人殺しとコメディエンヌ・前編

 夕暮れ時の町中をヒバナは歩いていた。広場を通り抜けようとしていた。

 ちらほらと人がいる。世間話をする人に、ベンチに腰掛けて本を読む年配の人に、腕立て伏せをしているやつもいる。


「97! 98! 99!」


 腕立て伏せをしているやつはやけに大きな声で、回数を数えていた。

 そんなに自分はがんばってるとアピールしたいのかと、ヒバナはいい気分がしなかった。


「2兆8765億4279万3100!」


 世間話をしていた人たちは話を止め、本を読んでいた人は思わず本を閉じた。

 腕立て伏せをしていたやつは、ぜえぜえと息を切らしてべたっと地面にへばりついている。

 人々はすぐに、各々自分のやっていたことに戻った。

 ヒバナも条件反射的に首を動かしてしまったが、すぐに元に戻して移動を続けた。

 おかっぱ頭の少女がふざけているだけと広場にいた全員がわかりきったことであった。


 ヒバナは図書館で本を読む。この図書館の蔵書量はあなどれない。

 名作と伝わる文学に難しい学問について余さず記した参考書、ちょっとの間ブームになったエッセイ本もあれば、マンガもたくさん置いてある。ヒバナが読むのはマンガだけ。

 ヒバナは黙ってマンガを読む。

 テンガロンハットをかぶったおじいさんが、学生帽をかぶった孫に馬の乗り方を教えようとするが、まったく上手くいかず馬に振り落とされたり蹴られたりして、その度に必死でごまかすが孫はそれを冷ややかな視線で見ているというギャグマンガだ。

 ヒバナは笑わない。ワシは馬に乗るのがウマいんじゃというギャグが4回は出てくるが、全く笑わない。

 ヒバナは別のマンガを読む。

 朝から晩までずっと眠っていた犬が、目を覚ましてあくびをして「今日もいい一日だった」と心の中で思うという内容の4コママンガだ。

 ヒバナは笑わない。犬が飼い主を差し置いて絵のコンクールで優勝するという話にも笑わない。

 ヒバナはさらに別のマンガを読む。

 デフォルメされた絵柄と思いきや劇画タッチになったり目がキラキラした女の子向けの絵柄になったり、キャラクターがコマをまたいで移動したりと、マンガだからできることを詰め込んだ内容のシュールなギャグマンガだ。


「ファーファファッファッファッファ!」


 ヒバナは笑っていない。見開きを丸々使った顔のどアップだけで話を進めるというギャグにもヒバナは笑っていない。


「ハハハッハッファッファー!」


 けたたましい笑い声は図書館じゅうに響き渡る。

 ゆがみの娘がいる町でも図書館では静かにするのがマナー。他の利用客はなんだこの笑い声はといらだつ。ヒバナもその一人。

 災いというべきだろう。笑っているやつはヒバナのすぐ近くにいた。

 椅子に座って机の上でマンガを読むヒバナの向かいに、ファファファと大爆笑するやつがいた。

 声を出して笑うだけでなく、文字通り笑い転げている。あろうことか机の上に寝転がってのたうちまわりながら大笑いしている。

 

