第35話:花―Oath―

 情報探索を終えたヒューマ達は仕方なくホウセンカに戻る。とはいえ、早々に撤退したのは理由がある。ここからは夜通しの作業になるはずであった情報探索だが、それはあくまで船旅の中での計画であり、想定外が起こったのでそれをしないとならない。

 

「ニーア。大丈夫かな?」


 横に並んで歩くキノナリが心配する。ニーアがあの子供の死体にツバキと一緒に行った事に不安を感じているのだ。キノナリもヒューマも、ホウセンカで敵襲警戒をしているグレイも、あまりにも人の死に慣れてしまっている。死んでいった子供達には悪いが、あの光景を見てもマリーほどの衝撃はない。

 だがニーアは違う。ニーアはあの光景を見て泣いた。それほどの衝撃だったのだ。


「大丈夫だ。あいつは強い」


 ヒューマはニーアの事を想いそう呟く。あの時、怒りの中にあったニーアは深い絶望に溺れ涙を流した。でも、それでも彼は、あの時ヒューマに吠えたのだ。心の痛みを。絶望の中でも、死を受け入れて立ち上がって見せたのだ。

 ヒューマの中で、ニーアは弱い子供ではなかった。向上心がある男だ。これまで得られなかった知識を貪欲に吸収しているし、教科書では知り得ない死という概念を理解した。今の彼は、成長期なのだ。海賊によって疎外されていた知識の成長を行っているのだ。


「ニーアは前に進める奴だ」

「信頼しているんだね」

「……まぁな」


 キノナリに当然の事を言われて思ってもいなかった事だったため、驚いて反応が遅れる。でも、間違いではない。ヒューマはニーアの事を信じている。

 それがたとえ、おこがましい事だと認識していてもだ。戦場にニーアを参戦させている罪悪感は今だってある。自分の無力さも解っている。でもだからこそ、彼の強さに頼る。彼の、前を向ける心を。

 キノナリとヒューマはツバキの元へ向かう。黄昏時までにしないといけない事があるからだ。それこそが子供達との別れであり、受け入れるための最後の儀式。彼らを、安らかな眠りに就かせるための葬式の準備だ。



     ◇◇◇◇



 葬式は予定より早くに始まった。皆が皆、葬式の礼服など持っていないので私服で行われる。ホウセンカのクルー、技術者達全員が集まっていた。この時ばかりはホウセンカで警戒していたグレイも参加する。

 幾つかの過程は飛ばし、並べられた数十もの死体が包まれた布ごと、島の数少ない土がある部分に穴を空けて埋めていく。土葬だ。葬式の主導をしたツバキとヒューマの生まれの国の主な葬送の手段は、火葬である。しかし、焼き死に絶えた彼らを火で送るわけにはいかなかった。

 全員分の死体が土の中へ入れ終えると、今度はその上から土をかけていく。棺桶も用意できなかった、その事が彼らに申し訳なくなる。しかし、空軍の補給を待つ間に腐食が始まり手が付けられなくなる前に、せめてこの手で送り出したかったのだ。生者のエゴイズムである。


「みんな、花を」


 ツバキの言葉に、クルー達に手渡されるのはホウセンカのガーデニングスペースで植えられた花だ。種類は様々で、色とりどり。向日葵、朝顔、チューリップ、薔薇……まだまだある。

 皆が各々の花を受け取る中、ニーアに渡された花はアンモビウムという黄色と小さな白い花弁の花。その横にいたマリーに渡されたのは、エーデルワイスという白く大きく開かれた花弁を持つ花だった。

 マリーはこの状況がよく解っていないらしい。でも、皆が悲しい表情を浮かべているのでニーアにも何も聞かなかった。葬式という文化はニーアだってよく解っていない。死んだらそこらに捨て置かれて、いつの間にか無くなっていたのだから、解るわけがない。でも、これが送り出すための儀式なのだから、ニーアは唇を噛みしめた。


「ここにある石と一緒に花を置いていって」


 ツバキがヒューマ達と用意した手で持てるサイズの石を渡していく。これが即席の墓石となる。人の墓石としてはあまりにもお粗末であるが、今はこうする以外の方法はなかった。

