第一章 5「魔導具制作中①」

「よし、他に敵影はないな」


 静まり返る森の中、倒したダーティーハウンドを、全て一箇所にかき集めた。


 昨日のデッドリーウルフより比較的弱い相手だったとはいえ、倒した後も警戒は怠らない。いつ他の魔物が来るか分からないからだ。


 早々にこの場からの離脱を判断し、ハウンドたちをウルフたちと同様に空間魔法へ仕舞い込んで、森を出ようとした。


「っと、もうすぐ夕暮れか……参ったな」


 幸い、森の外へ出ること自体はすぐにできた。


 だが、日差しはとうに地平線の近くへ沈もうとしていた。


 遠くに人がいるらしい灯火が見えるが、ここから歩くには明らかに遠い。


 仕方なく俺は森の近くの小川のほとりに陣取り、野営をする羽目になった。


「とはいえ、他の魔物に来られても問題だし、これを使うか」


 腰にぶら下げた工具袋に手を突っ込むと、目当てのものを探し始める。


 指に伝わる感触を目当てに、袋から取り出したのは、先の尖った魔導具。

 この魔導具に名称はないが、師匠は魔除けの針と呼んでいた代物だ。


 その魔導具一本ずつに俺の魔力を充填し、正方形を描くように計四本の針を地面に刺していく。針が起動すれば、魔力の結界が形成される。


 それだけで、簡易的なキャンプ地の完成だった。


「さて、腹は減っていないし、寝るには早い。どうしようか」


 土魔法で整地した場所に腰を下ろし、焼けたような空から消えゆく夕陽を横目に、火魔法で薪へ火を灯す。


 焚き火が、ぱちりと小さな音を立てた。


「……そういや、魔物の腐敗は早いんだった。せっかくだし解体するか」


 俺は右手をかざし、再び空間魔法を起動させる。


 空間魔法。


 おおよそガルドの乗っていた荷馬車一台分が、すっぽり入る擬似空間を形成する魔法だ。師匠がよくこれを悪用して、酒を放り込んでいた。


 そう、この魔法には生きているものは入れられないという制約がある。


 俺は擬似空間から、昨日仕留めたデッドリーウルフと、先ほどのダーティーハウンドを一匹ずつ取り出すように引っ張ると、ずるりと出てきた。


 二匹とも、昨日のうちに解体する手順は心得ている。


 俺は指先にゆっくりと魔力を集め、魔物の核である魔石へ己の魔力を流し込んだ。


 すると次第に、魔物の肉が消え、骨が崩れ、毛皮が粒子のように散っていく。


 それらが全て虚空に消え、残ったのは数本の爪と牙のみ。


 そして、小ぶりの魔石がごろりと地面へ転がる。


「まぁまぁの魔石のサイズかな。お? 牙と爪は多く取れたもんだ」


 デッドリーウルフから取れたのは、大きな爪と牙が一、二本程度。

 対するダーティーハウンドは、爪も牙も小ぶりだが、その分だけ数が多かった。


 俺はそのまま魔石を背嚢に仕舞って、残り七匹の狼型魔物の解体に取り掛かった。


「とりあえず魔石は王都で売るとして、この牙と爪はどうするかな」


 魔石は売るだけではなく、魔導具を作る際にも使われる素材とされている。


 強大な魔物から取れる大きな魔石ほど、市場では高値で取引されると、師匠が言っていた。工房で暮らしていた時は、お目にかかることはなかったが。


 9匹分の魔石は売って路銀にすることにして、余った牙と爪を地面へ並べる。


「そういや、ガルドが面白いことを言ってたな」


 昨日、宿場町へ向かう途中、暇つぶしを兼ねた雑談のことを思い出す。


 ガルドに俺が倒した魔物の素材をどうするのかと聞かれ、魔石を売るつもりだと答えた時に、ガルドは言った。


 ――冒険者の中には、魔物の素材で武器を作る奴もいるらしい。


「サベージキメラの爪や鱗で、拳に付ける武装を作ってる奴を見たことがある」


