。――そういえば、エインフリィごとに寿命があるけれど、これはあるの? あるとしたら、どれくらい?」
「うーん。三百年くらいは……持つかな? それ以降は形だけの象徴になるけど、そればかりは、どうしようもないね」
「そうね。その辺は
「……ところで、この象徴に名前は付けるの? 流石にエインフリィのままじゃ、しっくりと来ないでしょ?」
「もちろん付けるわよ。――とりあえず『王家の証』にするわ」
「……ベタすぎない? それって象徴の意味と同義じゃ?」
「あら? 分かりやすくて良いじゃない」
「まあ、僕に決定権は無いし。良いけどね」
「じゃあ、俗称は決まりね」
「! なるほど『俗称』だったのか」
「正式な名前は……。そうね。一瞬だったけど神々しく光ったから……それを持つ者は……。決まったわ! 『リ・アーズ』にしましょう」
「何だか、かっこいい響きだね」
「意味は『神が認めた世界の王』よ」
「へー、良いね」
「ふふふ。――でも、なぜ光ったのかしら?」
「あれは、恐らくエインフリィが僕の血に反応したのかも。もっと言うと魔力にかな。混ぜて一体化したときに光ったから、たぶん、そうだと思う」
「なるほどね」
二人の会話は尽きること無く、終始、和やかで楽しい時間となった――。
その三日後に、エルーカは18歳の誕生日を迎え、その翌日にフィリエと結婚した。結婚式は歴代の王のものより
それから更に三日後、象徴である「王家の証」を発表した。
エルーカは、一度も王家の証の力を使うこと無く統治していたが、発表から約十一ヶ月後。遂に使用するときが来た。
――それは、前国王時代の前から問題になっていたものだった。惑星エインでは、首都と地方を隔てる大きな山が存在し、辿り着くのに数日かかるという不便さがあった。
一部の富裕層や権力者は、飛行機などで空を飛ぶから良いものの、一般の人々や流通業者は簡素な山道を通るしか無く。
その内容の中には、山にトンネルを作るなどの最善と思えるものも幾つか、あったのだが、受理されなかった。……それは、それを行うには
……しかし、実際は国を治める者達が、私腹を肥やすことをやめれば良いだけのことだった。たった、それだけで増税しなくても予算の算出は可能と一部では密かに囁かれていた。
国民のために、より良い国作りをする。と、普段から表向きに語っておきながら、実際には逆のことをしていた前時代。
そんな、国民に負担を強いる政治や腐敗を指摘し、その問題に重点を置いて次期王に立候補したエルーカ。その志は多くの支持を集め、結果として初の女王となった。
そして、公約通り、解決に向けて尽力してきた。……だが、この問題は簡単には解決せず、時間ばかりが過ぎていた――。
「……困ったわ」
エルーカは、頭を抱えていた。
「ん? 例のトンネルの件かい?」
「そうなのよ、フィリエ。民間の話し合いで進めようとして何度、会合を開いても折り合わないのよ。私が出席してもよ? どうも旧体制が絡んでいるようなの」
「工事会社に裏金でも握らせているのかな? 女王側の発注は受けるな。とか」
「……そうかも知れないわ。――極秘に調査させても『なぜか』あと一歩のところで何も掴めないのよ? 後ろ盾があるから……よね。んー。……強権発動するのも後々、良くないし」
「根付いた『カビ』は頑固だからね。そう簡単には落ちないのかも……」
「――ねえ」
二人の声が重なった。お互いに譲ったが、押し負けてフィリエが最初に話した。
「あれを極力、使わないで統治するのは好感が持てるけど、そろそろ使っても良いんじゃないかな? 人の心は、そう簡単には変わらないよ? 特に甘い汁を吸った人達はね。……陳情している人々も我慢の限界かも知れないし」
「……私も、そう思っていたの。――善は急げね。明日、やるわ。……初めて使うけど、上手くいくかしら?」
「大丈夫、僕もいるし。……でも無理はしないでね。一気に力を使うと、たぶん疲労感が襲うだろうから。――実は、魔法もそうなんだよね。似た力を持つ王家の証は恐らく、その可能性があるんだ」
「分かったわ、ありがとう」
翌日、エルーカはトンネルを通す計画の場所に、フィリエと陳情した者達と賛成派の王族を連れて向かった。まだ何もされていない現場に着くと早速、王家の証で山に穴を開けてトンネルを開通させると伝えた。
一同は、あ然としていた。「若くして早くも、ご乱心したのか?」と思った者もいたが、エルーカの真剣な表情を見て、その言葉を
「……いいかい、エルーカ。大事なのは『イメージ』だよ。具体的に想像出来れば成功率は確実に上がるから、落ち着いて」
「ええ、トンネルを作る『イメージトレーニング』(頭の中での練習)なら昨日、充分してきたわ。じゃ、やってみるわね」
深呼吸すると、エルーカは王家の証に力を込めて願った。イメージとしては、まず、山に穴を開ける。具体的には掘り進めて、出た土などを予定の空き地に移しつつ、崩れないように穴の固定をして徐々に進む。それを繰り返して、最終的に開通完了。と、そのように考えていた。
しかし、ここで予期せぬことが起こった――。
「えい!」
エルーカのかけ声と共に現れたのは「開通したトンネル」だった。
