3

 小鳥の鳴き声が、窓の外からかすかに聞こえる。

 目が覚めた。机の上の時計に目を向けると、朝の八時だった。


「ん…え、八時じゃん。珍しいなこの時間に起きるの」


 昨日、ゲームで対戦して、結局寝たのは三時くらいだった気がする。昼夜逆転生活も板についてきたと思っていたが、まだ二十年近く続けてきた早起きの習慣は、そう簡単には崩れなかったらしい。


 閉じられているキッチンの扉からは、微かな光と、料理を作っている音が聞こえる。


 ガチャッ


 「あ、おはよう。ごめん、起こしちゃった?」


 「いや、なんか目が覚めちゃっただけ。涼平のせいじゃないよ」


 「そう…ご飯できたよ」


 机の上に続々と料理が並べられていく。必ず最初に運んでくるのはサラダ。今日は大根とにんじんを細長く切ったものが入っている。ドレッシングは梅だろう。鼻をつんと刺す酸っぱい梅の香りがする。


 「またサラダ〜?野菜使うなら、野菜炒めとかにしてよ」


 「作ってもらってるくせに文句言わないの」


 「へいへい」


 確かに、少し我儘なことを言ったかもしれない。謝りはしないけど。もうここ数年『謝る』ということをしていない。っていうか、小さなことにいちいち謝るのが面倒だし、無駄だ。


 「いただきます」


 最後に牛乳のコップを置いて、涼平は手を合わせた。

 テレビのリモコンを取って、テレビをつける。いろいろな県を歩き回って食べ物を探す、いわゆる『グルメ旅』の番組が映し出された。日曜日の朝なんて、こういう番組しかやっていない。ニュースはつまらないから基本見ないが。


 「あ、この唐揚げ美味しそ〜!ねー涼平、今日の昼ごはん唐揚げにしてよ、」


 ピコンッ


 涼平に昼ごはんのリクエストをする言葉を遮って、私のスマホに通知音が鳴る。メールの通知が一件。


 「え、母さんじゃん」


 『返信ちょうだい』


 赤やピンクの花束のアイコンから見出しが出ていて、そんな短いメッセージが送られてきている。


 『どうしたの?』


 私が送ったメッセージはすぐに既読になった。


 ピコンッ


 『どうしたのじゃない!全然連絡とれなかったから、心配したんだよ!?』


 「げ、超絶心配性なところ出てる…」


 『大丈夫だって』


 少しぶっきらぼうな返事を送る。


 ピコンッ


 『ご飯ちゃんと食べてるの?写真たまには送ってよね』


 「いや写真て…私が留学行ってるときも、ずっと写真求められてたな〜。母さんは本当に子供思いすぎるんだから…」


 私は中学生の頃、何度か海外へ短期留学をした経験がある。

 留学中、親子の連絡は基本的に禁止されていた。親と連絡を取ることで、ホームシックになる可能性が高まるからだ。

 私はというと、留学生活が楽しすぎて、自分から親に連絡を取ることはほとんどなかった。ところが、母さんからの連絡はすごかった。

 『一日なにがあったの?』だの『外国人の友達できた?』だの『ちゃんとご飯食べてる?』だの。


 そういえば、涼平は一度も海外に留学してなかった。サマーキャンプなんかの日本内でのイベントなども行ったことがない。涼平の方がいい学校に行っていたんだから、いっぱい行かせてやれば良かったのに。


 「なにブツブツ言ってるの?誰から?」


 涼平は、ご飯中にスマホをいじっていることが気に食わないのか、眉間にしわが寄って、いかにも不機嫌そうな顔をしている。


 「母さんから。心配してるよなんか。写真、涼平から送ってんだよね?」


 「あー…まあね」


 なんだか歯切れの悪い返事だが、気に留めるほどのことでもない。


 「あの人も歳だしな。スマホの使い方分かんないんでしょ」


 母さんは、スマホを本当に見ない人だった。買ったのだって、父さんに言われて渋々という感じ。インターネットなんて見たこともないという。

 ただ、『アルバム』という機能を知ってから、思い出を残すのが大好きな彼女はスマホを使うようになった。ただ、メール機能は週に一回開けばいい方である。


 「今の写真撮って送ろっかな。せっかくだから涼平映ってよ!」


 「え、なんでぼくも、」


 涼平の方に寄り左手で肩を抱いて、右手でスマホを構える。料理も映るように調整し、涼平の驚いたような顔も気にせず、シャッターを切った。


 「はい、チーズ!」

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