02 ノクティスとルームメイト

 式が終わり、教室へと移動する間に、ファルコは腹痛を理由に新入生の列を抜け出して、寮の自室へ走った。


 部屋に入るなり引き出しから取り出したのは、ノクティスを呼び戻す自作の魔道具の笛と皮手袋だった。開いた窓から身を乗り出すようにして、二度、三度と笛を吹く。やがて、夜空のような色をしたノクティスが舞い降り、ファルコの腕に戻ってきた。


「はー、よかった! ごめんね、寂しかったよね」


 ファルコの肩に、頭を擦りつけて甘えるノクティス。

 少しの間、ファルコは思い切り頬のあたりや背中をなでてやった。そして、「ごめんね、すぐ戻るから」と謝りながらノクティスをケージに戻すと、道具袋から探し出した南京錠をケージの掛け金に取り付けて、笛と皮手袋を引き出しにしまい、再び全速力で教室に向かった。


          ♢


「私が、このクラスを担当するローランです。専門は神学です。皆さん、一年間よろしくお願いしますね」


 ファルコが戻るのを待って、やや小柄な男性は柔和な笑顔で、生徒たちを順に見るように挨拶した。少し癖のある栗毛が、頭の動きに合わせてひょこひょこ揺れる。  

 叱られるのではないかと身構えていたファルコは、ほっとした。


 学園指定のローブから解放された生徒たちは身軽になったことも相まって、席が近い学生同士で楽しくおしゃべりを始めた。

 ファルコは、後ろの席の男子に突かれて振り向いた。


「ヤバかったなー、さっきの拍手! でも、わかるぞ。あのジュリアン・グラン・ディアマンテ先輩だもんなー」


 ファルコは冷や汗をかきながら、どのジュリアン・グラン・ディアマンテ? と考える。先ほど、壇上で話していた華やかな先輩ということくらいしかわからない。

 とりあえず相槌を打っておく。


「なんたって、オルティス学園不動の成績首位! 一度も二位以下になったことがないらしい。魔術も剣術も何でもできるって噂だよ。ディアマンテ侯爵家の嫡男様さ」


 ここで「へー、知らなかった」と答えるわけにもいかず、


「本当に凄いよね! ディアマンテ先輩」


と、ファルコは先輩をヨイショしておくことにした。

 内心、「話しかけてくれた子が、情報通でよかったなぁ」と考えていた。


「オレはガルルス・ロクワクースだ。よろしくな!」

「僕はファルコ・ロザリンド。ファルコって呼んでね」


 ファルコはまだ、噂好きの人間の怖さを知らなかった。


          ♢


 ファルコは重い体と荷物を引きずるようにして、寮の部屋に帰ってきた。


「つ、疲れたー……」


 荷物を放り出し、自分のベッドに勢いよく倒れこむ。


「……ただいま……ノクティス」


 ノクティスは、サイドボード上のケージの中で、首を傾げてファルコを見ている。

 ふと、部屋の隅から別の視線を感じて、ファルコがそちらを見ると……反対のベッドの足元に頭から毛布をかぶって、目だけを覗かせている者がいた。


「きゃっ!」


 ファルコが乙女のような悲鳴をあげて、うつぶせのまま器用にぴょこっと飛び上がった。


「……はじめまして、同室の君」


 消え入るような声で彼は言った。

 ハヤブサに睨(にら)まれたハトのように、毛布に巻かれた体がガタガタと震えている。


「ねえ、君の……あれは……あの鳥? は、なんなの?」


(――しまった)


 ファルコの入寮のタイミングが大変遅かったので、同室の相手に自分もノクティスも紹介する時間がなかったのだ。


「ええと……ハヤブサ型の魔法生物……です」

「何の役割で飼うの? ……悪魔の……召喚か何か?」

「ち、違うよ!」


 ファルコは起き上がって、両手を胸の前で広げ、首を振って否定する。

 ノクティスは、愛嬌のある大きな目をした紺色のハヤブサ……に見えるが、実は相当な量の魔力の塊だった。

 魔術を使える人間の中でも、感知に優れた者にはかなり凶悪なプレッシャーがかかるらしい。ファルコは、感知に関してはからっきし弱いタイプのため、それがわからなかった。

 ノクティスから放たれるプレッシャーで震え上がる彼に、頭を抱えるファルコ。


(まずいまずいまずい! ――急いでなんとかしなくちゃ!!)


「ごめんね。魔術で彼に守りの効果を与えるときに、僕がミスってこのありさまなんだ。お願い! 一週間……いや五日。五日でなんとかするから! どうにか我慢してくれないかな? 本当にごめん」


 ファルコは深々と頭を下げた。前半は、まるっと嘘だ。でも、後半は彼の安眠と自分の正体がばれないためにも、絶対にやらなくてはいけないものだ。


「挨拶が遅れてしまったけど、僕はファルコ・ロザリンド。ファルコって呼んでね」


「……ラテーレ・アスタンス」


 声を震わせて、ラテーレは応えてくれた。

 入学一日目にして、とんでもない課題を抱えてしまったファルコだった。



(とはいえ、どうやってアレを完成させればいいだろう? 活動できる場所が欲しいな。ついでに相談できる協力者も探したい!)


 ファルコは、


「この子はこんなだけど、とてもいい子なんだ! 絶対に何もしないから!」


とラテーレを説得しながら、サイドボードからなにやら黒くて分厚い布の塊を引っ張り出した。布は、ドサリと音を立てて大きめのショルダーバッグに詰め込まれる。


「あ、ケージの南京錠は触らないで! 窓もできれば開けないでほしい!」


 ファルコは、鍵付きの引き出しから複雑な書き込みがされた図面を選んで引っ張り出し、鞄(かばん)にしまう。引き出しの鍵をかけると「それじゃ」と、ラテーレとノクティスを残して部屋を出た。


 念のため、モノクルは起動させたままだ。映像受信用ブローチは、ポケットに突っ込んでいる。

 廊下に出たところで、ファルコのレターボックスの小さなランプが灯っていることに気がついた。ファルコ専用のものと、ラテーレ専用のものが、それぞれ扉の左右に取り付けられている。中身が入ると、ランプで知らせる仕組みのシンプルな魔道具だ。


(帰ってきたときは、点いていなかったのに)


 ファルコは取り付けた南京錠のダイヤルを回して解錠した。

 入っていた手紙をその場で確認すると、見慣れた流麗な文字が目に入る。コルヴスだ。

 時間の指定と、待ちあわせ場所までの簡単な道案内が記してあり、手書きの地図が添えられていた。ファルコは学園内の地図を思い出しながら、その場所を特定した。


「走れ、力よ(クッレ・ヴィス)」


 ファルコが短く詠唱すると、ファルコの手から魔力が流れ手紙が熱をもち、同時に文字も地図もきれいに見えなくなった。

 ただの白い紙に戻った手紙を折りたたんでポケットに突っ込むと、ファルコは研究室のあるエリアへと足早に歩き出した。 

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