第2話


 人の手も入っていない森の中をさ迷って歩き回る。

 一度、空に飛んで周囲の状況を把握しようかとも思ったが、残念ながら体内の残存魔力が戦闘直後であるためか残り少ない。

 いつもなら持っている予備の魔力補給用の魔石――魔物を倒した後、その場に残ることがある、未知の生体エネルギー鉱物――は、どうやらあの黒に飲みこまれた際に失ってしまったのか、腰に付けたポシェットの中からも、退魔班の制服の胸ポケットからも消え去ってしまっていた。なので、万が一にも戦闘があった時のために魔力を残しておくべく、飛行魔法で消費する訳にはいかなかったのだ。

 そのため、仕方なく草や茂みを手とアズールロッドで掻き分けながら歩いているのである。


(気温は20℃~23℃くらい、湿度は森の中だからか少し高めだけど、日が差しているからか、寒いと感じるほどじゃない。

 森を作っている樹々は観たところ本州にも生えているような照葉樹林。

 呼吸が何の装備も無くできていることから、酸素濃度なども地球とは変わりない様子。

 これらの情報から考えて、環境的には日本とほぼ同じような場所。

 見た感じ、そこまでこの森の標高は高くはない。先ほど少しだけ見晴らしの良かった場所から見た時に、少し下れば平地に辿りつける様子だった。

 まずはこの森の中から抜けだすことを考えて行動しよう)


 森という場所は野生動物や虫たちの住処だ。人が生存できない環境では決してないが、あまり向いている場所ではない。人にとって死角となる頭上からも襲われやすい場所であることから、なるべく早く森からまずは離れるべきだろう。

 幸いなことに、生態環境はそこまで大きく地球とは変わっていないようだ。遠目にではあったのだが、鹿やウサギといった地球でもなじみのある動物たちが生きていた。最悪、彼らを狩れば食事をすることはできると思われた。


 植物も、道中で野イチゴやアキグミとそっくりな果実を見かけて採取してある。

 これらが本当に野イチゴやアキグミなのか、それらと見た目が同じなだけで毒がないかどうかはわからないのだけれども、植生がもしも地球の日本と一緒なのだとすれば、果実など食べられるものを探すこともできることだろう。

 受けてて良かったサバイバル訓練である。何事も役に立つものだ。


 周囲の状況を観察し、時折目に見えるものを採取したりしながら森から出るために歩いていた私は、相棒の様子についても確認を取っている。

 幸いなことにアズールロッドに組み込まれている人工知能(インテリジェンス・システム)は、いつものように応答を返してくれた。

 あの黒い球体に飲みこまれる前に発していた音声は何だったのか、と問いかけもしたのだが、それについては記録(ログ)が残っていなかったらしく、


『不明(unknown)』


と答えられてしまったことは気にはなるのだが、アズールロッドのログメモリに残っていないのであればしょうがない。そのことについて確認することは諦めるしかなかった。


 そうして森の中をさ迷うこと1時間。

 そろそろ休憩を取ろうか、と考えていたところ、前方から激しい物音が聞こえてきた。

 何か大きく硬い物が勢いよくぶつかり合う金属音、地面に重い物が勢いよく叩きつけられたことで発生する重低音と振動。それらが何度も何度も聞こえてくる。


 そして―――聞いたことも無い大きな咆哮と、人のものと思われる悲鳴。


(よし、行ってみよう)


 何があるのかはわからない。

 危険かもしれない。

 だが、判らないからこそ、新たな情報を得る手がかりとなるはずだ。

 少なくとも、先ほど聞こえてきた悲鳴は、熊などの野生動物が発するような音や振動ではなかった。それに悲鳴の他に人の声らしきものも聞こえていたのだ。

 だったら、情報を得るためにも確認を取りにいくべきだろう。

 そう判断した私は、周囲の樹々に慎重に身を隠しながらも、音の出所の方へと急いで向かっていく。

 そうして向かっていった音の発生源に居たのは、身の丈5メートルはありそうな、上半身が筋肉むっきむきの緑の肌をし、腰に何かの動物の皮らしきものだけを身につけた野性味溢れる巨人と、鋼でできたと思われる剣を持った、まるでファンタジー作品に出てくる剣士のような恰好をした、見目麗しい金髪の少女だった。

 どうやら二人?は、生死を賭けた戦闘中のようである。

 先ほどの大きな咆哮を挙げたのは緑の巨人の方らしい。その巨人は人食いなのか、その手に下半身だけとなった人の身体を握りしめており、口元には血の跡がべったりと付着していた。

 一方で少女の方は肩を上下に動かして荒い息を吐き出しながら、長い金髪を後頭部の上側で結んだポニーテールを揺らし、悔しそうな顔をしてその巨人のことを睨みつけている。

 その少女のことを見た時に、私はあまりのことに驚いた。


(なんだこの子! すっごい量の魔力を保有してる!!)