「ファッファッファー!」


 とおかっぱ頭の少女は笑うのをやめない。

 近くにいる利用客たちはこいつはいったい何なんだと、さげすむような視線を送る。

 いったい何に笑っているのか。笑いをこらえられないほど面白いマンガでも読んでいるのか。


「やっぱおもろいわー! この百科事典!」


 その場にいる全員が沈黙した。


「次はなんや? 同一律、論理学の用語で自同律ともいい、ふつうAはBであるという形で表される・・・ファーファッファッファ!」


 叩かれるととても痛そうな分厚い百科事典をパラパラとめくり、真面目な中身を読み上げるとおかっぱ頭の少女はまた大爆笑した。

 少女のやっていることを理解できる人がいてはいけない。

 利用客たちはこの迷惑極まりない少女をなんとかしたいと思うが、それよりもこの頭のおかしいであろう少女と関わりたくないという気持ちのほうが勝る。

 利用客が見てみぬフリをするようになったとき、司書がやってきて相も変わらず笑い転げる少女をなんとかしようとするが、いかんせんこの司書は気が小さい。


「筆、毛の束を軸の先端につけた字や絵を書くための道具である・・・ファファファー!」


 笑うのをやめない少女にたじろぐ司書。

 ヒバナはマンガを置いて椅子から立った。おかっぱ頭を鷲づかみにした。


「あいうえ~」


 とおかっぱ頭の声に耳を傾けず、そのまま図書館の入口まで引きずっていく。

 扉を開き、ヒバナはおかっぱ頭の少女を蹴った。

 軽く蹴飛ばして図書館から追い出せればそれでいいはずだった。おかしなことが起こった。

 おかっぱ頭の少女はウワーと気のぬけた声を出しながら、すさまじい速度で吹っ飛んでいった。


「えっ?」


 とヒバナは声を出してしまう。自分にこんなキック力があるはずがない。そもそも蹴りが当たっていない。

 蹴った足が少女の背中にあたる前に少女が吹っ飛んだのである。ヒバナは思わず目を大きく見開いてしまう。

 図書館の向かいには塀がある。塀の中には学校がある。

 その塀に大きな穴が開いている。丸や四角の穴ではない。

 おかっぱ頭の少女の形をした穴が開いている。両手を上げて脚はがに股になっている、おかっぱ頭の少女の形をした穴が。

 ヒバナはこの光景に見覚えがある。でも現実で見たことはない。

 こんなの、ギャグマンガでしかみたことない。

 呆然とするヒバナの前に、おかっぱ頭が姿を見せた。少女の形をした穴の足の部分からヒバナを覗き込んでいる。


「もうちょい工夫せなアカンな!」 


 おかっぱ頭がはつらつとして言った。


「せやな~最後ウチを蹴った後のセリフは『お?』のほうがええわ。ウチその前に『あいうえ~』って言ってたからそこ、つなげとくべきやって!」


 まさかアドバイスをされているのかとヒバナはますますわけがわからない。おかっぱ頭は穴をくぐって、ヒバナのもとへ歩み寄る。


「でも助かったで! あのままやとずっとウチの一人相撲やったわ! やっぱツッコミがおらんとあかんのかな~。この百科事典! のところで『いや何がおもろいねん!』の一言さえあったらな~ピンのつらいところや」


 はしゃぐおかっぱ頭に、ヒバナは呆然とするだけ。


「えっと、キミの髪、虹色にしようと思って染料を全部混ぜてしもたん?」


「・・・は?」


「いやだから、その灰色やから、あの、色ってやたら混ぜたらみんな灰色になるからっていうボケ・・・」


「・・・・・・何なんだお前は?」


「通りすがりのお豆腐屋さんです」


「真面目に答えろ」


「はい豆腐屋ではなく漬物屋です」


「真面目に、まずは名前を言え」


「はい、ホンマに真面目に答えなあかんパターンですね」


「早く」


 ヒバナの威圧に、ふざけていたおかっぱ頭の少女は折れた。


「えっと・・・名前は・・・ワカナや。独身やからミスワカナでもええで」


 ふんとヒバナは鼻を鳴らす。

 このおかっぱの名前はワカナ。よくよく考えたらそんなことを知る必要はない。

 周りがガヤガヤと騒ぎ出す。

 なぜ塀におかっぱ頭の穴が開いたのかと、学校の職員や子供たちが集まりだしていた。


「うわっ! なんやこの穴! 誰の仕業やねん! こんなおかっぱ頭のやつおるんか! こんな露骨なおかっぱ頭のやつ今どきおるんか!」


 野次馬にまぎれたワカナに視線が集まる。


「・・・あ、ウチかー」


 ワカナがポリポリと頭をかいた。

 騒いでいた野次馬が一瞬で沈黙した。


「・・・ウケへんな」


 とぼとぼとワカナは野次馬から離れた。

 ヒバナとワカナは無関係だ。ワカナがどんなにおかしなことをしても、ヒバナが関心を持つ必要はない。そのはずだが、確かめなければならない。しょぼくれるワカナの背中に声を掛ける。


