13.殺到

 ミクローシュにとって大変だったのは休憩時間だった。何しろクラスのほとんど全員が彼の周辺に殺到してくるのである。ニュゴットヴィーズ学園は大きな学園ではない。一学年の人数はおよそ二十人ほどで、よってクラスも一学年あたり一つである。とはいえその二十人が一点に押し寄せると相当な窮屈さだった。授業の合間ごとにこれが繰り返される。同い年の男子。行き倒れ掛けていたところを保護された。色々な意味で皆がミクローシュに興味を持って話しかけたがるのも無理はない。しかし彼にはどうしても答えられない質問があった。どこから来たのか、である。

「記憶が無いんだ」

ミクローシュは申し訳なさそうに言った。

「名前は覚えてたんだよね」

「ケンニェクの定跡を完璧に暗記してるってアーグネシュが言ってた」

「勉強も全然問題無いみたいだけど」

などと突っ込みが入る。ケンニェクに関しては、ミクローシュはアーグネシュとは一戦を交えただけなのだが・・・恐らく噂が誇大になったものだろう。

「そういうことだけは覚えてるんだ」

ミクローシュは何度もそう言って曖昧に笑う他はなかった。「そういうこと」とはどういうことかと言うと、結局のところ多岐に渡るのである。

 ともかく散々質問攻めに遭って、午前の最後の授業、四限が終わった頃にはミクローシュは異様に疲れていた。だが彼は理解していなかったのだ。と。

「ミクローシュ君、一緒に食堂に行こうよ」

などと言いながら例によって女の子たちが集まってくる。集まってくるのには早くも慣れ始めていた。だが食堂というところには彼はまだ行ったことがない。ニュゴットヴィーズ学園の規則では、食事は食堂でしても、自室や学外等で勝手にしても良いことになっている。ミクローシュは今朝は「編入準備」ということで朝礼の時間より更に早く学園長室に呼ばれていたため——それもこれも昨夜ケンニェクで盛り上がりすぎて時間が無くなったからなのだが——朝食はそこでパンと紅茶を頂いたのだった。その時に学園の見取り図ももらったから食堂の場所も知ってはいたが、なにぶん王侯貴族の邸宅のように広い建物であるから、迷いそうで不安に思っていたのである。だからミクローシュは喜んで女の子たちについていくことにした。

 ミクローシュが護送されて食堂に辿り着く。先頭の女の子たちが扉を押し開く。何の変哲もない食事の風景が眼前に広がる——だがそれはだった。気が付けば食堂の景色は、入り口近辺に人が寄ってたかるという異様なものになっていたのだ。中でも入り口に一番近いポジションを押さえているのは力の強い上級生たちのようだった。恐らく高等部二三年、ここの生徒の最年長者たちであろう。

「君がフェケテ・ミクローシュ君だな」

「浴槽の中に潜んでいたという」

「全裸で廊下を駆け抜けていったそうじゃないか」

「アーグネシュ君と夜の決闘をしたって本当?」

上級生たちが次々にミクローシュに言葉を浴びせた。どれも間違ってはいないが・・・何やらニュアンスがおかしいものが含まれている気がしてならない。彼女たちの中には昨夜学園長室で見た顔もあった。要するに、面白がっているのである。

「アーグネシュ君、実際どうだった?終わったときには二人とも汗だくだったと聞くけど、激しかったんだね?」

ついでにアーグネシュや他の同級生たちにも流れ弾が当たっていた。アーグネシュは顔を引き攣らせ、エメシェは淡々と受け流し、ヴィオラはノリノリで話を更に誇張し・・・皆それぞれの反応が、万華鏡を覗いているようで面白い。そんな喧騒の中でひっそりとミクローシュの腹が鳴ったことに気付く者は当然いなかった。

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