――地上から、山の三分の一ほどまで掘られた穴は、崩れないように固定されていて、削られた分の土などは、予定された空き地に別の山を作り上げていた。
その光景に、誰もが言葉を失った。エルーカは疲労感もあったのかも知れないが、驚きが強すぎて気を失った。
フィリエは抱きかかえると、回復するまで介抱した。
「(……まさか。ここまでとは――。でも、文化レベルに影響は無い……はず。……あれ? そういえば何で一瞬、光ったのだろう? うーん。謎だ)」
――王家の証を利用したころ、宇宙空間で一隻の宇宙船が、この力に反応した。
「?! この反応は? 一瞬だったが、間違いない。見つけたぞ……」
やがて、エルーカが目を覚ますと、この道を利用するように公式発表するとして解散した。城に戻ると早速、その旨を発表して国民に知らせた。
その大きな功績に、多くの人々が初代女王を賛美した――。
しかし、一方で、それを快く思わない旧体制の人間。女王への反抗勢力も少数だが、息を潜めていたのも事実だった。――多くの民のために、良いことをしても疎まれる。闇側の人間という者は、とかく自分勝手な生き物ということなのだろう……。
具体的には、工事関係者の仕事を奪ったと影で囁き、強権発動だと女王の行動を叩いていた。エルーカからしてみれば、仕事は与えようとしたのに拒否されていただけで、強権発動というよりも問題解決しただけなのだが……難癖を付けられた印象だった。
活動している者を取り締まろうとしても捕まらない――。その裏には、再び自分達の権力を取り戻すことを諦めない輩がいると、暗に示されているようだった……。
――今回のトンネル作り以降、エルーカは王家の証を使うようになった。……もちろん利用は「ここぞ」というときにしていたが、最初のときのように、大きな力を使う案件は無かった。
トンネル開通の公式発表から、およそ三ヶ月後に一隻の宇宙船が、静かに隠れてやってきた。それは、初めて王家の証をエルーカが使用した際、力の発動に気付いた者だった。
最初に見つけたのと同レベルの反応があれば、すぐにでも来られたのだろうが、そうでは無かったため、辿り着くのに時間が掛かったようだ。
船から降りた男は、何やら呟くと木片を浮かばせて力を込めた。その木片はフィリエの元に届き、男の元へと案内させた。
「――久しぶりだね。兄さん」
「フィロ? ……久しぶりだな。しかし、なぜここに?」
男の名前は「フィロ」フィリエの双子の弟だった。一卵性では無いので、それほど似ていないが背格好は同じぐらいだった。
兄同様「銀河巡察隊」の世話になっていて、巡察隊に所属していた。
「なぜ……って。単刀直入に言うとね。――この星で『強力な反応』があったんだ」
「!」
「あれは魔力だね。……そうでしょ、兄さん。兄さんの魔力を感知したんだよ」
「……惑星文化レベルに抵触したのか?」
フィロは銀河巡察隊の「隊員手帳」を取り出してチラリと見せた。
「隊員のボクが来た。……そこにどんな意味があるのか、元隊員なら分かるでしょ?」
「待ってくれ、あのレベルならギリギリ影響は無いはずだ。少なくとも粛正対象には――」
「それは、僕達が決めることじゃないよ。――と言いたいところだけどさ」
「?」
「兄さんの言うとおり、抵触はしてないよ。上から、そういう指示は出ていない」
「そうか、脅かすなよ」
「ただし『観察期間』が約一年、施行される」
「様子を見るわけか――」
「そういうこと。そこで反応した物があるでしょ? 兄さんの魔力を込めた何かが。その所持者の側で監視させて貰うよ。……詳しく現状を聞かせてよ」
「……仕方ないか」
フィリエは王家の証のことや現在の自分の立場など、様々なことをフィロに話した。
「へー、そんなことになってたの。知らなかった。あ、結婚おめでとう」
「ああ、ありがとう」
「じゃあ、ボクは女王の『側近』という形で様子を見させて貰うよ。兄さん、手配の方よろしくね」
「……分かった。隊員の意見には、基本的に従うよ」
後日、フィリエを通して、フィロは女王エルーカの「側近」として側にいるようになった。
――フィロとフィリエは、滅びた星の王子だった。弟のフィロは野心が高く。いつか自分の国を創ることを夢見ていた。そのために強くあろうとして「魔法学」は「攻撃魔法学」を専攻していた。……フィリエにも熱く語った時期もあったが、フィリエは学者肌で野心は無かった。
そんな兄の方が、国作りに近い側にいるのは皮肉な話だが、フィロには、ある「
思惑……「野望」といっても良いのかも知れないが、このときフィリエが、フィロの野望に気付いていたら惑星エインは崩壊しなくても済んだのかも知れない……。
フィリエは、弟フィロの野心の高さを気に掛けていた。本来なら、国の重要人物の側に身を置くのも認めたくは無かった。……しかし、銀河巡察隊である隊員の言葉は、信用するしか無かった。隊員の発言の裏付けは、元隊員といえど取ることは出来なかったからだ。
辞めた者が、情報に触れられるわけが無いのは当然と言えば当然な話だが、もし、確認する手段があればフィロの「嘘」を見破り、この星を守ることが出来ただろう。
――どこからが嘘なのかと言うと、フィリエに伝えた全てが嘘であると言っても良い。