 死体が埋められた上に石を置いていく。同時に、その意志の前には花が添えられていく。添えるたびに皆、合掌して祈る。涙を流す者、涙を抑える者、感じていない者、渋い表情を浮かべる者。皆、それぞれだ。


「いくよ、マリー」

「うん……」


 ニーア達の番が来て、恐怖を覚えたのか少し怖がるマリーの手を握ったニーアは彼らの前に立つ。もう、顔も見えない。それでも彼らの顔は覚えている。皆が苦しく、辛い表情を浮かべていた。皆、死にたくないのに死んでいってしまった。それを止められなかったのはニーア達だ。

 だから、ニーアは彼らに受け止めた悲しみと新たに得た誓いを告げて、花を置く。

 ――――君達の仇は討つよ。だから、見守っていてほしい。

 誓いと悲しみを置き、ニーアはマリーを見た。マリーもまた、ニーアの真似をしてか同じように合掌する。彼女は何を想っているのか、解るわけがない。彼らの記憶を有していない限り、土の下の彼らへの思いは無いのだから。


「マリー。いこう」

「うん」


 ニーアの言葉に再びニーアの手を握ったマリーは彼らを見つめながらニーアと共に下がった。ニーア達の番が終わり、ヒューマとツバキは同じコマツナギという薄紫色のたくさんの花弁を付けた花を置き、合掌する。そして、ツバキはゆっくりと振り返り、新たな決意を言葉にする。


「みんな、死んでいってしまった子供達にせめてもの祝福を。そのために、私達は海賊を絶対に倒す!」


 その言葉にクルー達は各々に頷いていく。クルー達の思いは同じであった。

 失った者は戻らない。それでも、彼らはそれを受け入れて前に進むしかないのだから。かくして、ホウセンカ所属による、細やかな葬式は幕を閉じた。



     ◇◇◇◇



 ニーアはフリールームで勉強を続けていた。ギアスーツの勉強だ。勉強をしていると下手に他の事を考えなくて済むし、戦うにも有効活用できる。

 そんなニーアに接触してきたのは、先程までツバキに情報探索の成果を報告して落胆されていたヒューマであった。


「ニーア。勉強しているのか?」

「はい。今は歴史の勉強を」


 そう言ってニーアは教科書を見せた。その表紙に赤と白を基調にした機体が描かれていた。それを見てヒューマは少し嫌な顔をする。が、それをニーアは見逃した。


「今は英雄機、と呼ばれるギアスーツ、RRダブルアールのページを勉強していまして……ヒューマさん」

「あぁ、いや。続けてくれ」


 ヒューマの変な反応に首をかしげつつも、ニーアは嬉々としてそのRRを褒めていく。


「凄いですね。同じギアスーツ使いとは思えない戦績。規格外の武装で敵を倒すなんて、すごいなぁって」

「そうか」

「搭乗者は、トウヤ・アカサキって人なんですね。でも、十年前の戦いからその姿は消息不明なのが更に謎を呼んでいる、と言いますか」

「…………」

「ヒューマさん?」


 嬉々として説明していたニーアであったがヒューマの嫌そうな表情を見て説明を止める。明らかにおかしな反応であった。こんなヒューマを見るのは初めてであった。

 ヒューマは小さく咳払いをし、呟く。


「すまんな。今使用しているギアスーツがRRの系譜の機体でな、少し思うところがあって、変な反応をしてしまった」

「いえ……でも、ブロード・レイドはRRの系譜なんですね。凄いなあ」


 過去の英雄機を褒め、その系譜であるブロード・レイドを称えるニーアに、思わずヒューマは溜め息交じりに、


「別に凄くないよ。ただ、がむしゃらに、戦っただけさ」


 そう言って部屋を後にした。前後の会話が噛み合っていない事にニーアが気が付いたのは、彼がいなくなって数分後。その明らかにおかしなヒューマに違和感を覚えながらもニーアは勉強を続ける。

 ホウセンカの廊下を歩くヒューマは、無意識に大きな溜め息を吐いた。

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