 よくある話だと、長年見てきたガルドは言っていたが、俺には興味深い話でもあった。


「武装……武器、か」


 改めて地面に並んだ素材を見渡していた。


 確かに魔物の牙や爪は、それ自体が十分に硬い。


 デッドリーウルフの牙など、下手な鉄の刃物より鋭そうで、噛まれるだけでも痛そうだ。


 人よりも屈強な魔物の身体から取れる素材なら、その性質を活かして武器にすることもできるのだろう。


「……その強欲さ、嫌いじゃないな」


 俺は右手にあった一本の牙を手に取る。


 白く、わずかに湾曲した牙。鋭利な歯先は容易に肉を断ち切れるだろう。


 そのまま握ってみると、短剣にするには小さい。

 そのままでは武器として扱いにくいだろう。


「でも、俺に剣はいらないんだよな」


 俺は魔法使いであり、剣士ではない。


 無論、剣を使う魔法使いもいるだろうが、自分で前へ出て戦うより、魔法を使う方が得意だ。性に合っていると言える。


 しかし、昨日の戦いで分かったことだが、一人で攻撃、防御、索敵まで全部やるのは面倒だ。この身体であるなら尚更、だ。


 だから、自分以外の何かに役割を任せる。その発想も、得た経験による結果だった。


 枝や骨も動かし、撹乱させた。なんならぶつけて妨害もした。


 側から見れば小細工ではあるが、それだけでも、十分に戦い方は変わった。


 なら。


「……動かすためのものを、最初から作ればいいんじゃないか?」


 手の中にある牙を見る。


 昨日操った枝や骨と違って、これは最初から硬く、尖っている。


 敵に飛ばせば、ダメージを与える武器になる。


 操れば、妨害や敵を攻撃できる。


 何本もあれば、一つ一つに別の動きをさせることだってできるかもしれない。


「おいおい」


 思いついたことに連動し、戦闘のイメージが思い浮かび、思わず口元が緩んだ。


「それ、結構面白いじゃないか」


 改めて、俺は地面に並んだ牙を見渡した。


 デッドリーウルフの大きな牙とダーティーハウンドの小さな牙。


 数は十分にある。あとは……


「どうやって動かすか、だな」


 素材もある。目指す先のイメージも。問題はそこだった。


 ただ魔力を流して浮かせるだけならできる。


 だが、それでは戦闘中に常に俺自身が操作し続けなければならない。


 それでは結局、自分で全部やっているのと変わらない。


 もっと単純に、かつ、もっと自由に。


 俺が別のことをしている間にも、動くようなものが欲しい。


「……ひとまず作ってみるか」


 俺は牙を一本、焚き火の光へかざす。灯火に照らされた牙は、淡く表面だけ光る。


 魔導具を作ること、それ自体は難しくない。師匠から散々教わったから問題ない。


 だが、武器となれば、作るのは初めてで、どこか緊張していた。


 まして、自分の代わりに動く武器など、なかなかの挑戦である。


「まあ」


 俺は牙を握り直して、身体の底からやる気に満ちていた。


「試してみる価値はあるな」


 焚き火の向こうで、相対する夜の森が静かに揺れていた。


 寝るにはまだ早く。朝も遠い。時間なら、いくらでもあった。


「よし」


 俺は工具袋を引き寄せ、準備を始める。


「今夜は少し、自由工作の時間だ」


 ▼


 夜が深まっていく森の近く、俺は狼型魔物の素材を使って、新しい試みに挑戦していた。魔物の素材を使った、その武器型魔導具の制作に。


 その試作一号のため、傍には刻印用の金槌と、調整用で素材を削る短刀を手に、素材相手に悪戦苦闘していた。


「これは、ダメか。削りすぎたな。これは……そもそも爪の耐久性がなくなったか」


 だが、これがなかなか難しいと、作業しながら何度思ったことか。


