ヒバナは人殺しになりたがる 1
「あの魔物どもは私の子供を殺した。私の目の前で。やつらは私の夫も殺した。私の家族も友人もなにもかも。私たちの世界はやつらに滅ぼされた。私は生き残り、新たな住む場所を見つけた。だがそれはやつらの罠だった。悪が私のそばにうじゃうじゃいるとわかっていながら、逆らうことも殺すこともできずに過ごさねばならないということは耐えがたき苦痛だ」
「残されていた信頼できる論文があるあの魔物どもは心の揺れ動きが激しい心が不安定な人間――子供たちの心から生み出されることが多いとある やつらを殺すことはできないが生まれることを防ぐことはできる 私は私にできることをやるやつらを決して許さない私の子を返せ私の家族を返せ私たちの国を返せ」
人と関わるのが苦手な子供は、たまに外に出ても誰にも相手にされずぽつんと一人でいるだけ。
ケガをしても誰にも助けられることなく、子供自身も一人で何とかしようとする。
少女はうずくまる子供に、声をかけた。なんのためらいもなく。
とても美しい少女だ。長い純白の髪は、人間とは思えない美しさをかもす。
子供は一人でなくなった。少女は誰よりも優しかった。遊ぶ時間はとても楽しかった。知らないことをたくさん教えてくれた。他の子供とも仲良くなれた。少女と出会い子供は幸せだった。
少女は子供の目の前で、人を殺した。なんのためらいもなく。
子供は少女を美しいと思わなくなった。少女は人間の姿をした、恐ろしい怪物と知ったのだ。
子供を守るために少女は人を殺したとしても、子供は二度と少女と関わらなくなった。
ゆがみの娘のいる町、というのはどこかの詩人気取りなやつが勝手につけただけで実際はこの町には特に名前はない。
この町は心のゆがみが生んだ魔物たちに住む場所を奪われた人間たちにとって、非常に理想的な言い方をすれば最後の楽園だ。当然の話、理想と現実はちがう。
この町には食べものがある、きれいな水もある、きれいな服、りっぱな家、夜でも明るくするための街灯、豊かな植物、楽しい遊び、人間が生きるのに必要なものとそうでもないものがそろっている。
今はあるアパレルブランドの服が大流行、みんな同じようなデザインの服を着ている。
ないものもある。車はない。電気はない。遠くの人と話せるものもない。
ちょっとしたつぶやきを文字にして、全世界の人に見せるものもない。
そのせいでとても生きていけないといまだに嘆く人間がいるが、そんな人たちには、いいかげん慣れなさいと言うしかない。
ないものはまだある。町をまとめるものはない。この町には指導者がいない。
自分はこの町で一番と吹聴するやつがいるが、当然相手にされていない。
でもこの町にルールがないわけじゃない。
子供は学校に行かせる。人が死んだら必ず墓を作る。人を傷つけたものは牢屋に閉じ込める。
人を殺したものは殺される。人を殺そうとしたものは殺される。
このルールは良いのか悪いのか、そんなことをここで議論する気はない。どうせムダだから。
ルールに一番忠実できっちり守ろうとするやつとはどんなやつか?
答えはルールを作ったやつだ。
この町にこのルールを作ったものは、今日までそれに従い人を殺し続けてきた。
なんのためらいもなく。
今このときも、ルールは執行されようとしている。ひどい雨の降る真夜中だ。
二人の人影が走っている。どちらも傘を差していない。
一人は必死に走っているが、ずぶぬれで足がおぼつかない。
もう一人は雨の中を軽快に走っている。雨の重さを感じていないようだ。本当に感じていない。
逃げるものと追うものの二人だ。
逃げるものはなぜ逃げる? 殺されたくないから。
追うものはなぜ追う? 人を殺したやつを殺すため。
逃げるものは雨に打たれっぱなしで、長い髪もすっかりぬれて重くなっている。
追うものは雨の中にいるのに、髪も服も全くぬれていない。
雨は確かに降り注いでいる。だが追うものの体を、雨は全てすりぬけてしまっている。
なぜこんなことができる? 追うものは人間ではないから。
人間たちをこの町に追いやった、心のゆがみが生んだ魔物と見た目はちがえど同じもの。
美しい少女の姿をしたゆがみの娘。
この少女は、人を殺すことをためらわない心から生まれたもの。少女はこの町にルールを作った。人を殺したものは殺される。そのルールを守るため、少女は人間を追いつめる。
一言言わせてもらえば、この少女は人殺しを楽しんでるわけではない。人を守るためには人を殺すのが当然と考えているだけだ。
「ハッハッハッハ!」
だから少女は人を殺すときに決して笑ったりしないのだが、これはだれの笑い声だろうか?
