若き英雄

「だが、エヴィロン。この戦いは一瞬で終わらせてやる。」

カイルは静かに言い放った。声は淡々としていたが、その奥には確かな自信があった。


「チッ! 調子に乗るな、小僧ッ!!」

エヴィロンが怒声を上げる。

彼はすぐに片手を前へ突き出し、五本の闇の剣を呼び出した。鋭い風切り音を立てながら、それらはカイルへと一直線に飛んでいく。


空気を切り裂く音が響く。

だが、カイルは一歩たりとも動かない。

闇の剣は目前でピタリと止まり、見えない力に押し潰されるように粉々の黒い破片へと砕け散った。


カイルは冷ややかに見据えた。表情に一片の怯えもない。

「言っただろう。そんな攻撃、俺には通用しない。ましてや……こんなゴミみたいな術、なおさらだ。」


エヴィロンのこめかみに青筋が浮かぶ。

「ならば……これを使うしかないなッ!!」

怒気を帯びた咆哮と共に、黒いオーラが彼の全身を包み、周囲の空気が震え始める。

不可解な魔法陣の紋がいくつも浮かび上がった。


「俺の前で死ねぇぇ!!」

エヴィロンが吠えると同時に、彼の“運命魔法”が発動した。


次の瞬間、カイルの身体が激しく揺さぶられる。

目を見開き、唇の端から血が流れ落ちた。

彼は片膝をつき、痛みに耐えながら荒い息を吐く。


「カイル!!」

エリナが悲鳴を上げた。

アイリスとザインも凍りついたようにその光景を見つめ、信じられないという表情を浮かべる。


エヴィロンは哄笑した。その笑い声は戦場全体に響き渡る。

「ハハハハハッ!! どうだ、思い知ったか小僧ォ!! まだ自分が勝てると思っていたのか!?」


一方その頃――。

カイルの使い魔であるネロはただ鼻で笑い、エヴィロンを軽蔑するように見下ろしていた。

「愚かだな……その魔法をカイルの前で使うとは。お前、本当に誰と戦っているのか分かってないらしいな、エヴィロン。」


エヴィロンが鋭く顔を向ける。驚愕に満ちた目で叫んだ。

「な、何だと!? どういう意味だ!!」


そのとき、カイルがゆっくりと顔を上げた。

唇からはまだ血が垂れていたが、口元には不敵な笑みが浮かび始めていた。

その瞳は鋭く光り、全身から放たれる魔力が一気に膨れ上がる。


「すごいな……まさか魔法が本当に人を一瞬で殺せるなんて思わなかったよ。けど……残念だけど、その魔法、俺には効かないんだ。」

カイルは落ち着いた口調で、しかし相手を圧倒するような声音で言った。


エヴィロンは一歩後ずさり、顔を引きつらせた。

「な、何だと!? あり得ない……俺の運命魔法が……!」


カイルが手を上げると、その周囲に不思議な光が現れた。

「じゃあ……俺もその魔法を試してみようか。」


空気が一瞬で凍りつく。

エヴィロン自身の闇魔法が、まるで恐怖しているかのように震えた。

エヴィロンは怯えた目でカイルを見つめ、額から冷や汗を流す。


「な、何を……このガキ、何を言ってやがる……」

声が震えていた。


カイルの鋭い視線がエヴィロンを射抜く。

周囲の空気が震え、濃密な黒い魔力が彼の身体を包み込み、まるで生きた影のように揺らめく。


「俺は……“圧倒的な速度”を望む。」

静かにそう呟くと、運命魔法が開かれる。


空中に魔法陣の紋様が浮かび、彼の身体の周りを旋回し始めた。

突風が吹き荒れ、砂塵が舞い上がる。地面からは魔力が爆発するように噴き出した。


エヴィロンは目を見開き、驚愕する。

「な、何だと!? 馬鹿な! 運命魔法は人間の願いなど聞き入れんはずだ!!」


だが、彼が言い終わるよりも早く――


シュンッ!


カイルの姿が消えた。


一瞬後、エヴィロンの目の前に現れる。

「なっ!?」

エヴィロンが叫ぶ間もなく――


カイルの蹴りが彼の顎を捉えた。

その速さは、悪魔の眼でも追えないほどだった。


ドガァンッ!