 デッドリーウルフの牙や爪などは、素材が大きい分、操作しやすい規格まで削らなければ、牙や爪にうまく魔力を通せない。


 対してダーティーハウンドの素材は、逆に小さすぎた。加工の工程に耐えきれず、途中で割れてしまうことも頻発した。


 大量生産でもしてやろうとした目論見は、残り三匹分の素材を前に砕け散った。


 それでも、なんとか三匹分の素材を組み合わせ、雛型を組める段階までは進んだ。


 ▶︎


「よ、よし……ここまでは順調だ。次の工程も大事だが……」


 三匹分の牙と爪を蛇腹のように繋ぎ合わせた、不細工な試作一号。


 まるで骨になった蛇。その姿を見れば、勝手に空中を泳ぐような姿を想像しながら、俺は試作一号に魔力を流し始める。


 魔力を流しながら、俺は緊張していた。


 素材の数も心許なく、これ以上の致命的な失敗が許されない以上、ここで少しでも経験値を得ておきたいと、切実に思っていた。


 そう。


 これは完成させるための工程ではない。


 次の試作二号へ繋げるための、起動と操作の実験でもあったからだ。


 ゆっくりと、試作一号の核たる魔石に魔力を流す。


 内蔵された魔力は魔石を伝い、試作一号の全身にくまなく届くように流れていった。


 十分な魔力が試作一号へ充填されたのを確認し、次の工程に移る。


「動かすぞ……」


 右手から伸ばした魔力の糸を、それぞれの爪や牙へ繋ぎ合わせる。


 操作といっても、俺の指に合わせて、動かしてみようと思う。


 まず最初は単純に、宙へ浮かせることにした。────結果は成功だった。


 デッドリーウルフの牙で作られた頭部と、ダーティーハウンドの爪で作られた尾部。それらを繋ぎ合わせた蛇のような身体が、ゆっくりと地面を離れる。


「お……? おぉ……?」


 右手で魔力の糸を操れば、骨蛇と呼称した試作一号が、ゆっくりとだが宙に浮いた。


 だらりと頭部と尾部を下へ垂らし、力なく地面から完全に浮いている。


 まるで俺が持ち上げているような、だらりとした体勢のまま滞空していた。


 ここまでは順調。次がいよいよ本番である。


「まずは頭部から……動かすとして、どうだ?」


 ゆっくりと右手を少し上へ持ち上げる。


 骨蛇の頭部が連動し、頭を挙げる。


 頭部を持ち上げた後、ゆっくりと前へ進ませるように頭部だけを動かす。


 骨蛇の頭部は俺の右手の動きと連動し、そのまま頭部だけが動き、前へ進む。


「……よし」


 今度は尾部も動かそう。


 ぶら下がった尾部を操作する右手の負担が増えるが、まだ大丈夫。


 頭部が前へ動けば、尾部も波打つように動いた。


 そうなると、頭部と尾部の間の骨たちも自然と蛇のような動きをとった。


「いいぞ、こっちが操っているとはいえ、動いてる!」


 目の前に浮かぶ骨蛇は、宙を泳ぐように進んでいた。


 まだまだ目指す先――自律して動くところまでは遠い。


 それでも、得難い経験を得られた俺は珍しく、感情的に喜んでいた。


「……あ」


 俺が喜んでいる間、宙で動く骨蛇は止まらなかった。


 機能を停止するところまで考えていなかったのだ。


 当然、骨蛇は直進しかできず、そのまま木へ激突した。


 激突した衝撃で、構成する骨たちは散乱し、俺の魔力制御下から離れてしまった。


「やっちまったか……だが、確かに停止の自己判断を乗せたはずだが?」


 この世界の魔法、特に無機物であるゴーレムを動かす際の魔法において、命令遵守と自己停止を持たせることが絶対であった。


 だが、目の前の骨蛇は俺の制御下にあったとはいえ、自己停止の処理が働かなかった。


 どういうことだろうか。


 俺は地面に散らばった骨たちをかき集め、骨蛇を一旦解体することにした。


「魔力の流れに異常なし。動作系も問題なし」