「ありゃどういう仕掛けだ?」


「あの穴? 思いっきり蹴飛ばされたんやから、そらウチの形の穴があくもんやろ」


「まず私に蹴られたぐらいであんな吹っ飛ぶのがおかしいし、そもそも私が蹴る前にお前のほうが吹っ飛んだ」


 とっさにワカナがヒバナの口を手でふさぎ耳打ちする。


「それはわかってても言うたらアカン」


 とっさにヒバナがワカナの手を振り払う。


「あん、そんなハエを落とすような感覚で~」


「・・・・・・いいか? あんなに吹き飛んだからって普通は人の形の穴があくなんてありえない。あんなことが起こるのはギャグマンガとかコメディとかでしかありえん話だ」


「だってギャグやもん」


「なに?」


「ウチはコメディエンヌや。女やからコメディアンやのうてコメディエンヌや。だから蹴られても普通に痛がらんし、壁にぶつかっても普通にケガなんてせえへんねん。あんなもん笑いの基本、王道やで」


 ワカナの態度は堂々たるものだ。


「ウチの望みは唯一つ、笑いや! ウチのこの洗練されたギャグで人々の大爆笑をとれたらもうなにもいらん! 笑いのためならウチ、どんなことでもしたるねん!」


「・・・私の見る限り笑顔のやつは一人もいないし、私の聞く限り笑い声は一つもあがっていない」


「うんまあ、さっきからスベってばっかりやけど、そんなときもあるわな」


 ワカナは目を閉じ腕を組んで考えをはりめぐらせた。


「さっきの百科事典のボケもなー。図書館で大笑いしてしかも読んでるのが百科事典、おもろいはずなんやけどなー。さっぱりやったなー。さっきも言ったけど、やっぱりツッコミがいるんかなーあんだけ人おったら誰かツッコんでくれる人いると思ったんやけどやっぱそういうセンスある人、そうそうおらんもんなんやなー」


 人を笑わせようと思って図書館で騒ぐ、そんなはた迷惑なやつがいてもおかしくないだろう。

 だが壁にぶつかって、自分の形の穴を空けるなんてそんなこと、

 人間にできるはずがない。

 ワカナが目をつぶっている間に、ヒバナは近くを通りかかった子供の肩を叩いた。


「これをやるから、このおかっぱ頭のやつを蹴ってみろ。バレないようにかつ思い切りな」


 と一枚のコインを子供に差し出して命令した。コインはこの町の通貨だ、ヒバナが渡したのは子供にはうれしい金額になる。


「あと、広場の腕立て伏せのやつ、あれもあんまウケへんかったなー。回数があかんかったんかな? 普通に2兆回! のほうがよかったんかな?」


 ヒバナが聞いていると思い込んでいるワカナは、後ろから忍び寄る子供に気づかない。

 充分な間合いに入り、子供はワカナの脚を言われたとおりに、思い切り蹴った。

 何もあたらなかった。


「え? なに?」


 ワカナは変な感覚の正体を確かめに、足元を見た。

 ワカナの脚から子供の足が生えている。

 一番驚いてるのは子供だ。思い切り蹴った足は、ワカナの体をすり抜けた。


「やっぱりか」

 

 ヒバナは確信して声を漏らす。


「ちょっとアンタ!」


 ワカナは振り向いて子供に怒鳴る。

 子供はすくみあがった。


「もっと足上げてお腹から足が生えてるようにせんかい! それやったら『うわあ、隠していた足がでてしもた!』ってボケられたやろ!」


 子供はわけがわからない。

 ヒバナにはわかる。

 ワカナは人間ではない、ゆがみの娘。



 ヒバナがワカナと関わるのはあれっきりだと、ヒバナはそう思っていた。ワカナは自分がどういう存在なのかをわかっていない。だからってわざわざヒバナがそれを教えてやる必要はない。そのはずだった。

 ヒバナが町を歩いていると、


「マドアケルーン!」


 だれかの家の窓からいきなりワカナが顔を出した。

 ヒバナはワカナに目を向けることなく去っていった。

 ヒバナが町を歩いていると、

 