まず、フィロは隊員ではなく、兄と同じく「元隊員」になっていたこと。見せられた隊員手帳は精巧に作られた偽物だったのだが、少なからず動揺していたフィリエは、不覚にも気付けなかった。
反応を見つけたのは仕事としてでは無く、個人的に兄を探索していたからだった。兄の見識の深さと、魔法錬金学は国作りに必要だと思っていたからだ。……二人が、最後の生き残りだからというのも多少はあったかも知れないが、どちらかと言えば、利用出来る人材くらいにしかフィロは思っていなかった。
しかし、強力な反応を見て、実際この星に来て話を聞くと考えが変わった。……兄よりも、その能力よりも「王家の証(リ・アーズ)」を手に入れれば、国作りも円滑に出来ると思ったからだ。
だが、焦って強引に行くと失敗する可能性が高いので、フィロは疑われないようにするため、一年間は隊員のフリをして、監視する側近の役目を果たすことにした。
信頼を得て、油断が生まれる隙を密かに窺いながら……。
フィロを側近にして、残りの観察期間が、一ヶ月くらいに迫ったころ。フィリエは、弟の野心が、日を追うごとに現れ始めているのを感じていた。
……思い過ごしなら良いのだが、もし、何か間違いが起きそうなら隊員でも……弟であっても「対処」しなければならない。――と、そのようなことを真剣な顔つきで考えていた……。
――そして、ちょうど一年が過ぎた日。事件は起こった。……このとき、エルーカは20歳。お腹に、後の二代目女王リエカを宿して間もないころだった。
「……フィリエ。大変よ!」
「エルーカ、どうした?」
今まで見たこともないくらいに慌てているエルーカに、フィリエは嫌な予感を抱いた。そして、その予感は的中してしまう……。
「証が無いのよ!」
「!? ……そうか、探してみるよ。――ねえ、エルーカ」
「何?」
フィリエは、服の内側から、一つの「鈴」を取り出した。
「この鈴が独りでに鳴ったら……。全国民に指示して惑星ヴェルクトに向かってくれる? 僕の宇宙船使って良いから、君が先導するんだよ? そうしないと人々は戸惑うからね」
「え? どういうことなの? 何か起こるの?」
「『分からない』けど、念のためだよ。こんな緊急事態は初めてだし……。何事も無ければ、また戻ってくれば良いからさ」
分からないと答えたが、フィリエの中では、おおよその「めぼし」はついていた。
「フィリエの勘って割と当たるのよね。……行くなら、今すぐ皆で行きましょう? そんなに悪い予感が……何かが起こる気がするのなら、一旦避難して、それから――」
「! ……そうも、いかないんだ」
話している途中、いつの間にかエルーカの後ろで浮いてる「木片」にフィリエは気付いた。今朝から姿を見せていない人物。やはり、王家の証が消えたのは、ほぼ間違いなく「側近」の仕業だと判断した。
「エルーカ……。王家の証は側近が盗んだ可能性が高い」
「!? そういえば今朝から、いないわ……」
「……これは、彼を側近に勧めた僕の責任でもある。状況は、さっきよりもハッキリした。皆と一緒に旅立つ準備を進めていてくれないか。――僕は行かなくてはならない」
「でも、フィリエ……。それだけ警戒する相手なら一人では行かせられないわ」
「……彼は、僕と同じで『魔法』を使う」
「?! え……じゃあ、まさか。フィリエと同じ星の人?」
「黙っていたのは謝るよ。事情があって話すわけには、いかなかったんだ。だから対処できるのは僕しかいない。……他の人を連れて行くのは、かえって危険だ」
「魔法……。きっと、恐ろしい魔法を使うのね? フィリエが、そこまで用心するほどの……。想像もつかないけど、危険なら証を諦めて逃げましょうよ?」
「今、逃げても問題の先送りになるだけだよ。……いや、かえって脅威になりかねない。大丈夫、上手く解決したら僕も行くよ」
フィリエは、エルーカのお腹を優しく触りながら頼んだ。
「――この子のためにも、安全策を取って欲しいんだ。分かってくれるね?」
「分かったわ、フィリエ。……ううん、本当は……そんなに納得してないけど。――無茶はしないで」
「うん。じゃあ行ってくるよ」
「気をつけて」
フィリエは、エルーカの頭を軽く撫でると、木片の後を追って去って行った。僅かに残る、ぬくもりを感じながら、その後ろ姿をエルーカは黙って見送った――。
木片に誘われてフィリエが辿り着いたのは、最初に弟のフィロと出会った場所だった。
「フィロ!」
「来たね、兄さん」
「何の用だ? こんなところに呼び出して……。いや、本題に入ろうか。王家の証について」
「ちょっと待ってよ、兄さん。いきなり犯人扱いなの?」
「誰も『盗まれた』とは言ってないが?」
「ハハ。流石、兄さん。やられた……引っかかったよ。まあ、隠すつもりも無かったけどね」
フィロは、王家の証を空中に浮かべて見せた。
「どういうつもりだ? 冗談でも許されないことだぞ? まあ、今なら特別に……」
「別に許して貰おうなんて思っていないよ。これでボクは新たな国を創るのだからね」
「正気か?」
「もちろん。……これは、ボクの夢を叶えるための道具。――と、思っていたのに兄さん。これはどういうことなの? 何で、力の発動が起きないの?」
「さあな」
「教えてよ、そのために呼んだんだから」
