ルームシェアリング
ヒバナは一人でいることを好む。
住み家も一人しか住めそうにないほどせまい。
だからヒバナが誰かと一緒に家に住むはずがない。
「ハナちゃ~ん、ナシむいたで~」
このおかっぱ頭の少女は不法滞在者である。
申し訳ない程度に備えられたキッチンから、すぐ近くの寝室のベッドで寝そべっているヒバナにおかっぱ頭の少女――ワカナが呼びかける。
ヒバナはワカナのほうを振り向こうとすらしない。
「ハナちゃ~ん、ナシ、ウチが全部食うてまうで~」
何を言われてもヒバナは振り向かない。ワカナの声を耳に入れないようにしている。
「ハナちゃん、ナシむいたってホラ!」
ワカナのほうがヒバナの前に回りこんできた。
両手で持った皿に皮がむかれたナシが盛られている。
皮がむかれたナシが丸々一個。切りそろえて均等に皿に盛り付けされてなんかいない。
皮のむき方もめちゃくちゃで、ナシがひどく痛めつけられたかのよう。
見るも無残なナシの姿を見ても、ヒバナはベッドから起き上がろうとしない。
「ハナちゃん! 大丈夫やって! この前みたいにはならへんから!」
「・・・・・・」
この前のこと。今と同じくヒバナの住み家にて。
「ハナちゃ~ん、ナシむいたで~」
切り分けられ、皿に均等に盛り付けられたナシをワカナはヒバナに見せつける。
「・・・・・・」
マンガを読むことをさえぎられたヒバナは何も言わない。
「どないしたんハナちゃん? マンゴーのほうがよかった?」
「わかってないなら言っておくが」
ワカナは首をかしげた。
「私たちに食事は必要ない」
「ウソやん」
「お前は今までなんか食べてたのか?」
「ジュース飲んだことはあるわな」
「腹が空いたり、のどがかわいたことはあったのか?」
「そんなん・・・・・・アレ?」
ワカナは思い返してみたが、腹ペコでお腹が鳴ったり、のどがカラカラにかわいて飲み物が欲しくてたまらないといった経験がないことに気づく。
「ないだろ」
「いやあね、ボカァとうもろこしで一発当ててセレブになったもんだから、そんな食うものに困るような経験なんてないんですよぉ」
「バケモノは飢えもかわきも感じない」
ワカナのボケにヒバナはツッコむことなく、冷たい口調で事実を突きつける。
付けひげに色眼鏡までかけたのにとワカナはしょんぼりし、ヒゲと眼鏡をかき消す。誰のマネだとヒバナは心の中で思うだけで、声に出さなかった。
「でもウチ、味は感じとるで? この前飲んだジュースは果汁100パーでめっちゃ濃厚な味やったわ。ボケで泥水って言うてもうたけど」
「味は感じるんだよ。においを感じたり人間の道具に触れるのと同じでな」
「ふうん・・・・アレ?」
ワカナは何かに気づく。
「どうした?」
「ハナちゃん・・・・・・・・・・」
ワカナは言葉に詰まっている。
「なんだ?」
「ハナちゃん・・・・・お花摘んだことある?」
ワカナが小声でささやいた。
会話の流れから、ヒバナは言葉の意味をすぐに理解した。
「ない」
「ああやっぱり」
ワカナはショックを受けると同時に安心した。
「ええ~? ほんならウチらが食べたり飲んだりしたもんはどうなっとるんや?」
「少なくとも、体の中に吸収されることはない」
「・・・そういえば、ウチがジュース飲んだときなんか変な感じしたわ。なんかこう、口ん中か、のどの辺りでジュースが消えてるような・・・そんな感じが」
「消えてるんだよ」
「ハナちゃんホンマ言い方きついなぁ」
「事実を言ってるだけだ」
ヒバナの視線は漫画に戻っている。
「ほなまあこれで・・・ちゃうちゃう! ナシむいたから食べよって!」
「今までの話はなんだったんだ?」
「味は感じるんやろ? ほな食べてもええんやんか! 生きるのに必要でなくてもアクティビティやと思えばええねん!」
「アクティビティなら間に合ってる」
ヒバナは読んでいるマンガの表紙を見せびらかす。
よほどのバランス感覚を持っていないとできなさそうなポーズをとったキャラクターが描かれている。
「アクティビティは一つしか楽しんだらアカンってそんなルールあるんかい!」
ワカナはなぜかムキになった。
「なんか偉い人が一同に集まって話し合って決めたんかい! マンガ読みながらナシ食うたらアカンって!! 破ったら世界から非難されるんかい!!!」
これもワカナのボケだとわかっているヒバナは、面倒くささを感じた。
「わかったわかった」
面倒くさいことはとっとと片付けるに限ると、ヒバナはナシに手を伸ばす。
「ほなウチも」
ワカナもナシを手に取る。
二人同時にナシを口に入れる。
「「!」」
