第4話 遺族への接触
翌朝、秋乃は自宅マンションの一室で、パソコンの前に座っていた。
昨夜のうちに、SNS上で「陽介」という名前と白峰学園の卒業生というキーワードを手がかりに、何時間も検索を続けていた。同姓同名のアカウントはいくつもあったが、プロフィールに「白峰高等学校卒」と書かれ、投稿の傾向から年齢が一致するアカウントを、ようやく一つに絞り込んでいた。
アカウント名は「Yosuke」。
アイコンは風景写真で、顔は出していない。フォロワーは百人程度。投稿頻度は多くない。
秋乃はスクロールしながら、過去の投稿を遡っていく。
大学生活の愚痴、就職活動の不安、たまに呟かれる音楽の感想——ごく普通の、どこにでもいる二十代の日常が並んでいた。
だが、投稿を遡るほどに、言葉の端々に、ある種の翳りが混じり始める。
〈またあの夢を見た。教室の夢〉
〈就活、うまくいかない。自分には向いてないのかもしれない〉
〈たまに、高校の頃を思い出す。あの頃に戻りたいとは、絶対に思わないけど〉
そして、一番新しい投稿——秋乃の目が、そこで止まる。
日付は、死亡が報じられる三日前。
〈もう、先生には会いたくない〉
たった一文。
前後に脈絡はない。その前の投稿は数週間前の他愛のない内容で、これだけが唐突に浮いていた。リプライはゼロ。いいねも、ほとんどついていない。誰にも気づかれないまま、静かに投稿された言葉。
秋乃は画面をじっと見つめたまま、しばらく動けなかった。
——この「先生」は、資料室で見つけた匿名告発の「先生」と、同一人物なのだろうか。
偶然の一致とは思えなかった。だが、これだけでは記事にできない。裏付けが要る。
秋乃はスマートフォンを手に取り、編集部から渡された資料をもう一度確認する。陽介の遺族の連絡先——実家の固定電話番号が一つだけ、メモに残されていた。
深呼吸をしてから、番号を押す。
呼び出し音が鳴る。一回、二回、三回……
『……はい』
低く、疲れたような女性の声が応答した。母親だろうか。
「突然のお電話失礼いたします。わたくし、『月刊エデュケーションズ』編集部の常山と申します。陽介さんのことで、少しお話を伺えないかと思いまして——」
言い終わらないうちに、電話の向こうの空気が変わるのが分かった。
『……マスコミの方ですか』
声が硬くなる。
「はい。ただ、興味本位で伺っているのではありません。陽介さんが在学中に、何か辛い経験をされていたのではないかと——」
『結構です』
遮るように、声が被さった。
『息子はもういません。今さら何を聞かれても、戻ってきません。そっとしておいてください』
「……申し訳ありません。ですが」
『失礼します』
電話は切れた。
秋乃はスマートフォンを耳から離し、しばらくそのまま動けずにいた。
拒絶されることは覚悟していた。それでも、電話の向こうから伝わってきた声の重さ——怒りというより、深い疲労と、諦めに近い何か——が、秋乃の胸に重く残った。
もう一度かけ直すべきか。留守番電話にメッセージを残すべきか。
秋乃は少し迷ってから、もう一度番号を押した。今度は呼び出し音の後、留守番電話に切り替わる。
「……先ほどはお電話ありがとうございました。突然のご連絡、失礼いたしました。もし、お気持ちが変わられたときは、いつでもご連絡ください。それと——」
秋乃は一瞬、言葉を選んだ。
「陽介さんのことを、興味本位で記事にするつもりはありません。もし、陽介さんが在学中に苦しんでいたことがあったのなら、同じことが今も、他の生徒に起きているかもしれない。それを止めたいと思っています」
留守番電話に向かって、そう言い切った。
電話を切ったあと、秋乃は椅子の背にもたれ、天井を見上げた。
——「先生には会いたくない」。
陽介が最後に残したその一文が、頭の中で何度も繰り返される。
会いたくない、と書くほどの相手。それも、卒業して何年も経った後に、突然その言葉が浮かぶほどの存在。
秋乃はノートを開き、新しいページに書きつけた。
**陽介/最後の投稿「先生には会いたくない」/遺族は取材拒否**
次の手がかり——同級生を探す
窓の外では、朝の光が少しずつ強くなっていた。秋乃はコーヒーを一口飲み、パソコンの画面に向き直る。
まだ何も、始まったばかりだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます