愚者と悪魔の異世界生存戦略 ―アルカナに呪われた悪役貴族の跡取りと、アルカナ嫌いの番人―
アルモア
プロローグ 番人は愚者を待つ
「遅えよ、コンラート。五百年待たせやがって」
籠の中の赤子が泣き止み、クロムの人差し指を握った。
札の表示を疑う余地はない。それでも、その目で見返され、指を握られた瞬間に、クロムはようやく帰ってきたのだと信じた。赤子の手とは思えないほど、妙に頑固な握り方だった。
ほんの少し前、クロムの内側で一枚の札が音もなく黒い封を解いた。
《愚者》。
継承者の名は、五百年間、一度も変わっていない。
コンラート・フォン・リンデナウ。
その下に刻まれていた状態だけが、初めて書き換わった。
旅の途中。
文字がほどけ、短い二文字へ組み直される。
帰還。
それと同時に、山の麓にある小さな屋敷から、赤子の泣き声が上がった。
クロムは産室へ続く廊下の壁にもたれ、閉じた扉を睨んでいた。家名も国境も、この五百年で何度か変わった。それでも、あの男の血だけは途切れず、番人の記録に残っている。
やがて扉が開き、助産師に呼ばれた。
寝台の傍らに置かれた籠の中で、赤子が目を開ける。
名はまだない。
だが《愚者》の継承者欄には、可能性を示す言葉も、候補を示す空白もなかった。
コンラート・フォン・リンデナウ。
クロムは籠の横へ膝をついた。
「今度は、勝手に先へ行くな」
赤子は答えられない。
ただ、五百年前と同じ緑がかった瞳で、世界でただ一人、始祖と共に生きた番人を見返していた。
なぜクロムは、憎んでいたはずの男を五百年も待ったのか。
話は、二人が初めて同じ体で泣いた夜へ戻る。
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