21話 恩返し
マミの家は、花畑の奥にひっそりと佇む、小さな木造の家だった。
「おじいちゃん、ただいま! お客さん連れてきたよ」
マミが扉を開けると、囲炉裏のそばに座る老人が振り向いた。
「おや、珍しいこともあるもんだ」
老人は、イズマを見て目を細めた。
「怪我をしてるようだね。さあ、そこに寝かせてやりなさい」
「うん!」
マミに支えられ、イズマは奥の部屋に運ばれた。傷の手当てをされながら、イズマはずっと黙っていた。
***
数日が経った。
イズマの傷は、少しずつ癒えていった。マミは毎日、欠かさず様子を見に来た。
「はい、お薬」
「……いちいち世話焼くなよ」
「治療なんだから当然でしょ」
そう言って、マミは笑った。
その屈託のなさに、イズマは毎回、居心地の悪さを感じていた。
――なぜ、こんなに親切にできるんだ。
――俺には、何の得もないはずなのに。
聞きたくても、聞けなかった。
***
ある日の夕方、イズマは家の外に座り、花畑を眺めていた。
「――退屈?」
マミが隣に腰を下ろした。
「別に」
「そういえば、名前、まだ聞いてなかったね」
「……イズマだ」
「イズマ。私はマミ。よろしくね」
差し出された手を、イズマはしばらく見つめた後、ぎこちなく握った。
「……なんで、俺を助けたんだよ」
ようやく、その問いを口にできた。
「見返りなんて、期待できねえだろ」
マミは、不思議そうに首をかしげた。
「見返りが必要だったの?」
「……いや」
「困ってる人がいたら、助ける。それだけだよ」
その、あまりにも単純な答えに、イズマは何も言い返せなかった。
***
「おじいちゃんもね、昔は困ってる人をよく助けてたの」
マミが、花を一輪摘みながら言った。
「私も、その姿を見て育ったから」
「……ふうん」
「イズマは、誰かに助けられたこと、ないの?」
その問いに、イズマの表情が一瞬、強張った。
「……ない」
短く答える。
五歳の頃から、ずっと一人で生きてきた。誰も助けてくれなかった。だから、誰も信じないと決めていた。
「そっか」
マミは、それ以上深く聞かなかった。ただ、静かにイズマの隣に座り続けた。
その沈黙が、なぜか心地よかった。
***
数日後、イズマは初めて村を歩いた。
そこで見た光景に、言葉を失った。
痩せ細った子供たち。俯いて歩く大人たち。誰もが、虚ろな目をしている。
「なあ、マミ。この村の人たち……」
「王様に、税を取られすぎてるの」
マミは、悲しげに答えた。
「逆らった人は、連れて行かれて……帰ってこない」
「連れて行かれるって、どこに」
「王宮だと思う。でも、誰も詳しくは知らない」
イズマの中に、これまで感じたことのない感情が湧き上がってきた。
――怒り。
自分のためではない、誰かのための怒り。
「……許せねえな、それ」
思わず、口をついて出た言葉だった。
***
その日の夜、イズマは静かに荷物をまとめた。
「行くの?」
気づいたマミが、戸口に立っていた。
「ああ」
「王宮に?」
「……ああ」
マミの顔が、心配そうに曇った。
「危ないよ」
「知ってる」
イズマは、氷の銃を確認しながら答えた。
「でも、このままにはしておけねえ」
最初は、クリスタルのためだけだった。
だが今は――違う理由が、確かに芽生えていた。
「気をつけて」
マミの言葉に、イズマは小さく頷いた。
夜の闇へ、マイルと共に歩き出す。
その背中を、マミはいつまでも見送っていた。
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