幕間 不法侵入者
洞窟の奥へと、ウシワカは気を失ったビビットを担いで進んでいった。
松明の灯りが、ぬめった岩壁を照らす。奥へ進むごとに、空気が重くなっていくのを感じた。
「……悪いな」
独り言のように呟く。返事があるはずもなかった。
やがて、開けた空間に出た。
中央に、一脚の椅子。そこに、脚を組んで座る男がいた。
クールな顔立ち。整った容姿。だが、その口元には常に、薄い笑みが張り付いている。
「――お帰り、ウシワカ」
「……連れてきたぞ、ファントマ」
ウシワカは、担いでいたビビットを乱暴に床へ下ろした。
「この世界への、不法侵入者だ」
***
ファントマは、ゆっくりと立ち上がった。
「電気を操るモンスター、か。珍しい客だ」
興味深げに、気絶したビビットを見下ろす。
「……好きにすればいい」
ウシワカは、それだけ言うと踵を返した。
「もう、行っていいか」
「ああ、ご苦労だった」
ファントマの声には、労いというより、道具を使い終えたような温度の無さがあった。
ウシワカは、それ以上振り返らずに洞窟を後にした。
その背中に、罪悪感がのしかかっているのが、遠目にも分かった。
***
ひとり残されたファントマは、床に横たわるビビットの傍にしゃがみこんだ。
「さて……」
指先で、軽く頬を叩く。
「――ぐ……」
うめき声とともに、ビビットの意識が戻り始めた。
「ん……ここ、は……」
ぼんやりとした視界に、ファントマの顔が映る。
「よう、目覚めたか」
「お前……!」
一瞬で覚醒した。全身に力を込め、飛び起きる。
「幻術のクリスタル、持ってるのはお前だな!」
「察しがいいな」
ファントマは、余裕の笑みを崩さなかった。
***
「渡してもらうぞ!」
ビビットは、体中に電撃を漲らせた。
「マークのために……絶対に、負けるわけにはいかねえんだ!」
バチィィィッ!!
放たれた電撃が、真っ直ぐファントマへと迫る。
――直撃した。
ファントマの体が、その場に崩れ落ちる。
「……やった、のか?」
ビビットは、警戒を解かないまま近づいた。
しかし――
「甘いな」
倒れていたはずのファントマの声が、背後から響いた。
「な――」
振り返る間もなかった。
***
「今の姿は、幻術だ」
ファントマの手には、いつの間にか一本の槍が握られていた。
「勝ったと錯覚させてから、絶望させる。それが、俺のやり方だ」
「そんな……!」
ビビットが体をひねろうとした、その刹那――
ズブリ。
冷たい感触が、腹部を貫いた。
「が……あ……」
視界が、白く霞んでいく。
「なんで……お前が、いるはずの、場所と……違う……」
「幻術、といっただろう」
ファントマは、崩れ落ちるビビットを、感情のない目で見下ろした。
「お前のような小さな相棒に、俺は殺せない。だが……動けないようにはできる」
槍を引き抜くと、ビビットの体が力なく床に沈んだ。
「マーク……」
かすれた声で、その名を呼ぶ。
「……守れなかった、な」
意識が、闇に落ちていく。
***
ファントマは、倒れたビビットを一瞥すると、椅子へと戻っていった。
「さて……もう一人、こっちに向かってきているようだが」
洞窟の奥から響く、微かな足音と怒りの気配。
「――お前の、大切な相棒だろう」
ファントマの口元に、薄い笑みが浮かんだ。
「見せてやろう。絶望を知る人間の、顔というものを」
椅子に深く座り直し、静かにその時を待った。
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