王太子に婚約破棄された私をその場で拾ったのは呪いで醜い姿にされた異形の竜王でしたって私の癒やしの力で速攻で絶世の美男子に戻っちゃったんですけど

@eringeek

第1話 終わりの始まりと、凍てつく夜の舞踏会

今夜はこの国の王太子であるエドワードの成人を祝う、盛大な夜会だった。主役である彼を引き立てるため、私も一応はドレスアップしてこの場にいる。けれど、私の存在は最初から、この絢爛豪華な空間の端っこで息を潜めているだけの、いわば「おまけ」のようなものだった。


「――セシリア・ハワード。君との婚約を、ここで破棄させてもらう」


突然、耳朶を打ったその冷ややかな声に、私の思考は真っ白になった。

目の前に立っていたのは、純白の軍服に身を包んだ王太子エドワードだ。整った顔立ちは冷淡に歪み、彼の隣には、この国の公爵令嬢であるマリアが勝ち誇ったような笑みを浮かべて寄り添っていた。

周囲の音楽が、まるで遠ざかるようにスッと小さくなる。何人もの貴族たちが、面白がるような、あるいは冷ややかな視線をこちらに向けてひそひそと囁き始めた。


「え……?」


気の抜けたような声が、自分の喉から漏れた。意味が分からなかった。数日前まで、私たちは当たり前のように次の季節の予定を話し合っていたはずなのに。いや、心のどこかで薄々気づいていたのかもしれない。地味で、これといった特技も華やかな才覚もない私を、エドワードが好ましく思っていないことくらい。

それでも、まさかこんな公衆の面前で、理由もまともに告げられず一方的に切り捨てられるなんて思ってもみなかった。


「聞き間違いではないよ、セシリア。君のような、魔力も薄く、地味で無能な令嬢が将来の王妃など務まるはずがない。マリアこそが、私の隣にふさわしい女性だ」

「エドワード様……私、何か至らない点がございましたか? わたくしなりに、王太子妃としての務めを果たすために……」

「努力? そんなものが何になる。君の癒やしの力とやらも、せいぜい擦り傷を直す程度のごく微弱なものだろう。そんな役立たずの力しか持たない君とは、これ以上一緒にはいられない」


吐き捨てるようなエドワードの言葉は、ガラス細工を床に叩きつけるように容赦なく私の心を粉々に砕いていった。

役立たず。無能。地味。

これまでの人生でずっと言われ続けてきた言葉が、最も信頼していたはずの相手の口から、一番残酷な形で告げられる。反論しようとしても、喉の奥が引きつって声にならない。目頭が熱くなり、視界が涙でぐにゃりと歪んだ。


「おい、いつまでもそこに突っ立っているな。見苦しい。さっさとこの場から出ていけ」


エドワードは冷たい目を一瞥くれただけで、もう私に興味を失ったようにマリアの手を取り、別の貴族たちの輪へと歩き去ってしまった。

取り残された私に向けられるのは、同情ではなく、好奇の目と、自業自得だと言わんばかりの冷笑ばかり。誰も私を庇ってはくれない。ハワード伯爵家の力も、今の私の前ではあまりにも無力だった。


息が詰まる。ここにこれ以上居たら、私はきっと呼吸の仕方を忘れてしまう。

震える足を引きずるようにして、私は広間を逃げ出すようにあとにした。背後で再び賑やかな音楽が鳴り響き始めたのを聞きながら、私はただひたすら、重い扉の向こうへと足を進めた。


王宮の廊下は、広間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。

冷たい石畳の感触が、革靴を通して足元からじわりと伝わってくる。やっとの思いでたどり着いたのは、夜風が吹き抜ける宮殿の片隅のテラスだった。

夜の冷気が、涙で火照った頬を撫でる。途端にこらえきれなくなった涙が、ぽろぽろとあふれ出て止まらなくなった。


「っ……ひどい……」


声を押し殺そうと両手で口を覆うけれど、震えは止まらない。

私はそんなにダメな人間だったのだろうか。誰の役にも立たない、無価値な存在だったのだろうか。エドワードの冷たい瞳が脳裏に焼き付いて離れず、胸の奥が締め付けられるように痛む。

ここにいても、もう帰る家すらないかもしれない。私を疎む父親や継母が待っているだけの屋敷に戻ったところで、待っているのはさらなる叱責と冷遇だけだ。私の居場所は、どこにもない。世界から見放されたような孤独感が、冷たい夜風と共に全身を包み込んでいく。


どこか遠くで、夜の鳥の鳴き声が聞こえたような気がした。

ふと、頬を伝う涙を拭おうと顔を上げたとき、背筋にぞくりと奇妙な悪寒が走った。

いつの間にか、周囲の空気が先ほどとは明らかに変わっていた。ただの夜風ではない、肌を刺すような重く澱んだ魔力の気配が、あたりをじっとりと満たしている。


――なんだろう、この感覚は。


まるで、底知れぬ沼の底に引きずり込まれるような、圧倒的な威圧感。

恐怖で足がすくみ、その場から一歩も動けなくなった私の耳に、低い地響きのような唸り声が届いた。それは人間のものなどではなく、もっと野蛮で、もっと強大な生き物が発する威嚇の音だった。


「……っ」


息を呑み、恐怖に震えながら視線を音のした方へと向ける。

そこは、王宮の奥に広がる手入れの行き届いた中庭だった。美しく整えられた薔薇の植え込みの向こうに、月明かりを遮るようにして、あり得ないほど巨大な何かが影を落としていた。


漆黒の、夜の闇そのもののような鱗に覆われた巨体。

それは竜だった。

しかし、物語や絵本に出てくるような気高い黄金の竜ではない。全身の鱗は不規則に剥がれ落ち、生々しい傷跡からはドロドロとした黒い瘴気が噴き出している。歪んだ二本の角はねじ曲がり、巨大な翼は見るも無残に引き裂かれ、その巨体を支えるのもやっとという様子で、地面にうずくまっていた。


息をするたびに、その巨体からは苦悶の唸り声が漏れる。周囲の草花は、その身から発せられる強烈な呪いの魔力に耐えきれず、みるみるうちに黒く変色し、腐り落ちていった。

それがどれほど恐ろしい存在であるか、本能が警告を発している。近づけば、一呑みにされて命はないだろう。逃げなければならない。そう頭では分かっているのに、足は鉛のように重く固まったまま、一歩も動くことができなかった。


王宮の警備の者たちはどこに行ったのだろう。これほど巨大な魔物が侵入しているというのに、周囲には誰もいない。

いや、違う。この怪物は、ただ侵入してきたわけではない。その苦しげな様子は、まるで自らの内側から湧き上がる呪いと必死に戦い、そして敗れ去ろうとしているかのようだった。


怪物が、ゆっくりと頭を持ち上げた。

闇夜に光る双眸は、血のように赤く、そして――計り知れない絶望と、どこか深い孤独の色を湛えていた。

その瞳と、私の目が合った。


逃げることもできず、ただ立ち尽くす私を見据え、怪物は低く、喉を鳴らした。

冷たい夜風が、二人の間を吹き抜けていく。

終わりを告げられたばかりの私の人生に、今度は一体、何が訪れようとしているのか。恐怖と静寂に支配された庭園で、私の心臓だけが、うるさいほどに激しく脈を打っていた。

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