事故物件から異世界直通!? 不器用ネクロマンサーの死霊花嫁 ~死んでから始まる溺愛ライフ~

くれたらむな

はじまりの物語

「白石さん、本当に……ここでいいんですか? 他にも物件はありますし、駅からもう少し歩けば築浅もありますよ」


 営業スマイルを崩さないものの、不動産屋さんのお兄さんの声色には心配が混じっている。


「大丈夫ですよ! 駅から近いし、家賃も安いし」


 私は部屋をぐるりと見渡して、ぱっと笑顔になる。


「それに、中もけっこうキレイじゃないですか? もっとボロボロかと思ってましたー!」


「まあ……リフォームと清掃はしてますからね。ただ、その……」


 不動産屋さんは言い淀む。


「……あの、一応お伝えしておきますね。夜に、もし物音がしても驚かないでください。人の気配がしたとしても──きっと気のせいですから」


「はいっ! 今のところ変な感じもしないですし! 特に寒気がするとか、視えちゃったとかもないですし」


 私は冗談めかして肩をすくめた。


「はは……いや、本当に大丈夫ならいいんですけど」


 不動産屋さんは苦笑しつつ、内心安堵しているようでもあった。


「ぜひ、こちらでお願いします!」


 私は元気よく頭を下げた。


 ──こうして私、白石結衣は、保育の専門学校進学を機に格安アパートに引っ越した。


 そこは、いわゆる「事故物件」。

 不動産サイトには「告知事項あり」と記載されていた。どうやら過去に住人が不可解な失踪を遂げたことがあるらしい。夜になると、どこからか物音が聞こえることもある──そんな噂が絶えない、曰くつきの部屋だそうだ。

 さらに、入居前には大家さんのよしみで、地元の神主さんを呼び、簡単なお祓いまでしてくれたみたい。


 ……とはいえ、私には霊感とか全然ない。「家賃も安いんだし、多少怖くてもまぁいっか」と自分に言い聞かせながら、荷物を整理していた。これから始まる一人暮らしに、胸はちょっとだけ高鳴る。


 父を早くに亡くし、母子家庭で育った我が家は余裕がなくて、学費も生活費も自分でなんとかしなくちゃいけない。だから、多少の我慢は仕方ない──そう割り切るしかなかった。


 駅まで徒歩十二分。

 築三十五年、木造二階建ての二階。

 2K。和室の角部屋。風呂・トイレ付き。


 プロパンガスも砂壁も、玄関扉の立て付けがイマイチなのも許容範囲内……!

 押し入れってけっこう収納力あるし、畳に転がるのも気持ちいいし、案外住み心地がいい。

「一周まわって昭和レトロでエモいじゃん、和室」

 ──なんて言って気に入っていた。


 だから、入居後に時折起こる不可解な出来事にはあまり気を留めていなかった。


 深夜に台所の窓の向こう、外の廊下に人影が揺れているのはたぶん隣の家の帰宅者で。

 帰宅すると物の配置が変わっているように感じるのはたぶん気のせいで。

 押し入れの中から話し声が聞こえても、壁が薄いから隣の人の声かなって思っていた。


 バイトと学校でいっぱいいっぱいで、ほぼほぼ寝に帰っている私。良くも悪くも楽天的な性格が功を奏していた。

(今考えると「もうちょっと用心しようよ、私のバカ!」って感じだけど。)


 誰かの視線を感じてちょっと怖いなって思っても──


「ちょっと幽霊さーん、住むなら家賃払ってよー」


 こんな風に冗談っぽくツッコミを入れる余裕があるくらいだ。


 その夜も、冗談で済ませられたらよかったのに。


 時刻は深夜零時過ぎ。

 私は、長年使いすぎておせんべいみたいに薄くなった布団にくるまってうとうとしていた。


 カチャッ──


 ふと、物音で目が覚める。


 玄関の方からドアノブが回る音。まさか、と思った。

 だけど、すり足で近づいてくる足音が聞こえてくる。

 布団をぎゅっと握りしめ、絶対に目を開けないよう瞼に力を込めた。


 サッ……サッ……サッ……


 初めて聞く、確実に人が歩む音に背筋がぞわりとした。

 耳が勝手に敏感になって、嫌でも音を追ってしまう。


 サッ……サッ……サッ……


(どうしよう、誰か、歩いてこっちに来る……)