 私には人より優れた二つの特殊能力がある。

 一つは人並外れた魔力制御能力。

 そしてもう一つが、見ただけで他人や物、周囲に含まれている魔力の量をそのまま把握することができる目だ。

 ただし私はそういった魔力を扱ったり把握することに特化した能力を持っている代わりにか、残念ながら魔力の体内長期貯蓄量や魔力の自然補給能力については、あまり才能を持ってはいなかった。完全に出力特化型なのである。

 そのため、魔砲を使う時には魔石を口に含み、口内の粘膜接触で魔石から魔力を直接吸出しながらでないと魔砲杖を使った魔法が使えないという欠点が私にはあった。

 そんな私からすると、驚天動地、あまりにも目を疑いたくなるほどに大量の魔力をあの金髪の少女は保有している。


 正直言って羨ましい。

 あれだけ魔力を保有していれば、魔法だってバンバン撃ち放題になることだろう。


「Gogaaaaa!」


 のんびりとそんなことを眺めながら考えてしまっていたら、威嚇のつもりなのか緑の巨人が少女に向けて、またも大きな咆哮を発していた。

 空気がビリビリと物理的に震え、森の樹々の葉っぱだけでなく幹までも揺らしていく。

 けれども、少女はそんな咆哮をぶつけられても怖がった様子で後ずさったりなどはしない。

 むしろキッとさらに強く緑の巨人のことを睨みつけ、手にした剣をギュッと強く握りしめた。


(――って、剣?

 え、なんであんなに魔力を持ってるのに、剣なんかで攻撃するの?)


 あれだけ大量の魔力を保有しているのだ。

 危険を冒して剣などという近接武器で攻撃などしなくても、遠距離から魔法で攻撃すればいいのに、と思ってしまう。

 けれど少女はそんな戸惑う私の想いとは裏腹に、「やぁっ!」と大きな声を発して自身を鼓舞すると、なんとその剣で緑の巨人を切りつけに行ってしまった。

 綺麗な声だ。

 でも、気合を入れて発していた割に、特に剣に魔力が乗っていたりする訳でもない。少女の攻撃は、ただの剣術でしかないことだろう。

 そして緑の巨人の肌や筋肉は鉄よりも硬いのかもしれなかった。

 金髪の少女が振るった剣は残念ながら緑の巨人の肌に食い込むこともできず、高い金属音を発してその肌にあっさりと跳ね返されてしまう。

 そうして弾かれたことで体勢を崩した少女に向けて、怪物が人間の下半身と思われるものを掴んでいるのとは逆の手で、彼女のことを掴みとろうと手を伸ばしてきた。

 そのことに気づいたらしく、金髪の少女はサッとその場から大きく後方へと飛び退いてその手を躱す。

 そして緑の巨人から距離を取ったところで、はぁはぁと大きく荒い息を吐きだした。


「Gurrrrr……」


 掴み取れなかったのが不満なのか、緑の巨人が苛立った様子の音を喉から鳴らした。そしてそのまま、人の下半身を掴んでいた腕を持ち上げて顔へと寄せると、ぐちゃ、と湿った音を立てさせながら、その残っていた下半身の一部をさらに口に入れて噛み千切る。

 はい、有罪(ギルティ)。そうだとは思っていたけれど、これでもうあの緑の巨人が人食い巨人であることは確定しました。


「貴様ぁぁぁぁぁぁぁ!」


 巨人が人の身体を喰らうその姿に、少女が激昂する声を挙げてやめさせようとしたらしく、またも斬り込んでいく。だが、その結果は先ほどと同じだ。肌に手傷を与えることすらできずに跳ね返され、距離を再び取ることしかできない。

 緑の巨人の方もそのことに苛立ったのか、食べるのを中断する。

 まずいな、このままではいずれ体力の落ちた少女の方が巨人に掴まるか叩きのめされてしまい、あの哀れな被害者と同じような目に遭ってしまうことだろう。

 実際、苛立ってか先に金髪の少女の方をどうにかしようとした緑の巨人が、彼女のことを拳で打ち据えようとしていた。


 だが、そんなことは私がさせない。


 一条の光がアズールロッドの砲口から撃ちだされ、少女のことを殴ろうとしていた緑の巨人の拳とその腕を撃ち抜いて吹き飛ばす。

 想定もしていなかったであろう突然の痛打を受けた緑の巨人は、大きな叫び声をあげて地面へと倒れこみ、その場で痛みにのた打ち回り始めた。


「えっ……」


 来ると思っていた打撃の痛みがやってこず、逆に突き出してきていた腕を吹きとばされてのた打ち回る緑の巨人の姿を前にしたことで、金髪の少女がわけが判らないとばかりに綺麗な目を大きく見開いて驚いていた。

 そんな少女のすぐ傍へと私は近づいていくと、彼女へとなるべく優しげに聞こえるであろう声で話しかける。


「だいじょうぶ? 怪我はない?」


 近づいてみると、身長146cmの私より、彼女の方が頭半分ほど背が高かった。

 近くで見た彼女の瞳は、綺麗な宝石のように澄んだエメラルドの色をしている。


「あっ、うん。…って、えっ!?

