人殺し三人

 ――ある町の住人の語り

 私は人を殺した。恨みからなる殺意を抑えることができなかった。

 この町で人を殺せばどうなるかわかっている。とはいえ町の外に出ようとは思わない。それは、まだ熱してないフライパンから火のついたコンロに飛び降りるようなものだ。

 私は死にたくない。人を殺したとバレなければきっと助かる。

 私は今まで通りの生活を続けることに努めた。周りから疑いの目を向けられても、気にするそぶりを見せないようにした。焦ったり逃げ出したりしたら、人を殺したと認めるのと同然だからだ。

 夕暮れ時にドアをノックする音が家に響いた。これだけで私は背筋が凍るような感覚を味わった。ここで居留守を使っても怪しまれるだけ。だから私はドアを開けた。

 ドアを開いた先にいたのは、鋭い眼つきをした灰色の髪の美しい少女。噂どおりの姿だった。


「アンタ、人を殺したか?」


 まずは世間話をして緊張を解かせるなんてことは一切せず、単刀直入に質問してくることも噂どおりだった。私は「そんなことしていない」と答えた。無論、ウソだ。

 少女は私をにらんだ。人を殺すことを楽しんでいそうな、凶悪な顔つきだ。


「唐突な質問にたじろぐことなく即答したな・・・まるで答えを前から用意していたみたいだ」


 少女の言ったことに「しまった」と思った。思ってしまった。

 この少女――ゆがみの娘とかいう人間とはちがうものは人の心が読めるという。まずいと私は思った。思ってしまった。心の底から平静でいるなんて、人間には不可能ではないか。


「これに見覚えは?」


 と少女は木の箱のふたを開けて、中を見せた。

 血のついた包丁だ。間違いなく、私が殺人に使った凶器そのものだった。

 私は「知らない」と言った、言った後でまずい即答してしまったと思ってしまった。

 もうだめだ。私が殺人犯だということはもうバレている。この少女はきっと、全てわかっているのだ。私に事情聴取のようなことをしているのは、単なる確認に過ぎないのだろう。

 私はまだ死にたくない。なんとか平静を装った。あぶら汗が出ているが、拭き取ろうとはしなかった。

 少女は私の動揺を見抜いているのか、質問を続けた。私が殺したあいつを恨んでたんだろうとか、事件の日どこにいたとか、私は全てウソで答え、事件とは関係ないと主張し続けた。そんなことをしても心が読める相手にはムダだとわかっているつもりだが、死にたくないという思いが何よりも勝り、私は認めようとしなかった。

 この少女は遊んでいるのではないか。だって心が読めるならば、私がウソをついているのがわかっているなら、質問は人を殺したか一つで充分のはずだ。言葉と本心が食い違うさまを、このゆがみの娘というものは面白がっているのではないか、人間でないものが人間を手玉にとって楽しんでるのではないのだろうか。

 そう思っていたら、ふと少女が質問をやめた。私は息を呑んだ。ハアと少女がため息をついた。


「・・・・・・アンタは十中八九クロだ。だがまだ時期尚早らしい」


 なんだって? と私は心の中で思った。全く予想外のことに困惑してしまった。


「こいつがアンタが使ったものだとはっきり証明できるものがあれば、話はだいぶ簡単になるんだがな」


 少女は包丁の入った木の箱を私に見せつける。

 そうか、この町には指紋を調べることができるものがないんだ。私が人を殺したと証明するための証拠がない、この少女はそう判断したらしい。

 ゆがみの娘は心が読めるという話だったが、あれは尾ひれのついた話だったのだろうか。

 ともかく、一つ確かなのは私は助かったということだ。


「邪魔をした」


 とぶっきらぼうなあいさつをして少女は私に背を向けた。

 ドアを閉めると、私は思わず顔がほころんだ。

 もう何も恐れることはない。

 翌日、私はいつもどおりに買い物をしようと町を歩いていた。服とかアクセサリーとか、ちょっと高いものでも後先考えずに買ってしまいそうだ。それほどまでに私は浮かれ気分だった。

