第5話

〇フェルナ村/西側の通りから防衛線・夜


 巨大化したツバキが走る。

 倒れた荷車を跳び越す。その先で、二匹の灰影狼が一人の団員を挟み込んでいる。

 ツバキが横から体当たりし、一匹を弾き飛ばす。

 もう一匹が振り向く。ツバキが牙を見せると、狼は距離を取る。


団員「助かった……!」


 ツバキは止まらず、前へ進む。

 前方ではミナが槍を振るっている。彼女の両脇にも灰色の影。背後では負傷した団員が立ち上がろうとしている。


ツバキ(ミナ!)


 ツバキが吠える。群れがこちらを向く。

 正面の一匹に飛びかかり、地面へ押し倒す。別の狼が脇腹を狙う。

 ツバキが首を振って迎え撃つ。牙が交わり、狼が弾かれる。

 崩れた包囲の隙間から、ミナの姿が見える。


ミナ「来てくれたのね、ツバキ!」


ツバキ「ワンッ!」


 ミナが負傷者を後ろへ押しやる。


ミナ「下がって! 動ける人は、通りの入口を固めて!」


 団員たちが盾を構え直す。ツバキがその前に立つ。


 背後の団員が、仲間の盾の紐を結び直している。ツバキがそれを待つように一歩前へ出る。

 襲いかけた灰影狼を低い唸り声で止める。


団員「よし、持てる!」


 盾が並ぶ音。ツバキの耳が、その音を確かめる。


〇石造りの避難所・同時刻


 扉が閉まる。咲良は外を見つめたまま、その場に立っている。

 掌にはツバキのハーネス。握る指が白くなる。

 アメリアが肩に手を置く。


アメリア「信じて待とう。あの子は、君のところへ帰ってくる」


咲良「……はい」


 背後で子どもが泣く。咲良が振り返る。

 アメリアが血を流す団員の前に膝をつく。


アメリア「清潔な布を。水も持ってきてくれないか」


 咲良がハーネスを鞄にしまう。


咲良「私、持ってきます」


 咲良が立ち上がり、村人から布を受け取る。桶を運び、アメリアの横へ置く。

 団員の手が震えている。咲良がアメリアの指示を聞き、その腕を支える。

 外で獣が吠える。咲良の手が止まりかける。

 咲良は団員の腕を支え直す。


〇村の西側/防衛線・夜


 灰影狼が左右に分かれる。

 群れの奥からルナウルフが進み出る。片目の古傷。黒銀のたてがみ。

 ツバキより一回り大きな体が、月明かりを受けて浮かぶ。


ツバキ(あれが、頭だ)


 ルナウルフが低く吠える。両脇の灰影狼が、別々の方向から動く。

 一匹がツバキの前へ出る。もう一匹は団員たちへ回る。

 ツバキが後ろを見た瞬間、ルナウルフが飛びかかる。

 ツバキは横へ跳ぶ。牙が肩をかすめ、血が散る。


ツバキ(速い!)


 ルナウルフが着地する。すぐに反転し、ツバキの前を塞ぐ。

 背後で団員が叫ぶ。ツバキが向きを変えかける。


ミナ「後ろは私たちが守る!」


 ミナが回り込んだ狼を槍で止める。盾を構えた団員が隣に入り、別の団員が負傷者を下げる。

 ツバキがミナを見る。


ミナ「あなたは、あいつを!」


 ツバキが正面へ向き直る。ルナウルフが牙を剥く。


ツバキ(うん。任せる)


 ツバキが低く構える。後ろ脚が地面を掴む。

 ルナウルフが跳ぶ。ツバキも踏み込む。

 二つの巨体がぶつかる。土が跳ね、近くの柵が震える。

 ツバキが首を狙うが、ルナウルフの肩に阻まれる。

 ルナウルフの牙が、ツバキの肩に食い込む。


ツバキ(痛っ……!)


