第23話




 風見ヶ岡学園の夏休みも半分程が過ぎた。

 斗真は実家に帰ってから毎日のように剣護の家に通い詰めては剣護と何度も剣を交えていた。

 朝から日が傾くまで、剣護に付き合って貰い確かに剣の実力が上がっていると言う手ごたえはあるが、斗真はまだ納得がいかない。


「どうした? 今日はずいぶんと剣が荒れているが?」


 毎日のように相手をしている剣護は今日の斗真は普段に比べると焦りのような物が感じ取れた。

 斗真も自覚しているのか、少しバツが悪そうに息を整える。


「……まぁな。こうして剣護に相手をしてもらっているけどさ。魔法の方は全然練習出来てないんだよな」


 夏休みに入ってから剣の鍛練は毎日のように行っている反面、魔法に関しては学園から出された課題を解くくらいで、実技に関しては全く行えていない。

 魔法管理法により魔法の私的使用には大きな制限がかけられている。

 剣の鍛練とは違い、魔法の鍛練は管理局の許可を取る必要がある。

 一般人が魔法を私的に使用する際は大抵の場合は、魔法管理局の支部に申請を出す必要がある。

 この辺りに管理局の支部は無い為、そう簡単に魔法の練習は出来ない。

 これが寮にいた頃は学園のグラウンドであれば、支部に申請する必要はなく、魔法の練習が出来た。

 

「焦ってもどうにもならないって事は分かってんだけどな……」


 出来ない事はどうしようもない。

 だからと言って、許可を得ずにこっそりと魔法の練習をする事は違法行為となり兼ねない為、斗真の頭の中のはこっそり練習すると言う選択は無い。

 それでも、実技試験で感じた総真との実力差が頭から離れない。

 ただでさえ実力には差があり、1月以上も魔法の練習が出来ないとなれば更に実力差が広がりかねない。

 まともに魔法の使えない環境の斗真とは違い、向こうは魔法の名門一族だ。

 このままではただでさえある差が更に開く事は明白だった。

 今の斗真に出来る事は精々、家にいる時に自分の魔法の使い方を色々と考えるくらいしかない。

 

「斗真! 何かメール来てるよ」


 二人の打合いを見ていた明日香が頃合いを見計らって斗真にそう告げる。

 打合いの最中、斗真の携帯のメールが届いていたようだ。

 斗真は汗を拭きながら、メールの内容を確認する。


「特別実技……夏休み中でもあるんだな」

 

 メールの差出人が学園からで、内容は斗真たちE班に特別実技の実施の案内だった。

 特別実技は学園外に出て管理局の仕事の手伝い等を行う都合上、生徒達が長期休暇に入っていても行われる事があると事前に聞いている。

 ただ、生徒によっては出席できない場合もある為、長期休暇中の特別実技への参加は生徒の自由で、参加すれば課題の一部が免除され、例え欠席したとしても成績へのマイナスにはな


らない。

 実技の開始は来週からで、参加するかどうかの返答まではまだ少し猶予があるが、斗真に迷いはなかった。

 すぐさま参加する事を学園側に斗真は返信する。

 特別実技となれば少なからず魔法の練習の機会もある。

 それは斗真にとっては貴重な機会でもあるからだ。










 夏休みに入った当初は久しぶりに一日中自由な時間を取れる事で休みを満喫していた鷹虎だが、一月もしないうちに自由時間を持て余すようになっていた。

 寮の部屋にいたところで、アウラが一日中グータラしており、遊びに出るにも、鷹虎には趣味らしい趣味もない。

 かといって素直に課題を終わらせようとしたところでアウラはこちらの事情にはお構いなしにごろごろしており、集中も長くは持たない。

 体を改造されていると言っても、夏場の熱さは堪える。

 余り外を出歩きたくはない、鷹虎が目を付けたのは学園の図書館だった。

 図書館なら冷房が効いている為、涼しく風見ヶ岡学園の図書館は一般的な図書館に比べると魔法関係の書物を初め、様々な分野の書物が揃っている為、一日では読み切れない程だ。

