危険な攻撃
少し前、カンジーが去ったあと——
カイルはまだ学園の庭の真ん中に立ち尽くしていた。
夕方の風が静かに吹き抜ける。だが彼の鼓動は早く、胸の奥に重く沈むような不安が広がっていく。
彼は遠く離れたオーレリア王国の空を見上げた。
「……一体、何が起こっているんだ?」
低くつぶやく声には、いつもの穏やかさが消えていた。
カイルは拳を握りしめ、鋭い声で呼びかける。
「ネロ……」
マントの影の奥から、小さな黒い狐の姿が現れた。赤い瞳が闇に輝き、その体からは冷たくも優雅な魔力が漂っている。
「なんだ、坊主?」
ネロはあくび混じりに言いながら、カイルの肩に飛び乗った。声はだるげだが、どこか鋭い。
カイルは遥か彼方の王城を見つめた。
「どうもおかしい。……強大な魔力を感じる。王国の方向からだ。」
「ふん……今、俺にも感じた。あれは——強くて、黒い。尋常じゃねぇな。」
ネロの目が細まる。カイルは小さくうなずき、表情を引き締めた。
「行こう、ネロ。……家族が危ない気がする。」
ネロは一瞬黙り、そして口の端を上げる。
「へっ、ようやく貴族らしい口を利いたな。いいぜ、しっかり掴まってろ。」
次の瞬間、黒い魔力の翼がカイルの背に広がった。
足元から青い光が爆ぜ、風が庭を巻き上げる。
「離すなよ坊主! 学園の結界を突き抜けるぞ!」
「準備できてる!」
二人の体が空へと放たれる。
穏やかだった空は裂け、ひとりの少年とその使い魔が、赤黒い光に包まれた王国へと飛び立った。
――その頃。
学園の別の場所では、銀髪の少女エリナが中庭と回廊を駆け抜けていた。
焦りに満ちた瞳があちこちを探す。
「カイル! どこにいるの!?」
息を切らせて立ち止まる。
「さっき『庭で食べるだけ』って言ってたのに……どうしていないの?」
ふと空を見上げると、青い残光が風に流れていく。
――カイルの風魔法の痕跡。
「まさか……学園の外に!?」
エリナの目が大きく見開かれた。
◆ ◆ ◆
オーレリア王国。王城の前庭では、
空が紫黒い魔力の霧に覆われ、息をするたびに胸を締めつけられるような圧が漂っていた。
瓦礫と炎の中、カンジーが駆け込む。
視線の先、地に伏した男の姿——弟のエリオンだった。
「エリオン!?」
声が震える。彼女はすぐに駆け寄り、その体を抱き起こす。
「嘘だろ……誰がこんな……」
エリオンの体は焦げた魔力の痕だらけで、かすかに息をしているだけだった。
「おい、エリオン! クソッ……!」
カンジーの拳が地面を打つ。怒りに魔力が共鳴し、青い光が空気を震わせた。
「何があったんだ……!」
彼女は崩れかけた王城を睨みつける。
「これが敵の仕業なら……絶対に許さない。」
青い閃光を残し、カンジーの姿は城の奥へと消えた。
◆ ◆ ◆
その少し後——
王国の反対側。強い風が吹き荒れ、砂塵が舞い上がる。
カイルが静かに着地した。目の前には、倒れたままのエリオンの姿。
「やっぱり……攻撃されたんだな。」
カイルはしゃがみ込み、静かに兄を見下ろす。
唇の端に小さな笑みを浮かべるが、その瞳は鋭い。
「ただの気絶か……でも、兄貴がこんな簡単にやられるわけねぇよな。」
空を見上げ、薄く笑う。
「……俺が相手じゃない限りは、な。」
影からネロが現れ、呆れた顔をする。
「まったく、こんな時でもよくそんな口が利けるな。」
カイルは立ち上がり、淡く光る魔力を纏った。
「ネロ。」
静かだが確かな声。
「兄貴を守ってくれ。俺は——犯人を見つける。」
ネロの尻尾が揺れた。
「まさか、お前一人で行くつもりか?」
「当然だろ。」
カイルは危うい笑みを浮かべる。
「面白くなってきた。」
ネロの目が丸くなる。
「正気か!? 相手は上級魔導師クラスだぞ!」
だがカイルはもう聞いていない。
彼は手を掲げ、足元に風の陣を描く。青白い風が体を包み、マントが激しく翻る。
「もし戻れなかったら……兄貴たちを頼む。」
そう言い残し、カイルの体は風に乗って天へと舞い上がった。
その余波で地面の石が砕け、砂煙が舞う。
ネロはその背を見上げ、ため息をつく。
「やれやれ……本当に手のかかる坊主だ。」
小さく笑って、倒れたエリオンの隣に座り込む。
「勝ってこいよ、カイル。」
◆ ◆ ◆
王城内部。
轟音と衝撃が鳴り響く。紫の魔力が空間を満たし、瓦礫が舞う。
王アルデンは息を荒げ、血まみれの体で立っていた。
目の前には、不敵な笑みを浮かべる男——エヴィロン。
「終わりだ。」
エヴィロンの手のひらに黒い槍が形成される。
次の瞬間、それはアルデンの胸を貫いた。
「ぐっ……!」
膝をつく王。白い王衣が血で染まる。
「アルデン!」
女王エレノラが駆け寄り、その体を抱きとめた。
「いや……いやよ、アルデン!」
崩れ落ちる二人の姿に、暗黒の光が静かに瞬いた。
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