「ミーンミンミンミーンミンミン」


 ワカナが木にしがみついて、ミンミンと声を出し続けていた。


「どうも私は1000年に一度生まれる、めっちゃ長生きするセミです。長生きする間に人間の姿に変身できるようになりました」


 ミンミンと鳴きつづけるワカナのそばを、ヒバナは通り過ぎていった。


「ミーンミンミン、そこの灰色の髪の人、何か言うことはありませんかミーン」


 と呼びかけられてもヒバナは無視した。

 ヒバナが町を歩いていると、


「プハア!」


 ビン入りのジュースを飲んでいたワカナが飛び出してきた。


「泥水すすって生きてます!」


 口調も表情もワカナはさわやかだ。

 ヒバナは空になったビンを見せ付けられた。目を合わせないようにして通り過ぎた。

 ヒバナが町を歩いていると、


「ええと・・・アカンなんも思いつかなくなってきた・・・」


 挙動不審のワカナと出くわした。ヒバナは立ち止まる。

 気配を感じたワカナが振り向いた。ヒバナと目が合ってギョッと驚いた。

 キョロキョロと意味もなく周りを見て、目は泳ぎっぱなし。

 ハッと何かを思いついた。

 フンッと突然、ワカナは自分のひじとひざをぶつけ合った。


「最強のひじ鉄と最強のひざ蹴りがぶつかり合うとどうなるか!?」


 ヒバナは何も言わない。


「痛い!!」


 ヒバナは表情を一切動かさず、腕を組むだけ。

 ワカナはひじ鉄とひざ蹴りをぶつかり合わせたポーズのまま止まる。

 5秒経った。ポーズをやめた。背中を見せてとぼとぼと歩き出した。


「待て」


 ヒバナがワカナに声を掛けた。ビクッとするワカナ、恐る恐る振り返る。


「お前、私につきまとっているな?」


「なななななな、何を言ってんねんですかかかかか、人につきききまとととうううう、そそそそそんなああああストーカーみみたたたいいいい」


「その動揺するフリはなんのためにやっている? 油断させて仕留めようってのか?」


「い、いや、あの・・・あせり方というか体とか声の震えっぷりがわざとらしすぎるっていうボケ・・・」


 ボケと言ったとたん、ワカナは頭を抱えて地面に突っ伏した。


「全然アカンやないかい!」


「・・・どうした?」


「自分のボケを自分で説明するとかいっちばんアカンやないかい!」


 ああああと叫びながら、ワカナは頭を地面に打ちつける。

 「おい」とヒバナが声を掛ける。心配はしていない、ただアホかこいつと思っているだけ。

 ぬあああと叫んで、ワカナは立ち上がる。


「なんか! なんかないんか! おもろいアイデアはあんねん! でもそのための道具がないねん!」


「道具?」


「せや! どっかにないんか!? お笑いに役立ちそうななんかええ道具!」


「知らん」


「ああんもう! 頭に当たったらめっちゃええ音する金だらいとかないんか!」


 ゴワーン


 落ちてきた金だらいがワカナの頭に当たって、すごくいい音がした。

 天に願いをささげるかのように、両手を上に上げていたワカナはそのまま動かなくなる。

 ヒバナは何も言わず動かないワカナを見つめる。目が少し見開いている。

 ふたりの間に大きな金だらいが底を上にして落ちている。

 二人とも何も言わず動かない。


「すいませーん。誰か洗濯してました? たらい落ちましたよー」


 とワカナがたらいを拾って周りの家に声を掛けるが、反応はない。


「え? どういうこと? ウチたらい欲しいって言うたけど、そんな都合よく落ちてくるとかそんなことある?」


「・・・たらいはもういらないって考えてみろ」


 困っていたところに命令され、ワカナはますます困る。


「えっ、なに言うてんの」


「いいからそのたらいを持ったまま、たらいはいらない消えろって心の中で強く思ってみろ」


「はい」


 ヒバナに妙な威圧感を感じ、ワカナは言われたとおりにする。


「はい、このたらいもういりません」


 と心の声を口に出す。

 たらいからパッと淡く光る。

 「うひゃ」とワカナが驚く。ワカナの手からたらいが消えた。

 ワカナはもっと困る。頭の中がハテナマークでいっぱいになる。


「もっかい心で思ってみろ。たらいよ頭の上に落ちて来いって」


「はい」


 ワカナは言われたとおりにした。


 ゴチン


 鈍い音がした。