「駄目だ」
「じゃあ、仕方ないね。……力尽くで聞くとするよ」
「……やれるものならな」
一定の距離を取りつつ、にらみ合う中。フィロは、王家の証を手にすると服の内ポケットにしまった。
それから一瞬の静寂の後、二人は素早く「魔法語」を呟いた。
最初に仕掛けたのはフィロの攻撃魔法で、矢のように素早い炎を両手から放った――。迫りくる炎に対して、フィリエは岩を隆起させて防ぐと、そのまま岩の拳を作り、フィロめがけて殴るように飛ばした。……しかし、突如現れた氷の壁によって阻まれ、その拳は届かなかった。
衝突して砕けた双方――。フィロは砕けた氷を、フィリエは砕けた石を、風に乗せて互いにぶつけ合った。
やがて、全てが「相殺」(そうさい)されると、お互い後ろへ飛び、更に距離を取った。
「はあはあ……。流石、兄さん。やるね……。攻撃魔法、習ってないのに、そこまで出来ると嫉妬しちゃうね」
「ふう……。要は、やりようだ。基本魔法と魔法錬金学の組み合わせで、それなりにはなる」
「――良いね。やっぱ惜しいよ、その才能。……ねえ、兄さん。『最後』にもう一度だけ誘うけど……ボクと一緒に創ろうよ。新しい国を」
「その話か……懐かしいな。じゃあ、改めて聞くが、その国を創って、お前は何をしたいんだ?」
「最強の軍事国家にして、星々を支配していく。一つずつ
「……昔と同じ答えだったな。悪いが興味ない」
「そう。……才能は惜しいけど、意見が合わないなら仕方ないや。……まあ、いい。これで終わりにしよう。手始めに、この星を『
「――な? この揺れは? ……まさか」
一瞬、激しい揺れがフィリエを襲った。それはフィリエに起きた現象では無く、大地が激しく揺れていた。
やがて、少し静まり、緩やかに揺れるようになると、フィリエは「鈴」を鳴らした。
「この揺れは……? あ! 鈴が……」
宇宙船の中で待機していたエルーカは、揺れの中、鈴が勝手に激しく鳴り出すと、惑星ヴェルクトに向けて出発すると皆に向けて告げた。
緊急の国内放送に従って、宇宙船で待機していた多くの国民が、女王の後を追って惑星エインを離れた。
「フィリエ――」
「フィロ……まさか。……この揺れ」
「博識だね、兄さんは。『古代の攻撃魔法』まで知ってるの? ……その通り『
「バカな。かなり長い魔法語だったはず。そんな時間は――」
「あったよ? 予め用意しておいたんだ。比較的、高度な技術だけどね。ボクには、
「(……これは、流石にマズいな。しかし……)」
「どう? これ本当にラストチャンスだけど。教える気になった?」
「そうだな……」
「お?」
「死んでも、お断りだ!」
「……じゃあ、望み通りのものを上げるよ」
再び地面が激しく揺れて、次々に岩が空中へと上がっていった。その中にはエインフリィやその他の鉱石もあった。岩同士が様々な大きさにくっつき、塊に形成されていく中、フィリエは機会を窺った。
「(――文献で読んだ通りなら、この後、大きな隙が生まれるはずだ)」
複数の岩が、空中で塊になっていくの静観していたフィリエは、エインフリィの塊に目を付けた。
「(この魔法を完璧に防ぐのは無理だ。……これしか、方法は無さそうだな)」
「流石の兄さんでも、どうにもならないでしょ? 複数の塊は、やがて宇宙空間に行った後で一気に降り注ぐ。目玉はさ、エインフリィだけを集めて特別に作った塊だよ。物凄い爆発力を生みそうだよね? 『天からの恩恵』って意味らしいけど……これじゃ『天からの損害』だね。――さて。もう、良いかな?」
フィロは、空を見上げて、見えなくなった岩の塊を気にした。
「よし。……じゃあね。兄さん。王家の証の発動方法は、女王にでも聞いてみるよ。さっき、複数の船が逃げていったのって、そうでしょ? 手回しが良いよね。……ていうか最初から女王に聞けば良かったかな?」
「……」
「バイバイ。兄さん」
フィロが手を振り下ろすと、塊はそれを合図にして急降下を開始した。その直後、フィロの体は数秒硬直した。
「(今だ!)」
その機会をフィリエは逃さなかった。フィロから王家の証を奪うと、狙いを付けていたエインフリィの塊に王家の証を融合させて逆方向へ回避させた。一番厄介なのがエネルギーの塊であるエインフリィの落下だったからだ。
フィリエだけの魔法だと、上手くいかなかっただろうが、王家の証の力とエインフリィの塊の力を利用して回避は成功した。
「(よし! 成功だ。どこでも良い……遠くまで行け。フィロに見つからないくらいに。落ちた先に極力被害が出ないように……。そして――)」
フィリエは、そう祈ると飛来してくる塊を対処し始めた。しかし、予想通り自分の範囲外は無理だった。
「や、やりやがったな。にい……フィリエ!」
フィロは、体が動くようになると、力を使い果たしてフラフラになっているフィリエの襟を掴んだ。
「ちくしょう! ゆるさねえ! 許さねえぞ、フィリエ! 『俺の王家の証』をよくも!!」
怒りに我を忘れているフィロに、フィリエは最後の力を振り絞って攻撃した。その攻撃は、フィロの首筋に爪でひっかいた程度で終わった。
「あ? 何だ? 最後の悪あがきか? 残念だったな、
「――いや、これで良いのさ。……さっきお前は、女王に聞けば良いと言ったろ? 残念だったな。その必要が無くなって」