 そう確信した瞬間、震えが止まらない。

 大胆すぎる幽霊を朝までやり過ごせたらいいのに、と思っていたら──


 ふぅ


 と耳元で吐息を感じ、反射的に目を見開いてしまった。


 そこには見知らぬ男の姿。

 私は思わず叫んだ。ありったけの大声で。


「で、出たああぁぁぁあああ!!!???」


「チッ……くそっ...…」


 すると、突然押さえつけられ、口を塞がれ、首を絞められる。


 まさかの物理干渉。もう大パニックだ。


(う、う、うそうそうそうそ……ちょっと待って!? 人なの!?)


「むぐぅっ……ううー! うーっ!」


 必死に抵抗するも力及ばず、息が苦しい。


(あー……やっぱりオートロックとかにこだわらなくちゃダメだったかぁ……)


 我ながらおかしな方向に後悔の念を思い浮かべる。


 そうして、最後の力を振り絞っていたそのとき──


 何の因果か、私の呻き声が押し入れを伝って──現代とは違う場所、異世界のとある場所へと届いていた。


✦✧✦


 そこは「幽霊屋敷」と呼ばれる古い洋館。

 住んでいるのは、「死神」と畏れられるネクロマンサーの一族の嫡男。

 孤独で、少し不器用な青年──ルシアン・ノクターン。


 ルシアンは生まれながらにネクロマンサーとしての才能に恵まれていた。死霊を操る知識も、魂を扱う魔力も、一族の誰よりも優れていた。

 しかし、彼は「命」に触れることに深い恐怖と躊躇を抱えていた。死霊を使役することは、あまりに生々しい死の匂いが伴う。


 幼いころから親の期待を受けながらも、彼はその感覚に耐えられず、力を使わない選択をして成長したのだ。


 長い時間の中で、彼は自分の行動を自分に言い聞かせた。


「この力は、特別な時にしか使わない。運命を変えるような、何か特別なことが起きない限り、命を縛るなんて簡単にしていいはずがない──」


 成人してもその臆病で不器用な性格は直らず、一族からはすっかり見放され、広大だが荒れ果てた洋館と、忠実な執事一人だけが残った。

 そうして、誰に必要とされることもなく、期待もされず、長く孤独な日々を過ごしてきた──


 だが、今夜は違った。


 幽霊屋敷に響いた、奇妙で悲痛な叫び。

 目を覚ましたルシアンは、自然と呻き声のする方へ歩を進める。


 暗がりの中に、不自然な正方形の引き戸が現れる。

 上半分はこちらからは認識できない。結界か、幻術か──いずれにせよ、本来であれば安易に触れるべきではないものだ。


 だが、向こうから聞こえる苦痛の声は、彼に妙な焦りをもたらした。

 迷うことなく端に指を滑り込ませ、ゆっくりと引き戸を開く。


 その先に広がっていたのは、見慣れない空間。

 そして──少女が、男に押さえつけられ、命の危機に瀕していた。


 少女は唇を震わせ、涙を浮かべ、震える瞳でこちらを見つめる。


「だ、助けて……」


 その瞬間、ルシアンの胸の奥で、長く閉ざしてきた感情が静かに目を覚ます。


(……これは、運命だ。そうに違いない)


 今まで力を使わない選択をしてきた自分。

 でも、この少女を前にして、初めて「使うべき力」の意味を理解した。

 命を守るために、魂を結びつけること──ネクロマンサーとしてこの力を発揮する瞬間は、きっとこういう時のためにあるのだ。


「大丈夫。君の命は、ここで終わらせない──」


 低く、静かで確信のある声。

 心臓の奥が熱くなる。恐怖も不安も、迷いも、今はすべて溶けていくようだった。


 ルシアン・ノクターン──孤独でこじらせた青年が、初めて、自分の力を真に信じる瞬間だった。



✦✧✦


 押し入れから現れた存在に、私は藁にも縋る思いで叫んだ。


「だ、助けて……!」


 もう、この際、幽霊でも、化け物でも、なんでも構わない。お願い、助けて……!


