国家転覆は狙っていません!――家族を奪還したい弟は、学園に潜入し過保護な兄と姉に溺愛される――
ダイナクス・ミツヤノシュ
01 ファルコの入学式
ファルコ・ロザリンドは緊張していた。
彼は健気に、冷たくなった指先に血を巡らすように、ゆっくり手首を握っては放すリラックス方法を繰り返していた。
(――落ち着け、ここから家族を取り戻すための、新たな一歩が始まるんだ……)
正装である古式ゆかしいオルティス学園のローブは、少し重たくてゴワゴワしていた。
演奏が始まる。重厚でそれでいて繊細な、調和のとれた音楽が流れ出す。
待機場所から会場の中にサッと視線を動かすと、そこにはファルコでも知っている有名な指揮者がタクトを振っているのが見えた。
(学園の入学式で、有名楽団が生演奏してる!?)
思わず右手と右足が一緒に出そうになる。
(顎を少し引いて、遠くを見る、だ)
こういうときは、手順を考えるに限る。
フロアに入ると、煌めく照明、美しいテーブル装花、嗅いだことのない華やかな香水の香りがファルコの精神を襲う。彼は随分頑張ったが、もう限界だった。
(――ヤバい、入る学校を間違えた!!)
ファルコは心の中で叫びながら、「早く、機械油の匂いのする
アロエット・ルチアノは、最高学年の在校生席からその様子を眺めていた。明るい灰色の髪を家紋入りのブローチで美しく留めた彼女は、シャープな印象を受けるダークレッドの目を細めた。
(ふふふ! 随分緊張しているわね――待っていたわよ、ファルコ)
扇子の下に隠した口元に、にやりと笑みを浮かべる。目を留めたのはほんのわずかな時間で、あとは優雅な令嬢の澄まし顔に戻る。
コルヴス・ヴィンセントは、同じく在校生席からファルコを見ていた。
膝の上にしっかりとそろえられた両の拳は力強く、艶やかな黒髪を後ろになでつけた彼は、外から見ると威風堂々としている。しかし、気を抜くとうっかり泣きそうになるので、できるだけ
(見ないうちに、また大きくなって……)
思わず頬を緩める。
そして、どんな状況にあっても彼にとってこの学園生活が楽しいものであって欲しいと、心から願った。
(ひよっこどもが、またたくさん来たなぁ)
アルベリヒ教授は、新入生たちが力が入った様子でピシッと入場してくるのを、品定めするように眺めていた。
彼はもう三十年近くもオルティス学園で教鞭をとる、魔道具工学の大ベテランだった。彼にとっては、いつだって学生たちは可愛いひよっこだ。
(――ん?)
彼の前を通過する新入生の一人に目が留まる。
そのローブの上に取り付けられたちょっと主張の強い家紋入りのブローチは……魔道具だ。しかも、わずかに覗いたアンテナ部分は、映像系の受信機のそれだ。そして、幼い顔立ちの彼にはあまり似合っていない、洒落たモノクルを着けている。
映像を発信しているならば、外してもらう必要があるかもしれないと思ったが、受信側ならさして問題はないとアルベリヒは判断し、視線を戻した。
しかし、なぜ映像受信機をブローチに?
(……これはまた、変なやつが入ってきたもんだ)
彼は何か期待をにじませた面持ちで、唇の端を持ち上げた。
ファルコは所定の椅子に座り、高鳴る鼓動を落ち着かせるように胸に留めたブローチに手をやり、素早く操作した。
左目のモノクルに、彼に割り当てられた寮の部屋が映し出される。そこにケージごと置いてきたノクティスは、今は大人しくしているようだ。
学長の式辞は、ファルコにはBGMになっていた。新入生たちが真剣なまなざしで学長の話に聞き入る中、ファルコは真剣なまなざしで映像を見つめた。
ファルコのモノクルは、胸につけている魔道具を通して、ケージ内のハヤブサの姿をした魔法生物、ノクティスと視界を共有していた。
(屋敷では、のびのびさせていたからなぁ……)
急にケージで過ごさせることになり、気の毒なことをしてしまった。
在校生代表による歓迎の辞が始まった。ノクティスの視界に問題はない。ファルコは接続を切らないまま、気もそぞろに歓迎の辞もBGMにしていた。
(そのまま大人しく、昼寝でもしてくれたらいいけど……ん?)
きょろきょろと、ノクティスの頭が動いた。何かを探すような動きだ。そして、ノクティスはケージの一点を見つめると……突然、器用にケージの掛け金をくちばしで跳ね上げた。
「――っ!」
危うく声を上げそうになる。「ノクティス、止まってくれ!」と心で叫ぶが、残念ながらこの魔道具には発信できる仕組みが何もついていない。
そして、ファルコの祈り虚しく、ノクティスの視点がケージの外へ、やがて部屋から空へと切り替わる。
ガタン! と音を立てて、ファルコは椅子から勢いよく立ち上がった。
「「「……?」」」
直立不動のまま、会場内の視線を集めるファルコ。
(し、しまったぁー!!)
あっちもこっちも収拾がつかないことになってしまった。壇上の在校生代表が、ちらりとファルコを見る。震えるしかないファルコ。絶体絶命だ。
そのとき、「パンパンパン」と在校生席から拍手の音が聞こえた。
ファルコがハッとして音の方向を見ると、コルヴスが壇上に向けて拍手を送っていた。
まさにファルコが立ち上がった瞬間、壇上ではちょうど歓迎の辞が終わったところだった。
ファルコは、必死で拍手を始めた。ファルコを中心に、ワッと会場から拍手が起こる。見事なスタンディングオベーションだった。
(私の歓迎の挨拶中に、『よそ見』をするなんて……随分と大胆な新入生だね)
壇上のジュリアン・グラン・ディアマンテは、自分に拍手を送る彼を見やり、見透かしたような笑みを口元に刻む。
ファルコに向けるように優雅に礼をとると、ふわりとディープゴールドの髪をなびかせ、くすくすと笑いながらステージを後にした。
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