「どうした? 息が切れたか? 足が動かないか? 走らないと殺されるぞ?」
逃げる人間を追う少女がこんなことを言っている。おかしい、あの少女がこんなことを言うはずが
――人間の足がもつれた。転んですぐに起き上がろうとしたが、雨にぬれる地面に足を取られて上手くいかない。
その肩に少女が手を置いた。人間は恐怖で心を満たしつつ、少女のほうを振り向く。
少女の顔は笑っている。見るものを和ますことなどない、恐ろしい笑顔だ。
「怖いか? まあ落ち着け、漫画や小説ならこういうとき誰かが都合よく助けに来てくれるもんだ。まだお前に希望は残っている」
少女は右手を人の肩に置き、左手にナイフを持つ――あの少女は刀を右手で振るう。
あの少女は長い純白のさらっとした髪――この少女は灰色のごわごわした髪。
あの少女は例えるなら良家のお嬢様――この少女は例えるなら不良娘。
あの少女は人を殺すとき何も感じてないような目になる――この少女は楽しさであふれているような目になる。
あの少女の名前はヒガン――この少女の名前は――この町にいる、人殺しをためらわぬ少女の姿をした人でないものは、一人ではなかった。
物語の語り手でありながら、とんだミスをしてしまった。
読者の方々、物語を一旦、中断させることを許してほしい。
おこがましくもこの語り手は、読者の方々にこのゆがみの娘たちの物語を伝える役目を担ってきた。
言ってはなんだが、どうやら語り手は特別な存在であるらしく、この世界で起きていることや人が心に思っていることを瞬時に知ることができる力がある。
それによって今までこの世界で起きていることを偉そうに、上から目線で語ってきた。
しかし、語り手はそんな役目にむいた性格をしていないらしい。
ただこの世界で起きていることを語ればいいものを、ついつい主観を入れてしまったり、全てを知る力を持ちながら先ほどのような思い込みからなるカン違いをしてしまったり、変な悪ふざけをしてしまうこともある。
これに関して弁明すれば、語り手なりに話を面白くしようと努力をしていると主張したいのだが、読者の方々いかがなものか? 何か言いたいことがあれば素直に言ってくれ、語り手に気を遣うことはない。
まあ多分、言われても語り手は直さないがね。
そんなことより語り手は一体どこの誰なのか? 当然の疑問だ。
語り手自身、よくわからない。
わけのわからない表現になってしまうが、語り手はこの世界に存在しているようでしていない。
語り手はこの世界のどこにでもいるが、この世界の人々は語り手の存在を全く感じていない。
語り手はまさしく物語の語り手、それ以上でもそれ以下でもないものなのだ。
いや、なぜか語り手の声が聞こえており、なおかつ会話しようとするものがいる。
あえて誰かは言わない。その少女の言葉を、語り手は常に無視し続け、彼女の独り言ということにさせてもらっている。語り手は物語に介入してはいけないという信念ゆえのことだ。本人には悪いと思ってはいる。
そろそろ本題に入らねば。これより先、語り手は役目を交替する。
なぜそんなことをするか? この物語は語り手が上から目線で語っても面白くないというか、人の印象に残らないだろうと判断したためだ。
語り手ではない、この世界の住人、この物語の主役本人の語りで話を進めることとさせてもらう。
無論、当の本人は語り手のことなど全く知らないし、語り手にされたなんて気づく余地などまるでないのだが。
これがいい結果を招くか、語り手は上手くいくと思っている。不安はある。
果たして「彼女」は(余談になるが、語り手は代名詞というものが好きではない。なにか話が無機質なものになる感じがする)読者の目線、読者が何を知りたいかを考えた語りをしてくれるだろうか・・・四の五の言ってもしょうがない。
いいかげん話を続けるとしよう、そういうわけで語り手は一旦休む――その前に一つだけ白状したい。
この町にゆがみの娘のいる町などという名前をつけた、詩人気取りのやつというのは他でもないこの語り手のことだ。
さあ、物語を再会しよう。
読者の方々よ次のエピソードに進んでくれたまえ。
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