「大丈夫。君の命は、ここで終わらせない──」


 その声が、耳元に届く。

 意識が遠のき、体がふわりと脱力する感覚。

 まるで、命そのものが溶けていくみたいだった。


(あぁ……せっかく助けが来たのに、私、死んじゃうの……?)


 眠気にも似た脱力感に抗えず、目を閉じた。

 その瞬間、私を襲っていた男の慌てふためく声が聞こえる。


「ヒィィ!! いや、これはっ……違う!! く、来るなっ……化け物!!」


 足音が遠ざかり、もつれながらも走る音が外の階段に反響する。

 どうやら、あの男は逃げ出したらしい。


 静寂の中、そっと膝をつく存在。

 震える手が差し伸べられた。


 でも、その手は私の肉体ではなく──私の「魂」の輪郭を、確かに掴んでいた。


「怖くない。大丈夫。」


 低く、静かな声。まるで自分自身に言い聞かせるように囁きながら、不思議な力がじわりと私に流れ込む。

 冷たくもあり、でもどこか温かい。

 胸の奥に感じたことのない高揚感が走った。


 そして、私の身体から白く透きとおった影が、ふわりと浮かび上がる。

 ──私の魂だ。

 細い糸のように揺れ、消えかけているそれを、彼は両の手で必死に抱きとめる。


「結んでしまえば、二度と僕からは離れられない。それでも、完全に消えてしまうよりはいいだろう? 僕だけの花嫁」


 彼は自分の胸を開くようにして、魂の核を露わにした。

 そして──不器用だけれども確かに、私の魂と自分の魂を結びつける。

 ぎこちない蝶結びのようだけど、それはしっかりと結ばれた。


 刹那、夜の空気が震えた。

 肉体と切り離された私の魂は、押し入れから登場した謎の青年の魂に繋がれ、幽冥の光として脈動を始める。


(……えっ? 私……まだ……生きてるの?)