「いや? 『ご挨拶』には行くぜ。フィリエ」
「それは、無理だ。お前は近づけないさ。万が一、近づけても何も出来ない。……永久に知ること無く、生涯を閉じろ」
「何だと? この……や……?! な、なに。……し……やがった」
「ようやく廻ったか……。さっきの攻撃は『古代の禁忌魔法』の一つ。『沈黙の毒』さ」
「な……に……?」
「簡単に言うと『魔法封じ』だ。それと同時に『制限魔法』を組み込んだ。いわゆる『
「ぐ……」
「これで、お前は魔法を使うことが出来なくなる。話すのも、ままならないし、魔力が無くなるのと同時に体力も落ちていくだろう。……もう一度、言うが女王には近づけない」
「く……そ……が……。ころ……ず……」
「お前に、俺は殺せない。――というより。俺は
「フ……ィ……リ……」
「(――さよなら、エルーカ。ごめんね……)」
言葉通り、フィリエの体は足下から、スーッと消えて行き、やがて完全に消失した。
「フ……ィリ……エーーー」
空を仰いで叫んだ後、フィロは自分の宇宙船に乗って惑星ヴェルクトに向かった。すぐに、証を追わなかったのは、自分の体の変化を分析したり、様子を見たりするためだろう。まずは、態勢を整えて、それから王家の証を手に入れることにしたようだ。
それと同時に、出来れば「毒」や「呪い」の魔法を解く方法を見つけて、女王に王家の証の発動条件を聞くことをフィロは目標にした。
――もし、自分の代で叶わなかったら、子どもや孫の代に任せることをフィロは、そのときに固く決意した。
この争いの結果、流星群により惑星エインは
フィリエの判断が、多くの民を救ったのだが、惑星エインの住民「全て」が救われたわけでは無い。……ただ、それは、女王の再三にわたる指示に従わずにいた者達なので、責を問われる謂われは無いだろう……。
エルーカは後に、何度かフィリエを探し、探させたが何も見つからなかった。結局、生きている内にフィリエは見つからなかった。
妻として、女王として、あくまで「行方不明」としていたが……恐らくは、もういないことを悟っていたのかも知れない……。それでも、国葬という判断はしなかった。
元、側近の行方も同様に調べさせたが、何も出てこなかった。エルーカは、最後まで同じ星に移住していることを知らなかった――。
一瞬の光が放たれ、意識が飛んでいたリベルは夢から覚めると軽い「
「んー……」
「大丈夫? リベル」
心配したロイが優しく声をかけた。リベルは深呼吸して、それに応えた。
「――ふぅ。……ええ、もう大丈夫」
アルナ達も本当に大丈夫なのかとリベルを見たが、その心配を振り払うように笑顔を見せた。するとロイが声を上げた。
「あ! 見てよ、みんな。……光って、ひび割れた石の中から宝石みたいなのが――」
「こ、これは?」
「何これ? すごく綺麗」
「……まさか。これが、リベル様の――」
割れた魔鉱石の中から、夢の中で見たのと同じ「赤い石」が出てきた。
「はい、間違いありません。――これが王家の証です。……理由は分かりませんが、先程の光で意識を失ったときに……夢の中で、この鮮やかな赤色の石を見ました」
「――じゃあ、これはリベルに返すね」
「ありがとうロイ。確信が持てた今なら受け取れるわ」
「良かったわね。リベル」
アルナに続き、リュース達も祝いの言葉を掛けた。
「皆さんには感謝しています。……でも、喜んでばかりもいられません」
「?」
皆が「なぜ?」と言わんばかりにしていると、リベルは建物の出口に向かった。
「この『揺れ』です。夢で見たものと同じだとしたら……、この揺れは大変なことになるかも知れません」
リベルの予想通り、外に出るとマズイ状況になりつつあった。大小様々な岩の塊が形成されて空中に浮かび上がっていたからだ。
「な、何よこれ?」
「一体、何が起こってるんだ?」
一同は驚いていたが、夢の中で、似た状況を見たリベルは冷静に険しい表情で「原因の男」を見つめていた。その視線に気付くと、男は話しかけてきた。
「……待っていましたよ」
「待っていた? どういうことなの?」
待っていたと言ったフゥルトに、リベルは疑問をぶつけた。
「――いえ、お別れの挨拶ぐらいは、するべきと思いましてね。……見て下さい。これらが、この星を破壊します。……王家の証が手に入らない。入っても利用の仕方が分からないのなら、意味がありませんから……せめて道連れに全てを終わらせようと思ったのですよ」
「勝手な話ね。そんなこと認められないわ」
「ククク……。では、どうすると? ん? そういえば全然、驚いてませんね……。『魔法』を見たことがあるのですか? ……だとしても、私の『魔法』に対抗する手段は――」
フゥルトに、リベルは王家の証を見せた。
「そ、それは? もしかして、それが王家の証『リ・アーズ』……?」
「そうよ、魔鉱石の中に隠れていたの」
「なるほど……そうですか。それが、あればということですか。……一応、聞きますが、私に渡して利用方法を教える選択肢は?」
「無いわ。そんなことをしても無駄だもの」
「クク……。やはり、あなたは強じょ――」
「私が言いたいのは、根本的に、あなたには扱えないという意味よ」
