第2話 奥の席

 四ツ谷の雑居ビル二階にある中華料理屋。

 外観はごく普通だが、常連たちの話を集めると、どうしても同じ一点に行き着く。――奥の四人掛けの席。


証言1:40代・会社員

「よく飲んだ帰りに寄るんです。ラーメンと餃子で締めるのが習慣になっててね。ただ、奥の席はいつ行っても妙に暑いんですよ。エアコンが効いてないのかと思ったけど、店員に聞いても“他と同じ温度ですよ”って言う。背中に熱気がまとわりついて、食べてると息苦しくなるんです。……まあ、そこさえ避ければいい店なんですけどね。」


証言2:20代・事務職の女性

「ランチで同僚と行ったときのことです。私は奥に座らされたんですが、足元がずっとざわざわして落ち着かなくて……。カバンが揺れてる気がして覗いたら、椅子の下に水滴が落ちてるんです。エアコンの水かなと思ったけど、冷たくなくて、生ぬるい感じ。誰も触ってないのに、私のスカートの裾まで濡れてしまいました。」


証言3:60代・元タクシー運転手

「昔の火事のことを知ってるから、俺はあの席には座らんよ。だけど客が入ってないのに、椅子が勝手に引かれてるのは何度も見た。店員は“片付けのときに引いたんでしょう”って笑うけど、いやいや、俺は目の前で見たんだ。誰もいないのに、椅子が音を立てて動くんだ。あれは……本当に“いる”んだよ。」


証言4:30代・フリーライター

「取材で一度座りました。特に変な感じはしなかったんですが、帰宅して録音を確認したら、ずっと咀嚼音が入ってたんです。私の声よりも、同行した同僚の声よりも大きな、“くちゃくちゃ”という音が。食べ物を噛む湿った音が、何分も。……あのとき隣に座っていたのは、私と同僚だけのはずでした。」


証言5:50代・主婦

「家族で行ったとき、酢豚を頼んだんですけど、なぜかラーメンが一緒に出てきて。店員さんも首をかしげて“ミスですね”って言ってました。でも、うち誰も手をつけてないのに、気づいたらスープの表面にレンゲの跡があって、麺も少し減ってたんです。子どもがイタズラしたのかと思ったけど、誰も触ってない。怖いから、それ以来あの席には座らないようにしてます。」


 五人の証言は奇妙なほど一致している。

 熱気、水滴、椅子の動き、録音に残る咀嚼音、減っていくラーメン。

 どれも他愛ない異変のようでいて、ひとつに重なったとき、不気味な輪郭を形づくる。

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