 あ、あなた、早く逃げて! わたしがこの目の前のオーガを引き付けておくから、早く逃げなさいっ!!」


 私の突然の登場にびっくりしたような顔をしていた少女だが、すぐに目の前で痛みにのたうちまわっている緑の巨人(オーガ)のことを思い出すと、どうみても彼女では勝ち目などなさそうなのにも関わらず、そんな自分の身の危険など二の次で、新たな人食いの被害者に私をさせないようにとしてなのか、私にこの場から逃げるように促してくる。

 だけど、逃げるつもりなら、最初からこうして介入し、姿を現すことなどしていない。

 幸いなことに彼女と私の間での言葉は通じるようだ。

 なら、これからの情報源としても、彼女には生き延びてもらっていろいろとこの世界のことを教えてもらいたいものである。

 そして何より――どうやらこれまでの様子から彼女自身は扱えないようだが、その保有する莫大な魔力は私にとって大変魅力的なのである。


「逃げろっていうけど、どう見ても貴女じゃこのオーガっていうのに太刀打ちできてなかったよね?」


「うっ」


「貴女にはあのオーガに対する攻撃力が徹底的に足りてない。

 私には見ての通り、あのオーガくらい簡単に撃ち抜ける攻撃力はある。

 ただ、実はさっきの一撃を放ったことで、私が持ってたなけなしの魔力は、底をついちゃってるのよね。

 だから、ねぇ……一つ提案なんだけど、貴女、私と契約しない?」


 にっこりと私が笑顔でそう問いかけると、少女が「え?」と戸惑う声を挙げた。


「契約?」


「うん。契約内容は、貴女は私に魔力を提供する。その代わりに私が貴女の魔力を使って攻撃をする。そういう契約よ。

 あ、そろそろあいつが起きあがりそうね。時間がないけど、どうする?」


 チラリと見ると、痛みがある程度我慢できるようになってきたのか、ドタバタと地面の上でのたうち回っていたオーガがその動きを止め、憤怒に染まった顔でゆっくりと起き上がろうとしてきていた。


「――っ! わ、わかったわ!!

 契約でも何でもするし、わたしの魔力を使えるっていうのなら好きに使っていいから、だからわたしに協力して!」


 金髪の少女がその様子を見て、慌てた声で私に契約に乗ると答えてくれる。

 ラッキー、これで私と彼女の契約は結ばれた。


「じゃあ、よろしくね。

 私の名前は和沙(かずさ)。麻宮(あさみや) 和沙(かずさ)。

 これからパートナーとなる貴女の名前は?」


「わ、わたしはアリサ!

 アリサ=イースタン=ネメルグ!!

 わたしの魔力を使うっていうのなら、は、早くしなさいっ!!!」


 オーガはもうすでに立ちあがっている。すぐにでも攻撃してくることだろう。

 だからなのか金髪の少女(アリサ)が、いますぐに自分の魔力を使ってあのオーガを倒してと言ってきた。

 うん、じゃあ遠慮なく。


「じゃ、遠慮なく使わせてもらうね」


「えっ――んんっ!?」


 先ほども言ったように、私は粘膜接触で外部から魔力を吸い出すことができる。だから私は遠慮なく、アリサの顔を引き寄せてその唇に自分の唇を重ね合わせた。

 唇と唇を接触させているだけの、単純な表面だけでの粘膜接触。だけどそのアリサの可憐なピンクの唇から、これまでに体験したことがないような大量の魔力が一気に私の中へと濁流となって流れ込んでくる。そうして私の身体の中に流れ込んできた大量の魔力は、私の手を通して手に持つアズールロッドへと勢いよく流れ込んでいく。

 その大量の魔力が一気に流れ込んできた感覚は、甘美な快楽となって私の脳を揺さぶった。


「ぷはっ……うわ、すっごい。むっちゃ気持ちいい……」


 ふらふらと体内に流れてきた魔力とその快感に、頭がボォッとしてしまいそうになる。大人の人がお酒に酔った時の感覚って、もしかするとこんな感じなのかも?


「Goaaaaaaa!」


 オーガが大きな怒りの声を挙げて突進してきた。


「うっさい。どーん!」


 せっかくの気持ちいい気分が台無しである。

 イラっとしたのでアズールロッドの砲口をオーガに向けて突き出し、自分の身体とアズールロッドに貯めこまれた魔力を一気にオーガ目掛けて放出した。そんな練り込んでない方法で撃ちだされるのは、術式にも何もしてないただの魔力弾だ。

 だが、その魔力弾は直径十メートルはありそうな大きな破壊の光弾となり、勢いよくアズールロッドの砲口から撃ちだされる。撃ちだされた光弾は、当たったオーガの上半身など簡単に跡形もなく吹き飛ばし、さらにはその背後にあった森の樹々すらも丸く削り飛ばして空の彼方まで届く光の帯となって突き抜けていった。


「あ、やりすぎた」


 ぼとり、と重力で落ちたオーガの手足だけが、その怪物が居た痕跡をその場に残す。

 その光景を目の前にした私は、もっと出力を抑えてもだいじょうぶだったんだろうなぁ、と少しばかり反省してしまうのであった。


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