第45話:人間―Monologue―

「…………」


 皆が仕事をしている中でニーアがホウセンカの奥へ入っていけるのは、積極的に朝から仕事をしていたからかもしれない。昼食の場からすぐさま抜け出しても追ってくる人はいない。勿論、時間をかければニーアを探しに来る人は出てくるだろう。だから時間との勝負だ。

 ホウセンカの看護室。ではなく、ヒューマは現在はホウセンカの自分の個室にいるようだ。基本的にツバキと一緒の部屋でカエデといるようだが、一応彼個人の部屋を有している。

 ニーアは自分の感情に従って行動する。どうしてもヒューマの安否を自分の目で確かめたかったのだ。これがいけない事である事はニーアだって理解している。面会謝絶という事は、会ってはならない。絶対安静である。でも、ニーアの中にある彼への思いが爆発してしまっているのだから、その足で彼のいる部屋の前までやってくる。

 部屋越しにいるであろうヒューマに声をかけようと口を開けた瞬間、彼の言葉がニーアの耳に入る。


「……ニーアか」

「ッ!? なんで……」


 冷静に、まるで機械のように感情を感じないその言葉はニーアに驚きを覚えさせる。部屋越しに、小さな小窓が上に少しあるだけの扉で隔たれているはずなのに、彼の言葉はニーアの存在を言い当てた。誰かいる、ならば解る事だが、ニーアとまで存在を言い当てたのだ。

 ニーアはごくっと唾を飲む。得体の知れない感覚だ。まるで何もかもを見透かされているような。これまで感じたヒューマの人間味がまったく感じられない。その姿は見えないのに、ニーアは感じた事もない恐怖を覚える。


「……勘だ。なぜここへ来た? まさか、俺に会いに来たのか?」

「えぇ。僕は不安になってここへ来ました。スミスが教えてくれたヒューマさんの容態。そして、ツバキさんの報告。僕は、ツバキさんの報告が信じられなかった」


 身の毛もよだつ感覚に襲われながらもそう言い切る。ヒューマはそのニーアの行動力を、疑問を感じて実行に移せる能力に感心を覚えながらも、ニーアの次の言葉を待つ。


「右半身を失った。そうスミスから聞きました」

「事実だ」

「そうだったら、なんでまた、戦えるなんて言ったんですか?」


 義手や義足の技術はギアスーツほどでないが発達している。日々の勉強の中でその事を知っていたニーアはそうやってヒューマが再び戦場に戻ろうとしていると考えていた。それが解らない。


「ヒューマさんが僕達のために戦ってくれているのは知っています。でも、自分の身体を犠牲にしてまでやる事じゃないでしょう!」

「……俺がやらないといけない事だ」

「でも、あなたも人間だ! 限界はある。そして、それを見極めないといけない。戦場に戻る必要なんて――――」


 ニーアの怒号に近い言葉は、ゆっくりと開く扉によって遮られた。そこには自分の知っているヒューマがベッドで横たわっていた。顔の右方には包帯が巻かれており、身体の右側も布を被せてどうなっているか見えないようになっている。

 誰が扉を開けたのか。そんな些細な疑問をニーアが浮かぶ前に、ヒューマは一言、


「入れ」


 とニーアを誘った。まるで立入禁止の聖域に入るような感覚をニーアに襲う。この中に入ってしまえば、知ってはならない物を知ってしまうかもしれないという警告が脳に響き渡る。

 でも、ここで立ち止まるのは間違いだとニーアは思う。命の恩人の安否を知りたい、という思いが町がないなわけではないのだ。そして、力を持つ事が出来たからこそ、ヒューマの戦いを止めさせたいという思いがニーアの足を進ませた。

 部屋は殺風景だ。いや、確かに少々の趣味の残骸は見られる。ボトルシップだったり、幾つかの写真だったり。でも、ニーアが言える義理ではないがあまりにも殺風景だ。


「どうやら、お前に納得してもらうには、俺の隠し事を見せたほうが良さげなんでな」

「隠し事、ですか?」

「あぁ。こう見えてミステリアスな人間でな」


 ヒューマは茶化すような冗談を口にしたが、どうにもそこに感情の様なものは薄く、ニーアはそれが冗談だと気づくのに数秒の間が必要であった。

 ヒューマの寝るベッドの横に立つニーア。近づくと尚更、人間という感覚を感じない。これまであった人として当然の熱を感じない。どうしてそう思うのか、ニーアは自分の感覚を疑ってしまう。


「……嫌ってくれるなよ? この顔の包帯を取り外してみてくれ」

「え、でも」

「大丈夫だ。血なんて出ない・・・・・・・


 その言葉にまたもや違和感を抱くニーアであったが、恐る恐るヒューマの顔の包帯に手をかける。乾燥していた。まるで新品みたいだ。もしかしたらニーアが来る前に取り換えた物なのかもしれない。いや、でも、それにしてはあまりにも乾燥している。普通であれば、汗などの排出物が付着してもおかしくないのに。それに、ニーアが想像していた血なんて霞もなかった。