言葉を遮ってリベルは真実を伝えた。
「扱えない? ……読めましたよ。つまり、直系の者以外は使用できないということですか。しかし、知らないふりが上手でしたね」
「知ったのは、ついさっきのことよ。……とにかく、あなたが手に入れても、どうにもならないの。――さあ、分かったら魔法を解除して! これ以上、この星の方に迷惑をかけないで!」
「クク……。つまり、全て無駄骨だったわけですか。私も……、祖父も……。ククク……、これは、これは傑作だ!」
リベルは背筋に冷たいものを感じた。本当のことを伝えたのが「逆効果」になってしまったのか? と思い、焦った。
「今なら、間に合うんでしょ? 解除して!」
「出来ませんね。――いえ、そういう意味じゃなくて。
「そんな!」
フゥルトは、空を見ながら手を伸ばした。
「……祖父は、すごい
力無く、手を下ろすと宇宙空間まで行った塊が飛来し始めた。リベルは王家の証を使うことを決心した。――その一瞬、フィリエの「無茶すれば壊れる」という言葉が頭をよぎったが、
「(王家の証は、確かに大事。……このために頑張ってきたわ。――でも、使いどころを見誤っては駄目!)」
深呼吸すると、精一杯に声を上げた。
「お願い! この魔法を無力化して! この星に危害を加えないで!」
王家の証を握りしめて必死に祈る姿を見て、周りの人も一緒に祈った。飛来する塊が見え始めると、人々は「駄目か」と思った。
「(なぜ? なぜ、発動しないの? 何が足りないの?)」
焦り、いろいろと考えるリベルの脳裏に、フィリエの言葉が浮かんだ。
大事なのは『イメージ』だよ。
具体的に想像出来れば
成功率は確実に上がるから、落ち着いて
「――そうか! イメージだわ! ……よし。『全ての塊よ、粉々に砕け散りなさい』」
徐々に迫りくる塊に「終わった」と人々が思った、そのとき――。リベルが、明確に想像し終わると王家の証は、まばゆいくらいの光を放った。
その光は無数の矢となり、飛来する全ての塊を粉々に砕いた。周りからは、大きな歓声が沸き上がった。
「『砕けた石よ、緩やかに落ちなさい』」
大量の砕けた石は、リベルの言葉通り、真綿のようにゆっくりと落ちてきた。誰も怪我すること無く、被害が出ることも無く、危機は回避された――。
「すごい……。この力があれば、確かに国を創るのも治めるのも簡単かも知れない」
力を使い果たして座り込んでいたフゥルトは、ぽつりと呟いた。
「――私も、この力……大いなる力で人々を導き、統治すれば良いのだと思っていたわ。でも、国を治め作り上げていくのは、そうじゃないのかも知れない。……今は、よく分からないけど。たぶん、国というのは人と人が向き合って築き上げるものだと思うわ」
「ククク……。そんなのは
そう言い終わると、フゥルトは気を失った。
「ええ、それは承知して……いる……わ……」
リベルが、ふらつくとリュースとリィースが駆け寄って支えた。
「大丈夫ですか?」
「あ、ありがとうございます。少し、疲れましたけど。……一休みすれば、平気です」
ロイとアルナも、リベルの側に来て様子を窺った。
「リベル! 大丈夫?」
「平気? リベル? ……あなたのおかげで救われたわ。ありがとう」
「ロイ、アルナ。大丈夫よ。――そんな、お礼なんて……むしろ謝るのは私の方だわ。迷惑をかけたのは私の星の住人だったのだもの……」
「だとしてもよ。どこの誰々がとか関係ないの。救ったのは『あなた』なのだから。――とても感謝しているわ。リベル。……気に病む必要なんて全くないのよ?」
「そうだよ、リベル。ありがとう」
「そうですよ、リベル様」
「あ、ありがとうございます。皆さん……」
「――それにしても、すごかったね」
「本当、すごかったわ」
「……そうね。自分で言うのも何だけど、私もビックリしたわ。……でも、それもおしまい」
「?」
疑問に感じた全員がリベルに注目した。すると、リベルは王家の証を握っていた手を開いて見せた。
「あ!」
「そう、壊れてしまったの」
「……リベル様」
「気にしないで下さい。こうなるのも織り込み済みでしたから」
「『元に戻れ』とかは駄目なの?」
「もちろん、それは考えたけど。駄目なのよ、アルナ。ほら、赤い色が消えて石のようになっているでしょ?」
「確かに……」
「完全に壊れてしまったの。……でも、不思議ね。私、そんなに悔しくないの。きっと、これで良かったのよ――。これで」
リベルの顔は言葉通り、晴れやかな表情をしていた。それを見たみんなは、それ以上は何も言わなかった。
やがて周りの警察がフゥルトを連れて行き、リベル達も城に戻ることにした――。
一行が城に着くと、国王と后が出迎えた。リュースからの連絡で「揺れ」と「上空の異変」について、解決したことや「王家の証は見つかったが壊れてしまったこと」など、大体の事情は承知していた。
「皆、無事で何より。リベル殿には、感謝の言葉も無い」
「ありがとう、リベルさん。……王家の証については残念でしたね」
「……いえ。恐縮です」
リベルへの心からの謝辞が済み、一人一人の手を取り無事を喜ぶと、国王は一つ提案をした。
「――今日は『国を挙げての宴』にしたいと思うが、異存のある者はおるかの?」