 ヒバナが大きく目を見開いた。


「はらほれ~」


 ワカナが目を回してふらふらになる。ふらつき方と声がわざとらしい。

 落ちてきたのは金だらいではなかった。鍛冶の道具である金床だった。

 予想外のことにヒバナは目を見開いてしまったのだ。


「す、すごい! たらいやとさっきと同じやからおもんないから、金床落ちて来いって思ったらその通りになった!」


 はしゃぐワカナは自分の頭の上を見た。


「うわ! ウチの頭の周りで星が回ってるやん! これも想像したとおりや!」


 重いものが頭に当たって、頭の上で星が回りだす。そんなマンガでしかありえないようなことを、ワカナは現実でやってみせた。その星を手でつかむことすらできる。


「・・・それはお前にしか使えない力だ」


 少し焦ってしまったが、すぐ冷静になったヒバナはワカナに言った。


「ウソやん・・・こんな力がウチにあったなんて・・・ちょっとお笑い好きの普通の女の子がいつのまにか町のステキな魔法少女やんけ」


「お前は普通の女の子でもなければ、魔法少女なんかじゃない」


「ほな魔法少年か?」


「バケモノだ」


 さりげないボケに返ってきたのは冷ややかな言葉だった。

 結局、何も知らなかったワカナにヒバナが教えることになった。

 心のゆがみが生んだもののことを。ワカナが少女の姿をした人ではないものであることを。


「あの塀にお前の形の穴を開けたときに何か思わなかったのか?」


「いやあ、ウチの笑いを愛する心があんな奇跡を生んだんかなと」


「・・・ある意味間違っていないな。子供に蹴られて体がすり抜けたときは?」


「ウチは幽霊やったんか~と」


「幽霊だと思っても、わけのわからんボケをかませる余裕はあるもんなのか」


「ウチはコメディエンヌやからな!」


 ウインクするワカナに、ヒバナは目がジトッとなる。


「ううーむ、でもなーんか納得いかんとこあるなあキミの話」


「どこだ?」


「なんやその、ウチは『ゆがみの娘』っちゅうもんなんやろ? ゆがみってなんのこっちゃ?」


「心のゆがみ。人を殺したいとか死体が大好きとか自分さえよければ他人はどうでもいいとか」


「なんやねんそれ!? ウチはあれやで? ただ笑いが大好きな、人を笑わせることが大好きな健気や少女やで!? そんなウチが心のゆがみから生まれたものって言うんか? てか死体大好きってそんなやつおるんかい」


「あんなことができるのはこの世界では心のゆがみから生まれたものぐらいだ。いるぞ墓場も葬式も大好きなやつが」


「誰がそんなこと言うとんねん」


「人間たちだ」


「納得いかんな~」


 ワカナは口をとがらせた。

 ヒバナはまだ話を続ける。


「お前、いつからこの町にいる?」


「来たばっかや。ほんの数日前ぐらいやで」


「どうやってこの町に来た?」


「それがようわからんねん」


「なぜだ」


「なぜって言われてもな~。なんか荒れ果てたところを歩いとったんや。戦争でもあったんかってくらいめちゃくちゃなところを歩いてたような・・・う~ん、あかん全然記憶がはっきりせえへん。ついこの間のことなのに全然覚えてへん! ああ若作りしとるけど、わしゃこう見えて78やからな~物覚えも悪なるわ~」


 腰を曲げてしゃがれた声を出すワカナは、いつのまにか杖を持っている。

 力の使い方をもうばっちり覚えたらしい。


「なにもわからないんならそれでいい」


「・・・年寄りちゃうやろってツッコんで?」


「悪いが、私にはそういうことはわからない」


 冷たい態度をとってヒバナは話を終わらせた。

 「じゃあな」とワカナに背を向けた。


「ちょちょちょちょっと待ちーな!」


 ワカナがヒバナの頭をつかんでぐいと寄せる。

 流石のヒバナも、これには顔をしかめた。


「キミの目的は終わってもウチの目的は終わってへんから!」


「お前の目的は知らん」


 パッとワカナはヒバナの頭を放す。変な反動がついて、大きく揺らされてしまい、ヒバナはふらついた。

 いらだつヒバナを尻目に、ワカナはキョロキョロと辺りを見やる。


「なんか、なんかないかな。ああん何かでてこいやウチのお笑いセンス!」


 お笑いセンスがひらめいたのか、あるものを見てワカナは目を光らせた。

 街灯だ。ワカナはそれによじ登った。

 

