第2話
車は都心を離れ、御嶽へ向かって走っていた。
運転席には亮太、助手席には松倉、後部座席には真岸が座っている。
窓の外を流れていた建物はいつの間にか少なくなり、代わりに山の緑が目立つようになっていた。
亮太はハンドルを握ったまま、助手席の松倉へちらりと視線を向けた。
「松倉さん、どうして俺を誘ってくれたんですか?」
「お前だって、いつまでもお茶くみしてるつもりか?」
松倉は窓の外を眺めたまま答える。
「いや、現場に出たいって気持ちはありましたけど。松倉さん、上を説得してくれたんですよね」
「……」
返事はない。
聞こえていないわけではない。松倉はこういうとき、決まって黙り込む。
亮太は前方から目を離さないまま、呆れたように息を吐いた。
「ほら、黙り込む。そういうの松倉さんの悪い癖ですよ。誤解されちゃいます」
「ん? 何の話っすか?」
後部座席から真岸が二人の間に顔を出した。
「自分が弐ノ関元局長のひ孫だから、上が現場に出したがらなかったのも知ってますよ」
亮太はハンドルを切りながら続ける。
「大きな事件を担当させたいって。忖度って面倒ですよね。それで僕は一年間お茶くみです」
「一年もっすか?」
後ろから真岸の驚いた声が飛んでくる。
「一年です。神格鑑定局に入ったのに、神格を見るより湯呑みを見る時間の方が長かったです。そりゃ先輩達の、特に松倉さんの話を聞くのは楽しかったですけど」
亮太はバックミラー越しに真岸を見てから、助手席の松倉へ話を戻した。
「この事件、なにか裏があるって松倉さんは思ってるんですか?」
松倉は少しの間、何も答えなかった。
やがて腕を組み、正面を見据えたまま口を開く。
「今から三十年ほど前だ。御嶽の周辺の集落で感染症が流行った。急激に老いがすすむという病気」
「急激に老いが?」
「ああ。周りの村が全滅する中、御嶽はほとんど感染者を出さずに生き残った」
亮太の表情から、先ほどまでの軽さが消える。
「それは怪しいですね」
「普通に考えたら、御嶽が生物兵器を作り、周りの村を壊滅させたと考えるのが自然だろう。だが、何の証拠もないから警察は動くに動けなかった」
「それ知ってるっすよ」
後部座席の真岸が身を乗り出した。
「有名な都市伝説ですよね。一人の巫女が御嶽を守った。御嶽は神が救う村だって」
松倉がわずかに振り返る。
「その話を聞いてから、俺はずっと御嶽を調査したかった。だからこれは絶好の機会だということだ」
そして、何でもないことのように続けた。
「真岸、俺はお前に感謝してる」
「え?」
真岸が目を丸くする。
「今までそんな素振り見せなかったじゃないっすか」
「だから、松倉さんは誤解されるんですよ!」
なぜか亮太が運転席から代わりに怒る。
松倉は何も答えない。
また黙った、と亮太が言おうとしたところで、後部座席から真岸が窓の外を指さした。
「あ、そこ曲がったところです」
「急に道案内に戻るんすね……」
亮太は呆れながらもウインカーを出し、ハンドルを切った。
舗装された道から細い道へ入り、しばらく進んだところで車を停める。
三人は車を降りた。
エンジンを切った途端、辺りを静寂が包んだ。
木々の葉が風に擦れる音と、遠くから聞こえる鳥の声。それ以外には何も聞こえない。
亮太が車のドアを閉めた、そのときだった。
「……?」
何かを感じて、反射的に振り返る。
今、自分たちが走ってきた道の向こうで、誰かがこちらを見ていたような――。
「どうした、亮太?」
助手席から降りた松倉が声をかける。
亮太は目を凝らした。
だが、木々の間にも道の上にも、人影はない。
「何か気配を感じたような気がしたような……気のせいか」
首を傾げながら、亮太は二人の後を追った。
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