25皿目 本物。

 「いまから宿題をするね」太郎が意を決して母に言った。

 今日は水曜日。サッカーの練習がある日だ。毎週水曜日は、すくすくスクールに寄らずに授業が終わったらすぐに帰宅させている。そして、宿題を済ませてから昼寝(夕寝)を義務づけている。なぜかというと、サッカーの練習が終わってから帰宅し、ごはんを食べてお風呂に入ると夜の10時をまわってしまうからだ。練習により、減ってしまう睡眠時間を補う目的で、昼寝をさせている。そうしないと翌日の朝、子供達は起きることができないのだ。ところがこの日、学校から帰って来た太郎は、別の事に気を取られ宿題をせずに夕方を過ごした。

 妻がパートから帰ってくるのは、だいたい午後4時過ぎ。普段通りにすべき事を終わらせていれば、もう寝ている時間なのだ。だから妻は水曜日には玄関をそっと開けて、静かに帰宅する。子供達を起こさないようにと、気を使っているのだ。

 しかし、この日、太郎は起きていた。睡眠を取っていないどころか、宿題すら終わっていないと言う。太郎はカミナリが落ちるのを覚悟した。

 「まだ宿題やってないの!いままで何やっていたのよ!」とか「やるべき事ができないんなら、サッカーはやらせないっていつも言ってるでしょ!」とか「今から宿題したんじゃ昼寝もできないじゃないのよ!明日起きれなくて遅刻なんてしたらサッカーは辞めさせるからね!」とか「晩ごはん抜きだからね!練習終わったらすぐ寝かせるからね!」とか「ゲームしてたんでしょう!(ゲーム機を)もう取り上げるわよ!」とか「テレビもDVDも禁止にするよ!」等々。

 太郎はカミナリが落ちるのを覚悟した。そして、考えうる全てのカミナリの種類を思い浮かべて恐怖した。思いつく言い訳では言い逃れは出来ない事も経験から知っていた。

 「今から宿題をするね」太郎は意を決して母に言った。もうどうにでもなれ!といった気分だ。

 妻が太郎に顔を向けずに返事をした。

「手を抜かずにきちんとするのよぉ♪終わったら見せなさいね♪」

 太郎が目を丸くした。予想と違う優しい反応に戸惑っている。やがてぶるぶると震え出した。優しさに恐怖を覚えたのだ。そしてためらいがちに母に尋ねた。

「ねぇ、そこにいるのは本当に母さん?本物の母さん?」

 妻はその質問の意味を理解するのに1秒ほど要した。

「なによそれ!母さんが優しくしたら変だっていうの!まったくもうっ!」

 太郎が安心したように呟いた。

「よかったぁ。本物の母さんだ」

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