第60話:愛―Opposing―
ズパンッ――――音が虚しく戦場に響いた事を確認したグレイは同時に彼女の様子がおかしい事に気づく。蹲るキノナリ。ユカリが必死にそんなキノナリへの攻撃を防ぐようにに立ち回っているが、どうしても全てを捌き切れるわけがない。
「ミスティアの狙撃手」
「え、あ、はい?」
キノナリを襲った海賊に対し冷静に引き鉄を引いたグレイは、スコープの先にいる大切な人の異常に状況を悪化を勘付き、酷く冷静に、緊張感を与えるような口調で同じように狙撃を行っているミスティアに呼びかける。
「狙撃は任せた」
「えっ、ちょッ!?」
彼女が狼狽えている事に気づいたが、グレイは彼女の返答など待つわけがなくホウセンカの甲板から飛び降りる。狙撃手が安定した地の利を捨てる。移動しながらの狙撃は難しい。だというのに、グレイは前衛へ向かおうと背部に付けたスラスターを起動させ爆発的に加速する。
グレイはその爆発的な怒りを込めた加速の中でも狙撃銃を構えていた。足が宙に浮きバランスも安定せず、狙撃銃を握る手のブレも酷い。しかし、男はそれでもキノナリの周辺の敵に照準を定める。
引き鉄を引く。加速の中で放たれた銃弾がまともに当たるわけがなく、あらぬ方向へ銃弾は空を貫く。
引き鉄を引く。一発目の銃弾の軌道を計算し、手のブレ、大気の動きなども意識して銃弾は、蹲るキノナリの頭上を貫く。
引き鉄を引く。何度だって引き鉄を引く。一心不乱に。当たらなくてもいい。キノナリを狙おうとする敵に警戒心を抱かせるだけでいい。なぜなら――――
「キノに――――触れるなァッ!!」
キノナリを愛しているからだ。肉体が限界を迎えつつあるキノナリを襲いかかる悪鬼は、彼女を全身全霊で愛するグレイが許さない。
グレイは狙撃銃を頭上に放り投げ、腰に取り付けていたハンドガンを両手に装備し構える。イーゼィスの四つのカメラアイが消え、代わりにバイザーの真ん中に一つの光――――モノアイを浮かび上がらせた。
「ちょッ!? せんぱ――――」
急加速の中で突如現れた緑色のギアスーツにユカリは驚く。狙撃手であるグレイが前線に出てくる……それは即ち、邪魔をしたら殺される可能性がある事だ。
ユカリは一度だけ向けられた事がある殺意を思い出して、ひぇーと顔が青く染まっていく。グレイの射線に入ってはいけない。そう思い、ユカリはそそくさとグレイにキノナリを任して、ミスティア部隊の応援へ向かう。
その間にもグレイは、それはもう縦横無尽に海賊を射殺していく。キノナリを通り越してしまっそおたため、加速を止める勢いを利用し側転の要領で反転しつつも、その間にキノナリに攻撃を仕掛けようとする二機のカルゴの頭を撃ち抜く。反転していた肉体が空中で回転し海上に足が届きそうになった瞬間に、再び加速が始まりキノナリの元へ向かう。その最中でもハンドガンを腰に戻し、背部の二丁の狙撃銃に持ち変えて周辺の海賊に銃撃を加えていく。
全てが全て当たるわけがない。しかし、緑色の背部にスラスターを積んでいるギアスーツがイノシシの如く現れて銃撃の乱射を始めるのだ。敵からすれば脅威でしかなく、キノナリから攻撃の目標はグレイに向いていく。
それこそが狙い。キノナリを庇うように立ち、二丁の狙撃銃を構えて襲いかかる海賊を撃ち抜く。
「きっっさぁまぁぁぁああああああッ!!」
撃ち漏らしたカルゴが叫びながらヒートソードを構えて接近する。仲間を殺された事に怒りを覚えたのだろう。その感情は仲間思いであり、正しく評価される感情だ。
「――――うるさい」
だが、愛に生きるグレイ・グリースにとってそれはただの喚き声でしかない。
二丁の狙撃銃を投げ捨てて、頭上に落ちてくる愛銃――――狙撃銃をキャッチし、その勢いのままヒートソードを振り被ったカルゴにその銃口の下に取り付けられた刃で斬りつけた。突然の攻撃に怯むカルゴ。刃はツーッと装甲に傷をつけ、そして胸に刃は狙撃銃を固定させるように深々と突き刺さる。
「Fireッ!」
そして刃が突き刺さりほぼ零距離の状態で引き金を引く。銃弾が放たれる。衝撃で刃は装甲から外れるが、その時には装甲の主の肉体は深々と穴が開き、息の根は止まっていた。