国王の意見に反対する者は一人もいなかった。もちろん、リベルも賛成だったが、国王は言い終えた後で、傷心しているかも知れない。もしかしたら、本当はそんな気分では無いのかも知れないと思い、再確認した。
「……もし、気乗りしなければ日を改めるが……どうかの? リベル殿」
「――気に掛けて頂き恐れ入ります。私の方は、問題ありません。是非、参加させて頂きます」
その目に曇りが無いことと、偽りの無い笑顔を確認した后は行動に出た。
「……決まりのようですね。では手配しましょう。リィース手伝って貰えるかしら? リュースはアルナのライブの準備をしてちょうだい」
任務が終わり、休日を得ていたリィースは后の手伝いに駆り出された。リュースは指示通りアルナと一緒に準備に取りかかった。
「リベルさんとロイ君は、まだ時間はありますから、ゆっくりしていてね。……リベルさんは、ひとまず手当てしましょうか?」
接待係の者を呼びつけると、后は二人のことを頼んだ。――それから、それぞれ解散して行動した。
リベルは手当てを受け、ロイは、とりあえず風呂に入ることにした。リベルも本当は先に入りたかったが後にした。
その夜、パーティー用の衣装を身に
リベルは星を救った人物として一言、求められたが丁重にお断りした。しかし、酔いの廻ったリィースに抱きかかえられると皆の前に姿をさらされた。紹介はリュースがして、リベルは一晩で大注目を浴びてしまった。
盛大な宴は、終わりの言葉も無く、朝を迎えるまで続けられた――。
宴の次の日は、ほとんどの人が酔いつぶれてしまったので、国王が宴をした日(昨日)と今日(宴の翌日)を休日に制定すると宣言した。……よって翌々日に、様々な動きがあった。
――まず、リアーズの一時停止。表向きは、激レアが不具合によって生まれたため調整するとしているが、セキュリティの強化や出現条件などの変更作業をしているらしい。
それと同時に報じられたのは、ダイトテクス社長「シフト」の辞職。フゥルトと同居していた件について注意はされたが、罪にはならなかった。
しかし、セキュリティ面については厳しく追及された。――そのことが辞職に至った要因といわれている。……その一方で、噂ではフゥルトの莫大な保釈金が足らず、退職金で補おうとしたのでは? という説も浮上したが、真意は不明だった。
もう一つの動きは、リベルが王家の証を使用した日についてだった。このときの反応が銀河巡察隊の知るところとなったからだ。国王のところに隊員が来たときは密かに騒然となったが、事情を知ると問題無しと判断された。
不問になった決め手は、その内容と、それによって王家の証が完全に壊れたことだった。
――そして、ある意味、最大の……と言っても良いかも知れない動きがあった。
それは、アルナが、リベルの「仮滞在場所」をロイの家だと知ったことだった。アルナの慌てぶりを見て后は、「思惑通り」と
からかうのも、また一つの愛情なのだろう……。そんな后を見て国王は、笑顔でありながら少し弱った表情をしていた。
結局、アルナはリュースとロイ宅に居候することを決めた。――アルナとリュースがロイの家に着いた際に驚いたことがあった。それは、リィースが既に一緒に住んでいたからだった。
何も知らなかったリュースは問い詰めると、自分が動くほどの案件が無くなって平和になったので長期休暇を取ったのだという。それに加えて、酔った勢いとはいえ宴のとき、リベルに無礼を働いてしまったので護衛兼世話役を買って出たらしい。
――そんな妹の行動に、リュースは疑問を抱いた。……確かに、無礼を働いたのは、二人とも重々反省している……。酒以外の飲み物と間違えて、一口飲んでしまったとはいえ、あの件については、翌日、二人でひたすらに謝罪もした。
だが、あのとき実際は、
つまり、この件は、自分達が気にしているだけで「不問」とされていた。……そのように、解決している内容を持ち出し、そこまでの役を買って出てまで、長期に住み込むリィースが、妙に気になった。……もちろん、普通に考えると「律儀な人だ」となるだけなのだが、リュースは「何かある」と思った。
語った内容に、嘘は無さそうだが、何かもう一つ「裏」がある気がしていた――。
アルナが家の奥に行って、二人きりになるとリィースを更に締め上げた。「実際のところはどうなのか?」と
思わず声を上げそうになるリュースの口をリィースが塞ぐと耳元で囁いた。「後で渡すから」その言葉にリュースはひたすら頷いた。
その携帯端末の写真には、読書中にイスで、うたた寝しているリベルの、可愛らしい寝顔が写されていた――。
あくまで「仮」滞在の場所なので、どこか居住場所を借りて、過ごしても良かったのだが、みんなとの生活が楽しくて、結局リベルは宇宙船が直るまでロイの家の世話になった。
――それから、半年の月日が流れ、リベルは故郷の惑星ヴェルクトに帰ってきた。お世話になった惑星ルドカースは惑星文化レベルが地道に向上して「ランクA」から「ランクS」となっていた。「これからは交流出来ますね」と、お互い確認すると笑顔で別れた。
「……うーん。久しぶりだわ。さてと――」
リベルは、出発前の場所に宇宙船を駐めると、城に向かって走って行った。リベルが帰ってくると母、リエカは手厚く出迎えた。
