3つ怖いポイントがありました。
読了時、あまりに混乱して、
いやいや、そんなはずはない、論理的に見つけられてないんだ、と何度か読み返しました。
赤子の顔が黒い。カビが生えている。妻に押し付けて書斎に消える旦那。行き場の無い感情。
「左右の足を順に動かし」「腕二十度」赤子をベッドに横たえるだけの動作がこれです。まるで動かない人形…
そして、ぷちゅ、と潰れる小指。バッグの中に、その右手がいる…
豚の心臓は読み返すたびにぐさりと刺されました。
そして、バスはいつまでも雨音の中を走り続け、夜は明けない。
もはやもう、地獄行きのバスじゃん!というざわり感。
いや、まてよ。そんなはずない。
もう一度読もう。
豚が佐藤先生ワールドにはまった瞬間である。
得体の知れない衝動に駆られて夜闇に身を投じるひとりの女性。
行き先は肝心ではない、旅路もさして重要ではない。
ただどこかへ。ただ遠くへ。
その心には根拠も弁明もなく、感情と現実の粘つく境界が溶けていく。
人と関わればそれは漣を生む。
しかし沈みゆく身を岸に打ち上げるにはあまりに微弱な波。
その旅の先に彼女は何を失い、何を得るのか。
言葉に出来ない裸の感情は、感じることしかできない。
読ませるのではなく、感じさせる文体に全力を尽くした、そんな不穏で妖艶な幻想文学として受け取りました。
夢幻と含蓄に富んだ独特な世界観を描く筆にかけては、右に出る者はいないと思えるほど、作者さまならではの一作です。
その筆力は静かに読者を掴み、夢の奥へ奥へと引き込んでゆく。
一体誰の夢かも曖昧になるほど、読者もまた言葉の隙間に溶けてゆく。
意識が流れて行った痕跡を何度も追って、余韻に浸っていたくなるような素晴らしい物語でした。
行くあてもなく、どこか遠くへ。
見知らぬ場所に降り立てば、そこで新たな発見があるかもしれない。
ふと思いついた旅にはそんな魅力を感じますよね。
本作での主人公が旅に出かけるきっかけとなったのは赤子・太郎の顔の黒い変化でした。
旅の理由としては、
なんとも奇妙な結びつけでしょうか。
顔以外はピンク色のもちもち肌なのに、なぜか顔だけが日を追うごとに黒さを増し、さらにはカビの臭いまで帯び始める。
夫に訴えてもその変化がわからず、妻の私だけに見えている怪奇現象を突きつけてくる冒頭。
さらによく見ると顔以外でもその黒変は進み、黒くなった右手の小指をつまみ直そうとしたら、ぷちゅ、と音を立ててつぶれてしまう。
びいいっと鳴き喚く太郎。
その時、何かに導かれるように身支度を整え、家を飛び出した。
これは夢なのか、それとも現実逃避なのか。
気づけば電車や夜行バスに乗り込み、行くあてのない遠い終点を目指すのがこの物語の大筋の流れとなります。
時折現れる指や黒い描写に注目してみてください。
何か気づきませんか?
黒ずんだ小指。
マニキュアで塗った鮮やかな指々。
あれ? 指が一本足りない。
トートバッグがのぞかせる黒いモノ。
これ、なんだろう。
想像すればするほど、ある可能性が浮かび上がる。
信じたくないけれど、そう思わざるを得ない。
それが確信に変わった時、背筋がぶるるっと震えました。
気の向くままの一人の逃避的な旅もいいですが、どうしてももう一人いると思えてしまう。
一人よりも二人のほうが怖いと思えるのは、気のせいでしょうか?
【レビューコンテスト応募】
鬼才、佐藤文学の一端を担う物語が又ひとつ
此処に生まれ落ちた。
そう紹介するのが最も佳いだろう。この
一見、不可解な物語の根底には常にひとつの
強い 意志 が横たわる。それが故に、
作者の紡ぐ言葉は生々しく、生気に満ちて
いるのだろう。例え、それが幻想の中で
カリグラフィの硬さに整えられたとしても。
さて、この物語は一人の女が
自分の赤ん坊の 異変 に気付いた所から
始まっている。
自らの子を 赤子 と呼ぶこの女は何とか
子供の体裁を整えようと必死になって
遂には黒い小指を潰してしまう。
鬼灯笛、東北地方の赤子の飾り、漆黒の
闇の様な我が子への愛着と戸惑いは
旦那様 と呼ばれる夫の無関心に、遂に
張り裂けてしまう。
赤子がいて夫があって、恋人もいる。
多くはない友達も全て押さえている旦那様に
気取られない様に、遂に 女 は独り
夜行バスの旅に出る。
バスの中では様々な女たちが、それぞれの
事情を抱えて座席に着く。
その 符牒 が絶妙な距離と連帯を
齎して行くのだろうか。
これは、終わらぬ旅に身を預けた
女たちの道行き。
袖擦り合うも、決して互いに理解する事は
出来ないのだろう。
黒い小さな指。
それも又、彼女の 肉 なのだから。