「こうやって一本一本に心をこめて明かりを点けてまーす」


 手にマッチ棒を持ったワカナが、街灯のランプに火をつけるような動きをした。

 ヒバナはその様を無表情で見上げるだけ。


「こぉら! そこなにをしとるか!」


 怒鳴り声に驚き、ワカナは手を放してしまう。

 うわーと全く驚いていないような悲鳴をあげて、ドスンと地面に落っこちた。

 頭から落ちて、石畳の道にめり込ませている。

 これもワカナの力と、ヒバナは察した。


「ひとのしごとをかってにとるんじゃないよ!」


 あれとワカナは思った。てっきり街灯に登ったことを近所に住んでる怒ったら怖い人に怒られたと思っていた。

 怒鳴ったのは小さな女の子だ。赤いずきんをかぶり、腕には木で編んだカゴをぶらさげた、やけに目がキラキラしている女の子である。


「プロにまかせなさい! こういうことは☆」


 頭の悪そうな雰囲気の女の子は、ワカナがそうしたように街灯によじ登りだした。

 ランプのところまで登ると、カゴからマッチを取り出しそれで火をつけた。

 ぽっと暖かい光が街灯から放たれる。

 小さな女の子がぴょんと街灯から飛び降り、スタっと痛がることなく着地する。


「はあ、つらいけどやりがいのあるしごと☆」


 そう言って女の子はまた別の街灯によじ登って同じく火をつける。

 その作業を繰り返すうちに、ヒバナとワカナに見えないところまで離れていった。

 逆さになっていたワカナが起き上がる。目が点になっている。


「・・・・・・ホンマにああやって明かり点けてたん?」


「本当にこの町に来たばかりなんだな」


 ポカンとなるワカナにヒバナが冷静に言った。


「めっちゃ恥ずかしいやん。ボケでやったことが実はホンマにやられてたって」


「そうか」


 ワカナの恥ずかしさなんてヒバナには知ったこっちゃない。


「てかあの子なんなん? 見た目は絶対どこかで見たことあるけど」


「あいつも人間じゃない」


「えっウチのほかにもタライ落とせる子おんの!?」


「それはお前だけだろう」


「あっそれはよかったわ~」


 安心したワカナを置き去りに、ヒバナは立ち去ろうとした。


「ちょちょちょちょちょホンマにちょー待ってーなー!」


 去ろうとするヒバナの腰にワカナがしがみつく。


「なんなんだ」


「おねがい後一回! 後一回だけウチにチャンスを!」


「なんのチャンスだ」


「なんかフッて! なんでもいいからなんかウチに言うてみて! ウチボケるから!」


「マッチ一本火事の元です!」


 バシャン


 水しぶきの音がした。

 たくさんの水をかけられてワカナは水びたしになった。ヒバナはその巻き添えを食らった。


「え? 水? うちそんなん考えてへんで?」


 ずぶぬれのワカナがキョロキョロとあたりを見る。


「このマッチはいったいなんのつもりですか?」


 マッチ棒を持った手を誰かがつかんだ。振り向いてその誰かを見て、ワカナはギョッとなる。

 人魚だ。上半身が人間、しかも美しい少女で下半身が水の生きもののものだから間違いない。

 人魚が水のかたまりから体を出し、マッチをもつワカナの手をつかんでいる。


「マッチを持って人にしがみついて、まさかとてもよからぬことを考えていたのではないですか!?」


「いやそんな」


「放火魔さんなのですか!? 家ではなく人に火をつける放火魔さんなのですか!? 見過ごせません! しかるべき裁きをくだしましょう! もちろん水の中でです!」


 人魚はワカナを水のかたまりに引きずり込もうとする。


「これはマッチ棒とちゃいます!」


「ではなんなのです!」


「水芸の道具です」


 ワカナのマッチ棒から水が飛び出した。ちょろちょろと流れ出る水が地面に落ちていく。

 人魚とワカナはしばらく水の動きをながめていた。


「これはとんでもない失礼を・・・申し訳ございません!」


「いえこちらこそまぎらわしいものを持ち歩いて」


 二人はお互い頭を下げて、人魚は水のかたまりに浸かったまま泳いで去っていった。水のかたまりが通ったあとはもちろん水びたし。

 

「火やのうて水を出すマッチ! 流石はウチや! 出す道具も何かしらボケてるんや! うっし! ウチの力がどんなもんか完璧にわかったところで、そこのキミ! アレ?」


 ビシッとワカナが指をさすが、そこには誰もいない。ヒバナがまだここにいると思ったのはとんだカン違いだ。人魚にからまれている間にとっくにどこかに行ってしまった。


「うーん。ここは誰か別のやつを指さすところやったな」


 ワカナはどんなときでも人を笑わすことしか頭にない。

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