 どうやら私は、生と死の境界で、ぎりぎりのところで命を掴み直した……みたい。

 怖くて、でも、胸の奥がじんわりと熱くなる。

 命が繋がるって、こういうことなのかもしれない──


✦✧✦


「えっと、ちょ、ちょっと待って? 初対面で『僕だけの花嫁』って急展開すぎない?」


 魂だけになって戸惑う私に、彼はじっと視線を外さず、低く甘い声で返す。


「僕はルシアン・ノクターン。君の名前を教えてくれないか? 僕だけの花嫁」


「あ……ゆい、白石結衣。えっと、だから、初対面なのに花嫁っていうのは、なんか早いって! しかも、これってやっぱり……死んじゃってますよね!?」


 展開についていけず、頭が真っ白になる。

 魂だけになってしまった私からすると、状況を飲み込むのも一苦労だ。


 彼はそんな私をただじっと見つめる。

 そこには独占欲と優しさが同居していて、ぞくりとするほど熱かった。


 いつのまにか首の痛みは和らぎ、体はふわりと楽になった。


「あれ、なんか……死ぬ前より楽かも? いや、いやいや待って待って」


「怖がらなくていい。ユイは、僕が守るから」


 彼は私の肩に手を置いて、微笑んだ。

 私は慌てて距離を取りながらも、少しずつ落ち着きを取り戻そうとする。


「あ、うん……でも、もうちょっと距離感、普通にしてくれませんか?」


 生前、男性との交際経験はほとんどなくて、一度だけ付き合ったことがある程度。

 そのときもやっと手をつないだくらいだから、彼の積極的すぎるアプローチには、正直パニックになる。


 ふっと笑った彼は、ふいに優しく私を抱き寄せた。


「永遠に。ユイは僕の花嫁だ」


「ちちちち近い近い、近いです……! こういうのは段階っていうのがあると思うの!」


 あまりに私が恥ずかしがるので、しょんぼりしながら少し距離を置いてくれる彼。

 とりあえず意思の疎通は図れているみたいで、ほっと胸をなでおろす。


「でも、死がふたりを分かつことはない。だから安心して、ユイは僕の屋敷に来てほしい」


「う……うーん、死んじゃってるんだよ、ね? それなら、そうするしかないよね……」


 彼は静かに頷き、低く落ち着いた声で言った。


「こちらの空間のルールは僕にも完全にはわからない。でも、ユイの魂は僕の魂と結びつくことで、この世界に留まっている。肉体は失われても、魂はまだ死んでいないんだ」


「死んでない……って、どういうこと?」


「簡単に言えば、僕はネクロマンサー。死霊を扱う魔術──ネクロマンスを使える。ユイは今、肉体こそ終わったけれど、魂はまだ存在している。死んで消えたわけではない」


(いや、それを死んでるって言うんだけどーーー!)


✦✧✦


 いつの間にか事故物件の恐怖も、死の恐怖も、別の色を帯びていた。


 全てを理解するにはまだ時間がかかりそうだけれど、たぶんこれはよくある「転生」に近い何かだと思うことにした。

 大体は死んでから剣や魔法の世界に生まれ変わって、前世の記憶や知識を武器に活躍する……みたいなイメージだったけど。

 読んだことのある小説やプレイしたことのあるゲームの世界に転生するわけじゃなくて、私は肉体を失った死霊のまま。

 ……ちょっと変わった転生(?)だけど、まあなんとかなるでしょ!


 一呼吸置き、そう思った。

 良くも悪くも、私は楽天的な性格なのだ。


「ともかく、向こう側に行けばユイの魂は安定して、今よりは安全なはずなんだ。だから安心して、僕の屋敷に来てほしい」


「よし、よくわかんないけど、わかりました……! ルシアンさん、連れてってください!」


 私は自分の遺体に小さく手を振り、彼に連れられて押し入れをくぐった。


 その先に待っていたのは、どこか寂しく、でも美しい洋館。


 高い天井から吊るされたシャンデリアはほとんど灯っておらず、月明かりが窓からこぼれ静かに廊下を照らしている。

 壁にかかる肖像画の瞳は、誰もいないはずの廊下を今も見張っているようで、思わず身を縮める。

 大理石の床には、誰のものとも知れぬ足跡が幾筋も刻まれていて、かすかな冷たい風が廊下を吹き抜けた。


(すごい……ホラー映画のセットみたいなお屋敷だぁ……)


 ぞわりと背筋が粟立つのに、隣を歩く彼の横顔だけは不思議と安心できる。

 そのアンバランスさが、余計に異世界に来た実感を強めていた。


(ああ……不動産屋さん、本当にごめんなさい。完全に事故物件にしてしまいました)


(そして、お母さん。私、変な道を行っちゃってごめんね。でも、大丈夫。私はきっと……大丈夫だから……!)


 そんな思いを胸に歩いていると、彼がぽつりと呟いた。


「君を、ユイを守ることが、僕のすべてになる」


 私は窓の外の星を見上げて、ふわりと笑った。


「なんだか、せっかくもらったチャンスみたいだし、できること……やってみますね。ありがとう、ルシアンさん」


 彼は肩をすくめて小さく笑い、そして──今度は遠慮がちに、優しく抱きしめてくれた。


 こうして、私たちの変わった同居生活──もとい、結婚生活? は始まった。

 死が終わりではなく、二人だけの始まりになった──そんな気がした。

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