第9話 暴走するみちる

 シュウウウと言う静かな音と共に、みちるの体から湯気が登り始めた。やがて、彼女の身体から魔物の力が開放されていく。


「こ、これは!」


 ギリュウは急激に膨張する力を感じて、思わず握っていた手を開いてしまった。

 それは、魔界四天王ですら驚愕するほどの力の暴走ぶりだった。


「まさか、彼奴の魔物因子がこれほどまでに覚醒しているとは……っ!」

(覚醒じゃない……。あれは、暴走だ!)


 変わり行くみちるの姿を見ながら、レイチェルはそう感じ取っていた。今まで人が魔物に変わった事例は聞いた事がない。おそらく、これが史上初めての人から魔物への変容だった。

 今まで抑えつけられていた力が急に開放され、みちるの体からとんでもない熱量が発生する。そんな彼女は段々と姿を変えていった。そう、その力を出す者に相応しい姿に――。


「ふふ……力が溢れてくる……。これが私の新しい姿ね」


 みちるの肌の色は青く染まり、頭には2本の黒い角が生えた。背中からはコウモリのような羽が生え、にゅっと尻尾も伸びてくる。耳も伸び、歯には牙が生えてくる。外見の変化だけではなく、体の内側から溢れ出てくる力が彼女の心を万能感で満たしていった。力も感覚も段違いにパワーアップしたのだ。

 急激に膨れ上がる自身の力を感じて余裕が生まれたみちるは、目の前の最強の敵に向けて指を動かし、分かりやすく挑発する。


「さあ、仕切り直しよ! かかってらっしゃい!」


 自身に向けた好戦的な態度を目の当たりにして、ギリュウの怒りは頂点に達した。


「たかが力を開放した程度で! 死ねぃ!」


 そこからの2人の戦いは苛烈を極めたものになった。力を開放したみちるは、何とギリュウと互角の戦いを繰り広げていたのだ。

 エネルギー攻撃の遠距離戦についで、肉弾戦の接近戦闘。ものすごいスピードの攻防戦は、レイチェルの認識が追いつかないほどだった。


「まさか、ここまでだなんて……」


 2人の戦闘にレイチェルは手も足も出ない。むしろみちるの邪魔にならないよう、あえて戦闘中の2人から距離を取らねばならないほどだった。

 力を放出する事に喜びさえ見出すほどのみちるの顔は、普段の見慣れていたぐーたら好きの以前の彼女と同一人物とは思えないほど。一方のギリュウも、この戦闘に戦いの喜びを見出しているようだった。


「有り得ない! 有り得ないぞおっ!」

「何がよっ!」


 激しい戦闘を繰り広げながら、2人は会話を楽しむ。


「元人間のお前がこの私と同等などとっ! 悪い冗談だっ!」

「貴方バカねっ! 私の方が上よっ!」

「ほざけっ!」


 もはやこの戦闘を目で追う事は不可能で、聞こえてくる音と気配だけでレイチェルは2人の戦いを見守っていた。

 魔界四天王が――天使長クラスでないと相手にならない程の存在とみちるが今ここで互角の、いや、それ以上の戦いを繰り広げている。この戦いの結果がどう転ぼうと、最後までしっかり見届けようと彼は誓うのだった。


「お遊びはここまでにしておくか……」

「そうね、そろそろ終わりにしましょ」


 2人の動きが一瞬止まり、やっとレイチェルにも彼らの姿を確認する事が出来た。次の攻撃がお互いの最後の一撃になる――。まるで時間が静止したかのように、圧倒的な静けさがこの場を支配した。

 そうして緊張感が臨界点に達した時、再び時は動き出す。


「みちるスペシャルフルバースト!」

「魔導破戒断!」


 2つの大きな力がぶつかった。お互いの最強の攻撃が空中で激突し、その強大な力の衝突にレイチェルは呆気なくふっとばされてしまう。


「うわあああああ!」


 2つの力の対消滅の影響で、空間に大きな歪みが生じ始める。この戦いで生じた次元振動は、天界にも魔界にも激しく響き渡った。

 ふっとばされたレイチェルは、その瞬間に意識を失ってしまったのだった。

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