第15話 めでたし、めでたし、その続き
翌朝。
王都には鐘の音が響いていた。
世界は平和だった。
魔王はいない。
勇者は昨日から宿に引きこもっているらしい。
ディアンナとルルンは新婚旅行へ出発した。
そして。
「お姉様」
「ん?」
マリーナとイデアは、初めてデートした橋にいた。
「これで目的を終えましたね」
「……うん」
「勇者への意趣返し」
「うん」
「成功です」
「大成功」
笑う。
だが。
マリーナは少しだけ俯いた。
「ですから」
「うん」
「私たちも、お別れですね」
「…………」
世界から音が消えた。
「え?」
「だって」
マリーナは笑った。
「私たちの関係は意趣返しのためでしょう?」
「…………」
「恋人のふりをして」
「…………」
「結婚式のふりまでして」
「…………」
「目的は果たしました」
「やだ」
「え?」
「そんなのヤダ!」
橋の鳥が一斉に飛び立った。
「お姉様!?」
「私はマリーナのことが好きだ!」
通行人が振り返る。
「ちょっ、声!」
「好き!」
「聞こえてます!」
「大好き!」
「だから!」
イデアはマリーナの両肩を掴んだ。
「最初は勇者への意趣返しだった!」
「……はい」
「でも途中からどうでもよくなった!」
「酷いですわね」
「違う!」
イデアは必死だった。
魔王と戦ったときより。
ずっと必死だった。
「勇者がどうでもよくなったんだよ!」
「…………」
「マリーナと飯食うほうが楽しい!」
「…………」
「手つなぐのも好き!」
「…………」
「デートも好き!」
「…………」
「キスも好き!」
「お姉様!」
「あとマリーナが好き!」
「順番がおかしいです!」
「好きになっちゃったんだもん!」
イデアの目に涙が浮かぶ。
「あんたのことが好き!」
「でも」
マリーナの目にも。
涙が浮かんでいた。
「でも私たちの関係は意趣返しのためで――」
「そんなのもう関係ない!」
「でも……」
「好きなんだよ!」
「私だって!」
マリーナが叫んだ。
「私だって、お姉様のことが好きですよ!?」
「…………」
「…………」
イデアは瞬きをした。
「じゃあいいじゃん!」
「…………」
「…………」
「ふふっ」
マリーナが笑った。
「なんですの、それ」
「だってそうだろ!?」
「ええ」
「私が好き!」
「はい」
「マリーナも私が好き!」
「はい」
「じゃあ付き合おう!」
「もう結婚式までしましたけれど」
「じゃあ結婚しよう!」
「しましたってば」
「じゃあ……」
イデアは考えた。
「このままずっと一緒にいよう!」
マリーナが笑う。
「はい」
手をつなぐ。
初めてのデートと同じ橋。
けれど。
あのときとは違う。
もう演技ではない。
イデアがマリーナを抱き寄せる。
「キスしていい?」
「今さら聞くんですの?」
「だって今度は本物だから」
マリーナは目を閉じた。
「どうぞ」
唇を重ねる。
勇者への復讐でもない。
結婚式の練習でもない。
誰かに見せるためでもない。
二人がしたいから、する。
ただ、それだけのキスだった。
◇
それから。
世界を救った英雄たちがどうなったのか。
少しだけお話ししておこう。
ディアンナとルルンは、小さな森のそばに家を建てた。
ディアンナが薬草を育て、ルルンが狩りをする。
二人はしょっちゅう喧嘩をして、しょっちゅう仲直りした。
勇者アレクシスは。
まあ。
どうでもいい。
そして。
赤毛の戦士イデアと。
黒髪の魔法使いマリーナは。
二人で旅に出た。
魔王がいなくなった世界を。
今度は救うためではなく。
楽しむために。
◇
「お姉様!」
春。
「見てください! 海ですわ!」
「でっか!」
夏。
「暑い!」
「お姉様、服を着てください!」
「上だけ脱ぐ!」
「女性なんですから!」
秋。
「マリーナ」
「はい?」
「焼き芋買おう」
「またですの?」
「半分こ」
「……では買いましょう」
冬。
「寒い」
「くっつけば暖かいですわ」
「なるほど」
「ちょっ、お姉様! 力が強い!」
「暖かい!」
「抱き潰さないでくださいませ!」
そんな日々が。
一年。
二年。
三年。
続いていく。
ある年。
イデアは三十歳になった。
「…………」
朝。
目覚めると。
枕元にケーキがあった。
「マリーナ?」
「お誕生日おめでとうございます」
「…………」
イデアは固まった。
「どうしました?」
「ケーキ」
「はい」
「誕生日の」
「はい」
「…………」
思い出す。
二十八歳。
魔王を倒した直後。
酒場で酔いつぶれながら言った。
誕生日。
魔王城だったから。
ケーキも食べられなかった。
「覚えてたの?」
「当然です」
マリーナは笑う。
「恋人ですもの」
「…………」
「いえ」
イデアの左手を見る。
指輪。
「妻ですもの」
イデアは泣いた。
「お姉様!?」
「泣いてない!」
「泣いてます!」
「嬉しいだけ!」
「もう」
マリーナが抱きしめる。
「三十歳になってしまいましたね」
「高齢女になった」
「勇者基準では」
「殴るぞ」
「ふふ」
イデアも笑った。
「なあ、マリーナ」
「はい?」
「四十になっても」
「はい」
「五十になっても」
「はい」
「ばあちゃんになっても」
「ええ」
「よろしく」
マリーナは答えた。
「もちろんですわ」
そして。
二人でケーキを食べた。
◇
むかしむかし。
世界には魔王がいました。
勇者がいました。
そして。
勇者に選ばれた四人の女性がいました。
勇者は思いました。
彼女たちはみんな、自分の物語を彩るためにいるのだと。
けれど。
それは大きな間違いでした。
誰だって。
誰かの物語の飾りではありません。
赤毛の戦士には、赤毛の戦士の物語が。
黒髪の魔法使いには、黒髪の魔法使いの物語が。
エルフの僧侶には、エルフの僧侶の物語が。
小さな斥候には、小さな斥候の物語があるのです。
そして彼女たちは。
自分の物語の中で。
自分で選んだ人を愛しました。
だからこれは。
勇者が魔王を倒した物語ではありません。
魔王を倒したそのあと。
一人の女が。
自分の人生は誰のものでもないと知って。
大好きな人と幸せになる物語。
そういうお話。
――世界を救った赤毛の戦士と黒髪の魔法使いは。
それからずっと。
幸せに暮らしましたとさ。
〈了〉
勇者様、あなたのハーレムは全員百合でした パンと天体 @ichiyashuppan
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