 夏休みでも生徒や一般に向けて解放されている為、ここなら暇つぶしの読書や課題の調べ物には最適だった。


「ん?」

「また会ったわね」


 適当に面白そうな本が無いか物色していると、結愛に誘われた夏祭りで偶然にも話す機会があった神代照に遭遇する。

 夏祭りの時は意外に感じたが、照と図書館の組み合わせは非常にしっくり来る為、鷹虎も驚く事は無い。


「だな。神代も調べ物か何かか?」

「いえ。ここには色々と興味深い本が多いから良く来るのよ。そう言う大神君は?」

「今日は課題で少し調べたい事があってな。つってもこれだけ広いとお目当ての本を見つけるだけでも一苦労だけどな」


 ある程度は分類訳をしているとは言っても、余り馴染みのない鷹虎では自分の探している本を見るけるだけでも骨だ。

 それを聞いた照は少し考え込む。


「なら私も探すのを手伝うわ」

「良いのか? 俺としては助かるが……」

「構わないわ。この前のお礼もしたいし」


 照の言うこの前と言うのは夏祭りの時にナンパから助けた事だろう。

 鷹虎としてはわざわざ改めてお礼をされるような事ではないが、照としては何かしらのお礼をしなければ気が済まないのだろう。

 それで照の気が収まるのであれば、無理に断る理由もなかった。

 鷹虎は素直に照の好意に甘える事にした。


「凄いな。本の位置とか全部把握しているのか?」

「まさか。流石に炎龍寺君じゃないんだから私には無理よ」

「だよな」


 照は鷹虎の探している本をすぐに見つけ出して鷹虎に渡す。

 その速さからまるで図書館の本の配置を完璧に覚えているかとも思えたが、そうではないらしい。

 必要な本を見つけ出した二人は近くの席に座る。

 照は探す事を手伝う筈だったが、流れからそのまま鷹虎の課題で詰まるところを的確なアドバイスを起こる。

 今更もう良いと言う気にも鷹虎はならなかった。

 照が総真や穂乃火の影に隠れて成績が上位なのが目立たないように、鷹虎も斗真や結愛に隠れて成績はそこまで良くはない。

 元々、まともに学校に通う事も無かった為、知識の偏りが酷く、魔法関連の知識はともかく、一般科目は苦手だ。

 照のアドバイスは非常に分かり易く、鷹虎の課題は一人でやるよりもスムーズに進んで行った。


「何か良いよな。こういうの」


 課題が一段落した頃、鷹虎はポツリとつぶやいた。

 照も聞こえていたのか、少し怪訝な顔をしている。


「何かさ。勉強の出来る友達と図書館で勉強を教えて貰うってのは普通の学生ぽくて」


 今まで戦いばかりして来た鷹虎にとっては、普通のどこにでもある普通の学生らしい生活には憧れがある。

 

「私には良く分からないわね。普通である事が良いなんて。私は普通なんかよりも特別でありたい」


 だが、照は鷹虎に共感はしていないようだ。

 共感を得られず少しさびしいが、考え方は人それぞれでもある為、気にする必要はない。

 それからも課題を続けながら時折、他愛もない話しを挟みながらも二人の時間は続いた。

 やがて、図書館の閉館時間が近づいた事で、切り上げる事となった。


「なぁ。神代。良かったらで良いけど、また勉強を教えてくれないか?」


 広げていた参考資料等を片付けならが、鷹虎が切りだす。

 今度はお礼でもなんでもなく、ただのクラスメイトとしてのお願いだった。

 何だかんだで、鷹虎にとってはこの時間は楽しかった。

 今回限りで終わらせるには勿体ない気がしたからそう切り出した。

 特段変な事を切り出した訳ではないが、鷹虎は妙に緊張していた。

 鷹虎の頼みに照は少し考え込む。


「そうね。人に教える事は私にとっても有意義な時間だったわ」


 照の返事に鷹虎は胸をなでおろした。

 その後、二人は互いの連絡先を交換するとそれぞれの帰る場所へと帰って行く。


 


















