62皿目 取引。

 「思うようにいかないことだってある」太郎はそう思った筈だ。

 昔あそんだおもちゃ『LEGO』を引っ張り出してきて、思うがままに組み立て始めたが、幼児期よりは発想が豊かになり、手持ちのブロックの数だけでは、イメージしたものを完成させられないと知った。そこで、新しく買ってほしいと母にせがんだ。

 「LEGOだって?今さらそんなものに興味を持ち始めたのか?」

 妻から聞かされて、思わず声を荒げた。しかし、創造的な遊びに好奇心を持つことには大賛成だ。すぐに考えを改めた。

「よし、買ってやろう」太郎は素直に喜んだ。「ただし!部屋をキレイに片付けたらな」そう簡単には許可をださない。

 翌日、夏休みの間に散らかった子供部屋は、キレイに片付いた。『LEGO』を手に入れる為の取引条件は簡単にクリアした。私の休みの日に買いに行くこととなった。


 売り場には高学年も楽しめる、難易度の高いものが人気を集めていた。『スタウォーズ』や『インディージョーンズ』のシリーズが特に売れ筋のようだ。太郎は花子と相談し、飛行機や船それにヘリコプターなどが組み立てられるキットを選んだ。二人は早く家に帰りたがったが、翌日の夕方まで箱を開けることを禁止した。夢中になって、夜更かしさせない為だ。このところ、朝寝坊が続いていたのだ。

 翌朝、仕事から帰宅すると太郎がトイレを掃除していた。どうしたことかと尋ねると、トイレ掃除をすると一回につき百円のおこづかいが貰えるらようになったと言うのだ。

 一回百円?ちと高過ぎる気もしたが、家計は妻の管理下にある。余計な口はださない。太郎は誰よりも早起きし、真っ先に掃除を始めた。約15分の掃除で百円。取引としては、割りのいい話だと思う。それに早起きもするようになった。妻にとってもいい取引なのかもしれない。

 夕方になり、念願叶い『LEGO』で遊び始めた。延々と独り言を言い続けながら、手を休めることなく動かしていたが、完成まえに夕飯。作業の中止が宣告された。

 「はい、片付けて!もうすぐご飯よ!」

 太郎は渋々、食卓に広げたパーツを集めて『LEGO』を袋に放り込み、途中までの組み上がったものをそっと部屋に運んだ。

 残念だが、この日の製作はここまでだ。ご飯のあとは、風呂に入り、明日の準備をして寝るのだ。そんな拗ねた顔をみせるな。おまえは、部屋を片付けて『LEGO』を手に入れた。トイレ掃除もして百円をもらった。いい取引をしたではないか。我慢できるだろ?

 みんなが入浴後、リビングでささやかな団欒が営まれた。それは、就寝前に毎日のように行われている。睡眠という生理現象によって強いられる数時間の別れを惜しみ、急に甘えん坊になり、母親にべったりとくっつく作業だ。

 その時、妻がリビングの床に落ちているものを拾い上げた。どうやら『LEGO』のパーツのようだ。それは、立方体ではなく、先が尖ったブロック。どこか、特定の場所で使われるブロック。それでないと、他に替えの効かないブロック。それを妻が拾った。

 太郎が嬉しそうに顔を歪め、母に感謝の言葉を言った。

「母さんありがとう!ブロック見つけてくれて!!」そう言って、母に手を差し出した。

 妻はそのブロックを観察すると、右手でぎゅっと握りしめた。そして、その手を後ろにまわした。残ったもう一方の手をパーに広げて太郎に差し出した。

 「はい。じゃぁ、これ、200円ね」

 太郎は9歳にして、苦虫を噛み潰したような表情を作れるようになった。

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