30皿目 聖域。

 「おれもチョコパイ食べる!」

 学校から帰って来るなり、父の食べ散らかしたチョコパイの包みを見て、太郎が声を上げた。

「あんたはこれから歯医者でしょう!」妻がたしなめた。

 毎週火曜日は矯正具の調整の為、近所の歯医者に通っている。

「わかった。じゃぁ、晩ごはんのあとで。それならいいでしょう?」

 聞き分けが良くなってきた太郎。思わずうなずきそうになった妻が、慌てて首を横に振った。

「ダメよ」

「どうして?ねぇ、どうしてダメなの?」

 現在、太郎に虫歯はない。治療をしたからだ。矯正具をつけると、どうしても虫歯になりやすい。ちょっと気を緩めるとすぐに虫歯になる。だからと言って甘いものを食べさせないというわけではない。きちんと歯磨きする習慣を身につけさせて、その上で、おやつは普通に用意している。

 さて、なぜダメなのか?妻はいじわるしたくてダメだといっているのか。それともなにか理由があるのか。

 「母さん、知ってるんだから」

 それを聞いた太郎がひるんだ。

 この年頃の少年には、後ろめたい事が山ほどある。それが普通だと思う。なにを知っているのか?母さんはどこまで知っているのか?買い食いしたことか・・・それとも、友達の宿題を写したことか・・・手袋をなくしたことか・・・秘密基地のことか・・・パソコンを勝手にいじったことか・・・どれだ・・・太郎の視線が宙をさまよった。

 「母さん、知ってるんだから」妻は繰り返した。

 ごくり。太郎が息を飲んだ。

「あんたのベッドの布団の下から、お菓子の袋がいっぱい出てきたよ」

 ははは。太郎、残念だったな。みつかってしまったものはしょうがない。でも、とーさんはわかるぞ。ベッドの下は男の子にとっては聖域だからな。とーさんも若い頃はいろんな物をベッドの下に隠したものさ。今回はあきらめるんだな。きちんと始末しなかったおまえが悪い。だから、おやつは、おあずけだ。そう、お〜あ〜ずぅけっ!

 ん?なんでそんな言い方をするのかって?それはな。とーさんも、この前そんな風に言われたんだよ。ふとんの中で、母さんからな。「今夜は、お〜あ〜ずぅけっ!」ってな。

 たぶん、みつかっちまったんだな。押し入れのか、ダウンロードしたか。どっちかだと思うんだけど。まだ、確信は持てないんだよね。うん。だからな。とーさんには、おまえの気持ちがよ〜く分かるぞ。太郎、つらいだろうけど、今日のところは、我慢だ。とーさんも我慢している。

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