エピローグ


「タンゴ、遅いよ」

 朝、きららは端午の家の前で待っていた。

 いっしょに学校に通うなんて、小学校以来だったが、もう変なやつらにつきまとわれるのがいやでしょうがないのだろう。

 なんだかんだいいつつ、端午もいっしょに通学するほうが安心なので、文句もいわない。それにまあ、はっきりいえば、楽しくもあった。

 もっとも、あれ以来、CIAは公然と尾行してきららを守ることになった。さすがに学校の中までは入ってこないので、それは端午の役目なのだが、武装した連中がこっそり後をつけてきているのは、心強い。もちろん、きららはそんなこと、まったく知らないわけだが。

 隣できららはみょうに楽しそうに歩く。長いポニーテールをぴょんぴょんとゆらしながら、スキップでもしているかのように軽やかな足取りで。きのう、あんなことがあったばかりなのに。

「なんか楽しそうだな?」

「そ、そう?」

 きららはぎこちなく聞き返す。

「ね、ねえ。どうしてあのとき、キスしたの?」

 きららがよりによってちょっと潤んだ瞳で問いかける。

「え?」

 どうしてって、そりゃま、日本を救うためだ。

 とはいえなかった。それにあのときはたしかに、それだけで頭がいっぱいだったが、そうでなくてもきららの唇をうばいたいと妄想したことがなかったとはいえない。

「そ、そりゃ、どうしてって……、いいか、ハリウッド映画を考えろ。必死でヒロインを取りもどしたヒーローは最後にキスするってのが決まりだ」

 自分でもなにをいっているのかわからない。

「なによ、それ? つまり、あたしはヒーローが活躍したご褒美の景品なわけ? 素直に好きだからっていったらどうなのよ?」

「好き? 俺がおまえを?」

 端午は一瞬考えた。

 まあ、そうなのかもしれない。爆発を押さえるため、っていうのはほんとは立て前で、ただ単純にきららのことが好きなのかもしれない。

「まあ、あるいはそうなのかもな」

 そんなことを聞くってことは、こいつも俺のことを好きだったんだろうか? それとも危機一髪のところを助けられた、いわば吊り橋効果のようなもので、一時的にそういう気分になっているんだろうか?

 だがよく考えてみれば、端午が活躍したのは、きららの見ていないところでだ。見てれば逆に引いただろう。なにせ、人を殺しまくったわけだし。

 ひょっとしたらあんな状況でのキスが効いたのかもしれない。

「ちょ、調子にのるなっ!」

 きららは顔を真っ赤にさせ、目だけ不自然につり上げて、端午を突き飛ばした。

「いい? タンゴはあくまでもあたしのボディガードで、恋人にした覚えなんかないんだからね」

 どうやら、受け答えでなにかをまちがったらしい。どう答えてやれば満足したんだか?

「一回したから、これからいつでもキスできるなんて思ってたら大間違いだよ」

 いや、べつにそんなこと思ってもいなかったが……。

 正直、端午には、年頃の女の子の気持ちなんてさっぱりわからないのだ。

「それと話は変わるけどさあ、あのリンダさんはほんとにただの親戚なの? まさか変なことになってるんじゃないでしょうね?」

 女がするどいっていうのはほんとうだ。そういうことに関しては、本能的に名探偵らしい。

「あたりまえだろ。もし俺がその気になったって、あの人が俺みたいな子供を相手にするわけない」

「ふ~ん。どうだか?」

「な、なんだよ。恋人にした覚えないっていったのはおまえだろ? だったら大きなお世話だろうが」

 いきなり回し蹴りが飛んできた。不覚にも受け損なう。

「この唐変木」

 きららの顔は怒りに満ちあふれている。

 まったく、俺にどうしろってんだ?

 ま、よくわからないが、三年間はよろしく頼むぜ。おまえの護衛は俺に任務だし。

 もっとも、端午自身、きららを守るのが任務なのか、自分の意思なのか、もはやよくわからなかった。


 了

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地雷娘は気まぐれな風 南野海 @minaminoumi

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