戦場を制圧するイーゼィス。その発端が、ただ一人の女性を想っての行動だと考えると中々にして恐ろしい。たった数分で八機ものカルゴが海中へ沈んでいった。
「……キノ」
しかしグレイはそんな事など気にも留めない。戦場において敵を葬るのは当然である。それに彼女はまだ苦しんでいるのだ。
これ以上の戦闘は難しいだろう。彼女のプライドが傷つくだろうが、それで彼女が死んでしまっては意味がない。
「ユカリ。聞こえているか?」
「ヒッ、あ、いえ、はい!」
「キノと俺は退く。すまないが、宜しく頼めるか?」
ミスティア部隊に向かっていったユカリに通信をし、キノナリを後方へ下げる提案をする。ユカリはグレイの鬼のような表情を思い出し身震いしたが、それでも先輩と呼び慕う人からのお願いを無視するわけにはいかない。
「任せてくださいっす! それよりもキノ先輩をよろしく頼むッす」
「あぁ」
短い返答をしグレイは警戒を残しながらもキノを抱きかかえて戦線を離脱する。
ホウセンカまで帰投し、キノをツバキに託す。それまでの間、ミスティア部隊は砲撃手を失った状態で戦闘をしないとならない。
全体的状況はTPAの方が有利であったが、ギアスーツだけを見れば明らかに劣勢となっていた。戦争はまだ終わらない。
◇◇◇◇
ヒューマが海賊の拠点へ侵入した事を知らされたキャプテンは手に持ったマイクで怒鳴り散らかしていた。どうにかしてたった一機のギアスーツを排除できないか、と躍起になっているが戦場を見ているアカルトからすればそれは難しいだろうと言葉に言わずとも思っていた。
ヒューマ・シナプスの出生は謎が多い。初めて公の場に現れたのはツバキ・シナプスとの結婚式の場であった。ツバキと婿入りでの結婚をしたと思えば、傭兵として彼女の作ったRRの系譜の機体で幾つもの戦争に介入した。その卓越した戦闘技能はツバキに印象付けたという事なら解るが、それでもそれ以前の記録がないのだ。世界機構の技術を持ってもヒューマ・シナプスの生まれは解らなかった。
少なくとも強敵であるのは確かであった。だからこそ直々に殺したのだが……どうにも生き残ってしまったらしい。それが海賊の敗因となるのは明らかであった。
「キャプテン。もういい。ここから先は、私だけで大丈夫だ」
「ッ!? 何言ってんですか! 俺達は」
「君達は、私に協力してくれた仲間だ。だからこそ、ここで終わってはいけない」
アカルトの目にはこの戦争の敗北を見ていた。世界機構に仇成す事も叶わず、ここで終わる。
キャプテンはそんな事なんて考えたくもなかっただろう。しかし、アカルトの厳格な視線はそれ以上の抵抗を許さない。それは恐怖もあったが同時に優しさも滲んでいた。
「……大将。あんたの正義は確かに俺の中にある」
「私の事など忘れなさい。しがない理想家の一時の夢であっただけだ」
「忘れません! あんたがいたから、俺達無法者は、夢を見れたんです!!」
キャプテンにとってアカルトの夢は途方もないものであった。それは、ただ悪を成す彼らには眩しすぎた。そしてそんな彼が力を隠してほしいと言ってくれたから、海賊はここまでやってこれた。
たとえその結末が破滅であっても、キャプテンは彼の理想を継ぐためにこの場から逃げる。アカルトは動かない。彼は厳格で頑固な男であったから。彼と数年とは言え一緒にいたキャプテンはアカルトの意志を汲み、拠点から脱出するために移動する。
そして――――その数分後に彼はやって来た。
「アカルト・バーレーンだな……?」
「そうだよ……ヒューマ・シナプス」
バイザーを開けたヒューマが彼がいる部屋の扉をこじ開け、そう確認を取るように呟いた。アカルトはそれに感慨もなく冷静に返す。
拠点の戦力のほとんどはヒューマの手によって惨殺された。残ったのはアカルトだけである。
戦争の終結の時。英雄と反逆者は相対する――――
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