17 Mr.Perfect-1-
こっそり部屋に戻って、ドライヤーをかける。
親子仲睦まじくしているところを、目にしたくないと思ってしまう私って、心が狭いのかしら。
……いくら、パパとの約束だからって、私に嘘をつくなんて、響哉さんって最低。
鏡に映る私の顔は、半分怒っていた。
でも、何故か後の半分は、やりきれない表情になっている。
私、妬いてるのかしら。
だとしたら、誰に?
彼の娘に?
それとも、その母親に?
最初から、気づけば良かった。
20歳も年上の人が本気で私を好きだなんて――ありえないに決まってるもの。
パパと同い年の人が、私のことを「恋人」だなんて思うはず、ないわ。
からかわれていたのよ、やっぱり。
それを、私は真に受けて――。
白馬に乗った王子様の存在を、信じていたわけでもあるまいし。
ある日、突然現れた美形青年が、テレビドラマ並みの甘い言葉を口にするからって、――そして、いくら昔好きだったからって言っても――謎だらけなのに、疑いもせず、いつの間にか、好きになってたなんて、私、本当にどうかしてたわ。
……ばっかみたい。
コンコン
部屋のノックの音には、気づかないふりをしたまま、ドライヤーの音を上げる。
「マーサ」
耳に心地良い、低い声だけど、今は大嫌い。
……ついさっきまで、大好きだったのに。
私が返事をしないでいると、勝手にドアを開けてはいってきた。
私は鏡を見たまま、髪を乾かし続ける。
鏡越しに見た響哉さんの表情は、いつもと同じ甘いもので私は思わず目を逸らす。
「マーサ、貸して」
「……私は自分で出来るから、平気。
ペギーの面倒見てあげたら? 父親なのよね」
絶対に泣いてなんてやるものか! って思いながら口を開いたら、やたらと平淡な口調になってしまう。
それなのに、何故か響哉さんは幸せが思わず零れたような、蕩けるような笑顔を浮かべた。
「あれは、マーサが俺のことをお兄ちゃんって呼んでいたのと、同じ。
ただ、そうやって呼んでいるだけで、俺は本当の父親じゃない」
「そんなのっ。
簡単に、信じられると思う? 私、響哉さんのこと何も知らないし……」
気づけば、自分の声じゃないみたいに震えていた。
これ以上喋っていると、感情が溢れて叫びそうになる。
私はドライヤーを置いて立ち上がった。
このまま、冷静に喋り続ける自信がなかった。
響哉さんの傍をすり抜けようとしたら、手を掴まれる。
「離してよっ」
キッと彼を睨んだのに、響哉さんは場違いな甘い笑みを崩さない。
酷い。
子供扱いしてるんだわっ。
「離してって言ってるでしょっ。怒るわよっ」
自分でも耳にしたことがないくらい、はっきりと、私の声は怒りの色を帯びていた。
「いいよ」
言うや否や、響哉さんはあっけにとられている私を腕の中に抱きしめた。
「……何、言ってるの?」
「怒っていいって言ってるの。どうぞ」
「子供だからって、馬鹿にしてんの?」
そうとしか思えない。
ペギーの本気を簡単にあしらうように、私の本気だって、きっと……
「そんなことない。
前ね、啓二くんに聞いたんだ。マーサが本気で怒った姿なんてみたことがないって」
……そうかな。
あんまり考えたことないけど、そうなのかも。
だって、私は養女だし。
少しくらい、遠慮して当たり前だわ。
「だから、俺に対して怒れるってことはそれだけ心開いてくれたってことだよね?
嬉しいよ」
……えーっと。
冗談ではなさそうな、喜びを帯びた声に、私はくらりとした。
どんだけポジティブシンキングなんですか。
「あのね……」
見上げれば、そこに、優しいとしか形容できない笑顔があった。
「……もう、いい」
無理。
それでなくても、怒りなれてない私に、蕩けそうな笑顔を見て尚怒りを持続するなんて芸当。
出来るわけ無いじゃない。
「……じゃあ、ペギーの父親は誰?」
ふっと、響哉さんの瞳が曇る。
「ごめんね、マーサ
それだけは教えられない」
……で、話は振り出しに戻るってこと?
ああ、もう、意味わかんないっ。
どんな表情をしたら良いのかさえ、見当がつかなくなったその時。
「Dad」
と、ネグリジェ姿のペギーがやってきた。
何が何でもここに泊まるつもりで出かけてきたのだと思うと、それはそれで微笑ましい気がした。
『ペギー、今日はここでお休み』
響哉さんは躊躇うことなくそう言った。
「ちょっと、私は何処で寝るって言うのよっ」
「マーサは俺と寝るに決まってるでしょう?」
ああ、そういえばこの方、ポジティブシンキングな上に、相当の自己中……でした、ね。
そう思うと、再びふつふつと怒りが沸いてくる。
なぁんでそうやって決め付けるかなぁ。
……誤魔化す、ため?
「親子仲良く一緒に寝ればいいじゃないっ。パパなんでしょう?」
私がそう言った瞬間。
ペギーの瞳の色が変わる。
怒りとも、悲しみともつかない微妙な色に。
そうして、彼女は真っ直ぐに私を見つめて言った。
「My father is Mr. Perfect.」(私の父はミスター・パーフェクトよ)
「ペギー」
名前を呼びかけた響哉さんに、思いがけず大人染みた笑顔を見せた。
『平気よ、Dad. 私、慣れているもの。おやすみなさい』
感情を押し込めた小さな声に、身動きが取れなくなってしまった。
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