 ツバキの前脚が沈む。ルナウルフがさらに押す。

 ツバキは退かず、後ろ脚で踏ん張る。石のように硬くなった前脚が、地面を掻く。

 ストーンファングの突進をかわした光景が短く重なる。

 ツバキが相手に押される方向へ、半歩だけ体をずらす。

 ルナウルフの前脚が空を踏む。頭が下がる。


ツバキ(ここだ!)


 ツバキが首を捻り、喉元へ牙を突き立てる。

 ルナウルフが暴れる。二匹の体が横へ流れ、地面を削る。

 ツバキの肩から血が落ちる。口は離さない。


〇避難所・同時刻


 咲良が使い終わった布を受け取り、新しい布をアメリアへ渡す。

 リオが母親の傍らから、咲良を見上げる。


リオ「……ツバキ、帰ってくる?」


 咲良がリオの顔を見る。扉へ目を向ける。

 唇を引き結び、リオの前にしゃがむ。


咲良「帰ってくるよ」


 咲良がリオの手を握る。自分の指も震えている。


咲良「帰ってきたら、一緒におかえりって言おう」


 リオが頷く。


〇村の西側/防衛線・夜


 ルナウルフがツバキを引きずり、体を幾度も捻る。

 灰影狼が一匹、ツバキの背後へ飛びかかろうとする。

 ミナの槍が割って入り、狼を弾く。


ミナ「行かせない!」


 団員が前へ出る。群れとツバキの間に盾を並べる。

 ツバキの視界の端に、その背中が映る。


ツバキ(ボクだけじゃない)


 ツバキがさらに牙を食い込ませる。

 ルナウルフが後ろ脚で踏ん張り、体を起こそうとする。

 ツバキは前脚を振り、相手の後ろ脚を爪で裂く。

 支えを失った巨体が傾く。ツバキが体重をかけ、押し倒す。


ツバキ(咲良が、待ってるんだ!)


 牙を離さず、首を押さえ込む。

 ルナウルフの爪が土を掻く。激しく動いていた脚が、少しずつ止まる。

 最後に一度、尾が跳ねる。

 巨体が動かなくなる。


 ツバキが口を離す。荒い息。肩から血が垂れる。

 灰影狼たちが頭の死骸を見る。後ずさりする一匹に続き、他の狼も森へ向きを変える。


団員「逃げるぞ!」


ミナ「深追いしないで! 入口を守って!」


 群れが闇へ消えていく。ツバキは立ったまま、その方向を睨む。

 死骸から淡い粒子が流れ出る。ツバキの口元と肩へ吸い込まれる。

 出血が弱まり、肩の傷が閉じ始める。

 ミナがその変化に気づく。目を細めるが、口には出さない。

 ツバキが大きく息を吸う。


ツバキ「――ワオォォォォンッ!!」


 遠吠えが夜空に響く。

 ミナが槍を高く掲げる。


ミナ「押し返した! 村は、守りました!」


 団員たちが声を上げる。崩れた柵にもたれていた者が立ち、盾を掲げる。


団員「おおおおぉぉっ!」


 ツバキの背を、誰かが叩く。


団員「よくやった! お前がいなけりゃ、持たなかったぞ!」


 ツバキが顔を向ける。血や泥にまみれた団員たちが笑っている。

 ミナも、槍を下ろして笑う。


ミナ「……やるじゃない、ツバキ」


ツバキ(これで、よかったんだよね。咲良)


 ツバキが避難所の方を見る。耳がそちらへ向く。


ツバキ(あとで、たくさん褒めてね)


〇避難所・同時刻


 咲良が顔を上げる。手を握っていたリオも顔を上げる。

 外から遠吠えと歓声。金属のぶつかる音は減っている。


咲良「……ツバキ!」


 アメリアが手当てを続けながら、耳を澄ませる。


アメリア「どうやら、やってくれたようだね」


 リオが咲良の手を握り返す。咲良が大きく頷く。


〇避難所/入口・少し後


 扉の外から合図。見張りが扉を開く。

 傷ついた自警団員たちが戻ってくる。肩を貸し合う者もいる。ミナと、元の大きさへ戻ったツバキが続く。


団員「勝ったぞ!」


団員「群れは退いた! 頭はツバキが仕留めた!」


 一瞬、静まり返る避難所。

 次の瞬間、歓声が上がる。母親が子どもを抱き、老人が両手を合わせる。

 咲良が人の間を抜けて走る。


咲良「ツバキ!」


 ツバキが声の方を向く。

 咲良が膝をつき、ツバキを抱き締める。制服に血と泥がつくが、手を離さない。


咲良「無事でよかった……! 本当に、よかった……!」


 ツバキが咲良の胸に顔を埋める。耳が柔らかく倒れる。


ツバキ(帰ってきた)