 初めは妙な疎外感を感じていた自宅で総真と食事をする事も、今ではだいぶ慣れて来た。

 総真と一つ屋根の下で暮らすようになってから特に何かが起こる事もなかった。

 総真とは基本的に食事の時くらいしか顔を合わせる事は無い。

 父、総次郎が仕事でいない時は必然的に二人での食事となるが、互いに口数が多い方ではない為、会話はほとんどない。


「そう言えば、美雪。今日から特別実技で家を空けるんだったな」

「はい。予定では一週間程度になります」


 斗真に届いたメールは同じ班の美雪にも届いており、予定も特に無い為、美雪も参加する事になっている。

 基本的に美雪と総次郎との会話には総真は無関心だが、珍しく総真が一瞬反応した。


「場所はアトランティスと言う所らしいです。余り聞いた事はないのだけれど、炎龍寺君は何か知ってる?」


 学園からのメールは特別実技の実施場所と集合場所の事は書かれていたが、実技内容や場所の詳細情報までは書かれてはいなかった。

 美雪も軽く調べてみたが、実施場所とされているアトランティスと言う場所はイマイチ分からない。

 

「ああ。アトランティスは管理局が管理している海底都市だ。管理を任されているのはウンディーネ家の当主。ヴァン・ウンディーネだ」


 ウンディーネ家の名なら美雪も知っている。

 総真の炎龍寺家と並ぶ始まりの魔法使いの5人の弟子の一人の子孫の家系だ。


「あそこは管理局の技術開発の最先端の都市で、一般人が入る事は無い場所だからな。場所も公にはされていない」


 美雪が調べても分からないのは当然の事だった。

 アトランティスは海底奥深くに建設されている海底都市であり、中ではウンディーネ家が中心となり魔法科学に関わるあらゆる技術開発が行われている。

 当然、都市全体は管理局の管理下に置かれており、許可が無ければ立ち入る事の出来ない場所だ。

 ウンディーネ家は代々、学者の家系でもあり、その力から管理局の武力を支える炎龍寺家と並び、知識で管理局を支えてきた家でもある。


「そうだったの。ありがとう。ごちそう様。それでは私は準備もありますから」


 食事を終えた美雪は立ち上がると自分の部屋に戻って行く。

 それまでは口を挟まなかった総次郎だが、美雪が居なくなった事で口を開く。


「ウンディーネ家の当主か……余り良い噂を聞かないけど、総真君。実際のところはどうなんだろうか」


 総次郎はある事を懸念していた。

 ウンディーネ家の現当主のヴァン・ウンディーネは技術面で管理局に多大な貢献をして来た反面、黒い噂が付きまとっている人物でもある。

 彼は総真の祖父である炎龍寺焔と同じ年代で、男でありながら当主になっている。

 だが、総真の祖父と決定的に違うのは、跡を継げるのが彼だけになった経由にある。

 ヴァン・ウンディーネがウンディーネ家を継ぐまでに跡継ぎとなり得る者達が立て続けに事故や病気、事件に巻き込まれて命を落として最終的に彼しか跡を継げるものはいなかったか


らウンディーネ家の当主となった。

 当時の管理局も流石にそこまでの偶然はあり得ないと徹底的に捜査を進めるが、彼が意図的に殺した証拠は何一つ見つける事が出来なかった。

 その上、数年前には娘夫婦も事故で命を落とし、その事故で奇跡的に孫娘が助かると言う事もあり、色々と黒い噂は絶えない。


「さぁ……証拠がない以上は犯罪を犯しているとは言えない以上、管理局としては動きようはない。だが……今回の特別実技の裏で何かを企んでいるのであれば俺が何とかする」


 総真はそう言い切る。

 社会的な立場であれば炎龍寺家の跡取りである総真よりもウンディーネ家の現当主のヴァンの方が上だ。

 その上、下手をすれば炎龍寺家とウンディーネ家の間で大きな溝が生まれ、最悪の場合両家の間で戦争になり兼ねない。

 しかし、総真にとってはヴァン・ウンディーネは限りなく黒に近いグレーであり、彼の事を悪だと判断した場合は、例えどれだけ権力を持っていようとも炎龍寺家と同格の家が相手でも関係ない。

 ただ、自らの正義の炎を持って跡形もなく焼き払うだけだ。

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