「お帰り、リベル」
「ただいま、お母様」
「――話したいことが、ありすぎるって顔をしてるわね?」
「ええ、たくさんあるわ。――ねえ、お母様。御祖母様のところへ行きましょう? 歩きながら話すわ」
「……良いわよ」
リベルは、自分が経験したことをリエカに伝えながら、ゆっくりと歩いた。リベルの祖母、初代女王の墓は、父親のベルクと同じ、城の裏側の小高い山の中にあった。
「ベルクが亡くなって、数ヶ月後に
「ええ……」
二人は、墓前に手を合わせた。
「――で? ここに来たのは、残りの話に関係するのかしら?」
「そうよ。御祖母様に報告したかったの。――魂は安らかな世界に旅立って、ここにはいないと思うけど……。ここで話したかったの」
「リベル……」
「御祖母様。王家の証『リ・アーズ』は見つけたけど……壊れてしまいました。ごめんなさい。でも、良いことに使ったの、だから許してね。――それと
「! ――そう、やはり
「お母様……。お母様にとっても辛い話だったわね」
「良いのよ、真実が分かって嬉しいわ。――リベル。教えてくれて、ありがとう」
「……お母様」
うっすらと涙を浮かべるリエカを見ないようにして、リベルは墓前に包みを供えた。広げると中には砕けた石が入っていた。
「それは?」
「これが、王家の証。……だったものよ」
「そう……これが……ね」
「――私から話すことは、とりあえず終わりよ」
「そう……。では、城に戻りましょうか」
行くときと違って、静かな歩みとなったのを気にしてリベルが話しかけた。
「なんか、湿っぽくなってごめんなさい。お母様」
「良いのよ。……確かに、いろいろと驚いたけどね。でも、同時に今までのモヤモヤが取れて晴れやかな気持ちでもあるの」
「本当?」
「ええ」
「良かった――」
「……何だか、成長したわねリベル」
「そうかな?」
「旅をするのも大事なのね。……今度、私も旅してみようかしら?」
「え? 統治はどうするの?」
「一ヶ月くらい、平気でしょ? ここに優秀な代理人が、いるのですもの」
「えー、や、やめてよ。お母様。――まだ、私はそんな器では無いわ」
「ふふふ。冗談よ。(『まだ』……か。でも、この子なら、きっと――。将来が楽しみだわ)」
リエカは、娘の将来を想像して自然と頬が緩んでいた。
「どうしたの? お母様。そんなに『にやけて』」
「ふふ。内緒」
「えー。私は全部話したのに――。あ、全部でも無いか……」
「? 何か言ったリベル?」
「ううん。何でもない」
「そう? まあ、良いわ。あなたが無事に帰ってきたことを祝って、今日はごちそうにしましょうか。腕が鳴るわ」
「あ、じゃあ。私も手伝う。一緒に料理しよう?」
「ええ? り、リベルが料理ですって?」
「そ、そんなに驚かなくても……。確かに、ここでは、あまりしなかったけど。向こうで教わったのよ」
「やはり、旅は良いのね――」
リエカは、涙を拭く仕草をわざとして見せた。
「ふふ、お母様ったら、
――その日、リベルはリエカと二人で料理をして、二人で過ごした。尽きることの無い楽しい会話は深夜にまで及んだ……。
それから、七日後のお昼の手前頃に、一隻の宇宙船が惑星ヴェルクトにやって来た。その報告を受けるとリベルは駆け出した。
「来た!」
「え? 何、リベル? どうしたの?」
母、リエカが疑問に感じていると、リベルは「迎えに行ってくるね」とだけ言って走り去っていった……。
宇宙船の前に立つと、リベルは、その人物が降りてくるのを待った。
「リベル!」
「――待ってたわ! ようこそ! さあ、行きましょう。案内するわ」
リベルと「客人」は、城に入ってリエカの前に来た。何も聞かされていなかったリエカは、まだ少し、困惑していた。
――そんな母に、軽く微笑むと、リベルは紹介を始めた。
「お母様、紹介するわね。こちらがロイ。私が、お世話になった星の方よ。――実は『婚約』してるのよ」
「え?」
リエカは、突然の報告に、あ然としていたが、間髪入れずにリベルは続けた。
「そして……、ほら、アルナ。隠れてないで、紹介させてよ」
「な? リベル。――そんなこと言ったって、そんな紹介されたら照れるでしょ?」
リエカは、ああ、そういうことかと理解した。てっきり自分の娘と、この少年が婚約したのかと本気で驚いてしまった。
「初めまして、わ、わたくしは惑星ルドカース。ムーアスト国、国王の
「ふふふ。どうも。――楽にしてちょうだい。アルナさん。ロイ君」
「は、はい」
「練習したのに噛んじゃったね、アルナ」
「そ、それは、リベルがいけないのよ」
「えー、私のせいなの?」
「はははは」
「――そういえば、リュースさんとリィースさんは?」
「後から来るよ」
「あ、そうなの?」
「――まあ、あの二人は……」
「……だね」
「……へー? そう――」
リエカは、夢中になって、楽しそうに話す様子を微笑ましく見ていた。新たな時代の統治者。王の候補達が、仲良く交流している姿は、未来の希望のようにキラキラと光り輝いていた――。
リアーズ 天虹 七虹 @bungeikei777vvv
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