 咲良の腕が震えている。ツバキが鼻を擦りつける。


ツバキ(もう、戦わなくていい)


 咲良が少し体を離し、ツバキの肩を見る。


咲良「怪我……痛くない?」


 傷のあった場所を、そっと撫でる。

 ツバキが咲良の頬を舐める。咲良が泣きながら笑う。


咲良「ありがとう。よく頑張ったね」


 ツバキの尻尾が大きく振れる。

 リオが母親の横から顔を出す。


リオ「おかえり、ツバキ」


 ツバキが短く鳴く。周りの村人たちも手を伸ばす。


村人「ありがとうな」


村人「この村の、命の恩人だ」


 咲良がツバキを抱いたまま、村人へ頭を下げる。

 アメリアが近づき、ツバキの頭に手を置く。


アメリア「本当に、よく頑張ってくれた」


 ツバキが顔を上げる。アメリアの指が、かすかに震えている。


アメリア「君は、立派な戦士だよ」


 ツバキがその手に額を寄せる。


ツバキ(この人たちを、守れたんだ)


 アメリアが立ち、戻ってきた負傷者を見る。


アメリア「さて。次は、私の仕事だ」


〇避難所/壁際・その後


 負傷者の手当てが進む。咲良が布や水を運び、ツバキがその足元について歩く。

 少し離れた壁際で、ミナがアメリアに声を掛ける。


ミナ「博士。今回の魔物について、報告があります」


アメリア「聞こう」


ミナ「灰影狼の群れを率いていたのは、ルナウルフでした。深部から、ここまで出てきています」


 アメリアが手にした記録板を下ろす。


アメリア「……本来、人里を襲うような魔物ではないね」


 ミナが周りを確かめ、声を落とす。


ミナ「推測ですが。今回の異変は、ツバキたちと関係があるのでは」


 アメリアがミナを見る。


ミナ「二人が来た時の反応。あの力。何かが、魔物を刺激した可能性はありませんか」


 ミナの視線の先で、リオがツバキを撫でている。咲良が傍らで見守る。


ミナ「ツバキが私たちを救ったことは、疑っていません。でも、もし次も起きるなら――」


アメリア「分かっている」


 アメリアが一歩ミナに近づく。声を抑える。


アメリア「だからこそ、根拠のないまま、ここで広めてはいけない」


 ミナが周囲の村人を見る。疲れて眠る子ども。負傷者を支える家族。


アメリア「調べよう。原因があの子たちにあるのか、それとも別の何かなのか。決めつけずにね」


ミナ「……はい」


 アメリアが咲良とツバキを見る。


アメリア「調べた上で、守る方法を考える。村も、あの子たちも」


〇避難所/咲良とツバキ・同時刻


 咲良が壁際に座る。ツバキがその膝に頭を載せる。

 咲良は片手で目元を拭き、もう片方の手でツバキを撫でる。


咲良「……帰ってきてくれて、ありがとう」


 ツバキが目を細める。


ツバキ(この手で撫でてもらえたら、それでいい)


 少し離れたアメリアが、その姿を見つめている。眼鏡の奥の目には、まだ緊張が残る。

 窓の外に月。咲良の胸元で、読者にだけ見える淡い光が一度またたく。

 咲良は気づかず、ツバキの頭を撫で続ける。


咲良「おかえり、ツバキ」


ツバキ(ただいま。咲良)

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【カドコミ原作】秋田犬、異世界でも主を守り抜く ~忠義と愛の忠犬物語~ 名無しの権兵衛 @kakuyou2520

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