 骨蛇の背骨たる魔力のパスに異常はない。


 つまり、問題の発生は外部と見るしかない。


 と思ったが、先ほどの激突ですら骨蛇には外傷にすらなっていない。因果関係も前後であるから、これも違う。


「だとすると、俺の操作に問題が?」


 状況と証拠から、自ずと解答が絞られていく。


「もしかして……」


 俺は組み立てた骨蛇に魔力を再充填し、その後、自分の魔力で骨蛇を動かした。


 骨蛇は動き始めたが、同時に変な動きを見せた。


 俺は前のように浮くように命じた。


 骨蛇自体はある程度動いたが、そのあとは動かない。


「ふむ……?」


 この世界の魔法には、魔力に命令を下すという性質がある。


 燃えよと言えば、火の属性へ変わり、それを火球ファイアボール火矢ファイアボルトとして放つ。


 ならば、今の骨蛇に込めた魔力でも、いけるはず。


「骨蛇くん、自分で動いてみろ」


 カタカタと全身の骨を震わせながら、骨蛇が動き始める。


 骨蛇は完全に浮くのではなく、地面から離れる程度に浮いた。


 俺が細かく動かしているわけではない。


 ただ、命令に従って、自分で動こうとしている。


「やはり動かないか……いや待て、動いている……?」


 命令を下したあと、骨蛇はゆっくりとだが、僅かに動いていた。ちょうど寝返りをうつ程度だったが、動いたことには変わりない。


 だが、今回は俺は動かしていない。


 なら、なぜ?


「よし、骨蛇くん。少しだけ動いてみてくれ」


 俺の命令を受けた骨蛇は、頭だけを揺らすように動かした。


「じゃあ今度は止まれ」


 骨蛇は空気に縫い付けられたように、ピタッと固まった。


「なるほど、こういう結果になったか。じゃあ次は俺の周りを回ってみろ」


 命令を受けた骨蛇は宙に浮き、見事に俺の周りを回ってみせた。


 俺はその動きを見ながら、仮説を立てる。


 ゴーレムの制御魔法には、命令を受けた個体自身に動作を判断させる仕組みがある。


「しかし、命令を受けずに動く。それも骨蛇くんに自我があるわけでもない」


 新しい操作方法を発見できたのはいいが、またも謎は増えた。


「そもそも、骨蛇くんは俺の周囲に展開する武器として考えていたんだが」


 戦闘の負担を分散させようとしたのに、逆に増えてしまっては本末転倒だ。


 ふと、骨蛇をチラ見する。


「そもそも俺は、なんでこの形にこだわっていたんだ?」


 武器であるのなら、剣や短剣、鏃のようにすれば加工できたはずだ。


「武器、武器か。単一の個体である必要はないんだ」


 その瞬間、骨蛇は宙でバラバラになって地面に落ちた。


「……は?」


 俺は落ちた骨たちを見る。


「なぜ今になって、骨蛇はバラバラになった?」


 俺は単に、手頃なナイフやそのあたりをイメージしていた。


 だが、まさか――。


「……骨蛇くん、集まれ」


 すると骨たちは地面を這うように、俺の足元へ集まった。


「離れろ」


 今度は足元から離れていくように、散った。


「やっぱりそうだ。俺とこいつの魔力は繋がっている」


 魔力が繋がっているということは、魔法を放つときと同じ。


 俺の意思を魔力に乗せて、対象へ伝えている。


「そうと分かれば、骨たちを最初から一つにする必要なんてない」


 俺は次の工程を進めるための、準備に取り掛かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

美少女人形に転生した俺〜最強の人形遣いを目指すリヒトの操演戦記 月雨蓮 @K9H1T

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画