 開けたその先にあったのは――――空洞であった。


「……え?」


 思わずニーアの思考は固まってしまう。自分の知識にあったはずの人間の頭の仕組みを思い起こし、現実との比較で混乱する。だって、人間の頭の中身は脳とか、そういう物が配列されているはずなのだ。それが思考と感情を生み出して、今を生み出している。

 なのに、ヒューマのそこにあったのは、まるで中身のないクリームパンの様な空洞――――


「……それが普通の対応だよな」


 愕然とするニーアにヒューマは俯いてそう呟いた。歪なその空洞の頭を曝しながらも、ヒューマはそれでもニーアのその態度を許した。


「えッ……ち、ちょっと、待ってください……あ、あれ? なんなんだ? よく、わかんない……」

「そうだろうな。あぁ、当然だ」


 ニーアが自分の目で見た物を信じられずに頭を抱え始める。当然の反応であった。何せ、これまで人間だと思っていた、しかも命の恩人が人間ではないという事を認めるのに拒否反応が生じているからだ。

 ヒューマはそんなニーアに悲しみを覚えながらも、これまで何度も言ってきたその言葉を伝えた。


「俺は人間・・じゃない」



     ◇◇◇◇



 十年前。お前にとってはあまり関係のない、ある大きな戦争が行われていたあの時。俺はその戦いの終止符を打つために、最後の任務に挑む事となった。

 最後の任務……大層な名前を付けられていたその作戦は、所謂、単騎による特攻を支援するという物であった。俺の所属していた部隊はその支援。そして俺は、その単騎に選ばれた。理由は、あまりにも俺がその戦争で成果を出したから。そして、やはり――――いや、これはいい。

 とにかく、俺はその途方もない最後の作戦に挑む事となった。ツバキが泣いて何度も謝ってた事はよく憶えている。でも、当時の俺は――――まぁ、色々あって自分の命に悟りを覚えていたんだろうな。その作戦に納得をしていた。

 相棒はそんな俺に何度も、いいのか、と聞いてくれたが……俺にとっては、自分の命がけの行動で世界が救われるなら、と思ってた。だから、俺はその作戦で全てに決着をつけるつもりであった。

 結果は……この肉体を見て解るように、俺は死んだ。人間であった頃の俺は、あの時に、敵に飲まれて死んだ。敵を倒すのではない、もう一つの方法を相棒に託して――――

 俺は死んだと感じていた。俺という存在は消えてしまって、もう何もないって。生きてないと感じていた。

 でも、彼女は――――相棒とツバキは、俺を求めた。相棒はギアスーツのコアに俺の精神をデータ化し、所謂、電子生命体にする事によって延命に成功させた。そしてツバキは、残ったコアを解析している中で生き残って眠っていた俺を見つけ、俺の肉体を作った。生物学者でもあったツバキだからこそできた事だ。

 そして――――生物学上、一度死んだ俺は仮初の肉体を得て、仮初の戸籍を得て、救ったこの世界を生きる事にした。そして、人と戦う道を選んだ――――



     ◇◇◇◇



 ヒューマの独白は淡々とニーアの耳に入っていった。ヒューマの過去、ヒューマの真実。何もかも絵空事のようで現実味がなくて、でも目の前にあるその光景はその話を裏付けるには十分な証拠で。ニーアはヒューマの話を真実であると確信をしていながら、それでも嘘であると思ってしまっていた。


「現在の俺は、生物学上では電子生命体。肉体はツバキが作った人間の肉体に模した疑似人体ボディ。まぁ、どこをどう見ても人間ではない」

「…………」

「……すまないな。人間であろうとしているんだが、やはり俺は人間ではないのかもしれない」


 ヒューマは力弱くそう呟く。ヒューマ自体はもう受け入れてしまっている現状だが、やはり普通の人間であるニーアからすれば耐えきれない事なのかもしれない。そう思ったのだ。

 でも――――ニーアは、混乱する頭の中であの光景を思い出していた。


「……まだ、混乱しています。予想外な事ばかりで、たぶん、きっと正常な判断はついていないのでしょうけど……」


 虚ろに見つめた蒼海うみ。いつまでも続くと感じていた戦場の感覚。目の前で死んでいく人々。あの日、あの時に、天空そらから彼はやって来たのだ。黒色のギアスーツ。右手には巨大な剣を持つ彼が、海賊を薙ぎ払って、そしてニーアを助けてくれた。


「あなたは、ヒューマさんです。僕の知っている、僕を助けてくれたヒューマさんです」


 そう、たとえ真実がそうであったとしても、ニーアの知っているヒューマに変わりはない。その正体が人間ではなくても、あの始まりの日、出会いの時の彼はその時からずっと彼だったのだから。だからニーアにとって、そんな真実はただのまやかしだ。

 その言葉に、ヒューマは虚を突かれたような表情を見せた。だが、すぐに小さく微笑む。


「そうか……そうだな。お前にとって、俺は人間ヒューマなんだな」


 その真実がどうしても嬉しくて、ヒューマはその残っていた左の瞳から一筋の涙を見せた。

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