 足取りの軽い私に、突然誰かが目の前に立った。通行の邪魔だと私はのんきに思っていた。


「あなたは人を殺しましたね?」


 浮かれた気分は瞬く間に恐怖に変わった。

 目の前に立っているのは、長い白髪の美しい少女。このとき私は思い出した。噂に出てくる、人を殺した人間を殺すゆがみの娘は二人だったと。

 澄んだ目をした少女は、いつのまにか刃物を持っていた。いや、刃物なんてものじゃない。刀、人を殺すのが目的の武器だ。

 ちがうと私は言った。また即答してしまった。昨日のことからまったく学んでいない。


「ウソ、ですね」


 やっぱり、ゆがみの娘は心が読めるのか。

 私は持ち物を放り出して逃げようとした。無駄な努力だった。

 体が熱くなった。感じたことのない痛みが体中に走った。熱いと思ったのは一瞬で、次はこらえ難い寒さが襲ってきた。

 力を失くし、私は石畳の床に倒れこんだ。私のものではない悲鳴が聞こえた。

 視界がぼやけてきた。私を刀で切り裂いた白い髪の少女、人間ではないバケモノが私の顔をのぞきこんでいるのが私が最期に見る光景となった。

 純朴でとても優しそうな表情だった。

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 騒ぎを聞きつけたヒバナは目の前の光景を見て、くちびるを噛み千切りそうになった。

 目を見開き、体を小刻みに震わすヒバナの姿は、好奇心で死体を見に来た野次馬を後ずさりさせた。


「あ、来てたんだヒバナ」


 とのんきとも思える少女の声がした。ヒバナは声のほうを振り向こうとしない。

 ヒガンが死体回収人を引き連れて、人を殺した現場に戻ってきた。周りの野次馬の中から小さな悲鳴が聞こえてきた。ヒガンが人を斬った瞬間を目の当たりにした人たちだ。

 

「この前の人殺しの犯人、見つけたから殺したよ。ヒバナも捜してたのは知ってるけど、見てみぬフリはできないから」


 ヒガンはさらりと自分のやったことを話す。ヒバナは一言も言葉を返そうとしない。死体回収人は二人の会話を耳に入れることなく、死体を手押し車に乗せようとする。


「・・・? どうしたのヒバナ?」


 目も口も動かそうとしないヒバナに、ヒガンはようやく疑問を抱いた。

 ヒバナは悔やんでいた。やはり昨日、自分がこの人間を殺しておくべきだったと。


(なぜ、私はあのときためらったんだ。こいつの心の声からして、こいつが殺したのはほぼわかっているも同然だったのに)


 ゆがみの娘は心が読める。しかし読めるのは感情だけ。人を殺したいという感情はわかっても、人を殺したという記憶はわからない。ウソをついたときに生じる、焦りやいら立ちという感情はわかっても、ウソをついているという行動はわからない。

 人に殺人に使われた凶器を見せて、驚きや恐怖という感情を抱いているのはわかっても、それが自分が使ったものだからそんな感情を抱いたのか、単純に人間の血がついているからそう思ったのか、そこまではわからない。


「ヒバナ?」


 ヒガンがヒバナの目の前に回りこむ。とても優しそうな目でヒバナの顔をのぞきこむ。


(こうなるなら、こいつが人を殺すことになるなら、私が殺す。わかっていたはずなのに)


 ヒバナは腸はらわたが煮えくり返っていた。実際に見なくても、ヒガンが人を殺す姿は簡単に想像できる。その光景が心の中に浮かぶたび、ヒバナは体が震え、胸が苦しくなる。

 まっすぐ自分の目を見つめるヒガンに、ヒバナは決意で心を満たそうとする。


(もうためらわない。もう容赦しない。こいつの前に私が・・・)


 ヒバナの目の前が真っ暗になった。ヒバナの心を満たしたのは決意ではなかった。


「ヒバナ!」


 崩れ落ちるヒバナを、ヒガンが受け止めた。意識を失ったヒバナを、ヒガンは強く抱きしめる。


「大丈夫、大丈夫だよヒバナ」


 ぐったりするヒバナを抱きかかえ、ヒガンはヒバナが一番落ち着けるであろう、ヒバナの住み家まで走る。

 人間たちはヒガンに言われるまでもなく、後ずさりして道を譲った。

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