前編PARTⅠの3 責任感じて雑誌を買ったら
――行っちゃった。あたしが抱き寄せようとしなかったら、爪なんか立てなかったんじゃ?
ノゾミは責任を感じた。爪痕のついた雑誌を手に取って、レジの行列に並んだ。
背中にハートの模様のある、目立つ猫だった。しかし、不思議なことにノゾミ以外には誰も猫に気づかなかったようだった。
レジの番が来た。店員は雑誌の表紙を見て言った。
「お取替えしましょうか?」
「いえ、これをください。多分、あたしの責任なんで」
本屋を出たノゾミは、路上で立ち止まって本屋の紙袋から雑誌を出した。
何故か、猫は「ああすればこの子はその雑誌を買うだろう」と思ってそうしたような気がしたのだ。
それはよくある情報誌の一つだった。
手に取って、適当にページを開いてみた。
逆さの富士山が湖に映っている、神秘的な写真がそのページにあった。場所は本栖湖。
「千円札の裏面の、湖に映る逆さの富士山もここで撮ったものです」と、書いてあった。
――ここへ、こういう時間に行ってみたい。猫もあたしを招いているのかも・・・・。
ノゾミはそう思った。
前の日の昼にノゾミをフッたのは派遣先の会社の上司、営業二課長代理の佐田裕二だった。
明るくて、話上手で、三か月ほどつきあっていて、バイト仲間や会社の人たちにも知られて、いい感じになっていたはずだった。
ゴールデンウィークは更に親密になれるチャンスだと期待していた。
初日には一緒に映画を見に行った。
しかし二日目から、彼は母親の付添いということでハワイに行ってしまった。帰って来たのは、ゴールデンウィークの最終日だった。
前日の昼、久しぶりにランチを食べた。佐田はいきなり白い歯をニッと向き出して笑いながら、
「君のことも好きだけど、もっと好きな人ができたから、悪いけど、別れてくれ」としゃあしゃあと言った。
「うそでしょ?」
「いいや。実は母親じゃなくて、その人とハワイに行ってたんだ」
ノゾミは思わずその上司の横っ面をひっぱたいて駆け去った。
顔を合わせたくなかったので、けさ会社に「風邪を引いたので数日休みます」と電話したのだった。
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