エヴィロンの身体が宙を舞い、雲を突き抜けて空高く吹き飛ばされる。


カイルは地面を見下ろし、静かに微笑んだ。

「お前の負けだ……。」


膝を曲げ、一気に空へと跳躍する。

風が爆ぜ、地面に衝撃波が走る。

彼の身体を包むオーラは、闇と蒼い光が混ざり合い、不気味に輝いていた。


空の上――

カイルは手をかざし、巨大な闇の球体を形成する。

その球は鼓動のように脈打ち、世界の呼吸が止まったかのように静寂が訪れる。


「これで終わりだ……エヴィロン。」

その声は静かでありながら、まるで死神の宣告のように響いた。


闇の球が放たれる。

エヴィロンの身体を包み込み、全てを飲み込む。


「クソッたれがあああッ!!!」

球体の中から、エヴィロンの絶叫が響いた。

「待っていろ! お前の子孫を永遠に呪ってやるぞぉぉぉ!!!」


その叫びは虚空に消え、やがて光も闇も飲み込まれていった。

闇の球はゆっくりと収縮し、エヴィロンと共に消滅した。


カイルは腕を下ろし、空を見上げる。

「……これで、終わった。」


黒雲に覆われていた空が、徐々に晴れていく。

月の光が差し込み、荒れ果てたアウレリア魔法学園を静かに照らす。

長く続いた戦いは、ついに夜を迎えていた。


学園に隠れていた生徒たちが、次々と外へ出てくる。

皆、空に浮かぶカイルを見上げ、歓声を上げた。


「カイル万歳!」

「助かったんだ!」

「彼は俺たちの英雄だ!」


歓声は学園全体に響き渡った。


エリナは胸を押さえ、震える声で呟く。

「カイル……本当にやり遂げたのね……」

その瞳には涙が浮かび、穏やかな笑みが浮かぶ。


アイリスは誇らしげに微笑み、

ゼインは空を見上げて小さく笑った。

彼もまた、友の力に心を打たれていた。


カイルがゆっくりと地上へ降り立つ。

空にはもう黒い煙一つ残っていない。

夜風が穏やかに吹き、月の光が瓦礫の上を照らしていた。


足が地面に触れた瞬間、生徒たちは一斉に駆け寄る。

その顔には感謝と感動、そして安堵の色が浮かんでいた。


「カイル、すごかった!」

「本当にエヴィロンを倒したんだ!」

「俺たちは助かったんだ!」


歓声と笑いが交じり合う。

教師たちも遠くからその光景を見つめ、信じられないという表情を浮かべながらも、誇らしげに微笑んだ。

――彼らも分かっていた。

この少年はただの生徒ではない、と。


人々の輪の中から、エリナがゆっくりと歩み出る。

その金色の髪が夜風に揺れ、月光を受けて輝いた。


カイルが振り向いた瞬間、エリナは何も言わずに彼を抱きしめた。

カイルは驚き、目を見開く。

一瞬身体を硬直させたが、やがてゆっくりとその手を伸ばし、優しく抱き返した。


その光景を見て、生徒たちは一斉に騒ぎ出す。

「うおっ!? 氷の姫が抱きついたぞ!?」

「まじかよ! あのエリナが!?」

「いつもツンツンしてるのに!?」


後ろで見ていたセルヴィアが口元を押さえてくすりと笑う。

「ふふっ……だってエリナ、ずっとカイルのこと好きだったんだもん。」


「な、何だってぇぇ!?」

ゼインが叫び、手から剣を落としそうになる。

「エリナが……カイルを!?」


セルヴィアはいたずらっぽく微笑んだ。

「うん、ずっと内緒にしてたけど……もう全員バレちゃったね。」


カイルは抱きしめられたまま、頬を赤らめながら苦笑した。

「まさか……こうなるとはな。」


生徒たちはさらに盛り上がる。

拍手、歓声、冷やかしの声があちこちで飛び交う。


「アカデミーのカップル誕生だ!」

「英雄カイルと氷姫エリナ、最高の組み合わせだ!」


エリナはハッと我に返り、慌てて腕を離した。

頬を真っ赤にし、視線を逸らしながら言う。

「べ、別に! 勘違いしないでよ! 私はただ……安心しただけ!」


カイルは小さく笑い、

「はいはい、分かってるよ。」と軽く返した。


夜空には無数の星が輝いていた。

戦いの終わりを祝うかのように、月光が二人を照らしていた。


カイルは静かに空を見上げ、呟く。

「……これで一段落、か。」


だが彼の心の奥では――まだ終わっていないと知っていた。


こうして、アウレリア魔法学園を包む夜は静かに幕を下ろした。

生徒たちはそれぞれの寮へと戻り、安堵と感動を胸に眠りについた。


そして――

若き英雄、カイル・ニジマの名は、学園を救った伝説として語り継がれていくことになる。


――だが、彼の物語は、まだ始まったばかりだった。

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