二人同時に口を手で押さえる。
ヒバナの手からマンガが落ちる。
ワカナの手から皿が落ちる。
「ほあああああ」
ワカナが悲鳴をあげてのた打ち回る。
ヒバナは声をだすことなく、ぐっとこらえる。
想像を絶するマズさ。
ワカナがナシを口から出そうとする。
出てこない。飲み込んだりしていない。口の中で消えた。
ヒバナが声を出せるようになる。
「お前・・・」
ワカナをギロッと鋭い眼つきでにらむ。
「ハナちゃん・・・そういうリアクションできるんやね」
ヒバナの目がさらに鋭くなる。
「いやその・・・ちゃ・・・ちゃう・・・これはホンマにちゃうって」
「そのナシどっから・・・」
「これは・・・アレ?」
ワカナがふと足元に落ちた皿を見る。何も落ちていない。割れたとしても破片一つない。
切り分けられたナシもない。二つ以上あったはずなのに、全部消えてなくなっている。
「・・・お前の『力』で出したのか?」
「うん。だってちょっと考えるだけでいろんなもんだせるんやで? せやから笑い以外にも使えるやんって思たんやけど・・・」
ワカナは心に思うだけで、どんなものでも出せる力を持つ。果物のナシでもどんなものでも。なにも知らない人に見せたら、いつのまに持っていたんだそんなものと、ギャグマンガのようにツッコまれること間違いなし。
極めて便利そうだが、問題はワカナはゆがみの娘、人を笑わせることしか心にないものということ。
「・・・やっぱアカンのかな、ウチが出すモノはみんな何かしらボケてるもんばっかりみたいや。マッチだしても火やのうて水だしたり、杖だしてもちょっと地面ついたぐらいでボキって折れたり、食べもの出したらリアクションとれるぐらいめっちゃマズい」
「学んだんならもう二度と私を巻き込むな」
「はい」
「それと私の家に居座ろうとするのもやめろ」
「それは断ります」
「外で寝ろ」
「カンベンしてください」
以上、この前起こったこと。
「これは普通に自然に生えてたやつや。店で売っとったから間違いないって」
そうワカナが強調しても、ヒバナはナシに手を伸ばそうとしない。
「・・・お前はなんでこんなことをする?」
「ええっ?」
ヒバナの問いにワカナは頭をひねる。
「なんで私にナシをむいて食べさせようとする?」
「そんなん、一緒に住んでんねんからこれぐらいしてもええやん」
「そもそもの話だな、なんでお前は私の家に押しかけてくるんだ?」
ヒバナが起き上がった。
あ、怒ってるとワカナは思った。
「この前は外で寝ろと言ったら、その通り私の家のすぐ外で寝やがって」
「近所の人から通報されてへんかな?」
ワカナがヒバナの住み家の玄関のドアに、ぴったりくっついて寝る姿は外野から見れば様々な誤解を招いても無理はない。
「家が欲しけりゃ自分で稼ぐか他のやつのところに行け。なぜ私にすがる」
「だって、ホラ・・・・・・運命的な出会いを果たした二人やから・・・」
ワカナはほほに手をあて、目を輝かせた。
「アホか」
「ねえお願いやって~もう宿無しはカンベンしてほしいんやって~」
「私に会うまではずっと宿無しだったんだろう?」
「だからもうイヤやねんって! キッツイで! 子供にどうしたらいいかわからないような目で見られんの!」
「知らん」
「知ってる!」
「なにをだ」
「ギャグやから真面目に返事せんといて! ともかく、ここに住まわせてくれるようウチ最善を尽くしたるからな! ナシむくぐらい序の口やっちゅうねん!」
ワカナは皿に盛られた痛ましい姿のナシをヒバナの口元によせつける。
ヒバナは手を伸ばそうとせず、頭を後ろに倒す。
「なんでや! ナシか! ナシがアカンのかいな!」
「そんな問題じゃない」
「なにやったら! なんの果物やったらええんや! 町中の果物屋めぐって探したろか!!」
ワカナはヒバナの話を聞かない、というボケをかましている。
「アセロラ」
話を聞けというツッコミを期待していたワカナは、アセロラを探して町中を走りまわるも、どこの果物屋でも見つからず、町外れの森になら生えてるかもしれないと聞いて、そこまで走って森じゅうを探し回り、それでも見つからない上に迷って遭難してしまったところを、運よく森を守るものと出会い、出口まで案内してくれた上に事情を話したところアセロラをただで分けてもらい、バスケットに入ったたくさんのアセロラを抱えて、ヒバナの家までぜえぜえ息を切らしながら走って戻ってきた。
ワカナは今夜もヒバナの住み家の床でぐっすり眠る。
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