35話 さよなら


「ビビット……!」


マークの叫びが、朝の花畑に響いた。


だが、ビビットの足は止まらなかった。一歩、また一歩と、アヌーの方へと歩いていく。


「なんでだよ……! 戦えよ! お前、あんなに強かっただろ!」


「マーク」


ビビットが、振り返らずに答えた。


「これは、俺の問題だ。……お前たちを、巻き込めない」


「巻き込まれるとかじゃねえだろ! 俺たちは、家族だろうが!」


その言葉に、ビビットの足が、一瞬だけ止まった。


だが、すぐにまた歩き出した。


***


「……悪いな、マーク」


ビビットは、アヌーの隣に並んで立った。


「これでいいんだ」


「良くねえよ!」


氷の中でもがきながら、マークは声を張り上げた。


「お前、俺に何も説明してねえだろ! 王子ってなんだよ! なんでプラズマ国なんだよ!」


「……いつか、ちゃんと話す」


ビビットの声が、微かに震えていた。


「約束する」


***


「準備が整いました」


アヌーが、静かに告げた。


「参りましょう、王子」


ビビットは、最後にもう一度――マークの方を振り返った。


その瞳に浮かんでいたのは、後悔とも、決意ともつかない、複雑な色だった。


「マーク」


「……」


「十年間、ありがとうな」


その一言に、マークの体が、大きく震えた。


「なに、言ってんだよ……そんなの、まるで……」


「――さよなら」


ビビットは、静かにそう告げた。


その声は、決して冷たくはなかった。だが、確かな別れの響きを持っていた。


***


「ふざけんな……!」


氷を割ろうと、マークは全身の力を振り絞った。


「ビビット! おい、ビビット!!」


だが、氷はびくともしなかった。


「……行きましょう」


アヌーが、ビビットを連れて歩き出す。


「待てよ……! 待てって言ってんだろ……!!」


マークの叫びは、朝の花畑にただ虚しく響くだけだった。


ビビットの背中が、少しずつ遠ざかっていく。


一度も、振り返らなかった。


***


「……くそ……!」


マークは、氷の中で拳を握りしめた。


涙が、頬を伝った。


「なんで……なんで、行かせちまったんだよ……!」


隣で氷漬けになっているイズマも、グレンも、何も言えなかった。


ただ、遠ざかっていく二つの背中を、黙って見送ることしかできなかった。


***


やがて、ビビットとアヌーの姿は、花畑の向こうに消えていった。


朝日だけが、変わらずに、三人を照らし続けていた。


「……マーク」


しばらくして、老人の家から様子を見に来たマミが、声をかけた。


「大丈夫……?」


答える声はなかった。


ただ、氷の中で、マークは静かに肩を震わせていた。


十年間、片時も離れなかった相棒が――初めて、自分の意思で、自分の元を去っていった。


その事実だけが、朝の光の中、重く重く、マークの胸にのしかかっていた。


――第3世界『フラワー』編、完。

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